画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さ。

え~~と。

チョット、考えをまとめるために・・。


なんらかの異世界の住民?とのコンタクトをキャッチするのが、

どうも、頭上チャクラ(クラウンチャクラ)のようで、

なんで、こうなったのかな?


と、おもう。


厳密にまだ、区分けができていないんだけど、


なんとなく判る。

というパターン。


何者かの思いが入ってくるパターン。


そして、チャクラが反応するパターンと

3っつにわかれている。


ようである。


なんとなく判るパターンは

たとえばあったこともないネット友人の自殺未遂(願望?)を

キャッチして、「生きろ・死ぬな」と念をおくりつづけた。

と、いうのがある。

(実際その時間友人が沼?にはいっていた)



何者かの思いが入ってくるというのは

天気を変えたときのそもはじめ、「死ぬな」という思いがはいってきて、

これに対し、お前が何者かわからんのに、それが本当か?

本当なら、この晴天、雨をふらせてみろ。


とか、会話になってたな/笑


友人の失踪事件のときは、「家をうらなきゃ」とか・・。

まあ、何人かの死の予知のときもそうだった。

「みおさめだなあ」とか。


職場で、危篤状態の主任の兄弟がきたのをみたのか?

「成仏しろ」と、いう思いがはいってくる。

とか、


まあ、なんらかの憑き物が、こちらにコンタクトしてくるパターンであるとおもうのだが。


最近、此処、2,3年か。

幻惑感がおきるようになってきて、最初は霊能力者とか?

こういう方の来訪や訪問でよくおきたため、

それらについてるものが、良くないのだろうと、結論した。


ところが、だんだん、眩惑感が額や眼とか、局部にばらつきだして、

そして、最近はほとんど、頭上でおきるようになってきた。


この関連でチャクラのことを調べだし、たぶん、チャクラじゃないか?

と、結論したのが、

クラウンチャクラにおいて、異次元・異世界のものと交信する。

と、いう一文があったせいである。



で、このチャクラに反応する場合と、

なんとなく判ると、思いが入ってくると、この違いがどこにあるのだろう。と思うわけである。


おそらくであるが、やはり、霊とか?こういうパターンのものが、交信してくる場合がチャクラで、

それも、多くの場合、亡くなったおじいさん?とか、その人を司る精霊?とか、という、

その人を案ずるものが、伝えて欲しいとおもうのか、コンタクトしようとしてくるので、

チャクラが通信口になっている。


ようである。


で、悪いものとかは、コンタクトできないのか?

なんとなく判るとか、思い浮かぶという感じで、

生きている人間そのものに対しての思いのときのようである。

(本人が死に掛けてるとか?)


悪いもの?についてもなんとなくわかって、

友人についてきた幽霊らしいのが部屋の隅にいる(害はない)となんとなく判る。

判るが確証がないので、なんともはや・・。



で、そういうどっちでもいいのは、こっちもきにしないので、論外なのだけど・・・。


ああ・・でも、チャクラが反応して友人にその守護霊?かなにかのつたえたいことだろうとかんがえるものをつたえはじめたら、「そこまで、書けば判る」と、思いを送ってきたのをキャッチしてる。


つまるところ、チャクラが第一扉なのかもしれない。


ここから、中にはいれたものは、「思い」とかをダイレクトにこっちに伝えることができるようになるんだろうか?


たぶん、だけど、昔はこういうバリア?ににた門(扉?)はなかったと思う。

だから、逆に言えば憑依されるということもあったし、

今もないといえないのだけど、

不思議と「払い」をされる。


根本的に優しい人間(自分で言う/笑え)なので、(甘い人間とも言うが・・)ひょいとチャクラ扉を通過されることがあるのかもしれない。


ところが、以前から、かいてるように、魂にまで入り込むような(差配される)ことがおきると、

魂のほうが払いをしてくれる人を呼ぶのかもしれない。


まあ、チャクラがど~の、とか、覚醒がど~のというものの、憂生自体と魂自体がよくなっていなければ、

逆に本人が危ないとおもうわけで。

実際、覚醒状況になったときがあったんだけど、

本人が業や因縁をきれいにしきっていない状況だとなにがおきるかわからないわけで。

これも、師が噴出し口に石をおいた・・とか?

で、覚醒がとまったということがあった。


噴出し口が小さい状況で噴出し(覚醒)がはじまると、

噴出してくるものの勢いが強くなって、本人がそれをうけとめきれない。

噴出し口が広がれば、ゆっくりと静かに広範囲にあふれるようになり、

本人が噴出しにやられることなく、覚醒になじんでいく。


実際の場面、覚醒というものの、魂からの覚醒というのは、

少ないのではないかと思っている。


いわゆる、ぐんだリーに(カタカナにならねえ・・・)からのらせん状のエネルギー吹き上げを

覚醒だとおもっている人がおおいのではないかと推論している。



憂生の頭上チャクラが第一扉だとするのなら、通常の覚醒も、その扉めがけてのものであるわけなので、

自分の外側のものということになってくる。


これを、養成所とかで?

無理にやると、本人、ウワッカワ?の修養ができていなかったりすると、

まじ、狂う。


で、おまけに、その無防備な状態になんちゃかという神様をくっつける。


アブなかしくってしかたがないことでしかないのに、気楽に開発しましょうとか、

覚醒したいですとか。

こういうことを言い出す人間がいて、平気で憂生のところに来るわけだけど、

このあたりは、以前にもかいたように、


自分が本当の人柄。人格。思格?をもてば、なんとでもなることなので、

まず、身近なところから自分の思いを良いものにしていく。

考え方・価値を本物にしていくようにするのが、先なことを

どうしても、ハウツーに頼ろうとする。


その思い自体がすでによくないのは、以前に書いたとおり。


だから、もうしわけないけど、

憂生は覚醒しました。神様つけてます。なんて、ことをいう人は

逆に恥ずかしくないのかなって思う。


何よりも大切なのは、人柄というか、人徳というか、人間味なわけで、

人間味でものをいってることが、本当に大切なことをいってるという。

普通の人間でありたいわけ。



普通の人間でありながら、ひょいと不思議なことをいって、

それが、言われた、その人の人生の肥えになったり時には運命を良い方向に変えたり

困難を乗り切る知恵をあたえていたりとか?


さ。






関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
7129位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2519位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。