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白蛇と鬼

え~~。

元々。憂生が霊能力者とか?

ある種の能力がある人のところを訪問したのは、

あることを「解明」できるか、尋ねたかったからで、

実際、具体的に何人かの人にたずねてみましたが、

誰も「さにわ」「解明」ができません。

大雑把にいって、3っつあります。

ある神道家が憂生の中にもぐり(もぐっていくようすもつたわってきました)

目が痛くなるほどの金色の光があるとでてきたわけですが・・・。

「あれは、なんなんだ?」

と、逆にたずねられてしまい・・・。

まあ、これは、別段、かまわないことで、

答えにあてがついているわけです。


で、次の時に、もう一度、もぐる。

と、いいだしてきたわけです。

で、今度はどこまで、潜ったのか?

金色の光があったか、どうかはききませんでしたが、

本人も目が痛いとでてきたくらいだったので、

無茶にはもぐらなかったのではないかと思います。

ところが、今度は

「白蛇と鬼」がいる。と、いいだしてきたわけです。

この神道家は憂生が憑依されたとき(と、さえ、わからなかった)

今しんどいだろう?払ってあげるから・・と察知して、ネットのむこうから払ってくれた人であり、

この時に

「大きな赤い指輪をした中年女性だが、こころあたりがあるか?」

と、たずねられたのです。

むろん、ありません。

「ネットでひろったんだろう」と答えたのですが、

後日、亡くなったAさんではないかとおもうようになりました。

時期的にもあっていたのと、払われたため、Aさんの思い・心残りが晴れず

そのあとから、Aさんの心残りだっただろうことを他の人からきかされる。

と、いうことがたびかさなりました。

で、まあ、このあたりは、心残りにあたる部分への感謝を伝え

それ以後、Aさんのことはきくことはなくなったのですが・・。

と、まあ、こういう神道家なので、

「白蛇と鬼」は嘘では無いと思うのですが

ただ、憂生の書いていた物語が鬼と白蛇神というものを登場していたわけです。

この思念を読んだのか?と、最初はおもったわけです。

ところが、いろいろと、物語りと現実が符号してきたり?

他にも、いろいろと不思議なことがおこりました。

友人の写真には、白蛇(龍神?)がうつっており、

これをみると、

「じゃえん・許すまじ」という思いがはいりこんできたり、

こんなことがあったりしたのちに、

逆か?と思い始めたのです。

此方の思念を読んだのではなく、

憂生の中に白蛇と鬼がいるから、

そういう物語をかかされた?

別段、何がいてもかまわないのですが、

それは、以前にもかいたように、

「憂生の魂にはせめて、天津神だなあ」であり、

この神がはいってもいずれでていくか、

加勢してくるかにかえなきゃならない(修養)自分なわけですから、

白蛇と鬼がいたとしても、「居る」理由があるとおもうわけです。

ましてや、外側でなく、内側にいて、

ましてや、神道家がまぶしすぎて痛くて目があけられないという光のある内側にいるわけですから

まあ、そんなに悪いものじゃないでしょ(たぶん)


狐狸の類も心臓にはいりこむということがあったりして、心臓をいじって、発作をおこさせたりすることがあるそうなのですが・・。

これも、元々、弱い箇所であったところに、

信心深いおばあさんが、神社とかで、孫に手をあわさせたときに、

(ようは、神頼みの弱い心の隙ですね)

はいりこんでしまったとのことです。

憂生が何度も神社・仏・霊?その他にうかつにうなずいてはいけないというのは

こういうところにもあります。

自分の魂というのは、たいていの神よりも上にいます。

それが、神頼みをする、手を合わせるということは、

「私の方が下です」と表現しているみたいなもので、

その弱さに他のもの・神・エトセトラが入り込む・とりつく隙をあたえてしまうと

いうことにつながります。


ですが、会社の旅行とか?周りの人間のことを考えたら

「私はいきませんよ」

「いくけど、拍手とかうちませんよ・お参りしませんよ」

とは、やれないわけで。

いえば、「なんじゃ、こいつ」と相手に負の思いをもたせてよくないわけです。

そこで、当然おまいりはします。

ですが、形は拍手をうっても

思いは自分に対して「ありがとう」だったり、

魂に対して「ごめんなさい」とおもうわけです。

で、憂生は白蛇にしろ(龍神)にしろ鬼(金剛武神かとおもうのですが・・)にしろ

自分の中にいてさえも(いるらしい?)

それを拝む気はないわけですから、

むしろ、魂の補佐とか守護にきてるんだろうくらいにかんがえてるわけですから、

自分のなかにそれほどの魂がいるのに、

神社にいって、神様って、あがめる必要がないわけです。


自分の魂のもっている分通りの自分になれたらいいなとおもうわけで。

そういうのがあるので、憂生の場合は神社とか?

こういうところにはあまりいきません。


歴史が好きなので、歴史考察のため、神社などはよくしらべますが、

目的がちがいます。

で、ずれかけた話をもどして、

実際、この白蛇と鬼の正体?はなんなのだろうと

一時期、きにかかり

いろいろ、たずねてみたわけですが、

誰もわかる人はいないようです。

他にも、あるわけですが、

わかったところで、どうよ?

というのもあり、


まっ いいか~~~~。

と、いう結論にいたってますが、

ときおり、気にかかります。


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