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単純に・・み~は~~なだけで・・(過去記事に付き、季節はずれ


デコレートできるというので、使って見るべ。
って、実に単純です。
と、いうものの、これといった記事がない・・・。
デコ記事のための記事ってのもしゃくにさわるな~~と、思いつつ、
まあ、ためしてみるべ。
って、デコ・テンプレート?のぞいてみました。
あ、これだなって。
逆に今日のニュースおもいだしました。
そうです。
梅といえば?
鶯。
幼少のみぎりから、花札をつつしみ、
その腕はともかく。
花札の絵模様で、いろいろ、勉強しました。
雨の札にかいてある男の人は小野東風だとか・・・。
松に鶴。梅に鶯。竹に雀。
牡丹に蝶。もみじに鹿。萩にいのしし。
赤タン・青タンそろえば、20文。
早三光に来いはなし。
月見で一杯、花見で一杯も雨で流れる。
札あわせでは、15文以下だったら、「ふけ」勝ち。
あ?
鶯の話でしたね・・・。
鶯の初鳴きが観測されたとのニュースでした。
もうすぐ、3月。
2月の梅も桜三月弥生の札に座をゆずる・・
もうすぐ、春ですね~~~~~♪




続きを読む

考えてみれば・・・・

真人。

「俺。縁の下の力持ちタイプ」

と、いう。

どういうことだ?

「とにかく、ほめるんや。

この間・バンドギター かわったろ?

あいつ、ずぶのしろうと。

でもな、「あ、いいじゃん。うまい。はじめてとはおもえん」って、いうんだ。

事実?

こりゃあ、どうにもならん。そう思ってたよ」

ところが、真人にほめられたのが、うれしかったんだろう。

夢中で練習し始めたらしい。

その結果。

「まさか、あいつが、ここまで、伸びるとは、思わなかった」

に、なったそうである。

人に物事を教えるタイプにも、色々ある。

ほめて伸ばす人。

しかって伸ばす人。

逆に言えば、

教えられるタイプにも、両方あるかもしれない。

ほめられて伸びる人。

しかられて伸びる人。

憂生は

「たたきあげられて、伸びるタイプ」

と、いわれた。

が、おかしい。

かなり、逃げ腰の人間である。

ふと、気がついた。

「たたきあげられて伸びるタイプ」

と、ほめられた?事により、

しかられる覚悟がついた気がする。

つまり、

教えてくれる人のタイプは

ほめてしかるタイプということになるか。

上手にたたき台の上にすわる肝をつくってくれたうえで、しかる。

人に物をおしえる人というのは、

本当に相手の性格をよくみぬけないと

出来ない事だと思う。

人一人しかるにも、

ここまで面倒をみてゆく。

生半な事ではない。

兆し・・・・

株をみていて、わかるのが、景気動向。

ぽつぽつ、車関連も鉄鋼関連も動き始めてる。

たしかに、ぽつり、ぽつりと仕事もふえてきている。

うごきだしたな~~~~と思っていた。

間違いないなと思ったのはあるCM。

ビール・・・発泡酒のコマーシャル。

新しい物がでたら、必ず試す憂生であるが・・・。

ふと、気がつけば、昨年、春味とか、くらいかな?

な~~~~んも、新作というか、季節限定品をみかけてない。

考えられることは、コストの軽減。

新しい商品・季節限定であっても、

出せば、新しいデザイン、新しいの出たよ、CM。などなど・・・。

余計に金をつぎ込まなきゃいけなくなる。

売り上げを期待できない投資はできない。

これが、きっと、ビール・発泡酒の新作や季節限定商品開発にも歯止めをかけたに違いない。

それくらいなら、売れているものを「もっと、うまくしました」のほうが、よいだろう・・・。

そうか・・・。

*******が、もっとおいしくなったのは、

季節限定品とかが出るはずの物だったんだ?

いやいや・・・。

そんなことは、どうでもいい話だ・・・。

ようは、景気動向。

ぽつぽつ、新作がでてきたりしはじめるってことは、景気回復のきざし。

そう考えていいんじゃな~~~~~~い♪

ああ、だな。

だな。

きっと、そうだな。

おいしいだろうな。そのビール。

回復への兆し・・・なによりもおいしいホップがはいっているんだから・・・。

しかし、ホップ、って名前もいいよね。

ホップ、ステップ、ジャンプ・・・・。

その名前も縁起がいいや・・・。

ひさしぶりに、のむかな・・・。

(最近、おとなしい憂生でした)

染色体と皇位継承

再掲載にかまけながらも、気になっていたのが、

皇位継承権の話だった。

女性も、構わないという考えは過去の歴史を考えれば

当然でてくるのであるが、

基本的には、男性継承者に皇位を返す。

と、いうパターンであり、代理というか、中継ぎとしての位置があったと思う。

昔の人は、科学もしらない状態で、きっちりと、科学的論拠にのっとる行為を行っていたと思うが、この皇位・・跡継ぎという考え方にも、しっかり、科学的根拠が在る。

遺伝子レベルの問題になる。

染色体の構造になる。

おしむらく、記憶力減退中の憂生なので、あいまいになっていることは、ご了承ねがいたい。

男の子は、XY染色体

女の子はXX染色体だったと思う。

つまり、

現状、愛子さまであると、真子:真子という染色体になってしまう。

仮にもう一人男子がいるとすると、

皇太子:真子 と、いう染色体になり、皇太子、つまり、天皇家の遺伝子が引き継がれる。

女性天皇を推挙しようという考え方はまちがっていないと思うが、

2670年をつなぐ(継体天皇あたりが、どうなのか、わからないところではあるが)遺伝子を

途絶えさせる方向にいくのなら、問題が在ると思う。

女性蔑視という風に思われるかもしれないが、女性にはY染色体が継承されない。

つまり、愛子さまが、皇位を継承し、その次ももしも女の子であって・・・と、なってくると、

天皇家という名前の真子さま遺伝子保持者・・いわば、真子一家になりかわってしまう。

こういう純粋培養のような、考え方はむごいことかもしれないが、

やはり、Y(だったかな?)染色体を継承していける。

と、いう科学的推挙も考えていかなければならないのではないかと、思う。


なんだっけ?

なんだったろう?

トーストを真っ黒に焦がしてしまったとき
どうするか?
という、会話がある映画?
本?

赤毛のアン?

「真っ黒になった方にバターを塗って
焦げた味を緩和する」
と、いうような意見と
「焦げてないほうにバターを塗り
見た目普通のトーストだと自分の目にも
念じて、焦げて無いほうを上にむけて、たべる」

出典も定かでないのだが
これは、何を示唆?
暗喩?しているんだろう。

人生で、困難にぶち当たったとき
どう、向かい合うか?

こうだろうか?

でも、ふたりとも、
困難をどう緩和するかと
逃げた発想に見える。

だから、もっと、根本的なもののように思う。

困難を困難として、
きちんと認識するか、しないか。

この違いのような気がする。

・・・・・。

もう少し考えてみる・・・・・・。

話が・・・流れちまった。

メールでかえすべきなんだけどな。

元気だよ。

そして、

喧嘩できるってことは、
ある意味
幸せだって事でさ。

憂生は
諸刃にやられて、
今日はぐったりだ。

自分が言う言葉に
自分でやられてりゃあ、
世話ねえよな。

ネットの中はしんどい。

自分に勢いがあるときは
遠心分離機みたいなもんでさ。

自分の回転でエキスをふりしぼってゆくわけさ。

でもな、
止まるだろう?

途端に脱水状態つ~か。
浸透圧つ~か。

逆戻りしてくるものがある。

自分が振り絞ったものだけ、かえってくるかというと、
そうはいかないのが、人との中での回転。

どえりゃあああ。
草臥れる思いがついてくる。

それを見ぬふりをしていたぶん。
相手も憂生にうけいれられていると、
考えている。

残念なことだけど、
好意的感情と
憂生自身の考え方が

きりはなせるということは、
茶飯事だ。

簡単にいうと、
好きだけど、この人の欠点はここだ。
嫌いだけど、この人の良い所はここだ。

この判断の境界は、非常にわかりにくいことだろう。

良い所といってる憂生と
好きだといってる憂生との
違いが判らないから。

そして、基本的には
許容できない憂生が狭いだけと、考えるから。

譲らないというのは、
真摯だと、言い添えておく。


****ちょっくら~~~~ちょ~~~い。 ****  

お登勢をウェブ ・ログにちょこっと、かいたんだけど・・・。

ふと・・・。

女子に対して
「お・・」というのは、
やはり敬称であろうか?

男に対して、
例えば
「お新之助」などとはいわない。

まあ、いいところ、様であろう。

ところが、女子はこの様さえとってしまう。
既に敬称?がついているというのに?
お市様・・・。

まあ、「お」というのは、女子言葉であるというせつもあるが・・・。

此処を単純に考えると
女子というのは「お」をつけてもらい、
はてには、「様」もつけてもらえる?

さほどに男より偉い存在なのだな?

なんてことをかんがえる。

すると、
ある、説得?
納得を思い出すのである。

男と女。
どちらが偉いか。

其の答えはこうだった。

「所帯を持つと、男は亭主関白。女は山の神。
せいぜい、関白くらいにしかなれない男にくらべ、女は神になれる。神と関白。どっちが偉い?」

ふむむ。
触らぬ神にたたりなし。
この答えには、
あえて、触れもせで、
道を説く憂生?
寂しからずや・・・・。


後悔しない・・

竜のロゴだな。

「あ、これやっとけば良かった」

こんなこと思いながら死ぬのいやだな。

竜がそういった。

そして、彼流にわかりやすく説明してくれた。

たとえばな、トイレ いきて~っと思いながら車

運転しててさ。そこで事故おこして・・さ。

しんじゃったとするじゃん?

俺きっと、思い残すよ。

トイレ行ってから死にたかったってさ。

たとえはにおいそうな気もするが・・・。

なんか、ものすごくわかりやすい。

今この瞬間、思ってることをクリアしながらいきてるだろうか?

まあ、いいや。

とか、

どうせ。

とか、

やってもみもせずどんどん流しちまってることってある。

これらをクリアしてゆくことを考えたら竜の言う言葉はかなりハードなきもする。

簡単にいうなよ・・・。


ただの画面なんだけどねえ・・・不思議

どっかにも、書いたけど、

こう、フェロモンが出てる人って、居るんですよね。


変な意味じゃなくて、


なんだろう。


本文をよんでる訳じゃないのに、


なにか、漂ってくる。


実はこれに惹かれて、


ルームの文字を読み始めるんです。


すると、やっぱし、あっと、思うこと

何気なく、書いてますね。


まあ、この代表例がakiraさんなんだけど、


なんだろ?


って、思って、自己紹介読みたくなる。


ありましたね。


一言。


男なら損をとれ。(原文と違います)


これ、この言葉をぽんと前に出す。


いや、そういう言い方はちがうな。


ぽんと前に出せる。


憂生は、ここまで、積極的じゃなかったんだけど


ひとつ、言葉をいただいてました。


「負けて、喜ぶ人になれ」


これ、いまだに、身に沁みます。


時に自分をなだめてくれるありがたい言葉なのですが、


akiraさんという人は


対処じゃなくて、


方向として、


もっと、はっきりと


損をとれ。


それをぽんと出せる。


こういう姿勢をもとうとするからこそ、


勝手にブログにまで、フェロモンがでちゃうんだ。


ってね。


実は、こういうフェロモンってのは、


誘引するほうも、

誘引されるほうも、


多少、似たようなものをもってるから、

嗅ぎ取れるんじゃないかなって思う。


大雑把なわけ方だけど、

音楽が好きな人なら、なんとなく

その匂いをかぎとるし、

全然、すきじゃなかったら、

嗅ぎ取れない。


心の琴線に響く、

って、以前の

もっと、野生の勘のような?


まあ、それがお互いにそう思わされる関係になるか、どうかは

わからないけど、


なにか、感じる人はけっこう、居て

本文読んでみても

相変わらず、わからないのに

相変わらず、惹かれる人間ってのは、居るんですよね。


もちろん、男性、女性にかかわらずです。


まあ、おまけに、憂生、妙なセンスありますから・・。


ビックリします。


この間ある人にメッセージ送ったんですが

返信が帰ってきて

もの凄いです。


この人のメッセージ開いた途端、

光るんですよ。

目がちょっと、痛くなる。それくらい。


ああ、やっぱり、いいもの持ってる。


こういう風に、メール一つ、

ブログひとつに出てくるんです。


本人、気がついてないんだろうし、

憂生も此処で初めて言うんですけど


そんな風にその人の人柄?そういうものが

ブログに確かなエネルギーとして

こめられちゃう。


そんな物なんですよ。

スピーチの話し

笑う女をほったらかして・・。
ちょっと、思い出したことを書いておこうと思ってさ。

二つあるんだ。

スピーチの話し。

心に残ったスピーチってとこかな?

ひとつめ・・・。

結婚式 の最後に新郎の父親が挨拶した話だから
スピーチとはチョット違うかな?

****親父さんのスピーチ****
私は山登りをよくするんですよ。
家族でよく、あちこちの山に登りましたが
頂上まで行ったら、必ず
[ヤッホー」って、やるんですよ。
この[ヤッホー」もコツがあるんです。
それを、今日は皆さんにもお伝えします。

親父さんは息子/新郎を手招きすると
ちょっと、おまえ、やってみなさい。

はい。
と、息子/新郎
おもむろに
「ヤッホ~~」
で、親父さんの採点?
「それじゃあ、むこうの山にとどかないよ。
いいか、みてなさい」
腰をグット
落とし て足を一歩踏み出して
口元に手を当てて
「腹の底から、届くように、(気)をいれて・・・
やっほーーーーーーー」

この話しにこめられてるものに
気がついた人は、うんうんって、深く頷いていた。

憂生も思った。

夫婦の話し合い
何て言葉があるけど
もっと、最初に
木霊を返してもらえるような
「やっほー」
を、
[気]をこめてわたしてるか?

返事してくれないとか、
マトモに取り合ってくれないとか言う前に

自分が
[腰を落として
届けと、思いを込めて
相手に向けて。。やっほーとやってるか、どうかを
問い直さなきゃなんないってことだなって。

別に夫婦じゃなくてもいい。
子供 でも
友人でも
親子でも・・・。

本当に届くようにやっているか?

親父さんのヤッホーのこつってのは、
コミュニュケーションの基本姿勢。

ヤッホーの話しにこめられた思い。
[嫁としっかり向き合える夫婦になれ
どんな時でも、マズ自分が先に声をかけてゆき、
しっかり、答えてもらえるヤッホーをいえ」

登山道楽の話しに託された夫婦円満の基本理念。

いつも、嫁の存在を意識し、
声を届かせる自分であれ。

うかうかすると、
身近にいすぎて、
わかってくれてると
思い込みやすい。

ちゃんと、声を響かせないと
木霊が返ってこないのと同じように
夫婦という山も深い。

続きを読む

おかしな返事だとおもったかな?  

でもね。

貴方は受け止めてくれている。

わかるかな?

「くれている」

判ってもらえた。

「もらえた」

憂生にくれている。

憂生がもらっているんだよ。

だから・・・ありがとう。

恋人は尊敬できる人、友達みたいな人、どっちがいい?

最初、思ったのは

昔は尊敬できる人だったけど、

最近は友達みたいな人にかわったかな?

って、思ったのです。

でも・・・。

待てよ。

その定義・・・。

その根拠なに?

友達みたいな人のほうがいいってことのうしろは、

こちらを理解し許容してくれる。

って、部分です。

で、尊敬できる人ってのは、自分がなるべき姿でしょう・・・。

むむむむ・・・・。

そこで、あらためて、昔をふりかえりました。

ー尊敬できる人というのは、単純に言えば、自分よりすごい人です。ー

で、自分よりすごい人という価値観が今になってくると、

ちゃらんぽら~~~んな憂生を理解し許容してくれる人間が

一番すごいんじゃないかい?

つまり・・・・・。

尊敬できる人は友達みたいな人ってことじゃないですかい?

友達みたいなひとこそ、尊敬できる原点?

え?

それじゃあああああああああ。

このネタにこたえられないじゃないですか~~~~。

すびばせん。

元に戻って

まず、尊敬できる人間イコール人を理解し許容できる自分になることが・・・

恋人になる条件つ~~ことですよ。

まず、自分がその条件を充たす人間にならないと

「恋人」はできないってことですな。

その条件をクリアしたら、きっと、同じような尊敬=許容みたいに考えるひとが

「恋人」になるんでしょう。

そう考えますと、

現状・・・。

自分の恋人に不満を持ってる人は「自分」こそが、なるべき?姿の自分になってないってことのうらがえしってことになってしまいますか・・・。

割れ鍋に綴じ蓋とはよくいったもので、

どっちがいいという前に

自分がどっちかにでも当てはまれる人間か

よ~~~く・・・・・・・・考えて見ます。

とほほ・・・・。

しょぼい回答になってしまいやした・・・。


根本的な話は違うんだけど・・。

あのさ・・。

根本的な話は違うんだけど・・。

たとえばさ、恋人ができる。

そいつの家にあそびにいく。

そいつの部屋で

「恋愛が成功するためには」

とか

「上手な恋人との付き合い方」

とか、

こんな本やブログをみてるとわかるとする。

なんじゃ、それ、ノウハウかい?

って、おもっちまうわけだ。

どうも、逆にもてない奴なんだなともおもうし、

そんなもの、よんで、研究材料のごとくにするは、

恋愛シュミレーションでしかない。

正直、さめるね。

へたくそでいい。

ぶきようでいい。

一生懸命になれることが大事なわけだ。

昔から、いうわけだ。

恋人がアメリカにいっちまって、

恋人は毎日、手紙を書いた。

3年後、彼女が結婚した相手は、郵便配達の人だった。

ってのがある。

遠い、近いって問題じゃない。

恋人からの手紙を届けながら

郵便配達の人は彼女を好きになっていったんだろう。

そして、恋人の存在も充分承知していた。

一生懸命な恋人のこともわかっていたはずだ。

たとえば、こんなことに、

「彼氏から彼女をふりむかせる方法」を、読んだと思うかい?

どういう風に彼女を振り向かせたかは判らない。

だけど、恋人にまけぬくらい一生懸命になったことだろう。

女も男もそこをみるんだ。

まかりまちがっても、ハウツーものなんかにのって、やろうとするような

たよんねえ、思いになるな。

って、思う。

本心から、思える相手ができれば、

あんたもあのこも必死になるだろう。

それが大事。

だから、もうしわけないね。

憂生さん、その手の訪問べた・・削除だからね。

恋愛シュミレーションやってる間は

本当の恋愛なんかできねえよ。

って、どうしても思っちまう。

そして、そんなふうにして、つくりあげた出会いも

やっぱ、シュミレーションさ。

必ず、あんたを、あのこを

見てくれる人間は現れる。

それまで、自分を安売りするまねはするなよ。

安売りにとびつくような奴でいいなら、それもありだけどな。

***

この話は、アメーバーの中で、「恋愛を成功させる方法」とかあああ?

そんなのをブログにのせてる奴がいたわけだよ。

で、上に書いたことをね、やんわりと・・・。

そんなブログに登録してる人とかさ・・・。

それを恋人(?)が気がついたら、興ざめするよってね。

そんなところに、登録すると、逆に不成功におわりかねない。

ノウハウで恋愛やってるのかい?

ってね。

そこらへんの男女の心理がわからない人間だから、

そんなところに平気で登録してるんだろうけど・・・。

*******


もっと、自分を高く、かかげておけ・・・よ。


そう。時に事象は己を知らす道具である。ゆえに憂生は冷たい。わかるかい?

憂生と奴の決定的な違い。

たとえば、いつか、日記にあげたけどな。

エロメール送りつけられて、困ってるってそうだんうけるだろう?

やつは、相手に直接、意見するんだよ。

憂生はな。

そんなメールを送られてくる方をたたくんだ。

なにか、あったら、誰かにたよって

相手をつぶしてゆく?

こんなこと、かいけつになるかい?

自分ひとりで、困難?に対処できる自分つくりをしてほしいんだ。

おきてくる事象は、そのまま。

つけいれられる自分をかんがみる。

まともに対処できない自分を振りかえる。

ここをみきわめないで、いったい、その人の本当のためになるだろうか?

憂生の考え方は、こうなんだ。

だから、いつでも1対1。

おまえ、どうだ?

そういう、憂生。どうだ?

憂生は甘くない。

だから、ちゅらら のいうとおり。

時に痛い。

k。

お前なら憂生の言う意味わかるな?

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バイク野郎・パート1から聞いた話。

さっき、HP覗きに行った人。広島の人だって。

それで、思い出したんだ。

パート1がアメリカ にいって、ホテル の外をぶらついて、

挙句、迷子になったから・・〔情けない・・・〕

タクシーをひろった。そうな。

運転手にチャイニーズかとたずねられたので

ジャパニーズ 」と、答えたら「しってるぞ」とばかりに、

富士 (山)」と「東京 」と連呼するから、

「ひろしま」と、答えたんだって。

そしたら、神妙な声で。

「オー。ボンバー」って、呟いたんだって。

むこうで、原爆展なんかしようとしたら、

すごく、規制がかかるってなにかできいたことがある。

正義やヒーロー には熱い国だからこそ、

罪なき人々を1個の爆弾で抹消しきった罪をあえて、

省みる心の痛みが「規制」という否定を生むんだろうとおもう。

だから、アメリカ人が「ひろしま」と聞いて、

「ボンバー」と返してくるのが意外に思えた。

小さく呟いた声に「同胞が犯した罪」を

きちんとみつめた、悲しみがみえた。

そんなきがして、どこかで、また、加害者も被害者になる、

戦争の一抹はまだまだ、深い根をおろしているのは、間違いないなって、思った。

続きを読む

相変わらず、逆発想の人間だと思う。

憂生が一番、嫌ったのは

念仏みたいに、

「感謝・感謝」

とか

「生かせていただいて有難うございます」

とか、

それを、唱えることをやみくもに、勧めてくることや、

やみくもに、かきつける。

事だったと思う。

かきつけなくても、

自分の心に唱えていけばいいじゃないか。

と、いうことだった。

なぜ、そう思うかというと、

本当は本心?は

「くそお~」とか?

そういう風に思うのが本当じゃないのかな?

って?

それを無理やりふさぎこんでます。

おまじないを唱えています。

って、そういう風に見えて仕方がなかった。

憂生は本心を意識する事が大事なんじゃないのかな?

って、思う。

腹が立つ。

それが本心なら、なぜ、腹が立つのだろうか?

なぜ、腹が立つことに遭遇するんだろうか?

なぜ、そういう感情をもつんだろうか?

って、

自分の心のありようを知る事がだいじなんじゃないんだろうか?

って、

そういう風に思うわけで、

憂生もどうにか、自分を聖人君子にしようとしてたなあっておもうわけで。

だから、腹立つ思いとか、こういうのを、なんとか、押さえ込んで

しんぼう、しんぼうってやってきた時期もあった。

でも、此処最近、

腹立つって事もだいじなんじゃないかな。

くそ~~って思いもだいじなんじゃないかな?

って、思うようになってきた。

その心を持つ事が大事という意味とちょっと違って

その「思い」で自分を見つける事がだいじなんじゃないかなあって。

感謝・感謝でもみけしてしまうと、みえにくいというのかなあ。

仇花

まったく、ヒーリングやセラピーやどうのこうのって、

ぺたをつけてくるけど

専門家という言葉がまかりとおるようになってしまってる。

現代の歪み、そのものみたいなきがしてくる。

誰も相談する相手がおらんのか?

簡単なことでも、心の掃除をしてくれる。

こういう売り文句もあるだろう。

いっそう、親身になってくれる知人がおらんのか?とおもう。

結局、そういう類の精神部分を解決できる一番の要因は

「自分のことを思ってくれる」

と、いうことなんだな。

これほど、希薄なんかと思う。

しゃべるだけで、心がかるくなっていく。

自分のつまらない話でも真剣にきいてくれる。

その相手がいないのか?

どいつもこいつも信用できなくて

話せば、弱みをみせてしまうだけ。

いつだったろうか、憂生は亡くなった在る女性にこういうメッセージを

送った

ー人に抱かれる(思われるという意味合い)ことができる人ほど

人を抱くことができる。

人を恐れ、疑い、弱みをみせまいとする心が人に抱かれることを拒む。

それが、弱さだという。

強い人ほど人に抱かれる。

人に抱かれたとき、今度は人を抱いていける強さに気がついていくー

原文をどっかに保存してあるんだけど/笑

憂生の周りに、一生懸命友人の相談にのり

自分が困ったときにはまた友人を頼るという

相互関係を巧く築いている人がいる。

自分を出すことをおそれてしまえば

友人も親身にはならん。

なんか、こういう信頼関係が希薄になってしまったことで

そのしわよせがヒーラーなどにいくんだろうと思う。

今の世の中のあだ花にならんようにとおもう。

本当は、親身になってくれる人の存在を身近な人のなかでみいだせるようにしてあげなければいけないんだろうけど

そんなことやっちゃあ、儲からんようになるな。


わが胸に菊香あたえんとてさしだせり乙女のかいな逆風わりて。

わが胸に菊香あたえんとてさしだせり乙女のかいな逆風わりて。
訪問記憶のロゴタイトルをご存知の方も
多いと思うけど、
これは、
憂生が作ってみた短歌である。

でき具合はさておき。

其の短歌の後ろにある話しを過去の日記から、
引っ張り出してみた。

わが胸に菊香あたえんとてさしだせり乙女のかいな逆風わりて。




こっちに着た直ぐの事だった。

伯父が就職祝い転居 祝いを兼ねて

なにか、かってやるといった。

丁度、孫娘の節季の祝いに雛人形 を買いにデパート にいくから、

「お前も来い。好きな物をかってやる」

と、でんわがはいってきたので、

同行をきめこむことにした。

ナニを買ってもらおうという気は無かった。

伯父の気持ちがうれしかったので、

でむいたのである。

先に伯父の目的の雛を見に行く事にした。

此処で乙女に遭遇したのである。

ガラスケースに入った市松人形である。

最初見たとき、幾分寂しげに見えた。

だが、なにより人形の構図が奇妙だった。

着物 のすそと袖は風にあおられたように

後ろに流れた線を描いている。

だが、乙女は腕を伸ばしている。

その手に菊の華をもっていた。

それが憂生には

「どうぞ」

と、差し出しているように思えた。

ただ、たったまま、

差し出している乙女の像であれば

憂生は此処まで心にとめなかったであろう。

風にあおられている。

それでも菊の華を差し出している。

この構図が心に染みた。

人との関わり。

この中でどれほど

自分の思いをささげようとつとめることができるだろうか?

見返りを求めずただ差し出すことはまあ、出来ぬ事ではない。

だが。

逆風。

時に酷い仕打ち。

裏切り。

否定。

拒絶。

こんな逆風を受けると、

人の多くは差し出す心さえ見失ってしまう。

だが、乙女は少し寂しげであったが凛とした思いを顔に浮かべ

菊華/愛とよぼうか?/を捧げんと、逆風に

あおられながら

手を差し出す。

腕を伸ばす。

自分がかわいくて、

くるしくて、

誰もが

逆風に身をちじ込ませる。

なのに、乙女はただ、じっと

ささげようとする。

憂生はこの乙女が語りかけてくる物に、

胸をつまされた。

憂生からいえば、与えられたものがある。

つよくならねばいかぬ。

自分の底の思いを見失わず

差し出せる強さを持たねば成らぬ。

「わが胸に菊香あたえんとてさしだせり乙女のかいな逆風わりて」

乙女のように生きたいと思った。

もちろん。この人形を祝いとして、伯父にねだったのはいうまでも無い。

追記。

ゆえに憂生は逆風を受けても

自分の思いを見る。

相手の行動/逆風/を見はしない。

自分は菊華をさしだしたい。

この思いをしっかり胸に抱く。

その癖は乙女がくれた物である

赤頭巾ちゃんシンドローム

赤頭巾ちゃんシンドロームというものがある。

ききなれない言葉だと思う。

無理は無い。

憂生の造語である。

これは、どういうことかというと。

赤頭巾ちゃんの童話を読んで、皆様、不思議に思ったことはないだろうか?

どうして、そんなに大きいお口なの?

どうして、そんなにけむくじゃらなの?

そこまで見えていて、

そこまで判っていて

なんで、狼だときがつかないのか?

だが、実際、自分の意識の世界でそんなことはないだろうか?

ちゃんと、みえていて、わかっているのに、

狼だとみとめたくない。

う~~ん。うまいたとえがみつからないなあ・・・。

たとえば・・。

恋人が他の人をすきになった。

それは、相手の人がすばらしく

自分がどこかで劣っていた。

こういうことでしかない。

ところが、それを認めたくない。

認めたくないので

そんなふらふらした人間でいいのか。

悪いとおもわないのか?

相手もこっちがいることをしっているのか?

しっていて、平気でちかよってきたのか?

などなど、あんましようわからんので、

例えがうまくでてこんが

どうにかして、

相手がすばらしいのでなく

自分が劣っているのでないと、思いたい。

そこを認めると、あまりにも惨めになるからだと思う。

こういうことの防御のために

赤ずきんちゃんばりの質問をしてしまうのだが

結局、赤頭巾ちゃんのような

悲惨な結果になる。

つまり、たとえで、いえば

恋人にとことん、あいそをつかされる。

そのまま、ひきさがれば

ひょっとして、恋人も好きを残していたのかもしれない。

ところが、この質問?で、うざいとおもわれてしまい

恋人の中に残っていた好きもきれいにうせはてる。

ところが、物語では、しばらくすると、

狼から救いだされる。

つまり、悪いのは狼だということになる。

(狼がただしいなら、救い出したりしないわけだから。)

例えにもどす。

さらに、あいそをつかされた痛みとかさなって

いっそう、

相手がすばらしいのでなく

自分が劣っているのでないと、思いたい。

ここを認めると、まさに踏んだり蹴ったりになり

立ち上がれなくなる。

そこで、狼が悪いという論法が出てくる。

恋人(元、恋人というべきか)が悪い。

くだらんやつだった。

かわいげもない。

などなど、

とことん、悪者にしてしまう。

だが・・・・。

本当の原因は

相手がすばらしく

自分が劣っていたせいでしかない。

これを認めるのは辛いことなのだと思う。

*****

と、まあ、事実を認めようとしないで、

相手のせいにして、事実から

目をそむける。

こういうのを、赤頭巾ちゃんシンドロームと命名したわけだが、

じっさい、ある名前なのかもしれない。

相手のすばらしいところと

自分が劣っているところとにきがつけたら

自分をすばらしい方向にもっていけるのだが、

これが、なかなかむつかしい。


戴物ばかりで・・

知人が、横浜に遊びに行ってきました。

そのお土産話しをきいて、

なにか、妙だなあとおもったのです。

割と歩くのが早いほうだとおもっている彼は

東京では、

まあ、同じ速度で歩ける。

と、おもったそうです。

ところが、横浜にいったら、ぜんぜん、おいつけない。

と、いうのです。

単純に考えても、田舎では列車一本のりおくれたら、

次の列車まで30分とかあるので、

余裕をもって、でていきます。

それにのれなかったら、30分もまたなくてはいけないわけです。

ところが、都会では次の列車がすぐくるというのに、

この一本にのりこもうとするため、

時間の余裕というか、心のゆとりがないのですね。

次の列車を待つとしても、3~5分という余裕しかない。

一本の列車にのるための時間の対や仕方がぜんぜん、ちがうわけです。

よく、田舎にくると

「のんびりしていていい」

「時間がゆっくり流れるようだ」

と、いう表現をするのをききます。

これは、なんというか、

人間があくせくしているという捉え方をやめたら、

都会は時間がはやく流れる

田舎は時間がゆっくり流れる

と、いう見方ができます。

都会では時間をHZ,周波数におきかえたら、

かなり細かい振幅の図形になってくるでしょう。

振幅をくりかえす密度がたかくなってくれば、

そこに磁場ができる。

と、考えられます。

Third Eyeさんの記事の中に

地震雲?とおもわれるような、

不思議な雲がうつっていました。

これが、くしくも、横浜なのです。

憂生のしっている地震雲とは、少し形態がちがうのですが

先の時間が早く流れることによる

時間軸のずれとかがかかわってきている気がするのです。

さらに、勝手に拝借してきました。すみません。

「認識時間」は「脳が認識する時間」ですから、時間のスピードが速くなったと感じるのは、脳の働きが変化(活性化)しているということを表しています。どうやら私たちの脳は、いまものすごいスピードで活性化しつつあるようなのです。
  なぜいま脳が活性化しているのでしょうか――。この謎に挑戦してみましょう。
  まず、私たちの脳がこの三次元の物質世界と異次元(霊界)をつなぐ「扉」の役目を果たしている、ということを理解していただく必要があります。科学や芸術の分野で天才と呼ばれる人や、俗に「超能力者」と呼ばれる人たちの脳を科学的に検査した結果、脳の働きが一般の人とは明らかに違うことがわかっています。
  天才的なひらめきというものは異次元(霊界)から来ると言われていますが、その中継となっているのが脳なのです。私たちは脳(特に右脳)を通じて異次元(霊界)と交信しているらしいということが、最近の研究で明らかになっています。
  そして、その脳が活性化するにつれて、異次元(霊界)との壁が薄くなっていくのです。つまり、脳が活性化した程度に応じて、人は異次元とのつながりが強くなる(異次元からの支援や干渉も受けやすくなる)ということです。

異次元に蓄積されているすべてのカルマが現象化することになると述べられているのです。そして、その現象化のスピードが、これからますます加速されていくということです。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/apocalypse2012/karma20.html

現代人のもつ、カルマの示現も加速される可能性も否とはいえないとおもうのです。

人間が発する、カルマからの、マイナスエネルギーの飽和が、

空ににげ、異様な歪が生じたのが今回の雲ではないかとおもうのですが、

Third Eyeさんの記事によると、和歌山でも

おなじような現象がおきていたようなのです。

淡路の地震という地理的な部分でのエアポケットだったのでしょうか?

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予知能力とは言えないけれど・・2

予知能力というのは、

完全に何がおきるか、把握できるものをさすのだろう。

憂生の場合、非常に曖昧な予知がおきる。

知人の死を何回か予知しているが、これさえ、意味がわかっていない。

「見納めだな」という思いがうかんできても、

違う意味にとったり、縁起でもないことをおもってしまったと否定したりするわけだ。

これは、人の場合だったので、まあ、こっちの受け止め方、覚り方?に問題があるだろうが、

地震や9・11テロなどは、かなりおぼろげである。

9・11テロはたいへんなことがおきる。とおもわされていたが、

自分の夢(飛行機が落ちる夢)と、大変なことが、飛行機事故かな?くらいで、

まさか、あんな大事になるとは思ってもいなかった。

だが、9・11テロははっきりいって、人災というか、宗教戦争というか、

報復という思いからなる事故であり、これが、夢にでてくるというのもうなづける。

と、いうのが、地震の場合、不思議と、

地震雲を見る。同じく何日前に大変なことがおきるとおもわされるのだが、

憂生の頭の中で、

大変なことと地震雲がむすびつかない。

地震雲だとおもってしまうだけだという思いがあるせいだし、

たまたま、見かけたものが地震雲だろうかとも思う。

ところが、たいてい、地震雲かなあ?と、思ったあたりの2~5日近辺に

各地で地震がおきる。

外国のものでさえ・・だ。

人の思いからのものは、いわゆる人災は夢という人的体内に知らせる事ができるのだろうが、地震という自然のことは、自然(雲)がおしえてくれるのかもしれない。

が、

実のところ、そんなに外にでない(自宅勤務であるため)ので、たまにでて、そう地震雲に遭遇するものかと、自分を疑う。

だが、大きなサイクルの中で地震雲の見える時にでかけてしまうという「目、繰り合わす」があるのかもしれない。

だが、こんなあてにならない、方向も日時も、地震雲か堂かも確証がない、予知?をくっちゃべるわけにはいけまいて。

人心不安におとしいれるか、あるいは、デマになる(地震雲かもしれないと思い始めれば、なんでもそうみてしまうだろう)

また、今までの経験でいえば、

予知したところで、どうにもならない。

と、いうのがある。

飛行機が墜落すると叫び回って、9・11テロを阻止できただろうか?

遠く離れた知人の、事故・自殺をとめる事ができたのだろうか?

関わる事が出来たのなら、予知でなく、

すでに相談などにのれて、事故や自殺になるピンポイントをずらすことはできたかもしれない。

すると、すでに、あるいは、そういうピンポイントを変えることはやってるのかもしれない。

また、どうにもならないからこそ、予知がおきるのかもしれない・・。

つまり、曖昧にしか判らないのはそれはそれで、しかたがないのかもしれない・・。

はっきり、わかって、防げなかったら、憂生の神経がもたないかもしれないし・・・。

預言者になるつもりはない。

つまるところ、

自殺の知人をたとえにすれば、自殺をくいとめられるような、一言をかけられるような

その思い方をちょっと、かえてあげられるような「元を正せる」自分になれるならとおもう。

そうすれば、予知はあたらず、ほらふき憂生でおわる。


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