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五亡星?六亡星(りくぼうせい)?

アル手相鑑定士のブログにいってきた・・。

憂生の手に五亡星?あるいは、りくぼうせい、らしきものが、

あるよな、ないよな・・・。

あるか、ないかを詮議してもはじまらない。

五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)の違いはなんぞや?

って、ことを調べにいってきたわけで・・・。

で、この星のことについて、くわしく書いてるブログって、あまり無いのです。

つまり、手相って、まだまだ、未開拓なのでしょう。

その中で

自分の勘を信じればよいのじゃないかって一言がありました。

憂生もその考えで、いろいろ、解釈しています。

例えば親指の下方側面から、小指まで伸びそうな細い線がある。

これは、先祖からとかの宿命みたいなものを果たし始めると

結局、このことで、自分の中に「徳?」みたいなものができる。

これが、すなわち、財産運の場所に伸びている理由。

そんな風に独自な解釈をしないと、いまいち、納得できない線っていっぱいあるわけです。

で、その時の憂生の解釈の仕方がいわゆる勘なわけですが、

この勘がでてくるのでも、

例えば、女性、子供がいる人だったら、上のような線がでていたら、

自分の子供の才能を育ててあげるバックアップをしていったら、

子供が開花する。それが、ひいては、自分の財産でもあるし、

その才能で実際大金をかせぐかもしれない。

と、まあ、ひとえに勘といっても、

自分のバックグラウンドを踏まえた上で閃いてくるものなので

同じものをみても、違う解釈をすると思います。

って、まあ、こう言うところもその方と同じ考えだったり、

憂生がよくいう、神、霊(高位な)を人間の位置にまでおとしたり

その力を金にかえるな。ってのも、にかよったことをいってまして・・。

ま、その方の場合は神さまから直接、金に換えるな。と、いわれたそうですが・・

まあ、自分とよく似た考えだから、納得するというのも

妙な言い方ですが・・・。

そんなんで、その人の所に

五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)の事がかいてあり、

さらにまだ、九字からくるドーマン?のことがかいてあったり、

なんやかや、納得さらにだったわけですが・・。

前置きのほうが長い・・・。

さて、五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

手相の解釈は色んなものが入り混じっています。

インド手相。中国手相。西洋手相・・・

細かいことはわかりませんが、ソロモンの環なんて考え方もはいってくる。

まあ、当然、どこの世界にいっても、みんなの手に相があるから、

どういう風に各手相所見が融合してもおかしくないわけですが・・・・

さて、五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

で、五亡星は安部晴明です。

彼の家紋にまでつかわれています。

で、このルーツを手繰っていくと陰陽道・・から、

北斗七星・・北極星・・・うしとら金神・・・国常立・・あるいは天御中主と・・・

まあ、歴史を齧ってみる方向に話がいくわけですが、

ようは、「守護」魔を寄せ付けない。どころか、調伏するところの力。

で、りくぼうせい(六亡星)

これはダヴィンチコードの中でもいわれたことですが、

ようは、男女。天地。対峙する同等の価値の融合による「和」をあらわす。

つまるところ、困難などを「和」に持っていく力

解決する力

と、解釈できるわけで、これも前述の人の考え方と同じです。

で、憂生の五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

これは、三角形が微妙にずれていて、

どちらにも取れるのです。

三角形だけ見ると六亡星。

ところが外枠をなぞると、五亡星・・に近くなる。

これは、な~~ぜか。

と、いう事で考えていきますと、

憂生はある意味両方のことをやっている。

最終的には家庭を大事にしろ。

って、言うわけです。

一方で調伏じみた力も持っている。

で、へたなものはちかよらなくなってきてるし、

最終的には、「和」の方の解決策を考える。

だけど、以前に憂生は

不思議なことを伝えられている。

「いずれ、榛の木」

なんですか、それ?

「榛の木は雌雄同体だ」

この意味が今になってこれかと思うわけです。

ダビデの星は

男と女の融合(和)をかたどっています。

言い換えれば、雌雄同体そのものでしょう。

だから、憂生の手に

六亡星が出来ても何の不思議も無い。

問題はそのことをもっと、進めていかなきゃならない。

単純に雌雄同体といいますが、

例えば、竜馬のやったこと・・。

将軍も皇室も救い出していく考え方。

日本という国をまとめていく考え方。

例えばこういうのが「和」であり「融合」精神なわけです。

こういうことをあらわす「星紋」がでてくるということ。

それもほとんど火星平原の中。

憂生が見なけりゃいけないことはどういうことか。

これを示されているということ。

あだや、おろそかにあつかえない「訓示」なわけです。

手相というのは、例えば、

自分をこう言う風に高く評価していく。

そして、それに見合う自分を目指す。

ってのが、本当で、

災難線・障害線がでているから、だめだとか、

しょげる事ではないと思っています。

その障害を乗り越えられる自分をつくる。

災難に負けない自分をつくる。

いや、作れる。

あるいは作ってる。

じゃ、なけりゃ、そんな線がでる以前におっちんでらあ。

あくまでも、手相は自分に良くとる。

そして、以前、書いたけど

手相鑑定士も相手の後押しをするアドヴァイスをする。

あたってようが、当たっていまいがかまわない。

必要なのは立ち向かう勇気。

良いことが出ていようが、悪い事がでていようが

立ち向かっていく勇気がなけりゃ、

良い事が出ていたってでてるだけ。

悪い事が出ていても、出てるだけ。

どっちにしろ、いずれにしろ、

立ち向かう勇気を与えてこそ

鑑定人。

そして、憂生は自分で自分を鑑定して

自分で立ち向かえとエールを送る。

そのための手相論。


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