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ぬながわひめ

オオナモチとぬながわひめ


やってきた男は・・。

自分を

おおなもち、だと名乗った。

多くの名を持つ男だという。

それは、また、多くの国をおさめている証である。

「出雲では、なんとよばれていることでしょう」

女、奴奈宣破姫の問いに男はにまりと笑ったように見えた。

「ここでの名前があればよろしいでしょう」

すなわち、この国もおおなもちが治めるということであり、

奴奈宣破姫、自らが統括する国の首長になるということは、

奴奈宣破姫に男との因を結べという意味になる。

身の丈、5尺2寸。
どちらかというと背は低い。
だが、盛り上がった肩と厚い胸板が男を屈強の士にみせていた。




日食を操るアマテラス

ーと、いうことは・・・ー

スサノオは、思ったとおりだったと思った。

あの日、アマテラスは、機を逃さなかっただけにすぎない。

日食を予測し、アマテラスは、祠にこもった。

まもなしに日食がはじまり、アマテラスが祠にこもったせいだと周りのものは、騒ぎ立てる。

ー確固たる、君臨と、人心の統治ー

あるいは、目くらましにすぎない。

ー本当の君臨は、民の生活に根をおろすー

とにかくは、人々の生活を豊かにしてやらねばならない。

たたら製鉄のため、良質の砂鉄を求め、スサノオは各地を平定していった。

更迭の見返りに、治水・製鉄技術・医術・鍛冶・・あらゆる技術が伝承され、

どこの部族も、スサノオの行為を侵略とは、受け止めていなかった。

むしろ、神のごとく、あがめ祀られた。

ーだが、ぬながわひめ・・・・・-

アマテラスのもちだした太陽神信仰は、脅威だった。

翡翠の霊力をよりどころに、人心を統治していた姫は、いずれ、アマテラスの脅威にのみこまれるだろう。



あおによし・・から(スサノオ)
「根の国をおさめよ」
そういわれたスサノオを思う。
根の国・・・。
この世に存在しない黄泉の国をおさめよとは、ひいては、死ねという事でしかない。
憤怒がそのまま、声になる。
「いかほどに・・。
ならば、根の国にどういけばよろしいですかな」
スサノオはたっぷりの皮肉で応戦したはずだった。
炒った豆から芽が出ぬように
ひねった鶏が朝を告げないように
スサノオがいきながらえたまま、どうやって、黄泉の国へいけようか?
スサノオの問いに用意される答えがまさか愛馬の死姿とは思いもしなかった。
話し合いがものわかれのまま、
スサノオは席をたった。
扉の向こうに馬をつないである。
それにまたがり、
球磨をめざすか、
出雲をめざすか、
いずれ、どちらをさきにとて・・・。
軽い失笑の笑みが瞬時、こわばる無残が目の前に広がっていた。
丸裸に皮をはがれた馬がもがきくるしみながら、命をたたもうとしていた。
「おのれ・・、これが・・答えか」
黄泉の国にいくに、どうすればよいか?
スサノオの憤怒をいかほどおさえたことばであったか、
しるよしがある、はずであろう?
で、あるのに、
戯言をみよがしに兆着する大人気ないあざとさで、愛馬の命は立たれた。
「ねの国には・・いかぬというたであろうに」

太子のめの中に
愛馬の死骸をもちあげたスサノオの
姿がうかぶ。
「このくらいのものではない・・」
スサノオの悲しみと悔しさ。
今の太子におよびつかないものがあろう・・。
それでも・・・、
スサノオはなにもかもを赦す。

オオナモチへの進言

ー行くが良いー

義父、スサノオの言葉にオオナモチは、目を見開いた。

ーそれは・・・つまり・・-

多くは語るまいと、スサノオは、懐に手をくむと、黙ってうなづいてみせた。

ー確かに・・・-

今、スサノオの娘である、すせり姫の私心をはばかっている時ではない。

間違いなく、アマテラスは、奴奈川一帯を掌握する。

ぬながわひめが、翡翠により、民の信頼と崇拝を集めていることが

アマテラスには、一番目障りである。

ただの掌握でおさまらない。

アマテラスは人心を掌握できないのなら、ぬながわひめごと、それを信奉する存在をにぎりつぶそうとするだろう。

ひいては、スサノオとオオナモチへのアマテラスの対処をぬながわひめにあてはめたにすぎない。

いずれ、動き出すだろう、アマテラスの動きを一時、延ばすだけの布石にしかならないかもしれない。

ー出来うる限り早く、製鉄処をつくりあげることだー

スサノオの進言にオオナモチは、スサノオもまた、この先の運命を予測していると知った。


美穂須々美の岐路

「つまるところ、翡翠の呪力は、太陽信仰に勝てないとおっしゃるわけですか?」
ぬながわひめの苦渋を思い量り大国主命は返事を濁した。
「精神力の問題であるとおもいます」
精神力とは、術を使うものの能力をいうのではない。
民衆の信仰心をさす。
大きな根源力が、術者の能力を増幅させる。

仮に成らぬ予測であっても、根源力が集結すれば、ならぬ筈のものが成る。

「アマテラスのほうが、民の心をつかんでいるということですか?」
やむなく、大国主命はうなずくしかなかった。
「せんだっての、日食に、乗じたのです」
「・・・・・・」

翡翠の呪力による、宣命より、如実な現象が目の前で起きたのだ。

アマテラスに対する反逆心をもってしても、否定できない太陽神とアマテラスの合一は、民の心に可逆的な畏れを抱かせる。

「それでは、私は・・・」
ー貴女を信奉するものの墓標になるしかない。ー

それぞれがそれぞれの覚悟をきめた夫婦は、娘である、美穂須々美を呼んだ。

ー貴女は、この美穂の地に残りなさいー
母さまは?と、つぶらな瞳がぬながわひめをみあげたとき、
ぬながわひめの瞳からふいにひとしずくの涙がこぼれおちた。

「この社は、いずれの和の国の天皇のあとをつなぐものの由緒になっていきます。
それが、証拠に・・・」
確かに社の千木のさまがそれを語っていた。
天津神と国津神が共にならび添う姿は、即ち、夫婦の横の筋をあらわしていた。

「天と地が融合していく、そも、最初の契りの場所です」

奴奈川姫の御子「建御名方命」

ぬながわひめが出雲にいったあと、建御名方命がぬながわひめにかわり、奴奈川いったいをおさめていた。翡翠の宣託をうけられぬ民衆は一抹の不安をだかえていたが、くわえて、おおなもちへの信頼も厚かったのであろう。出雲の立国がゆるまぬものになればよいと、身を呈しおおなもちにつきしたがい、出雲の地にでむいたぬながわひめの出雲への思いを解してもいた。そのぬながわひめが奴奈川にもどってきた。

民、一族は巫である、ぬながわひめの帰還にわきかえった。

しばらくは、安泰の日々が続いていた。

が、それもつかの間、

凶事を告げる使者がよせられてきた。

「アマテラスが・・・」

使者の言葉をただ、くりかえすだけになる。

国をゆずれといった。

夫、おおなもちの生死が、きにかかるが、

それ以上に、三保の地に残した娘みほすすみがきにかかる。

「おおなもちさまは、ことしろぬしの意見にまかせるとおおせだったとつたえきいております」

使者とて、まじかで、見聞きしたことではない。
だが、使者の目の前でまっさおにふるえるぬながわひめがいた。

「ことしろぬしさまに・・・」
もういちど、たずねかえしたか、得心の言葉だったか。

ぬながわひめの霊力であったかもしれない。
あるいは、当然かんがえつく不安であったかもしれない。

ことしろぬしは、今は、三保の地に住まいしていた。

美穂のおおなもちとのすまいにそのまま、すまい、
ことしろぬしは美穂崎の地に魚釣りとしょうして
であるいていた。

国引きの地でもある美穂崎にたたずんだことしろぬしの胸中はいかばかりであったか。

国をひいて、出雲の地は拡大していった。

その行為だけいえば、アマテラスとなにもかわりがない。

美穂の住まいは眼前、入り江のなだらかな波打ち際にたつ。

ことしろぬしの返事により、
アマテラスは軍勢を美穂にさしむけるだろう。
入り江に何隻もの船が襲来し・・・・・。

みほすすみは・・・・。

暗澹の顔がさらにくもる、おおなもちも、スサノオも
おそらく・・・・・・。

そして、次は奴奈川まで・・・。

建御名方命のするどい叫び声が静寂をきりさいた。

「ゆるせぬ」

その一言がその場に残るだけになった。

はやも、馬の背にのりこもうとする建御名方命の命運さえ見えてくる。

とめる言葉さえ言葉にできぬのは、ぬながわひめが

民、一族郎党の命運をさきに考えたためでしかなかった。

天に届く社

建御名方命に追討の命が下されたころには、
すでに、スサノオもおおなもち(大国主命)も
惨殺に処されていた。

天にも届く社をたてるということが、出雲明け渡しの交換条件だったという。

ーめくらましでしかないー

スサノオの諸国平定の中身といえば
たたら製鉄の功、治水灌漑と諸国の民の生活の礎になった物事ばかりである。

スサノオへの信頼はすでに、信奉の域にたっしていた。

ーアマテラスめが・・・-

なによりも、民衆の心を恐れたアマテラスは
スサノオをほうむったことを隠し通そうときめた。

また、スサノオという存在はアマテラスにとって、
一番、邪魔な存在でもあった。

殺さぬわけがない。

だが、殺したともれてはいけない。

だが、事実、アマテラスはスサノオを惨殺している。

ー夫をスサノオのかわりにしたてあげたのだー

ー社をたてるを交換条件?強奪でなくゆずられたといいのけ
社をたてる?-

笑い声さえもれそうである。

社をたてるのはまちがいなくたてるだろう。
だが、交換条件などではいっさいない。

アマテラスはスサノオのたたりをおそれ、
社に封じ込めたいだけなのだ。

天にも届く社。
いいかえれば、それほど、スサノオの怨念におそれをいだいているということになる。

「あっ」

天まで届く社を交換条件にだしたのはおおなもちにまちがいない。

それほど、むごく、スサノオを惨殺したのだから、
その怨念をしずめるに、天まで届くものにしなければおそろしいことになりますよとおおなもちは言下ににおわせたにちがいない。

そして、後世、
逆にその社の存在こそが、いかにスサノオをむごく死においやったかを語る。

おおなもちは、それをどこで、進言したのか、
使者の耳にまではいるというからには、
逆に、アマテラスが己の威勢を誇示しようとしたあげくとみえた。

天まで届く社をたてるだけの威勢があると顕示してみせられるうえ、
みためだけは、国をゆずった出雲の長に誠をつくす。

弱き民は畏れるか、
あるいは、でっちあげをうのみにする。

ーなにもかもを利用しつくすかー
日食に乗じて、己を神の位置にまで上らせ
次は人の心に誠を見せるふりをする。

いずれ・・弱き民は真実にきがついていても、
アマテラスの支配に準じるしかなくなる。

生活の基が、アマテラスの支配化にしかないのだから・・・。

天津神の血筋

スサノオの命をうばいさると、アマテラスの軍勢が美穂の入り江におしよせ、アマテラス自ら美穂の住まいにずかずかとはいりこんだ。

きりつめた顔に幼さがのこるみほすすみをみつけ、にらみすえた。
そして、ふたつ、ならんだ千木の由縁におもいあたった。

ひとつは、国津神の千木、すなわち地方豪族と解していい。
おおなもちのことである。

もうひとつは、天津神。
すなわち、おおなもちは、天津神の系譜をもつ女御、姫と因を結び、
そこに泰然と座る女をもうけたということになる。

「名をなのるがよい」
アマテラスに逆らえば命はないだろう。

みほすすみはすでに覚悟をきめていた。
名をなのろうが、なのるまいが、いずれ、殺される。

が、敵に臆したところなどみせられぬと、
みほすすみは凛と胸をはると

「みほすすみ」
と、だけ答えた。

「ふうううむ」

アマテラスにとって、スサノオにつぐ邪魔者であることをおしえる答えになっているとはみほすすみにはわからなかった。

アマテラスはこの地が三保と呼ばれる由縁の姫の名前としると、
軍兵のひとりをこまねいた。

黙って頷くアマテラスが何をのぞんでいるか察すると、
軍兵はみほすすみをたちあがらせ、
美穂の社の外につれだしていった。


一説に軍兵がみほすすみを遠くににがしたともいわれる。
そのまま、岸までつれていき、そこで、命を奪ったともきく。
みほすすみの行方もさだかでなければ、
みほすすみの存在も定かなものとされていない。

みほすすみが座ったあたりに足をのせ、
アマテラスはあたりをみわたした。

「ふむ」

小さな祭壇が床の間にしつらえてある。

そこに翡翠の玉(ぎょく)が端然と座っている。

アマテラスはみほすすみの母、ぬながわひめにおもいあたった。

ぬながわ・・。

ぬは翡翠をさす。

翡翠がとれる川の姫。

たしかに、ぬながわひめは天津神、高天原族の血筋である。

ーいつのまにやらー

どうせ、スサノオの采配にきまっている。

高天原という場所からおいおとされたスサノオが、
結束をかためるために、
娘婿である大国主命をつかい
別筋の天津神をおのが勢力にくいこませたにちがいない。

血筋。

これがあるばかりに、スサノオをのがしてしまったアマテラスである。

高天原からのがれたスサノオは海原をわたり、越ちかくに流れ着き
そこから、南下し、諸国をめぐり出雲におちついた。

ー高天原の正当な血筋だといいぬけようというかー

ぬながわひめをこのまますておくことはできぬということでもある。

スサノオを惨殺する痛みよりも、アマテラスがおそれたのは
血筋だった。

親を殺す。
兄妹をころす。

文字通り、かみをおそれぬ所業ということになる。
ただし、この「かみ」は「神」でなく「上」である。

「上」は重圧といいかえていい。
アマテラスの上にのしかかってくるものである。

なによりも、上、すなわち重圧。
これは、アマテラスにとって、衆目だった。

民の心が離れていくほどおそろしいことはない。

血筋を殺したなど、一言とてもれてはいけない。

血筋をも殺す統治者に民がついてくるわけなどないのである。


それほど、血筋というのはやっかいなしろものである。

そのやっかいをさらに複雑にからめ、己の立地を有利にはかったのがスサノオであり、このスサノオがまたアマテラスの血筋である。

だが、さいわいなことといっていいか。

スサノオの息子でなく、娘婿という血筋でないものが介在している。

この娘婿が国ゆずりに応じている。

ただしくは、おうじざるをえなかったのであるが。

アマテラスが正義といってかまわない。

で、あらば、謀反するものは討伐せねばなるまい。

天津神の血筋を継承するみほすすみやぬながわひめが
これ以上、出雲族に加担し、
ひいては、スサノオの正当な血筋を継承することなどあってはならない。

とくに・・・。

みほすすみ。


まかりまちがえて、ことしろぬしなどとの間に子をなしたらば・・・。

アマテラスは岸からかえってきた軍兵に血の匂いをかぎとると、
満足気な笑みをうかばせていた。

にぎはやひ

「へさきに鏡をかかげよ」
アマテラスの横暴に急遽かけつけたにぎはやひだったが
すでに、時はおそく、
スサノオはいわんや、おおなもちまでもが、
死出の旅路についていた。

いまは、ことしろぬしとみほすすみの住まいとなった美穂の社の目と鼻の先にある入り江に
アマテラスひきいる兵が大挙していた。

あまたの船に入り江にはいることもかなわぬとみたにぎはやひは、
恭順のしるしになる神器のひとつ、辺津の鏡を船のへさきにとりつけさせた。

まだ、ことしろぬしもみほすすみも無事であるかもしれない。

アマテラスのうろこを逆撫でにしては、ならぬことであった。

恭順といいかえてみたが、降伏にほかならない。

にぎはやひにすれば、二度もの降伏である。

兵にかこまれ、浜におりたてばそこにアマテラスがいた。

「苦労であったな」

かけつけてみたが、なんの役にもたたなかったことを
アマテラスがせせらわらう。

皮肉なねぎらいであったとて、アマテラスなどにかけらたくはない。

「ことしろは?」

生きているといわれたとて、ことしろぬし自らの姿をみなければ
事実などわかりはしない。

はやって、おろかな口をあけてしまった。


「ことしろは、いきておる」

アマテラスが愉快そうに笑う。

「スサノオとおおなもちの身はあんぜぬのか」
アマテラスが二人をいかしておくはずがなかろう。
歯噛みしながら、にぎはやひは返す口を考えていた。

「おまえのことだ。
おおなもちには、スサノオをたすけると
スサノオにはおおなもちをたすけると
だましうちで、もろともの命をうばったであろうが」

薄ら笑いでにぎはやひをねめつけると
アマテラスは剣を構えた。

その剣をにぎはやひののど元一寸によせた。

「スサノオはなにもかもすてて、にげだしおった。
日御碕で自害したのを、それ、そこの男が」
兵の一人をあごでしゃくる。
「哀れな姿にかわりはてたのをみつけたのが、その男だ。
スサノオにみはなされ、おおなもちも絶望のふちにたったのだろう。
逃げてしまうような男にうらぎられ、なにもそこまではかなまずともよかったものを、のど笛をついて、また、これもまがぬけた話でな」
なにをいおうとするのか、黙って聞くしかないにぎはやひだった。
「死にまようたのだろう。刀のきっさきにもにげられて、
死に切れずもがいておったのを救うてやった」

つまり、止めをさしてやったという。

言うにことかいて、救うてやったの言い草もはらにすえかねたが、
立て板に水のごとくの大嘘に臆面さえみせない、そのふてぶてしさに
はらわたがにえくりかえった。

「よもや、おまえまで、はかなんであとを追うなぞということはないだろうの?」

つまり・・・・。

大嘘のとおりとしておかねば、これまた、新たな大嘘にくるまれた
にぎはやひの死体ができあがるということになるぞとおどしているのである。

アマテラスの言葉に頷けば、命はながらえるだろう。
が、
アマテラスの傲慢さは、スサノオを冒涜し、おおなもちをまぬけとなじる屈辱にあまんじるまいとするにぎはやひに死を覚悟させていた。

舌をかみきろうかという瀬戸際だった。

「にぎはやひ。アマテラスさまは情けのあるおかただ」
割りいってきた男がことしろぬしでなければ
にぎはやひは己をとどめおくことはなかった。
ことしろぬしでなければ、アマテラスをほめそやす言葉のうしろになにかあるとはおもわなかったであろう。


真意
「アマテラスさまはおおなもちの願いをかなえてくださるのですよ」
おおなもちの願い?
おおなもちがなにをねごうたのか、ことしろぬしの口からきかされるだろう。
はたして
「おおなもちは、天まで届く社をねがったのです。
それは莫大な人力と時間がかかることでしょう。
それでも、アマテラスさまはおおなもちの願いをかなえてくださる」

ーなるほどー
にぎはやひの胸にぬながわひめの推量とおなじ考えがわいていた。

ーー天まで届く社を交換条件にだしたのはおおなもちにまちがいない。

それほど、むごく、スサノオを惨殺したのだから、
その怨念をしずめるに、天まで届くものにしなければおそろしいことになりますよとおおなもちは言下ににおわせたにちがいない。

そして、後世、
逆にその社の存在こそが、いかにスサノオをむごく死においやったかを語る。ーーーー

おおなもちの真意をはかりとると、にぎはやひは、
アマテラスの刀から身をひき、その場にひざまずいてみせた。

「私の暴言をどうぞゆるされよ」

ぬかづく恭順の徒を討ちてしまうのはたやすかったが、
にぎはやひという男、そのうしろだてがうるさい。
敵にまわせば、物部一族が反旗をひるがえす。

物部一族は卜(占い)にたけており、巫のごとき技術をみにつけているもがおおかったうえに、
灌漑や治水にたけた技術集団でもある。
今に残る占部という名前などは占いに従事したもののなごりであり
はしご高(変換できないのでこう書く)は、文字通り川に橋(はしご)をかけたりなど、建築や土木に精通したものの名前のなごりであるといわれている。

まだまだ、出雲族やそれにかかわるもの、たとえば、ぬながわひめなどの存在があり、そちらの平定が急務をようする。

いまはまだ時期尚早と、アマテラスは刀をおさめた。

「それで、おまえはこれからどうする」

アマテラスの問う意味は、ふたつある。

ー虜囚にならずにすんだとありがたく思えー
ー自由にうごきまわってもかまわぬが、大和の地にて、おとなしくしていることだ。おとなしくしておれば自由をうばわぬー

「もしも、ゆるされるなら」
にぎはやひは、アマテラスの表情にゆがみがでぬか、くいいるような眼でアマテラスをみつめた。

「なんだという」

「スサノオとおおなもちの墓前に手をあわせたい」

「なんだ。そんなことか」

亡骸をみられるわけではない。
その余裕だろうか、アマテラスははあっさりと応諾をみせた。

にぎはやひはまたも自嘲をくりかえすだけになった。

ー墓だというて、本当に亡骸をうめておらぬかもしれぬー
うろっぽの墓に手をあわせすだけでしかないのかもしれない。


「亡骸は・・」
口では何とでもこたえられることでしかない。
尋ねたにぎはやひにアマテラスはしのびなさそうにこたえた。

「国ゆずりに応諾した以上、スサノオもおおなもちも
敵ではない。亡骸をさらすようなまねはせぬ。
手厚く葬った」

尻尾をださぬアマテラスはさらにつけくわえた。

「できうれば、自害などせず、国つくりに加勢してほしかった。
私もおしい人物をうしなってしまった」

あとの御託はききたくもない。
「案内していただけますか?」
にぎはやひは、うやうやしく頭をさげた。

誤算


大きな岩を墓標にしたのは、
簡単に墓をほりかえせぬようにしたともみえた。

ーすると、ここにスサノオがねむっているのかー
手をあわせ、スサノオにたずねてみたとて、
返事などかえってくるわけがない。

日御碕ちかく、平らな草原の真ん中にすえられた墓石に
夕日がにじみだしてきていた。

「おおなもちは・・?」

スサノオの後をおったといってはいたが、別の場所で自害したということにしているのだろう。

にぎはやひを案内させたアマテラスもまた、ともにやってきており、ともにスサノオの墓にぬかづいていた。

「おおなもちは、天まで届く社のほうにうつしてやろうとおもうておる」

ーえ?-

「社はスサノオのためではないのか?」

アマテラスは不思議な顔でにぎはやひをみつめた。

「スサノオとともにということか?」
にぎはやひは尋ねなおした。

「いや」
はっきりとアマテラスが否定した。

「な?なにゆえ?」

おおなもちは、スサノオのために社の築造をねがったのではないか?

その心をくんでやったのではないか?

「出雲を捨て、逃げ出したスサノオをなぜ、まつってやらねばならぬ」

ーえ?-
「ひきかえ、おおなもちは、国を譲り、多くの争いに民衆までがまきこまれまいと心を砕いた。出雲の長はスサノオでなくおおなもちである」

ーうそだー

天に届く社は血筋殺しの怨念をふさぎこむためのものだ。

ーあ・・・-
気が付いたことが、にぎはやひを怒りに震えさせていた。
その社にスサノオをまつれば、アマテラスがおこなった惨殺が明白になる。
アマテラスはそこまで先をよんだということになる。
だから、スサノオを祀りながら、スサノオを祀ったとはいえない。
かわりにもっともらしい理由でおおなもちを祀りあげる。
おそらく、祀りの祭壇はもとより、社には、スサノオを封印する仕組みがほどこされていく。
だが、外聞は国譲りの功、民衆を思う出雲族の長、おおなもちの御霊を慰めるためということになる。
かてて、スサノオのあとをおった儀に厚い男ともいわれよう。

ーそこまで、考えてスサノオが逃げ出したという発案だったのか・・-

ずるがしこいといえば、それまでだが、
民衆の心をいかにひきつけ、あやつるかにたけすぎている。

ーそらおそろしい・・・-

にぎはやひはこの先、この国がアマテラス一色になると思った。

ーそらおそろしいほど、頭がまわるー

そして、巫としてのアマテラスがもう一人の巫女の存在を握りつぶすのは
もうまもないことだとおもえた。

疑惑


真にスサノオが眠るかどうかわからぬが、スサノオの墓は確かにあった。
「おおなもちの亡骸は?」
「うむ」
返事を返したがアマテラスは言葉をつなごうとしない。
「スサノオをこのままにしておくのも、哀れでな。
社をひとつ、建立してやろうとおもっている」
にぎはやひの問いをかわすかのようである。

「おおなもちの亡骸は?」
にぎはやひはもう一度尋ねなおした。

先のように剣をつきつけてくれば
アマテラスにとって都合のわるい質問であり、
再び、話をそらすとしても、同じである。

「見ぬほうがよいぞ」

アマテラスには、臆するということがないとみえた。

「それはどういう意味だろうか?」

亡骸を墓所に埋めたのではないのか?
亡骸は無残に放置されたか?
さらされているということか?

が、そうであるならば、
アマテラスは前言をたがえることになる。

「まあ、よいわ。ついてくるがよい」

ひかえおる兵士に手をあげ、
「馬を」
と、命じた。
ここにくるときににぎはやひをのせた馬の手綱を握っていた兵に
「諫早もだ」
にぎはやひにも馬を与えよとつけくわえた。

「良い名じゃろう」
言うと、からからと笑いあげた。

「諫早が曉速(にぎはや)をのせるか」
どちらも、すばやいという意である。

だが、その笑いの後ろには、やはり、あざけりがある。
いくら、速い名前でもスサノオ・おおなもちの元にかけつけるにまにあわず、
死んだ者にあいにいくに速き馬にのっていく速き者でしかない。
馬とにぎはやひの名前のめぐり合わせが見事な皮肉になってしまうのが
おかしくてたまらない。

そんなアマテラスのかんらの笑い声がおさまるのを待つしかない。

やがて、くくと忍び笑いで〆るとアマテラスが馬上の人となった。

「ついてこい」
一鞭あてると飛ぶように走り出した馬の背のアマテラスをめどうに
にぎはやひもあとをおった。


茅の中に


落ちいく陽においつこうとするがごとく走りいくアマテラスの
馬の手綱がひきしぼられた。

馬が荒い息のままその場に静止すると
アマテラスは馬の背から降りた。

ーここか?-

馬上のにぎはやひはあたりをみわたした。
目にうつったのは
ただ、ただ広い茅の群生だった。
さほど、背の高くない茅がならびたつ、その向こうの
茅がおしなべられている。

落ちいく陽光がおしなべられた茅の中に並び立つ
七つ、八つの黒い石を影絵のようにうかびあがらせていた。

奇妙であった。

ーま・・まさかー
スサノオにかかわる一族、娘のすせり姫・・妻のくしいなだ姫(ごめん、うろおぼえ、ちがってるかも)・・その他もろもろを処刑したのか?
その数をかぞえなおす。

ーひい・ふう・みい・よお・・・・-
ここのつの黒き石。

ー見ないほうが良いというのはこのことか?
スサノオにかかわるすべてを抹殺したということなのかー
しかし
ーいや、ここはアマテラスの大嘘であっても、おおなもちの墓
スサノオの血脈をうめるはおかしいだろう
すると、おおなもちにかかわるものたち?-

それも 妙である。

付記
「古来、日本の戦というのは、大将の首をとったら勝敗を決するというまるで将棋のような側面があった。
これが崩れだしたのはいつごろからなのかわからない。
元寇の役のころの話だったと思うが、和人は礼節をおもんじるか、
名乗りをあげてから戦いを始めるので元の戦士に簡単に切り殺されてしまったという。
ここから類推するに、名乗りを上げて戦うのは、ひとつに将を明確にするためで、大将をうちとれば、戦いも終息し被害も最小限ですむ。
余計な労力を使わず被害を最小限にとどめるためにも、大将を破ったら勝ちという暗黙?の決まりができていったのであろう。
すなわち、これがアマテラスの時代にもあった(ことになる・・いずれ)ので、大将とされるものを打ち破ったのならば、一族郎党がともに撃たれるということはありえない。
みほすすみにかんしても、同じであるのに、みほすすみを殺そうとしたということでも、
アマテラスの一国統一の執念がいかに深かったかといえる
また、出雲の長がおおなもちであるのなら、スサノオを惨殺する理由がない。
すなわち、スサノオがいかに民衆の心に根付いていたかであり、
スサノオ追討については、主が二人いるような、あるいはキリストが大事で主をかえりみない状態ゆえに行ったキリシタン弾圧政策と似た思いがあったのではないかと考えている」

方円

「どうした?おりぬのか?」
馬上であれば黒き石はことさらはっきりとみえておろう。
にぎはやひは、黒き石の数にとまどうているとみえた。

「あ?ああ・・」
やっと、馬の背をおりると、
アマテラスの近くにあゆみよりながら、尋ねるしかない。
「ここか」
おおなもちの墓はここだというのか?
にぎはやひのとまどいをみすかして
アマテラスは言葉少ない。
「ああ。そうだ」
またも笑いがこみあげてきそうである。
にぎはやひの勝手な憶測がどういうことであるか、
あの墓々をみて、何を考えたやら・・・。
「あれは・・どういうまじないだろう?」
にぎはやひの選んだ尋ねぶりだった。
「はて?まじないとはいかなることだろう?」
黒き石のうち、八つは方円の線上におかれ、
おそらく、方位にあわせて、等間隔に配置されている。
八つの石の中心にことさら大きな黒き石が座っている。
その中心の黒き石のしたに
スサノオ、アマテラスにいわせればおおなもちが眠っているのではないだろうか?
一族郎党でおおなもちを護るかのような配置にしたのは
いったいどういうまじないであるのか。
方円の中心を囲む八つの柱・・・。
巫でもあるアマテラスだからこその怨念封印か?
それも、とりあえずのものでしかないが。

にぎはやひの尋ねに応じないアマテラスであるのも
またも、妙である。
「どれが、おおなもちの墓であるのだろう?」
当然、中心のものであるのにきまっておろう。
にぎはやひはあえて、
大勢の亡骸をうめてあるので判別できないと。
大勢の亡骸をうめてあると言下に含ませて見せた。

まじないとはいかにと問うても
そこには答えず
大勢を殺戮したと暗にアマテラスを責めているにぎはやひである。
と、わかる。
「く・・」
アマテラスののどまであがってきた笑いを殺す。

闇の中に

かみ殺した笑いがまだ口の中にのこっている。
粛清なる事実をつげるにふさわしからぬ。
アマテラスは静かに頭をたれ
己が静まるの待った。

やがて、にぎはやひにまたも邪推されるだろう事実をしゃべりだした。
「すべてが、おおなもちである」

にぎはやひの顔が怒りに震える。
顎が宵闇の中でがくがくとうごいている。
言葉にならぬ怒りを言葉にしようとするものの
口中、舌がしびれ、こわばっているとみえた。
「おおなもちは出雲を思いに思った男だ。
死してもなお出雲をまもりたかろう」

ーそれが、答えだというかー
それが、おおなもちの体を九つに裂いた答えだというか。

「いずれにの、出雲をとりまいてやれるようにと、思うておる」
裂いた体を出雲の端々に埋め、守護の神とあがめたてまつらせてやるという。
「まなかのはの、天まで届く社においてやろう。
ように約束を護ったとわかるようにの」
苦痛が喉からとびだしてきたかと思う。
「ぐ・・」
一声うめいてにぎはやひは両手で顔をおおった。
約束を護ったとわかるとは、おおなもちがその目でみれるという意である。その目でみれるということは、まなかにうめられているのはおおなもちの目が在る所。すなわち、首である。

慟哭が舌のしびれをどこかにおいやり、にぎはやひはアマテラスに怒りをぶつけることができた。
が、その怒りはもはや、怒りをとおりこした憐れみになっていた。
「おそろしゅうないか」
おおなもちといいかえているが、スサノオを
ばらばらに裂いて、およそ人とは思えぬ所業を嘘でくるめても
アマテラスは自分の心を嘘でくるむことはできない。
それでも、何もかもの嘘にくるめて、惨殺よりむごいことを平気でおこなう自分がおそろしゅうないか?

憐れみというよりも、諦めにちかいかもしれない。
アマテラスにおよそ人らしい思いがわずかでもあると願った自分が間違っていた。
黒い瞳が宵闇の中で微動だにせず、白い瞳だけが宵闇の中でなおも白い。
呆然とたちつくすにぎはやひの横をすりのけると
アマテラスはまなかの黒き石にあゆみよりぬかづいた。
「出雲の護り、ようにたのむぞ」

茶番より始末の悪い、童より幼稚な・・心のない男の戯れ芝居などに
怒るもあきれるも、心を乱すのも阿呆げている。

「ように、たたらぬようにねごうておくことだ」
自分でかけた言葉ながら、精一杯の皮肉とも、間違いなく祟られる男への憐れみともとれた。

「それ、それが邪推という。おおなもちの心根を解してやれないものかの?」

「ふ・・」
いくばくか湿った笑いが宵闇が暗闇へかわる変転にかさなり、
黒き石も二人の姿も湿った笑いも漆黒の闇にのまれていった。

月光
ひざまづいていた足がまっすぐのばされると
アマテラスは馬からおりたったその場所にあゆみよっていった。

「にぎはやひ。せめても馳走なりもてなそう」
せっかく、はせさんじてきたのだから、
夕餉くらいたべていけ。
たべたら、朝にはここをいでよ。

言下にしいた追放と見逃しに従うしかない。
どのみち、もう、ここにいたとて、
なんの役もない。

「わかった」
むすりと答えたものの、あたりは漆黒の闇がますますふかまっている。

この暗さで馬に乗ることは不可能に近い。

アマテラスは暗闇の中、たやすく馬にあゆみよったが、にぎはやひの目は
夜鷹に程遠い。
ーこの闇さえ、見透かすか?それは巫ゆえの力か?-

おぼつかない足でアマテラスの声のあった方をめざす。
その足取りにきがついたのであろう。

「もう少し明かりがいるか・・。しばし、待っておれ」
言うがはやく、アマテラスは口中、祈りをささげはじめた。

ーふっ、またも猿芝居かー
どうせ、遅れをとった兵が歩足で追いついてくるのを見越しているのだろう。
松明がよこさせた。と、巫力を誇示するか・・。

「うむ」
頷いた声がおおきくもれると
向うの山の端がほの明るい。
松明の朱とちがう大きく白いほのあかりが
その正体を月とはんじさせた。

ーあ?こやつ・・-
むろん、月を呼び寄せたわけではない。
だが、いつ月がのぼってくるか、
時をしるすべもないというのに
時期を掴み取る。

それとも、刻限をつかみとるための祈祷か?
いずれにせよ、そのやり口で日食をわが手に扱ったのはまちがいない。

「諫早にのるがいい」
いいしなにアマテラスはひょいと馬にのりこんだ。

「いくぞ」の声にまたもや、にぎはやひはアマテラスの後をおうことになった。


不在

月がのぼりはじめると、
海にてりかえした光が辺りいったいを散り染める。
ぼんやりと道がうかびあがり、
馬の荒い息が波音にかさなりあって、
ひずめの音にかきけされていく。

やがて、美穂の浜ちかく、
潮の香りがいっそう濃くなった。

と。

人家が立ち並ぶその奥。
浜に干された漁網が月光にうかびあがる。
美穂の社はもう、目と鼻のさきだった。

社近くになると
夜営を張る兵の焚き火がいくつも点在し
あがった炎が水面に朱をまたたかせた。
その様子で野営の陣が岸辺近くにいるとわからせた。

いまや、攻め入ってくるものも、なく
引き上げの号令を待つだけの兵は
大きな炎の照り返しをうけていた。
用心をも焚き火の薪にかえたようだった。


その兵達があわててたちあがると、
アマテラスの馬が通りすぎるまで
じっと立ち尽くしていた。

「ここだ」とアマテラスにしめされ、社の門をくぐるより先に
にぎはやひは少し悲しい声でアマテラスをたたえるしかなかった。
「ように、統率がとれておる」
兵のさまをいう。
いっせいにたちあがり、アマテラスへの敬意をあらわすとともに
アマテラスの無事をわが目で確かめる。
強要でもなく、畏怖からでもない、敬慕に近い情からの
自然な行動に見えた。
すくなくとも、兵には忠誠を誓えるアマテラスたりうるのだろう。

社ちかくまで馬をひきいれるとそこで馬をとめた。
すぐさまに兵がかけよってきて、厩に連れて行く様子だった。

「ようはしってくれたの」
馬からおりると、アマテラスは馬の鼻面をなで労をねぎらった。
ーこ・・これかー
馬にまで細やかな心配りをみせるアマテラスであらば
いわんや、人にはと思わされる。
スサノオを、おおなもちを惨殺した男とはおもえないうらはらが
意外すぎたが、
細やかな心配りゆえに、多くの人がアマテラスに魅了されたのかもしれないと思えた。
ー付け焼刃の君臨ではないということかー

このとき、にぎはやひははじめてアマテラスをおそろしいとおもった。

同時にこの男を敵にまわして勝ち目がないと悟った。

「ことしろ」
大きな声で社の中のものをよぶ。
あらわれたことしろぬしに
「なにか、くわせてくれぬか」
と、これまた、童のようにせがむ。
ーいったい、どうなっているのかー
ごく親しいものにあまえるかのようである。
なれなれしいといえばそれまでだが
この気安さこそがアマテラスの願いをかなえてやりたくなる衝動をうむ。
子供のように邪気なく人とせっするは
アマテラスの素の顔なのかもしれない。
不思議の面持ちでアマテラスをみやっていたにぎはやひだったが
ーあ?え?-
ことしろぬししか、現れなかったと気が付いた。


哀れ

ただ、たんによばれなかったからでてこぬだけなのか。

ーいや、それはない。ー

虜囚とまではいかぬかもしれぬが、
囚われの身にはまちがいない。
で、あらば動き回る自由を与えたアマテラスにせめても礼儀があろう。
きこえぬふりなどでやりすごすわけがない。
父、おおなもちの死に、我をうしのうてしもうたか。

が、ことしろぬしがそこらを自由にうごきまわっているといって
みほすすみにも自由をゆるされているとはかぎらない。

自失のはてふせこんでしまったか、
あるいは、奥から一歩もでることがかなわぬ
縄網にからめとられているか?
いや・・。
縄にかけなければならないほどのわけがあるのなら、
アマテラスは・・・。
いやな考えがわいてくる。

ことしろぬしに自由を与えている。
このにぎはやひには、怒りに血をのぼらすこともせず
おかげでまだ生きている。
なんらかの基準で生かす殺すをきめ、
生かすほうを、囚うことがないばかりか、八分がた自由をあたえている。
このにぎはやひに対してもそうだ。
こちらの願いをききとどけ、墓所にまで同道してあないしている。

ーと、なると・・ー
やはり、みほすすみはふせこんでしまったか?
そうであってほしいと願いながら
社の中にあがりこんでみたが
みほすすみの気配をかんじられない。

奥座敷に寝入っているのかもしれない。

部屋の真ん中、囲炉裏にくべられた炭がぱちとはねた。

囲炉裏につるされた鍋から
湯気があがりはじめ、炭はいっそういこり、音をたててはぜた。

部屋の右手奥。くどがあるのか、ことしろぬしが椀と木杓子を
盆にのせてあゆんできた。

「ことしろ・・」
尋ねてみたいことは山ほどあったが、
うかつにしゃべればにぎはやひでなく
ことしろぬしの胴と首が二つになるやもしれぬ。

「みほすすみは・・正気でおるのか」
これならばよかろうと
やっとの思いで口にだしてみたが
ことしろぬしはきこえぬかのように
鍋の中から干飯の粥を掬うと
「このようなものしかございませぬが」
と、二人の前に椀を押し出した。

そのまま立ち去ることしろぬしのその顔をくいいるようにみつめるにぎはやひになる。

ことしろぬしはふとたちどまってみせると
ひどく遠いまなざしをして、その後瞳をふせた。
伏せたままゆっくりと歩みだすとにぎはやひには
もう、ことしろぬしの背しかみえなくなった。

ーそうかー

悟った事実が、胸をゆする。
あまりにもいたいけなさすぎる。

ーそうまでして・・・-
そうまでして、そうまでして・・・・。

にぎはやひの胸に、みほすすみの母であるぬながわひめの顔がうかびあがってきていた。
翡翠を操る巫女姫はみほすすみだけでない。
まだまだ、微力な巫女でさえ、在ることをゆるさぬ。
ましてや強大な秘力をもつ巫女はなおのこと。
ぬながわひめへの布告にしたか。

夫をうばい、娘をうばい、それでも、あきたらず
ぬながわひめの命まで奪うというか。

なにもかも奪われた母と妻の悲しみが像になり、
にぎはやひにひとつの決意を結ばせていた。


出立

出立の浜はこの先の暗雲ひとつ、匂わすことなく
青い海原が朝日にきらめいていた。


「いくがいい」
客人を見送るがごとくに浜までやってきたアマテラスは
にぎはやひに柔らかな笑みをみせていた。


にぎはやひの命をうばうこともなく、
こちらのいいぶんをきいて墓所までつれていき
いつ、なんどき、にぎはやひが刀をぬくかと
おそれることもなく、
たった一人で相対してみせ
寝場所をあたえ
いまは、丁重に見送る。


深く頭をさげ小船にのりこんだにぎはやひの胸中に
ひとつだけ、うかぶことがある。


ーそれが、おまえのなさけのかけかたかー
アマテラスはにぎはやひの性格を捉えている。
この先、にぎはやひがどうするかもみえている。
にぎはやひはぬながわひめの元にはせさんじ
対アマテラス戦に加勢しようとしている。


その敵をのがすとはどういうことであろうか


こう考えれば、胸中にめぐった結論になる。


このままにぎはやひを自由にするということは
このにぎはやひを使いにするということだ。


この使いが先んじてアマテラスがやってくると
ぬながわひめに言上する。


ぬながわひめは覚悟をつける。


いきなりの急襲ではなく、
ーいきますよーと告げることが
アマテラスのなさけのかけかたであり
礼節であり、ぬながわひめへ尊厳をつくしたのであろう。


ーせめてもの・・なさけをかけるがため
わしをいかしておいたか・・・・-
にぎはやひはぬながわひめにすくわれたのかもしれない。


小船から本船に乗り移ると
にぎはやひは恭順の意思をあらわす鏡をへさきから
とりはずさせた。


アマテラス同じく
これからは敵同士になるとはっきりしめしておきたかった。

美穂崎から
「糸魚川まで船をすすめよ」


高くにぎはやひの号令がひびいた。


陸路

海流にのった船が糸魚川にたどりつくのは易かった。
が、それが、いっそう、にぎはやひを不安にさせていた。


船の中でなんども、アマテラスの船がおいついてきはしないか
艫に立った。


アマテラスはすぐにでも、奴奈川にせめいってくることだろう。
同じように海流にのれば、にぎはやひがぬながわひめの元に
たどりつくまえに一戦、まじえることになるかもしれない。


敵は統率がとれているばかりでない、
日の神を擁立している。
覇気はいっそう高まる。


日食以降、奴奈川一族しか、アマテラスに反旗をひるがえすものもいないだろう。


誰もがおのが身が大事に決まっている。


孤立無援。
こんな状態で奴奈川までたどりつけるのか。


並ぶ住まいの中人もスサノオやおおなもちの恩義に背を向けるすまなさで、見ぬふりで通してくれてはいたが


アマテラスの軍勢がはいってくれば、忠誠をみせるため、
とたん、にぎはやひの敵になる。

おそらくの疑心暗鬼でしかないのかもしれない。

ふと、にぎはやひはたちどまった。


「鏡をここに」
にぎはやひは、ここでも、敵意はないと鏡をかかげるしかなかった。

覚悟 にぎはやひは、船を下りるときに
兵をふたつにわけた。

アマテラスが海路をえらんだ時を考え
上陸を阻むための兵と

白山をぬけ、山越えで奴奈川にはいった時、
迎え撃つ兵と。

だが、四十人あまりの兵をふたつにわけ、
奴奈川をめざすと、
要所要所に伝令役の兵士を置いてきたのだから
その数も十と六。


奴奈川にはいったら、同時に大和の地にむけて
援軍を要請する馬を走らせる。

山越えでせめいってくるなら
船に残った兵の召集も大和の地から援軍到着も
十分に猶予がある。

だが、船だとすると・・。

あの少数では、わずかに行軍を遅らせるだけ。

先に上陸したものが、地の利をえて
どれだけ、時をかせげるか。

残し置いた兵がアマテラス上陸の伝令をもってくるかもしれぬ。

先を急ぐべきか、戦いに有利な地形にて、とどまるべきか。
せまりくる川岸の斜崖をみあげながら
なんどか、やりすごした。

やがて、奴奈川が本流一本になり
ぬながわひめへの加勢にて、士気を鼓吹するべきだと
にぎはやひの思いも一本になっていた。

突然、
熊笹が生い茂る山の端から、竹槍をかまえた
領民がとびだしてくると
にぎはやひに竹槍をつきつけ取り囲んだ。
大御心 どう見ても兵ではない。

ぬながわひめを護ろうと決起した奴奈川の民である。

胸に携えた鏡を高く掲げ恭順の態をみせながら

にぎはやひの胸中は複雑なものになっていた。


すでに、おおなもちの訃報は伝えられている。

と、考えてよいだろう。


当然、アマテラスが奴奈川を掌握しにやってくる。

翡翠の霊力をあやつる巫女はいまや、

どれほどの兵力を結集できるか。

わずかながらも尽力しようと民・百姓までが

竹やりを手にもつ。


だが、それこそが、

アマテラスの怖れなのだ。


なによりも恐ろしいのは人心である。


ぬながわひめのためならば、

命もいらぬと信服する民をアマテラスは

どうするだろう。


みほすすみとて、刀の露にしてしまうアマテラスが

アマテラスに逆らう心をみすごすだろうか?


逆らわなければ、それでよしと

出雲の民にみせつけるために

おおなもちとスサノオに死を与えた男が

反逆の徒をどうするか。


恐れをしらぬ民をつくるぬながわひめをどうするか。


「みほすすみの無事をぬながわひめにおしらせしたい」

事実と違う言葉をくりだす口を不思議とおもいながら

なぜ、嘘をいうかと考えながら

にぎはやひの手は鏡を掲げ続けていた。


目の前の竹槍がしんとしなだれ

にぎはやひの前に

ひとりの男がぬかずいた。


「もしや、にぎはやひさまでは?」


なぜ、知っているのか。

にぎはやひの疑問に答えるかのごとく

男の口をついてでてきた言葉は意外でもあった。


「もし、そうであらせられるのであれば、姫からのお心をおつたえいたします」


すでに翡翠の霊力によって

にぎはやひがくるとよんでいたということであろうか。

ならば、みほすすみの死もよみとっているということになろう。


「確かに、わたしがにぎはやひである」


何の確証もない男の言葉に真実をみたか。


「ならば・・」

男は突如、にぎはやひの前に土下座した。

頭をじべたにすりつけ、振り絞る声がふるえていた。


「どうぞ、このまま、大和におかえりください」


耳を疑う言葉ににぎはやひが尋ねた。


「それは、そなたたちの願いでもあるのか」


すりつけた頭がもちあげられると

男のほほにまで伝うしずくがあった。


「はい」


「なぜ、そういうのか?」


ぬながわひめのお心と

男の泪。


そのわけがわからぬ以上は引き下がれぬと思った。

☆大御心


もう一度、にぎはやひは言い直した。

「みほすすみから、伝言をことずけられている。

それをつたえねば、ひきかえすわけにはいかない」

ぬながわひめに直接つたえる話であると気取ると

頭をさげた男はなにか、じっと考え込んでいた。

「通すのか、通さぬのか?

通さぬとならば、お前たちはぬながわひめの臣下ではあるまい」

にぎはやひの言葉に男の肩がふるえた。

意を決したか、男はしゃべり始めた。

「我らは、逆賊であることはまちがいありません」

すると?

「おまえらは、わしが姫の助きになるを許せぬということか」

だが、それならば、さっさとにぎはやひを撃ちまかせばすむことであろう。

ましてや、逆賊が逆賊であるとさらすものだろうか?

「我らは、姫のお心に逆ろうて・・」

「姫のお心とは?」

にぎはやひがたずねれば、それを言わば、姫の心に従わざるをえなくなるとでもいうかのごとく

男は口を閉ざす。

「言うてしまえ。そのお心に逆らうには、逆らうわけもあろう」

じっと、にぎはやひをみつめた男の瞳は悲しい。

「姫は・・我らに生き延びよと・・」

にぎはやひは、わずかに男の心をつかみとれた気がした。

「姫は、わが身をアマテラスにさしだせば、それで、済むと・・」

すると・・。

姫は臣下はもちろん、たけみなかたも、傍らからおいやって

一人、そっくびをさしだすことで奴奈川の地を民を護ろうというのか。

「たけみなかたさまは、すでに挙兵をあげ・・」

アマテラスはそれを見逃しはすまい・・。

ぬながわひめの血

あるいはおおくにぬしの血をたえさせることで

ぬながわひめはかろうじて生き残れるかもしれない。

だが、夫も子もなくし、その犠牲のうえで、いきのびようなどとおもいもすまい。

死に場所をさがすしかなくなった女は

もっとも、おおきな見返りをもとめて、死をあがなうと決めたか・・・。

民の和平という見返りをあがなえるだけの存在であったことが

姫の救いだったのかもしれない。

「姫、ひとりで逝かせるなぞ、我らには・・」

できないと声が音にならず

男の喉からむせび泣きがもれた。

「それで、逆賊か・・」

姫の大御心というものが、簡単にとおらないほど

ぬながわひめが敬愛されてきたということではある。

「それでは、わしも逆賊であるな」

にぎはやひの心にわびるのであろう。

男は再び、じべたに額づいた。

「だからこそ、にぎはやひさまは大和におもどりください」

「ふむ」

どう戦っても、アマテラスの軍勢に勝てるわけがない。

そこに、にぎはやひが参戦するは、犬死に等しい。

「我らは、アマテラスと戦うのではありません。

我らは・・アマテラスが手にかけるお方が

どれほどのお方であるかを、ただ、その目にみせつけたい・・

それだけのために、この命散らせるを覚悟のうえ」

その戦いはいわば、姫の価値を後世につたえるためともいえた。

「そのような、お覚悟をするには、ひぎはやひさまはお立場がちがいます」

確かにそうかもしれない。

「大和には大和の民がおりましょう」

うかつにアマテラスに逆らえば、大和も奴奈川同様になる。

「われらのようなものを、つくってはなりません」

「だから、引けというか?」

「はい」

「のう、男がいったん、口にだしたことをひっくりかえして

おめおめとにげかえるような、そんな主をもちたいとおもうか?」

「はっ・・」

うかつに答えられない言葉であり、あるいは、にぎはやひの心を量る戯言になってしまう。

「まあ良い。わしはここで死んで民には義に厚き男よといわれたほうがよほどいい。

それにここで死ぬれば、大和の地は流血なくして、アマテラスの統治におちよう」

「それは・・」

いけませんといおうにも、にぎはやひの思いをひっくり返す答えをみつけられず男は三度口を閉じた。


☆邂逅

何も答えられぬ男の横をすりぬけて

にぎはやひは、やはり、ぬながわひめの元へ歩もうとする。

「にぎはやひさま!」

それでも、とめようとする男になにを言えばいいだろう。

「のう、後世につたえたい。姫のお徳をきざみたいという心もわからぬではないが

この先、アマテラスがどうなるかもわからぬ。

アマテラスのような男がまたもあらわれ、

スサノオやおおなもちを粛清したように

アマテラスの名前なぞ、かきけされてしまうかもしれない。

そのときに、おまえたちの望みがかなうものだろうか」

男はうなだれたまま、にぎはやひにつぶやいた。

「それでは、我らも犬死だということですか」

むごいことかもしれないと思いながらにぎはやひは言葉を返した。

「そのとおりだ。

だからこそ、自分の思うとおりに生きるしかあるまい?」

それは、男たちのことをいうのか

にぎはやひ自身をいうのか・・

「いずれのち、あやつは、わが身のために

人心をあやつり、真をぬりかえてしまうだろう。

わしも、何百年かさきには、

どのように、語り継がれているか

それどころか、名前すらのこっておらぬだろう」

「己の心のままに、生きるしかない・・と」

「姫もまた同じ。お前たちも同じ。

逆臣になろうとも、姫のお心に逆らおうとも

そうせずにいられないのは、

みんな同じであろう」

その言葉を最後ににぎはやひはぬながわひめの元へあゆみはじめた。

そして、奴奈川の源流近く

ふるぼけた館をみつけた。

ーここに、ひとり、おわす。と、いうことか・・・-

館のまわりに、気配を隠して人々がいる。

ーにぎはやひだー

小さなささやきが漣のように伝わっていく。

どうやら、ぬながわひめはにぎはやひの到来をすでに皆につたえおいていたのであろう。

ーみほすすみの生き死にを知っている、姫でしかないー

その姫がにぎはやひの到来を許すということはどういうことであろう。

門とはいえぬ柵は、開け放たれ

すでに抵抗する気はないと見せ付けている。

アマテラスもそのように迎え入れ

あえて、アマテラスの刃を受ける気でいるのか?

政権の掌握のためなら、女子の命さえ奪い去る男だと自らの身であかしてみせたいというか?

おおなもちの顔がよぎる。

ほんのわずかの間、二人が暮らした美穂の社が浮かぶ。

あの場所を美穂の名前にかえた、みほすすみが二人の証だったのだろう。

おおなもちをなくし、みほすすみをなくし、たけのみなかたもいずれ・・

護るべき人々はやはり遠巻きに姫を見守っている。

いさぎよく死ぬことだけが生きる道と考え

ひとり、おわす・・か・・・

柵のとおりぬければ、館の戸もかんぬきひとつかけていない。

そのまま、たたきの土間をつっきって

かまちで具足をぬいだ。

ぬぎおえて、板敷きのまに足をあげた、その真正面にぬながわひめが居た。


☆宣託


静かに深く頭をさげる、その頭の前に二つの手がある。

慇懃すぎる礼に、かける言葉をうしなう。

「ありがとうございます」

姫の声はいくぶんか、年をひろったか

かぼそく、はりもない。

ゆっくりと顔をあげる姫はにぎはやひに痛い。

「くうておるのか」

おもやつれしていっそう年老いてみえる。

「おおなもちが悲しもうに」

いわれずとも十分にわかっていることでしかない。

だが、身体をいとうてくれる言葉に姫はまなじりをおさえた。

「にぎはやひさまは息災で・・」

「うむ」

つげるべきか、つげぬべきか、迷いながら

せめてもの、気持ちになる。

「おおなもちに手をあわせてきたからの・・」

誰にも供養されずにいるわけでないとせめて、それだけをつたえたかった。

「はい・・・」

おおなもちがどのように死んだか、聞こうとしないのは

そのむごさをしりたくないせいにも、

すでに、死にざまをきめているせいにもみえた。

「姫・・生きて・・ください」

口をついた言葉の意味合いを拾うと姫はかすかにほほえんだ。

「にぎはやひさまこそ・・」

かすかに迷う口をそのままに姫は話始めた。

「にぎはやひさまは・・情に厚いかたとよくぞんじておりますから」

知っているからわざわざ、証だてるまねをしてくれるなという。

「姫?」

「私は身勝手でございます」

「・・・・」

「私は先に逝ってしまったおおなもちの元へいきたいだけです」

確かにそうかもしれない。

そうかもしれないが、姫のいいたいことがみえてくる。

アマテラスに屈服するわけでない。

おおなもちのあとを追いたいだけのただの恋病み女でしかない。

だから、

そんなもののために、命を粗末にしてくれるなという。

心中相手はおおなもちだけでよい。と、わらってみせる。

どこまでが本心で

どこまでが、にぎはやひをいきのびさせるための方便なのか

はかりかねる、にぎはやひのその心をみすかしたのかもしれない。

「私たちを穢さないでほ・・しい・・」

ぬながわひめの後追いに

他の男がまざりこむなど、

二人への冒涜ではないかという。

瞳を閉じて、にぎはやひは考えた。

そこまで言うて、にぎはやひに生きよという姫の思いを受け取るべきか

はたまた、姫の言葉通りであるなら・・

そのふたつとも、結局、姫を一人で死なせるしかないということになる。

☆命


口を結び、黙りこくり、

もう3里もあるいたか。

奴奈川の館をあとにして、

来た道を戻るにぎはやひは、一言も発そうとしない。

大和に戻る。

それだけを言ったのは、もう何刻前のことだろう。

・・・・・

 

あのときのやるせない思いが今もにぎはやひに去来する。

戻り道でアマテラスにでおうたら、

その首、かっさばいてやると思うていた。

それが、どういう戦法をとったか、

アマテラスのアの字にもであわず

なんなく、大和に帰り着いてしまった。

なんのために、にぎはやひをおわぬか?

奇妙でしかなかった。

だが、半年もたたぬうちに

奴奈川はアマテラスの軍勢にとりかこまれ

決起せんとまちうけていたものが

応戦しはじめ

ぬながわひめは自らを戦いの場においた。

ーいうてもきかぬ奴ばかりで

とうとう、自ら指揮をとったか・・

民を犬死にさせたくないと戦わざるを得なかった・・かー

憐れに、恋病み女にもなれずに逝ったかとおもうと

すでに、あのとき、

ぬながわひめは、こうあることを覚悟していたのかもしれないと思えた。

誰にも、いうことの出来ぬ思いを

このにぎはやひにだけは、聞いてほしかったのかもしれない。

本心のままにも、生きられぬを

知ってほしかったか・・。

追憶にすぎなくなった存在に思いをはせてみても仕方がない。

やがて、アマテラスも大和を手中におさめようと奔走しだすだろう。

そして、このにぎはやひも

八つ裂きにされて、誰かの名前にかくされるか・・。

ぬながわひめ・・・

おまえのように、いさぎよく、死ぬるがよいな。

うっすらと笑えてくるのは

ひめの言葉のせいだろう。

ー情に厚い方だとぞんじあげていますー

「おかげで、義に軽い男になってしまったわ」

あの時、残ればよかったのかもしれないという思いに

首をふると

にぎはやひはあのときの姫のように

正座して手をつき、深々と頭をさげた。

そして、姫を祈った。

ーありがとうございますー

と・・・・。

 

     ー終ー

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