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だから・・

憂生自身、神?にすがったことがないわけじゃない。

簡単に言えば、神界の神にすがってない。

自分の魂というかな。

自分の中の神にすがる。

「自分のどこがわるかったんじゃ?」

「なんで、こんなことになるんじゃ」

絶対、自分に元がある。

「この思い方がわるかったせいか?」

「どう考えたら見方をかえられるんじゃ?」

まあ、まだ、回復しきってる状態じゃないけど

どういう風に考えれば人を「赦す」ことができるか、

どういう風に考えれば自分を「抱く」ことができるか。

具体的には書きたくない。

だから、多分、言葉だけを捉えたら

何を偉そうに「赦す」など思いあがってるんじゃないかと思われるだろう。

まあ、そんなことはどうでもいいや。

もがきまわって、かんがえに考えた。

自分がこの世で一番不幸だとも思った。

自分が一番惨めだと思った。

その修復作業が先だった。

自分の自信をとりもどすことと、

自分の存在価値を取り戻すこと。

たぶん、ブログにかいてることはそればっかりだろうな。

自分はすごいんだ。

自分はすごいんだ。

って、そうやって、自分を肯定しなきゃ

自分を支えられない自分がいる。

な~~んも、すごいことありゃせん。

つっかい棒をもちだしてるだけ。

それでなんとか、こうとか、生き延びてる自分でしかない。

だから憂生のブログも、きっと

黒いオーラがでてるだろう。

心がまだ、回復していない。

癒しがほしいのは、誰でも同じだ。

だけど、自分で自分を立て通すということが、

憂生の意気地になってるから、

そんなものに、すがらん。

神様・仏様・・って、ご利益もとめるのも嫌だ。

自分が自分を立て通すに、自分を信じるしかない。

自分を変えていくしかない。

もがいちゃ、ブログにかきつける。

書けば、あわれなもんじゃとばかりに

心のありようがどうのこうのと説教たれにくる奴が居る。

人に助けられなきゃいかんほどおちぶれちゃおらん。

自分の痛みは自分で嘗める。

だけど、ときおり、その姿で

読む人に心配をかけているとおもう。

誰でも痛みはある。

みんな、がんばっていきていこうとしてるのはおなじだろう。

ただ、憂生は自分と向かい合っていきたいと思う。

だから、ほかになにかにすがることはしたくない。

だから、もうしわけないけど、

強者の意見になりがちだと思う。

弱い自分だからこそ、

弱い自分をなんとかしたい。

だけど、つっぱりきれなくなったら、

ふと、甘えるかもしれん。

でも、よくよく、考えりゃすきほうだいかきたいほうだい書いてるってこと自体

すでに、みんなに甘えてるって、ことでしかないんだけどね。

だから、ありがと。

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