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我あるゆえに事がある

帳合いというものを、考える。


まあ、憂生の知るところ、

ある女性が妻子ある男性を好きになり、

その妻子をはねのけて、男性をてにいれようとした。

ところが、その実行途中、その女性は

車にはねられてしまった。

人を呪わば穴ふたつの構図そのとおりなんだけど、

まあ、「しでかしたことは必ず帰ってくる」

良いことをすれば

良い事が、悪いことをすれば悪い事が・・・。


ところが、

その帰ってきた恰好が、違うと、帰ってきたとはきがつかない。

病気というのもあるいは、そういうことで、ある場合もあるのではないか?

と、考える。

もちろん、他の場合もあるのだろうけど・・・。

最近の憂生がよく言う言葉は、

「なぜ、そんな***にかかわることになるんだ?」

と、いう問いである。


単純に悪いことをしてれば、悪い仲間がよってくる。

良いことをしていれば、良い仲間がよってくる。


目の前に起きる事象はすべて、自分に元がある。

と、考える。

すると、自分でなくて、

例えば、猫であってもだな、こりゃあ、自分のなにかをあらわしてるのかな?

と、かんがえてしまう。

今、保護猫は、だいぶおちついたが、

一時、びくびく、恐れ、用心していた。


これは、あるいは、憂生自身の姿ではなかろうかとみてみると、

その猫に対して、思った思いが

また、憂生が人に対して思わせた思いになってくるわけである。


まあ、こういう掘り下げ方?

客観視をこころみるわけで、

単純に猫への思いをかいてはいるが、

そこに、「思わせた思い」がすりこまれていく。

ーなつかなきゃ、やっぱり、かわいくねえー

ーおまえのびくびくのごきげんとりをしてるんじゃねえやー

用心してしまえば、結局、相手に、どこかうとむ思いをもたせてしまい、

それをみて、また、用心する。と、いう悪循環がおきる。

結局、自分で自分の首をしめているわけだ。

と、まあ、こういう考えを平行移動していくわけで、

犬や猫が病気になるのを直すのは、医者にいけばいいわけだけど、

なぜ、そういうペットの姿をみせられるんだろう?

と、いう部分を考える。

こじつけだと思う方はまあ、ここまでにしておいて/笑

友人宅では、犬の乳がんだとか?

こういう話を聞くと、何を顕わしているんだろうと思う。

実はペットが、「雛」になっているかもしれない。


まあ、単純に乳は、父に通じるわけで、

父親や、亭主さんにたいして、

「がん」と、したこだわりをもっているのではなかろうか?

とか?

うだつのあがらない亭主。

とか?

もっと、こうこうこうであったら、いいのに

とか?

こうあるべきだ。みたいなものがこりかたまっているんじゃないだろうか?

ってなことを思う。

じっさい、小耳に挟む、言い方はそのとおりなのであるが、

さらに、また自分にひっくり返す。

そういう事件に関わる自分の元はないのかな?

と・・・。


あるよなあ・・・。

ここにかいてること自体がこだわりの果てだろ?




つ~~ことは、こんなのど~~でもいいよ~~~。

って、やるべきか?/笑


ま、話しがぞれそうになったけど、

憂生自体が

精神的疾患(小さな悩みをふくめて)に対して、

重要視するのは、こういうところから、

大きな病気を発症する元があるんではないかいなってことで、

その仕組みが、

やはり、どこかで、「思い方」をまちがっていたのが、

事件や病気としてでてくるんじゃないかってことで、

正直、そこらへんのところを考えずに

治療だけをするというのも、病気の治療しかできないんじゃないかいなって?

いやな言い方だけど、医者が変に手助けをしてしまうところが、

本当の患部をつつみかくしてしまうきがする。

いや、もちろん、精神部分まで、メスをいれることをかんがえてくれればいいわけだけど、

たとえばだな。


ものもらいができて、医者にいって、

「あんた、ものの見方が(価値観)がわるいんじゃないか?ちょっと、かんがえなおしなさいよ」

な~~~んてことでも、いわれたら、

はっきしいって、侮辱罪でうったえてやるっていいたくなるだろう。

どこにそういう関連性があるんだ。

証明できるのか?

ものもらいと価値観が悪いということの因果関係を証明しろ。

統計でもとったのか?




だよな?


まあ、これが、スピリチュアルをやっている人だと在る程度理解できる考え方なんだけど、

ようは、

「自分、それでいいかな?」

って、考え直す。見直す。ということをしていく一つのきっかけにしていくだけであって、

かんがえていきゃあ、だれでも、

「この価値観でまちがってるかもしれない」って、物は、持ってると思う。

それを積極的にみつけていこうとすると、

これまた、奇妙に

関連性をかんじる掘り下げはできるわけで、

実際のところは、なにもうかばん。

ってのが、

「悟りの境地」なるものなのかもしれん。

凡人の俗人のあくたれ憂生としては、

からすがないたのも憂生のせいにおもえちまう / 爆笑問題である・・・。



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