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御託

またもきたか~~~~~。


と、おもってしまうのが、

動物愛護うんぬんかんぬんのブロガーである。


愛護精神なるものは、立派なものであるが、

愛玩動物とそうじゃないものの、区別がついていないといって良いか。


動物なら何でも保護すべきだという考えは、むつかしい。


そう言い出せば、肉も魚もたべるなといいたくなるし、

命在るものといえば、植物だっておなじで、

いっさい、食べるものがなくなりかねない。


毛皮をとるため、動物によっては、大量に繁殖させられ、

大量に毛皮を剥ぎ取られる。


そういうサイクルを作っているので、

これは、愛玩動物ではないわけで、

いわゆる、牛肉・豚肉とおなじように、

商用動物になってしまっているわけで、

逆に考えれば、

商用に利用できないのなら、

彼らはこの世に生まれることも無い。と、いう変な理屈が成り立ってくる。



一方で、愛玩動物でありながら、

遺棄などあとをたたないのであるが、

これをあえて、保健所に飼い主自ら持ち込むのは、

間違って居ないと思う。


一蓮托生というほどに大げさではないが

愛玩動物というのは、私物である。


私物を持ち主が他所さまに迷惑がかからないように

保健所につれていくというのは、

むしろ、責任感があるともいえる。



ただし、この場合、飼い主の非常なる理由、やむをえない理由があるという場合である。


実際、ペットの病気治療で、10万20万と金がかかったとする。

治療費を維持していけない場合だってありえる。


飼ったときと同じ経済状態であるとは限らない。


伝染性の病気の犬猫を遺棄するわけにもいかず、

やむをえず、保健所を選ぶことだってあるかもしれない。


飼い主側の悲痛な決断もありえる。


が、愛玩動物が、いわゆる、商用になってしまっている場合がある。


儲け重視のブリーダー宅での増えすぎた(あるいは、売れ残った)ペットの始末。

ペットショップで売れ残った個体の始末。


など、愛玩動物が商用動物化している。


この状態を止めることがどこまで、できるだろうか?


ペットショップで、買うな。

ブリーダーから買うな。


に、なろう?


純血種など欲しがるな。

不細工で、奇形の様相を呈していても、

病気で治療費がかかっても、

いいほど、年をとっていても、

飼うべきであろう。


だが、仲買がない状況になったら

野良猫?野良犬を拾ってくるのか?


保健所にいって、

純血種など欲しがるな。

不細工で、奇形の様相を呈していても、

病気で治療費がかかっても、

いいほど、年をとっていても、

飼うべきであろう。


で、チョイスできるか?


結局、ペットショップ・ブリーダーというのも、

一つのブランドであると思う。


このブランド志向をやめろというのなら、

なにもかも、そうしろという。


車ひとつでも、

まだ乗れる車はいっぱいある。

新車買うなよ。


冷蔵庫が壊れた。

直せよ。

直せないなら、リサイクルショップで買えよ。

新しいの買わなくても使えるものいっぱいあるじゃないか。


こうなってこよう。



残念なことだが、今の日本経済の仕組みがすべてこうなのだ。


メーカーの補償期間(部品保有期間)は8年。

直して、つかえないシステムを作り、

新製品は利便性を向上させ、新しく買ったほうが得というシステム。

修理費は、へたすれば、新しいものを買ったほうが安い(利便性の付加価値を加えて)


使い捨て。

消耗品という考えの中、

高い修理費をだしてでも、なんとか、なおしたいのは、

それなりの価値があるもの。値段の張ったもの。で、ある。

高いものだから、大事にしたいというのは、人間心理であり、

これを考えれば、ペットショップなどは

理屈にかなっている。


はたして、保健所などからしか、ペットが入手できなくなったとして、

安く?かった犬猫などを、大事にする人がふえるだろうか?



むしろ、きにいらなくなったら、また、保健所につれていけばいい。という考えになりはすまいか?


また、一部のペットショップなどでは、マイクロチップの装填をしている。

まかりまちがって、遺棄しても、飼い主が見つかる。


ペットの戸籍のようなもので、

この義務付けが必要なのではないかと思う。


たとえ、捨て猫・犬をひろったのだとしても、

飼う以上はそうすべきであろう。


だいいち、法の抜け穴というか、

遺棄したら50万以下の罰金ではあるが、

かりに、遺棄しておきながら、親猫がどこかにかくしちゃったんですと、

違う個体の毛色などで

保健所や警察にとどけてしまえば、遺棄したかどうかなどわからない。

仮に遺棄した猫が届けられても、「違います。このこ達じゃありません」で、おわる。


どんな状況をつくっても、抜け穴はあるもので、

結局は飼う側の良心にたよるしかない。


が、飼う側の良心もときにへこたれる。


保護猫の病気など、これが、もしも、大枚になってくれば、

どうするか、判らない。


こういう意味合でも、

飼う意志をはっきりつきつけられる高いペットは

飼い続けられる意志に添うものを選ぶ。


どのみち、何万匹もいる動物の中、

自宅で飼うものは、なんらかの縁が在るのだと思う。


その縁をどこで、結ぶかは、その人の自由裁量であろう。


現状、ノルウェージャンが、きにってしまった憂生は

他の猫はあまり欲しくない。


で、あるのに、ひょんなことから、

保護猫を飼うことになってしまった。


これも、縁でしかない。



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