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あめさんのこと・・総集

物思い・・・

ひさかたぶりに、お登勢をちょんぎって、あげてきた。

150近いスレッドになってしまったけど、複雑な心境になった。

自分でよんでいても、ほろりとくる、場面がある。

一方で、ま~~~~~~~~~たどたどしくて、

まわりくどくて、おなじことをたらたら、何度もくりかえして・・

と、も、想う。

でも、この作品をよみなおしてみると、以前と違う思いがよりそう。

ぺこさんが、

「涙・涙」といっていたあたりが、どこなんだろう。

部分(場所)じゃなくて・・・。

内容の・・。

そして、よくはわかってないが

涙・涙になってしまうぺこさんのいろんなバックグラウンドを想う。

ぺこさんは、最後まで読んで・・逝ったのかな?

いろいろな思いをすくいとる、ハッピィエンドを読みおえてくれてたのかな・・。

*追記*

途中、中断していたから・・・。

読み終えてなかったのではないかと思う。

心残りになってしまったかもしれない。

ぺこさんの墓前で、読み上げてくれる人が居てくれたら、嬉しいけど・・。

この物語、166000文字ある。

墓の前で、何時間もつったってるわけにはいかんだろうな・・。

あめさんの書き込みをみつけた。

2005/02/17 09:42の日付はパスワード掲示板に保存した日付なのか、定かではない。亡くなった方の文章が残っているということは、不思議な気分をあじわう。

いっぽうで、あめさんの、こういう思いが憂生の物語や日記をただの、趣味?ひまつぶしで、読まれたくないという拘り・・誇りを作ってくれたと思う。

憂生にとって、偉大で、かけがえない読み手であり、あめさんも、憂生の言葉や考えを慈雨のように受けとめてくれていたと思う。

『わが胸に菊香あたえんとさしだせり乙女のかいな逆風わりて』

素敵な言葉をありがとう。

眠れぬ夜を過ごしながら、(昼寝のしすぎ?笑)

ちょっとお寄りして見つけました。

この日記を書かれた時、私は病床にあって知らなかったのね。

再掲してくださったお蔭でめぐりあえたのです。ありがとうございます。


私には『明日』より『今』がぴったり。

何年も生かせて下さいなんて我侭は申しません。

『今』を輝かせてほしい。それだけ。

であれやこれやと習って、楽しんでおります。
今は、絵画とサンシンです。難しい・・・・




あなたは、『今』とっても光り輝いていらっしゃいます。

それは、あなたには執筆という素晴らしい才能がおありになるから。

他の人は、書きたいという思いはあっても書くという才能がありませんもの

周五郎先生のように、さり気ない言葉の中に、光り輝く宝石(心にし沁み入る言葉)

私の好きな、『ブロー・ザ・ウィンドゥ』や、『理周』『蛙』にも、あちらこちらに散りばめてありますね。

違った意味での迫力では『悪童丸』や『七日七夜』・・・書き出したら切りがないほどに・・・

私はそれらを一つ一つ見つけ出しては、拾い集めて『心の宝石箱』に大切にしまってゆく楽しみ。

それだけでいいのかもしれません。

今日また一つ宝石が増えました。

あまりに嬉しかったので、このような時間(にしか触らせてもらえない事も)に

失礼を省みず、おたよりいたしました。

ごめんなさい。

おやすみなさい。        ー名前ー

思い起こす事々

本当は2011年から、こっち【憂生’s/HAKUJYA】に移ろうと思っていた。

2004年10月からまる6年。

じつにいろんなことをやってきたと思う。

日記も随分書いているけれど、元々はカフェで書いていたものが多かった。

色んな出来事があった。

今回もコメントと物語の保存版をあげなおしていたけど、

今はもう亡くなったAMEDAKIさんへ憂生の物語をよみきかせてながら、

看病していたPEKOさんのコメントがある・・・。

GOOに居た時に、不思議なブログに遭遇したことがあった。

内容的にはAMEDAKIさんの看病をしているうちに、PEKOさんも発症して、

突然倒れて間に合わなかった。

と・・・。そういう風によみとれた。

AMEDAKIさんの病気は白血病だった。

最初にAMEDAKIさんが倒れたとき・・・。人事不肖との連絡だった。

ご主人から「カフェを楽しみしていたから、メッセージをもらえないか。それを読み聞かせたら意識が戻るかもしれない」と、メールがはいり、AMEDAKIさんを知る人、みんなにつたえて、AMEDAKIさんの足跡頁やミニメールなどにかきこんでもらえることになった。

当時、自分でいうといやらしいけど、カフェで相当人気があったらしく・・

心無い人がAMEDAKIさんにいやがらせをしたということがあったらしい・・・。

憂生の目の前でやるわけじゃないので、気がつかずにいたんだけど・・

ほかの人から教えられてしった。

こういうことへの日記もかいたことがあるし、それも保存している。

AMEDAKIさんは、いろいろ複雑な事情があった人だった。

義理の息子さんをなくされて、心をとざしたままだった。

それが、憂生のブロー・ザ・ウィンドをよんだあたりから、そういう事情を話すようになり、

20年近く?前の事故現場も避けていたのが、花をたむけにいこうみたいなことをいうようになり、すこしずつ心を開き始めていた。

そのあたりの日記もどこかにある。

その状況をしってのことかどうかしらないが、

AMEDAKIさんへのいやがらせは、憂生には怒りとか、悲しいとかじゃなくて、

人の心の裏側をしらない(憂生がどういう思いで彼女の心が開いていく様子をよろこんでいたか)憐れさを覚えさせた。

だから、そのことにきがついてくれることを願って、日記もかいた。

そんな風にいろいろと彼女が心を開きだし、色んな人に感謝していく、思われるということの有りがたみに涙をこぼすようになったころ・・・。

八十八箇所めぐりにいってくるといいだした。

亡くなった息子さんへの供養だったのだろう。

そんな巡礼の宿で同宿した学生さんがAMDAKIさんのリクエストにこたえて、みんなで歌をうたってくれる。

その暖かさその思いに涙まじりで、メールをよこしてくれたあと、突然、なにか暖かいものにくるまれた・・とつげてきた。

「これ、あのこかな?」

彼女はそう憂生にたずねてきた。

「そうだよ」

ずっと、あなたが心をふさいでいるから、今まで、傍にいたんだよ。

でも、あなたが、今、人の温かさになみだするほど、心をひらいてきたから、

安心して空に帰れるんだよ。

そんなふうなことを答えていながら、一抹の不安をかんじていた。

呼びにきているんじゃないだろうか?

迎えにきているんじゃないだろうか?

彼女の死期が近い?まさか・・と一瞬の思いは思ったことを忘れてしまうものだったけど、

結局、しばらくのちに、彼女は発症した。

何年も心をとざしていた彼女が、突然のごとく、心をひらきだしてしまうという事象、

不思議なほどに、「生きているありがたさ」に涙し、人の思いやりをすなおにうけとめた。

まるで、入滅まえの悟りのようで、嫌な予感があったのも本音だったかもしれない。

そして、倒れたとご主人から連絡が入り、意識をとりもどした、しばらくのち、PEKOさんが看病にはいった。(ここらへんは、よくおぼえていない)

そして、再入院になったころに、PEKOさんが病院のベッドのAMEDAKIさんに憂生の作品をよんでくれていた。

空に架かる橋は死を題材にしていたから・・よみきかせていいものだろうか・・。

本人が希望しているとはいえ・・・。

憂生はこの返事はさけた。

物語の内容は読んでくれたPEKOさんが判断してくれるしかないと思った。

そして、病状は悪化していき、骨髄移植は不成功におわり、提供者の人はもう一度というものの、AMEDAKIさんは、提供者のリスクをかんがえたんだろうし、「生きる気力」もなくなっていた。

PEKOさんから「もう一度、手術をうけるように説得してくれないか」という相談があった。

むごいことをいうようだがと、憂生はPEKOさんからうまく伝えてくれるように話をした。

「AMEDAKIさんが死を覚悟して死ぬ・・手術をうけないのは、AMEDAKIさんの勝手だけど、

提供者の人はもう一度、手術をしていたら、助かったかもしれないという思いを一生背負い込むことになる。

その思いを掬い取ってやらにゃあいかんのとちゃうか?」

この考え方はまさに「空に架かる橋」であり、AMEDAKIさんがよんできた白蛇抄であり、

ブロー・ザ・ウィンド・・そのままではないだろうか?

残されたものの、無念・・みたいなもの。

これを置き土産にしてしまう生き様じゃいけまいて・・。

最後の最後まで「思ってくれてありがとう」

そういう風であってこそ、「生き抜いた」になろう・・・・・。

そして、そののち、PEKOさんからの連絡もぷっちりとぎれ、カフェにAMEDAKIのIDもなくなっていた。

そして、しばらくのちに、GOOで不思議なブログにであった。いや、むこうからちかずいてきたというのが正解だろう。

妹と名乗る人がいうのは、AMEDAKIさんの看病に気をとられ、PEKOさんはくたびれた様子だったらしい。自分の事をあとまわしにしているうちに、突然倒れて、あっけなく逝ってしまった。

と、いうような内容だった。

AMEDAKIさんとPEKOさんが姉妹だったという話がもれきこえてきたんだけど、

それ以前に、なんらか、血のつながりがあるようなことはAMEDAKIさんが漏らしていた。

憂生は本人が進んで喋ろうとしないことはあえて、質問しないほうだから、深く詮索もせず、

どういう血縁なのか、きくこともなかったが、

姉妹だったのなら、同じ病になってしまったのだろう・・・。

お登勢の心情は自分と重なるものがあるといっていた。

だから、涙、こぼれてしかたがない。

自分の事は後回し。人のこと・・人の為・・。

そんなお登勢とおなじように、妹の看病がさきで、自分の事は後回し。

きっと、PEKOさんは、気がついていたんだとおもう。

自分のしんどさはひょっとしたら・・って・・・。

それでも、人のことが先・・。

そういう生き様でいきぬいた女性が愛してやまなかったお登勢の物語の一部分の性表現だけをひっぱって、読み漁ろうとするあほログ検索者。

憂生は、そういう(まだまだ、ほかにもある)ような、人の思い。心の琴線に触れる物語を(も)かいてきている。

そこらへんをわからずに、部分抽出だけでよんでほしくない。

だから、今回、しばらく、物語のパスワードを解除しているけど、アホログで検索するような馬鹿をやってくれたら、もう一度、パスワードに落とす。

ただで、おきるな。な?そうだろ?   だから、レイ。 君の見解はものすごくいい。

レイがメールをくれた。日記「長いよ・・」のことについてなんだけど、

その中の一言。

これが、ものすごく重要なポイントなので、

此処にあげさせてもらう。

/また、勝手にご免/

***すごく恥ずかしくて悲しくて苦しんでしまうのかもしれないけれど・・・

この罰を乗り越えてはい上がってきてくれたら

憂生と、彼女とも・・・あらためてすごくいい関係が育める希望も生まれるって気がする・・・。

***

レイ。その通りなんです。

憂生はボーマン・ボーマンで

「自由の女神は敗者には、手を差し伸べるけど、臆病者には手をさしのべない」

って、かいてます。

思い方は自由。

どんな風にでも思うことが出来ます。

一度の失敗にこけて、

自由の女神が微笑むような

思い方を目指すのをやめて、

もっと、上昇する思いにチャレンジする事から逃げる。

こんなの、愚の骨頂。

こけたらたちなはれ。

そんなの当たり前。

憂生に言わせれば

こけてよかったといえる物掴んでたちなはれ。

せっかく、こけたんだ。

その機をいかして、

もっといいものになろう。

じゃないと、こけた意味ないじゃん?

だから、レイ。

君の見解はものすごくいい。

*************

この話の後ろ側には、今は亡きAMDAKIさんへの誹謗。中傷。があった。

原因は憂生なので、なんともはやというところなのだが、

「憂生のところにいくな」というところからはじまった、らしい・・・・。

ある人から、このいやがらせがあることを聞かされて、憂生はレイに相談した。と、思う。

憂生自身が呼びかけたらどういうことになるか、

後日談であるが、別の人が別件でいやがらせをうけてるところに、

憂生がなにかしらいったら、

「憂生にちくった」とかで、嫌がらせがますますエスカレートしたらしい・・。

まあ、そんなこともあるわけで、嫌がらせの原因?である憂生が下手に物をいうのもどうだろうと思いつつ、いくつか、日記をかいた。

もしも、AMEDAKIさんが事故かなにかでぽっくりいってしまったら、自分のしたことをわびることもできず、嫌な後悔を一生せおっていかなきゃならない。

ましてや、心を閉ざしていたAMEDAKIさんにたいして、憂生がどんなに心を砕いていたか・・。(じっさい、事故ではなかったが、亡くなってしまったわけだけど)

それをつまらぬ嫉妬心のまま、行動したということは、憂生の思いがわかればわかるほど、悔いになる物事だろう。

だからこそ、人を思う気持ちになってほしいと、その人に対してもねがったわけだし・・。

間違いを切り替えるすばやさは女性特有の美点であるという考え方が憂生にはあるからこそ、なにをした、どうした、ということよりも、気がついていけるということ、変わっていけるということを希望した。

これは、別段その人に対してだけの責めからのものでなく、AMEDAKIさんに対しても憂生の思い方として、一貫したものだった。

心を閉ざしていた彼女がいろんなことを話し出し、20年近く、傍らに行くことさえ出来なかった事故現場に花を手向けにいくといいだしたとき、彼女が「変わっていく。心を開いて、悲しみを昇華?させていこうとしている」と、いうことにどんなに憂生は喜んだか。

だから、その考え方は、嫌がらせをしていた人に対しても同じなんだ。

間違っていたと自分を正しい思いに昇華させてくれるなら、どんなに憂生もうれしいか。

そして、事情をよく知っていたレイも、同じように、その人を信じてみてくれていた。

思われるありがたさ。

と、いう言葉を何度もくりかえしていたAMEDAKIさんには、わかっていたことだろう。

そんな風に思われるってことが、ありがたいってことがね。

だから、いやがらせをした人にたいしても、やっぱり、そんな風におもっていた。

ここまで、いろんな人に思われて、いやがらせをしていた人がわびることひとつできずに終わってしまったのかもしれないと思うと悲しいものがあるけれど、

憂生の憑依体験の部分でもはなしたけど、亡くなった人にだって、思いは通じるから、

そっと、悲しい思いをさせてごめんって、口にだして伝えてくれたらいいなってそう思う。

長いよ。

くまさんに、ずいぶん心配かけてしまった。

そうだね、あれから、みゆ~きと、すこし、話しして、

ずいぶん、思いを切り替えさせて貰った。

でね、憂生が落ち込んでいた理由、此処にかかさせて貰う。

***

先日、日記の中に友人の所に

悲しい、言葉を投げかける人。

の、ことについて、掲げた。

実を言えば、人のことのようにかいたけど、

憂生と憂生の友人のことである。

のに、他の人のところで起きた事のようにかいた。

憂生がこんな遠まわしの方法を選んだのはいくつか理由が在る。

一番大きな理由は悲しい言葉を

投げかける人のことを考えたから。

ひどい言葉を投げかける。

その事実を知った人は、普通だったら、

怒るだろう。

でも、憂生はそんな行動に出てしまう気持ちも

憂生の経験から重ねるだけだけど、

よくわかる。

判るから、むしろ、憂生は自分がとった過去の自分の行動を省みる。

このことも話せないと思っていた。

こういえば、

あるいは、怒ってくれるほうがよほどいい。と、なるだろう?

あなたが自分に負けて起こした行動であなたがおこられるなら、それは、いたしかたない。

ところが、憂生が憂生を怒る。

このすがたは、ひょっとして、おこられるより、手痛いものだろう?

いっぽう、憂生は残念で仕方ない思いも、かかえていた。

これもはなせば、あなたの取った行動が

いっそう、くやまれるだろう。

こんな思いを持たせる事のほうが辛かった。

あなたのした事をおこるきなど、毛頭ない。

いろいろと、誤解させてる憂生が悪い。

彼女の事に付いて、話す。

/ごめん。はなさせてもらいます/酷い表現をしてしまうかもしれません。ご免さい/

彼女は悲しいことがあって、心を塞いでいたひとでした。

憂生のブロー・ザ・ウィンド を読んでくれたのが

切欠になったのか、どうか、判りません。

だけど、その本の中の思いを彼女は受け止めてくれたように思います。

(生きているというのは、誰かを幸せにしなくちゃいけない)

その誰か。

それは誰よりも、自分自身です。

自分こそがありがたい。

こう、しっかり自分をしんじなければ、

彼女の周りのひとまで、幸せに出来ないのです。

どう考えれば、どう思えば

どんなに自分がありがたいか。

わかってもらえるだろうか。

お気楽な日記の合間に、

憂生は思い方を少しづつふくらませてもらえるのじゃないかと言う

材料をわたしてきました。

人に思われる。

こんなことのありがたさ。

思われる自分のありがたさ。

憂生なりに話してきたつもりです。

こんな風にして、はなしてきて、

他のひとからも、

「かのじょ、かわってきたね。あかるくなったよ」と、

知らせて貰えるように成ってきていました。

そんな、彼女に、悲しい言葉を投げつける人がいる。

自分はだめなんだ、と、くじける人じゃないとしんじてますが、

みんなが貴女を応援してる。

暖かい 思いをくれる。

がんばれ。

って、彼女にしんじてもらおうとしている、

憂生本人のせいで、

悲しい言葉を投げかけさせている。

いやみな言い方かも知れないけど、一生懸命、

思い方を育てている筈の憂生本人がその種を作ってる。

憂生の日記をよくよんでくれたら、

憂生がどんな思いで彼女をささえたいか、わかってくれるはず。

じっさい、わかってくれる人は上記の言葉をくれている。

こんな事情もしらず、自分のおもいこみで、

自分をたたく事が出来ず、

彼女をたたいたあなた。

そのよわさとて、憂生はどうにかしてあげれたらいいのにと思うだけ。

でも、こんなこと、あんなこと、いったら、

あなたは自分のしでかした事の

痛みにたえられなくなる。

いうまい。

何も語るまい。

そうかんがえてた。

で、ちょっと、おちこんでたのは、結局、

憂生はなにもかも、だしすぎるんだってこと。

でもね、昨日レイと少し話したときの言葉が

残ったんだ。

貴女のしたこと、しっかり、自分でうけとめて、自分をたたいたら、

今度は自分を赦すんだよ。

憂生も彼女も何も怒ってない。

貴女を心配してる。

つまらない思いをもっちゃいけない。

いい思いを持とう。

いい思いがいい結果をつれてくる。

それが、残念なんだよ。

これをすこし、はなしたくて、今日の日記。

すっぱり、あやまって、

自分を赦し、

いい思いを持とう。

あえて、日記を上げた意味を判って欲しい。

ま、こういう部分でも、自分の限界を知らされる。

まあ、さる人から
怪文をいただいた。

文章の成り立ちから見ると
本人の彼女?

なんで、おみゃあの亡くなった彼女と
憂生が訳ありなんじゃ?

と、思うのであるが・・・。

此処は物書きを豪語しているはずの憂生であるから、
他に取り方があるかと、考えている。

で、それが↓の文なんだけど・・・。

足跡では言えないけど亡くした彼女も白蛇と訳あり

で、どう、考えても個人的にどういう訳があったのか、
これは、判らない。

ただ、憂生の知己の多分・・・亡くなられた
女性・・・3人とも、
憂生の作品から
「生きる」「喜ぶ」「思いを変えてゆく」
言葉にするとあまりにも断片的であるが、こういう物事を受け止めてくれていた。

こういう「訳」ならば、あるだろうと思う。

自分の彼女が他の人にささえられていた?かも知れないと言う事実をいうにしては、
どうも、よくわからない。

と、なると、
憂生は自分が支えてきた人が
さる人とかかわりがある「彼女」とは、知らなかったということであろうか?

いずれにせよ、
その怪文「hakujyaと訳あり」が、かもしだす
匂いは臭う。

ダカラ、憂生のよみとり間違いだったら
謝るけれど

もしも、君と同じ地区?に住んでいた
ご婦人のことについてなら、
そのあたりの
詳しいいきさつをいろいろ深く知っている人間がカフェに多くいて、
彼女の思いを支えるために、
憂生がどれだけ尽力つくしたか、
よく知っている。

だから、もしも君が風聞などに動かされて
野卑な見方をしているのなら、
申し訳ないけど
君自身が見下げられる事になる。

憂生はもともと、誤解などどうでもいいし、
憂生自身が信じる憂生の真価は
判る奴に判ればいいと思っている。

ただ、おしむらく、
憂生の真価?/おこがましいかあ?/を、
知っている人が多く

君がうかつに、もしも、おもしろ半分に
人を揶揄しようとしたなら、
君の知らない部分で
憂生を信じている人が
君への評価をくだしてしまう。

足跡じゃかけないことを敢えて
書いてみせたその訳を日記か、どこかで
表明してみることだろうね。

足跡じゃかけない自分の凹みであるなら、
メールでもよこせばいい。
面白半分に人を揶揄するような人間でもないと思うし。

「訳あり」の「訳」については
妬かれたり、やっかまれたりするような
うしろめたい
意思も行動も憂生に、なにひとつない。

だから、いっそう、君がそういう
行動を起すことが不可解で
逆に君を下種のごとく、
疑って見てしまう事について

憂生の物事の許容の狭さと
結局、憂生も「見下げられる人間」におちるだけだと、
わざわざ、自分のぼろさをひけらかしている。

しごく、つまらない日記になってしまったものである。

随分、前の日記だけど、いろいろとわかってきたときに、多少なりこうじゃないか?とおもうようになってきた。

この話はスピリチュアルのなかにおさめるべきだろうとおもうけど、・・。

ある女性が亡くなって、しばらくあとだった。

憂生は幻惑感におそわれたわけだけど・・・。

これが、どうやら、憑依現象だったらしく、友人の神道家がさっして、

払いにきてくれた。

当時は彼女が亡くなったということをはっきり知らなかったし、あったこともなかったので

「紅い大きな指輪をした中年くらいの女性」に覚えがあるかとたずねられても

亡くなった女性に結びつかなかった。

ところが、しばらくして、上にかいた怪文書?がきた。

そのあとに彼女(亡くなった彼女をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

と、いう非常に軽々しい怪文書が続いた。

当時の憂生はまだ、その女性がなくなったかどうか、はっきりわかっていなかった。

あまりにも、軽々しく書くから、生きているのかと思ったから逆に尋ねた。

「生きているのか?」と・・・。

「なんだ、知らなかったのか?移植が定着しなくてな・・」

二度目の手術を受けたか、受けなかったのか、ぺこさんから、あの相談のあと音沙汰がなくなった。

そして、gooで妹さんと名乗る人がぺこさんがあっけなく逝ってしまったとこちらに告げてきた。

家族事情まで細かく聞いていないから、あっけなく逝ってしまったのがぺこさんと考えていいのか、それさえ、定められずにいたころに、

「亡くした彼女が白蛇と理由あり」というのも、そのときにはさっぱり意味不明だった。

だが、ずっと考えていたのは、そんな話しを知っているのはぺこさんしかいないわけで・・・。

ぺこさんも亡くなっていたのなら「亡くした彼女」はぺこさんのことで、

理由ありの「理由」は、ぺこさんの妹?にあたるAさんのことをさすのだろう。

そして、憂生はこの時になって、はじめて、

「憑依」した人間(霊?)がAさんではなかったのか?とおもいはじめた。

こう考えたらすべてなぞがとける気がしてきた。

彼女(亡くなった(A)をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

憑依したのは、Aさんの「執着」というか、思いが切れなかった部分でだろう。

ところが、どうしたわけか、憂生の友人がそれを察して、払ってしまった。

重い思いをふっきらなくては、Aは空に登れない。

そこで、伝えることの出来る唯一の人間を頼ったか?

突然の如くの怪文書。

彼女(亡くなった(A)をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

これは、亡くなったぺこさんも憂生に伝えたかったことかもしれない。

二人の知己であったTさんを通して憂生への伝言をよこしたのだろう。

ところが、憂生はそこのところ知ってたと受け流してしまった。

そののちに、妙な幻惑感(憑依?)を感じ・・。

やっときがついた。

その思いを「うけとめていない」と、いうことに・・・。

払ってくれたものの、彼女の思いまで昇華していなかったから、

妙な怪文書として憂生の目にとびこんできたんだろう。

ぺこさんがTさんの「亡くした彼女」であるのかもしれない。

ぺこさんはAさんを最後まで看取った後、亡くなった。

そういうことなんだろう。

・・・・ダカラ、憂生のよみとり間違いだったら
謝るけれど・・・・・

ご免。よみとり間違いだった。

そして、亡くした彼女だというのなら、これもまた、Aさんが心開いていった

ブロー・ザ・ウィンド・・そのまま。

愛する人を亡くした悲しみをのりこえていこうとしていた真っ最中だったかもしれない。

ぺこさんの思いを昇華するためにも、Tさんは憂生につげようとしていたのかもしれない・・。

その3

誹謗中傷。いやがらせ

これは嫉妬。

と、言う場合がおおいといったが、

嫉妬の中身にもいろいろ、あろう。

ねたみ。

嫉み。

いじけ。

うらやましい。

なんにせよ、

自分の何らかの魅力が

認められないときに

おきるような気がする。

まあ、もっともさいたるところでは、

友人のところでおきた、嫌がらせ である。

いわく。

「憂生のところにいくな」

から、はじまる のであるが、

あと、延々とつづく、嫌がらせは、

その友人がにくたらしくなってしまって、

歯止めが利かなくなったようである。

まあ、こういう被害にあったのは、

どうやらひとり、ふたりでないようで、

だまっていたけど、

と、いう報告が届いたりした。

それも、そういうことを言ってきた人はひとりや、ふたりじゃなかったらしいから、

被害にあった方には、

本当にもうしわけなく思っている。

ただ、上でかいたように、

自分の魅力を憂生にみとめてもらえない?

あるいは、

私よりよほど、魅力無いような人間と

憂生が仲良くする?

と、

考えるなら、

その考えは改めてほしいものである。

そして、

自分を出して行くこと。

そして、

憂生が着目している部分が

なんだろう?

と、考えてほしいのである。

時に自分を認められず、

くるしむのは、誰でも一緒。

かくいう、憂生も

嫉妬にはもがいた。

もがいた憂生がいう。

その嫉妬さえ、

あるいは、みりょくのひとつである。

どうぞ、出し方をまちがわれないように。。。

追憶

あめだきさんが、白血病で、亡くなって、もう随分たつ。

最初にたおれたときが、そういうことだったんだろうと今になって思う。

ぺこさんが、かわりに連絡くれたりしていたんだけど、

骨髄移植の最初がうまくいかなくて、

あめだきさんはもう、負担をかけたくないって、

再手術を断るものだから、

ぺこさんが、何とか、説得してくれって。

もう、そのメールのやりとりもなくしてしまったんだけど、

憂生はきつい言い方をしたと思う。

骨髄提供者の人はもう一度つかってくださいって、

そういう風にいっていたわけで・・・。

骨髄移植での提供者側のリスクってかなりあるとおもう。

それをこえて、もう一度といってくれてる、その思いをうけとめてあげないと・・・。

極端な話仕方をしたと思う。

再手術をうけて、やっぱりだめだったは提供者もあきらめられるだろうけど、

もういちど、受けずにだめだったら、

提供者の心にいろんな悔いが残る。

言い方は悪いが、そんな思いを残して死んでしまうことになったら、、

あめだきさんの「思われてることにありがとう」って、言葉とまったく正反対の

結果になる。

再手術をうけるのは、自分のためばかりじゃない。

相手のこの先の人生を掬うことにもなるんじゃないか?

このことをぺこさんから、上手につたえて、ほしい。

そんな内容だったと思う。

そして、結果がわからないまま、ぺこさんも退会してしまって

音信不通になってしまった。

きっと、だめだったんだろう。

そのことをつたえたくなかったんだろうって・・・

そう思っていた、ある日。

gooブログのほうに、不思議な訪問者があった。

ぺこさん、あるいは、あめだきさんをにおわすような・・・。

で、当然、そちらのブログを訪問してみた。

内容は憂生をこんがらせてしまったんだけど、

「あのこのために、力をつくして・・・

お店のきりもりまでして、がんばってきていたのに・・・

突然、しんどいってたおれこんだとおもったら、

あっけなく逝ってしまった」

どうかんがえても、そのほかの内容から、

あのこがあめだきさんで、

逝ってしまったのはぺこさんとしか思えなかった。

あめだきさんは(入院しながらでも?)生きてる?

よくわからないまま、またしばらくして、とくちゃんから

足跡連絡がはいった。

非常に軽口にきこえる言い方で

「彼女と白蛇(憂生)はわけあり・・」

だったもんで、おまえの彼女と憂生になんのかかわりがあるんじゃ!!

って、つっぱねた覚えがある。

そのあと、

「あめさんは白蛇にほの字だった」

みたいなことを足跡コメントにかいてくるもんだから、

まあ、亡くなった人がいるというのに、無神経なコメントをよこすと

とくちゃんが別件でおこっていたことがあったわけで、

そのとくちゃんが軽口みたいなコメントの書き方をするのはおかしいとおもって、

やっぱり、あめだきさん、生きてるのかな?っておもってしまって、

とくちゃん(同じ地域にすんでいて、しりあいだったんだろう・・)が知ってるならきいてみようと思って、尋ねたら

「なんだ、知らなかったのか?再手術が定着しなくて、だめだったんだよ」

ああ、そうか・・・。

だったら、ぺこさんとあめだきさんは血がつながっていたようだから・・・。

gooでみたブログの中身・・・。

ぺこさんも亡くなってしまったってこと・・・なんだ。

おそらくぺこさんも急性白血病。

妹さん?かなにかのいいたかったことは、

あめだきさんのことをささえるのに一生懸命で

自分がしんどかったのも、隠しとおして(それどころじゃなかったんだろうね)

発見・・治療さえできなかった。

気がついた時にはておくれだったわけで・・・。

こういうことだったんだろうね。

憂生の物語とコメントのなかとか、ほかの感想?の中に

ぺこさんのものも、あめだきさんからのものもある。

お登勢に対してでも、自分の境遇ににているところがあって、

人事じゃない気持ちで読んでるってそんなメールもきてたし、

人を思うお登勢のことについても、涙、涙で読んでるって・・。

一方で、そのころ、ベッドのあめだきさんに憂生の作品をよみあげてあげたりしていて・・。

あめだきさんは、「書いてる。良かった」って、憂生の執筆を自分のことのようによろこんでくれてた。

憂生は、こういうことを思い出すと、

自分はただの物書きで、あっちゃいけないって、そう思う。

ブロー・ザ・ウィンドからはじまって、

「生きてる」ってことを喜びにできる。

心ふさいでた、あめだきさんへ感銘をあたえたのは事実だろう。

「あなたが生きてるってことをみんな喜んでる。

生きてるってことは誰かを喜ばせて生きていくってことだろ」

レフィスはつぶやく。

「思われているんだね」

そのあとから、あめだきさんは、「思ってくれて、ありがとう」って、

そんな言葉をカフェのトップに持っていっていたよ。

あめだきさんが、ふさいだ心をとりもどし、

人からの暖かい思いに涙しながら、いきぬいた、その期間は実に短かったと思う。

でも、あの1年ほどの間に人の倍以上、暖かい思いに感謝していきぬいた。

だから、憂生は、憂生の作品が一つのきっかけになったことに誇りをもっている。

そういういろんなことがあったから、

憂生は作品に対して、あほげた評価をくだす人間がいても、

あるいは、その作品を評価の目でみれるだけ、その人は幸せだと思う。

この作品で掬われる、哀しいところにいないという意味合いで・・・。

そして、書くきっかけをつくってくれた渦夜に「ありがとう」

*追記*掬うは誤字ではありません*

慈しむ者達へ・・・

うまくいえないのは、いつものことだけど。

自分をだしはじめてゆく、あなたに喜ぶ。

きっと、あなたを、

みんな、

抱いてゆく。

人に抱かれまいとする。

人に抱かれる事を、

弱さであると思う。

そうじゃない。

人に抱かれまいとする事が

弱さだと思いもする。

抱かれてみて判る。

かほどに、

暖かい もの。

自分に渡せてやれる事が、

強さであると判る。

愛しき人になってゆく。

あなたの存在、そのものが。

だれにというのでなく。

あなた自身が愛しき人になってゆく。

うまくいえない。また、意見贈れ。

言葉が足りてなかったと思う。

でもね、慕う。

自分の都合のいいように慕う?

ちがうんじゃないかな?

憂生がどんな思いで彼女に接していたか。

これを知ろうとしてないだろう?

それでも、それでも、

憂生はいい思いもってくれ。

そういうんだよ。

人を好きになったら、

自分に引くことばかりじゃない。

思い方を一歩でも、ちかづけてゆく。

理解しようと勤める。

こんな恋をしなくて、

自分の気持ちのままになる。

これじゃあ、憂生が此処に居る意味が無い。

それでいいなら、憂生はとっくに自分もそうして、あいつだけを見ているよ。

なあ、その気持ちは、いたいほど、わかる。

わかるからこそ、憂生の思いをわかってほしい。

どんなにか、いとしいか。

今回、みんな、色々、協力してくれている人。

この人たちの思いもそうじゃないか?

憂生の思いを判り、くんでやりたい。

こんなでっかい思いにたって欲しいんだよ。

どうだろ?

よくばりかな?

此処に返します。

メールにしようかと、おもったんだけど・・。

君だけに宛てると、

君だけに受け止めさせるようなきがして、

メールはやめて、

此処に書く。

憂生の死んだ弟の話を書く。

弟が死んだのは、わずか生後半年。

憂生とはひとつ、違いだったから、

憂生の記憶の中に、弟は居ない。

でも、よく似ていて、

100日の写真 だろうか?

憂生のものと比べても、どちらが弟か、

判らない。

ぐれた時期には跡取だという事が

プレッシャーで

よく、弟が生きていたら、と、思った。

仏壇 の弟の写真は蝋がたれて、落ちている。

きっと、親父が

ろうそくの明かりで

弟の写真を眺めたんだろう。

まるで、涙の跡のように見えた。

それから、何年もたって、

憂生はこっちに来る事になった。

むろん、親父もお袋もいずれこっちに呼ぶつもりで、

ふるさとをあとにした。

おふくろと、墓に参ったとき、

おふくろに、たずねた。

「だれも、いなくなっちまうな。

こんなときほど

kazuhiroがいきてたらって、おもうだろ?」

おふくろは、優しい人だ。

でてゆく憂生をせめもせず・・。

(死んだ子がいきかえるわけはないよ。

それにさあ。

いきてたって、極道してたかもしれん)

親父は若い頃にもんもん背負い込んだ人だ。

そういう背景があるにしろ・・。

ちょっと、ひどい言葉だと思うかもしれない。

でもな・・。

どうやって、これでよかったにしようか。

でてゆく憂生を前に一生懸命考えたんだろう。

うまく、いえない。

とてもじゃないけど、うまく、いえない。

だけど、それでも、

貴方なりに、

これでよかったんだ。

と、言える、何かを得て欲しい。

これで、いい、わけないけど。

それでも、これで、良かったといえる、

アナタになって欲しい。

ごめんよ。

憂生には・・・死んだ人より・・・・。

アナタが大事。

きついこといった・・・。

お登勢のこと・・

お登勢のカウントがすこしずつ、上がっている。
カウントだけじゃ、よんでくださってるのか、
覗きにきただけなのか、わからないけれど、
この作品は、いろいろと思い出深い。

どこかにも、かいたけど、
お登勢の境遇がわが身にかさなって、
涙が出ると、書いてくださった人がいる。

かなしい境遇のなか、人を思い、生きたお登勢を
よみながら、
その人も、お登勢にまけないように、
生きていこうと思ったに違いない。

時に悲しい境遇にまけそうになりながら、
人を思うことをなげだしたくもなっただろう。

最後の最後まで、人を思い、生き抜いたその人は
わが身を省みず、妹の看病にあたり、
生きる気力をなくしている妹をささえていた。

憂生のところに骨髄移植の再手術を拒否する妹を
説得してくれと、連絡が入ってきていた。

そして、連絡がとだえ・・。
あとから、知った。
姉である彼女も同じ白血病に倒れた。

死を覚悟していたのだろう。
恋人に別れをつげ、身辺を整理していた。
恋人のほうの日記から、それをしった。

恋人は彼女がお登勢に寄せたコメントを知っているのか、どうかは、
憂生は知らない。
だが、時折、彼女が愛した作品を読んでほしいとは思う。
だが、それも、悲しい思いをさせるだけかもしれないとも思う。
複雑な気持ちのまま、
この物語のうしろにある憂生の気持ちを考える。
読みにくいだろう。
長いし、たどたどしいし。

だけどな、今、巷では評価がどうのこうのいってるけど、
この物語を巧い下手などのレベルで評価してほしくないと思う。

一人の女性の生き様によりそったお登勢のどんなところが
彼女のささえになったのか、そこを読み取ってもらえたらと思う。
それはまた、彼女の恋人にこそいいたいことかもしれない。
だけど、悲しみをこじあけるまねはしたくない。

彼が読みたいと思ったら読んでくれれば良い。
読みたくなければ、それもそれでよい。

カフェ在住、そろそろ、6年たつか。

この間のばたばた騒ぎ?で、
結局、うやむやになっていたことを
思い出した。

とくちゃんは、確か、憂生になにかいいたいことがある?とか、ききたいことがあるとか?そんなことを言ってたんだ。

それが、なにか、わからないうちに
足跡の挨拶がど~のこ~のって、始まって・・。

で、そうそう。

そのときだったか?
もっと、あとだったか?
「**さんが白蛇にほの字だった・・なんとかこうとか」
って、言葉があったんだ。

その言い方が憂生には、少々かちんときた。
憂生はたぶん、**さんが亡くなっているだろうと思っていた。
でも、たくちゃんの足跡の書き方だと
生きてるのかな?とも思えた。
亡くなった人の心模様を、揶揄するような足跡でのコメントは、普通、しないだろう。
だから、手術はなんとか成功して・・・。
なんて、考えたりしてた。

で、そのときに亡くなったととくちゃんから、教えてもらえたんだけど・・・。

足跡騒動になったとき、とくちゃんの日記の中に、こっちには、亡くなった人がいるのに、無神経な挨拶をする奴がいた。
って、ことが書かれていた。

それで、いっそう、憂生の腹がたった。

自分が無神経なコメント残されて腹がたったというのなら、
とくちゃんも、こっちに対してのコメントを気をつけるべきじゃないか?
ってね。

自分が嫌な思いをしたことは、大きな声でいうけど、自分が嫌なコメントを残したことには、気がつかない。

とは、いうものの、
先に書いた話す(ききたいこと?)ことがあるっていう、言葉が果たされてると思えなかったので、
どういうつもりで、
亡くなった人の心模様をいうのかわからないけど、まだ、とくちゃんの中になにか、「しこり?」があるきがして、
ほっておいた。
話したくなったら、話してくれるだろう。と、思って・・・。

で、足跡の件は、憂生には憂生の考え方があるし、自分のところに来てくれる人に対して、挨拶とか、そんなことは考えないし、いつもの調子で書いてきてくれるほうが、コメント読んだほうが、わかりやすい。ああ、元気で居るな。って感じだよな。
だから、憂生の足跡コメントもあまり、
かえないようにしてるし、自分の紹介?目的みたいなものをいれこむようにかわった。一種、インデックスみたいなものだという考え方をしているし、
訪問を受けたから、訪問を返すという律儀な考え方もない。

憂生のスタイル?をうけいれたくないなら、とくちゃんが、拒否でもなんでもかけりゃいい。
てなもんで、じっさい、そのようにしてくれているようだ。

だから、まあ、それはそれでよい。

だけど、
「話したいこと」
ってのが、なにか、ふと、気になって、
考えていた。
そのうち、
あっさり、拒否をかけたところからみると、「話したいこと」ってのが、
じつは、もうクリアされてるんじゃないか?
逆に言えば、拒否をかけたくても、話してなかったから、拒否をかけ切れなかった。

と、そんなことを、思ったとき、
「**さんが白蛇にほの字だった」
って、これが、伝えておきたかったことじゃないか?
と、思えてきた。

そう考えれば、とくちゃんの性分だから、まじめくさって物をいえないシャイ親父だから、なんか、納得する部分が出てきたりしてる。

亡くなった人の心模様をつたえておきたかった。
って、ことだろうか?

よくは、わからない。

だけど、憂生はしょってるといわれるかもしれないけど、はじめから**さんの気持ちは気がついていた。
気がついていたけど、
当時、同時進行で、Sさんという人の状態を見ていた。
カフェに長いこと居る人は知ってるかもしれない。
Sさんとのもめごとの時に普段なら100もいかない時間帯の足跡が600とか、に、はねあがってたから、覗き?に着てた人も多く居たと思う。
家庭を持つ人であったSさんに対し、
憂生は夫婦仲の修復を薦めていた。
表面上はSさんのいううとおり、ネットジゴロ扱いのまま、そのふりをつづけて、
裏側でのメールでは、「もっと、だんなと話し合え」とか、こんなことをやっていたんだけど
**さんについても、複雑な事情があるにしても、夫婦仲をなんとかしてほしいという思いがあった。

そんなこっちの思いをさっしたのか、**さんは、「離婚?」した状態を憂生には、話さなかった。
人づてにちらりときいただけなんだけど・・・。

この離婚にいたるまでについても、いろいろ、うしろにあるので、修復は不可能だったことは十分わかっていたんだけど、それゆえか、いっそう、
憂生を心のよりどころにしてるところが、多少あるのはしっていた。
けど、
憂生は不倫は嫌いだってやってたし、
正直にいうと、**さんの気持ちに答えてあげられない憂生だった。
だから、当時、わざと、ちょくちょく、相方AKIRA(知恵)の存在をさけび回っていたりした。
たとえば、
カフェの中心で愛を叫ぶ
AKIRA~~~~。
ん?カフェの中心ってどこだ?
てな具合に。

それで、**さんも
「あの方には、想うひとがいらっしゃるのもわかってる」
と、いうようなことをもらしていたのも知ってる。
ある意味、もくろみ通りだったんだけど・・・。
そんなんで、伝わっていなかったわけじゃないんだな。
わかってたけど、どうしようもなかった。
病院に入院してからも、医師に許されて、一日30分とか、メールくれてた。

だけど、生きる気力なくし始めてるって。
二度目の骨髄移植の時も、生きていても仕方が無い。みたいな、心境になってたんだと想う。
嫁いだ人には、別宅があり、
仲がよかっただろう、年齢の近いその人の息子は事故で死に、
唯一頼り?にしていた、憂生は
励ましてはくれるけど、心はくれない。
そんな人生。
40歳前だったかな。
死んでもよい。
そんな心境になっていたのかもしれない。

もう、手術は受けないというのを、
説得して、
骨髄を提供してくれてる人も使ってくださいって、いってるのに、
その思いをくんでやらず、死んでしまったら、その骨髄提供者も一生苦しむだろうとか、そんなことを、やわらかくいって、**さんの気持ちをもう一度、手術してみように
かえた。

結局、だめだったようなのは、
**さんと一緒にブログをやっていた女性が退会したことで、おおよそ、そうだったんだと、さっしはついていた。

その後日談も多少あるんだけど、
憂生のカフェまわりに、同時多発的にいろんなことが、おきて、あっちこっち、飛び回ってる状態になってた。

たいてい、その相手が、恋人を亡くしたひと。
なんか・・・。
これが夫婦だったりして、
片一方が死んでも、子供の存在があったりとか、・・そういうのが支えになるのか、精神状態がなんとか、元にもどるんだろうけど、
恋人を亡くした場合、どうにもならないというのか、
元に戻って?新しい恋人をみつけて、
死んだ恋人を心の隅に追いやるような?事をしたくないというか
自分だけ生き延びていること、
あとをおってやれないことを、
責めてしまうのか、
どのひとも、どのひとも、
極限状態になっていた。

こんな状況のひとが、何人もいて、
そっちのほうに、いっていた。

正直、**さんから生きる気力を、うばったのは・・・・。
少なくとも生きる気力をあたえられなかったのは、憂生だろう。

こういう、裏があって、それでも、**さんに辛らつな足跡をのこしたり、メールでいやがらせをした人間が居たのも、事実だった。
それでも、そのいやがらせをした人間については、日記で、思いをかえてくれととなえただけで、(その日記はhakujyaの中のどこかにある)
**さんに、負けない心、くじけない心をもつように話したと想う。

そんないきさつもあるから、
憂生はいちいち、相手に文句を言ってるとくちゃんのやりかたより、
とくちゃんが、そんなことにこだわらないふとっぱら?なとくちゃんになってほしいと想ってしまった。

だから、憂生もがんとして、足跡で挨拶を強制されても、お願いされても、無視した。と、いうより、あえて、かえないことで、意義があることを、表明したというべきかな。

だから、とくちゃんが、それがどうしても嫌で、自分を通すならそれでよいし、
憂生も、また、同じ。

それとは、別に日記では、
また、すこし、いろいろ、カフェでのことを、話してみたいと想っている。

怪文をいただいた。

まあ、さる人から
怪文をいただいた。

文章の成り立ちから見ると
本人の彼女?

なんで、おみゃあの亡くなった彼女と
憂生が訳ありなんじゃ?

と、思うのであるが・・・。

此処は物書きを豪語しているはずの憂生であるから、
他に取り方があるかと、考えている。

で、それが↓の文なんだけど・・・。

足跡では言えないけど亡くした彼女も白蛇と訳あり

で、どう、考えても個人的にどういう訳があったのか、
これは、判らない。

ただ、憂生の知己の多分・・・亡くなられた
女性・・・3人とも、
憂生の作品から
「生きる」「喜ぶ」「思いを変えてゆく」
言葉にするとあまりにも断片的であるが、こういう物事を受け止めてくれていた。

こういう「訳」ならば、あるだろうと思う。

自分の彼女が他の人にささえられていた?かも知れないと言う事実をいうにしては、
どうも、よくわからない。

と、なると、
憂生は自分が支えてきた人が
さる人とかかわりがある「彼女」とは、知らなかったということであろうか?

いずれにせよ、
その怪文「hakujyaと訳あり」が、かもしだす
匂いは臭う。

ダカラ、憂生のよみとり間違いだったら
謝るけれど

もしも、君と同じ地区?に住んでいた
ご婦人のことについてなら、
そのあたりの
詳しいいきさつをいろいろ深く知っている人間がカフェに多くいて、
彼女の思いを支えるために、
憂生がどれだけ尽力つくしたか、
よく知っている。

だから、もしも君が風聞などに動かされて
野卑な見方をしているのなら、
申し訳ないけど
君自身が見下げられる事になる。

憂生はもともと、誤解などどうでもいいし、
憂生自身が信じる憂生の真価は
判る奴に判ればいいと思っている。

ただ、おしむらく、
憂生の真価?/おこがましいかあ?/を、
知っている人が多く

君がうかつに、もしも、おもしろ半分に
人を揶揄しようとしたなら、
君の知らない部分で
憂生を信じている人が
君への評価をくだしてしまう。

足跡じゃかけないことを敢えて
書いてみせたその訳を日記か、どこかで
表明してみることだろうね。

足跡じゃかけない自分の凹みであるなら、
メールでもよこせばいい。
面白半分に人を揶揄するような人間でもないと思うし。

「訳あり」の「訳」については
妬かれたり、やっかまれたりするような
うしろめたい
意思も行動も憂生に、なにひとつない。

だから、いっそう、君がそういう
行動を起すことが不可解で
逆に君を下種のごとく、
疑って見てしまう事について

憂生の物事の許容の狭さと
結局、憂生も「見下げられる人間」におちるだけだと、
わざわざ、自分のぼろさをひけらかしている。

しごく、つまらない日記になってしまったものである。

随分、前の日記だけど、いろいろとわかってきたときに、多少なりこうじゃないか?とおもうようになってきた。

この話はスピリチュアルのなかにおさめるべきだろうとおもうけど、・・。

ある女性が亡くなって、しばらくあとだった。

憂生は幻惑感におそわれたわけだけど・・・。

これが、どうやら、憑依現象だったらしく、友人の神道家がさっして、

払いにきてくれた。

当時は彼女が亡くなったということをはっきり知らなかったし、あったこともなかったので

「紅い大きな指輪をした中年くらいの女性」に覚えがあるかとたずねられても

亡くなった女性に結びつかなかった。

ところが、しばらくして、上にかいた怪文書?がきた。

そのあとに彼女(亡くなった彼女をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

と、いう非常に軽々しい怪文書が続いた。

当時の憂生はまだ、その女性がなくなったかどうか、はっきりわかっていなかった。

あまりにも、軽々しく書くから、生きているのかと思ったから逆に尋ねた。

「生きているのか?」と・・・。

「なんだ、知らなかったのか?移植が定着しなくてな・・」

二度目の手術を受けたか、受けなかったのか、ぺこさんから、あの相談のあと音沙汰がなくなった。

そして、gooで妹さんと名乗る人がぺこさんがあっけなく逝ってしまったとこちらに告げてきた。

家族事情まで細かく聞いていないから、あっけなく逝ってしまったのがぺこさんと考えていいのか、それさえ、定められずにいたころに、

「亡くした彼女が白蛇と理由あり」というのも、そのときにはさっぱり意味不明だった。

だが、ずっと考えていたのは、そんな話しを知っているのはぺこさんしかいないわけで・・・。

ぺこさんも亡くなっていたのなら「亡くした彼女」はぺこさんのことで、

理由ありの「理由」は、ぺこさんの妹?にあたるAさんのことをさすのだろう。

そして、憂生はこの時になって、はじめて、

「憑依」した人間(霊?)がAさんではなかったのか?とおもいはじめた。

こう考えたらすべてなぞがとける気がしてきた。

彼女(亡くなった(A)をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

憑依したのは、Aさんの「執着」というか、思いが切れなかった部分でだろう。

ところが、どうしたわけか、憂生の友人がそれを察して、払ってしまった。

重い思いをふっきらなくては、Aは空に登れない。

そこで、伝えることの出来る唯一の人間を頼ったか?

突然の如くの怪文書。

彼女(亡くなった(A)をさす)は白蛇(憂生のこと)にほの字だった。

これは、亡くなったぺこさんも憂生に伝えたかったことかもしれない。

二人の知己であったTさんを通して憂生への伝言をよこしたのだろう。

ところが、憂生はそこのところ知ってたと受け流してしまった。

そののちに、妙な幻惑感(憑依?)を感じ・・。

やっときがついた。

その思いを「うけとめていない」と、いうことに・・・。

払ってくれたものの、彼女の思いまで昇華していなかったから、

妙な怪文書として憂生の目にとびこんできたんだろう。

ぺこさんがTさんの「亡くした彼女」であるのかもしれない。

ぺこさんはAさんを最後まで看取った後、亡くなった。

そういうことなんだろう。

・・・・ダカラ、憂生のよみとり間違いだったら
謝るけれど・・・・・

ご免。よみとり間違いだった。

そして、亡くした彼女だというのなら、これもまた、Aさんが心開いていった

ブロー・ザ・ウィンド・・そのまま。

愛する人を亡くした悲しみをのりこえていこうとしていた真っ最中だったかもしれない。

ぺこさんの思いを昇華するためにも、Tさんは憂生につげようとしていたのかもしれない・・。

Pさんのコメント(メール)のことから・・

ブロー・ザ・ウィンドを公開してまもなしに、

自分も恋人を亡くしているという人が多くコメントやメールを下さった。

その中で、今はもう亡くなったAさんの場合が、憂生の中で多くのスピリチュアル部分でのかかわりが大きかったと思う。

義理の息子さんが亡くなったのち、彼女は、ずっと、心を閉ざして生きてきた。

ソノ頃に、ブロー・ザ・ウィンドを読んで、

「生きていることを喜ぶ」などなど、一言では説明できないいろんな考え方が彼女の心を開かせていったと思う。

その彼女が白血病に倒れた。

一説によると、PDSTなど、精神的病いが、白血病を引き起こす要因にもなりうる。

確かに、スピリチュアル以前にも、「沸かす」ということを、繰り返し述べてきた。

調理畑の憂生にとって、一番、わかりやすいのが、「濁った汁の澄まし方」というもので、

悲しみや苦痛は血の中にとけこんでしまう。

これが、ひいては、白血病や貧血などというものを発症させるのだと思う(科学的。医療的、根拠はない。しいていえば、ことわざくらいか・・病は気から・・・)

その悲しみや苦しいを除くためには、「血を沸かす」(喜ぶ。やる気を出す)事が必要で

この血が沸くことにより、濁った汁(しゃぶしゃぶのあとの汁を炊くとあくがういてくる)から、

あく(悲しみ、苦しみ)が取り除かれていく。

言い換えれば、よほど、「血を沸かさない」と、あくは取り除かれない。

濁った血はいっそう、悲観的な排他的な、生きる気力をなくさせる思いをわかせる。

血のほうだって、そんな思いをどかせたいものだから、こんな思いが溶け込んでるよと、しらせてくるのだが、うっかりすると、その思いに飲み込まれる。

このメールのあと、骨髄移植が定着せず、再手術を拒む彼女がいた。

相手のリスクを慮ったのだろうが、なによりも、生きる気力がない。

なんとか、生きる気力を取り戻してやりたいと願った看病のPさんも、

こののち、同じ(血縁であったのだろう)白血病で亡くなった。

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まあ・・いいか・・

いろいろ、判ってることも多いんだけど・・。
判らないことも多かった。

一番判らなかったのが、
他のブログで主従いれかわったかのような?
妙なブログがあったから。
それをよんでると、Mより、むしろ、P
が亡くなったような書き方で
全体がぼやけた・・。

当時、Mは八十八箇所巡りに行っていた。
ううん・・。
もっと、前からだな。

心閉ざしたMの状態に気がついた。

そして、憂生のブロー・ザ・ウィンドをよんでくれたあとくらいから、
Mが変わってきた。

心を開きだした・・。

自分のことをしゃべり始め、
あの、事故現場に・・20年ぶり?に行く気になった。

そして、いろいろなことを話してくれた。

話せるようになった。
そのことに憂生はひどく喜んだのを覚えている。

そうこうするうちに、八十八箇所巡りに行ってくると言って・・・。

自分のために学生さんが唄のリクエストに答えてくれる。
思われている。
人の思いの暖かさを素直に信じられる・・本来の彼女を取り戻したとき
彼女は不思議な体験をした。
体中が熱いものにくるまれていく。

メール通信だったけど、
彼女は
「これはあのこだろうか?」
って、たずねてきた。

憂生は
「そうだよ。
貴方が気がつかなかっただけで
貴方をずっと、見守っていたんだよ。
でも、今、貴方は人の思いをありがたいって思えるようなほどに、心をとりもどしたよね。だから、安心して、空に帰れるようになったんだよ」

そんなことを答えた覚えがある。

そして、カフェの仲間とも親交が深まっていて、離婚のことは、他の人から聞いてしっていたし、事情が事情だから・・
よく思い切ったとは思ったけど。

彼女が最初に倒れたときに、ご主人からメールが入って、「カフェを心のよりどころにしていたから、カフェのひとのコメントとか、よみあげたら、意識がもどってくるんじゃないだろうか・・」
と、いうことで、友人とかにしらせて、メールとか足跡で連絡送って
4~5日めかな、ご主人から連絡が来て
意識取り戻しました。ってね・・・。

そのあとから・・しばらくは店と療養と?
ちょっと、わからない状態になったまま・・・離婚したらしいことは知っていた。

そうこうするうちに再入院・・・。

Pさんがいろいろ知らせてくれて
連絡はとっていた。
1回目の移植が失敗におわり、
相手の人のことを考えて、もう、やめておこうというのを
なんとかはなしたような・・ここらへんは覚えてない。

ただ・・・。2回目どうのこうのより・・・。
その頃に、もう、
「生きる気力をなくしてる」
って・・・・。

何も・・・なかったから・・。
支え何もなかったから・・・。

状態が悪い・・・。
それが・・続いて・・・
Pさんもほとんど連絡をいれてこなくなった・・。

そして・・・。

Pさんもカフェのページを閉鎖した。

だから、おそらく亡くなっているだろうとは、判っていた。
ただ、とくちゃんの言い方が
リアルっていうか・・
からかって言うような内容じゃなかったから・・・。

ひょっとして、生きてるのかな?
って、思った。

Pさんが亡くなっているように汲み取れるブログにであってから、
こっちもよくわからなくなって・・。

妹さんかなにかが書いてたと思うんだけど・・・。

あと・・・、
ぜんぜん、関係ないんだけど・・・。

いつごろだったかな・・。

ど~~んと重い感じがして、しんどくって、あるネットの能力者の人のところにいったというか・・・。
きてくれたというか・・・。

その時に中年くらいの女性・・・。
赤い大きな指輪をしてる。

憑依状態だったらしくて・・・。
憂生に覚えは無かったけど・・・。
今、思うと・・・
Mの亡くなった頃に符号するのかもしれない・・・。

全ての人にありがとう。

彼女はそんな思いになって・・
むこうにいけたのだけは間違いないと思っている

私信2

とくちゃんがわざわざ・・そんなことを、いいだすのは、なぜか?
って、考えてたら、ちょっと、ねむれなくなったので・・
思うままに書く。
言っておきたいことがある。
はじめにそんな風なことを、書いてたな。

今回の足跡騒動?

その前の拒否騒動・・・。

ちらりといってたよな・・。

無神経なことを書いていた。
亡くなった人がいる・・のに・・とか・・。

ちらちら・・・、そんな記憶を手繰っていったら、ちょっと、思い出したことがある。

とくちゃんの気持ちのもんだいとしてなのか、
そこはわからないんだけど・・・。

無神経な足跡に拒否をかける裏側。

と、言っていいのかな。

当時、Mが憂生のところに来ていたとき、
ものすごいバッシングがあったらしい。
「憂生のところに来るな。IDみただけでも、むかつく」
とか・・こういう類のものから
かなり卑猥な暴言・・で、Mを傷つけていたらしい。
そのせいもあって、Mは憂生のところにめったに足跡を残さなかった。

それに具体的にきがついたのは、
Mからの相談もあったんだけど、
Mはその時、憂生のところにきているせい?で、そういう中傷、いやがらせが来るとは、一言も言わなかった。

で、誰かいおうとしないし・・。
しょうがないから、くますけに誰か心当たりないか?って、
くまは誰のことかいわなかったのに、
Mだろ・・って、すぐIDあげてきて、
憂生の居ないときにぼろかすにやられてる・・の知っていたと、内容を話してくれて、事実がわかった。

それで、そのあたりのことは、日記にあげたことがある。

過去日記手繰ればわかるんだけど、
レイちょんも心砕いてくれて、
それでも、中傷した人も気がついてくれれば、もう、それでいい。
表面だけ見て、憂生がいかに彼女に心を開いてくれることを願っていたかさえ、きがつかない・・そんな人間でも自分のおろかさに気がついてくれればそれでいい。
と、いうようなことを、あげた覚えがある。

そして、中傷やいやがらせをするような人間のことについては、憂生はどうでもよくて・・。
M自体が中傷や嫌がらせをうけない、
ちゃんと、自分で対処できる強さ、
相手をおもいやりすぎて、そこにつけこまれるような弱さ?をもうすこし、だんりょくのあるものにしてほしいと思って、いろいろ、書いたと思う。

そういう考えがあるから、
憂生は足跡コメントのことにいちいち腹をたてないし、
人のことを思いやれない足跡っていうのも、あるいは、その人が幸せなだけ。

苦労人じゃない限り、足跡にまで「優しさ」にあふれはしない。
自己主張と顕示欲で成り立って、それにまやかし程度の自己満足を与えられる。
そんな場所であるのは周知のことだろう。
よほどの人間ならこんなとこで、ぶいぶいいってないで、それなりの方法、場所で(出版するとか・・あいたたた・・・)世に顕示し終わってる。

話がぞれたけど・・・。

そんなんで、へたなことやってくれたら、正直、カフェに居られなくなるくらいに自分のしたことを突きつけられる。
Mに対して心無い中傷を与えた人間は誰かわからないが、本人が一番わかってるだろう。
それは、いくらごまかしても、口をつぐんでも、ずっと、ついて回る。
判ってる人間が自分の中にいるんだから・・・。
自分のしたことは帰ってくる。
憂生はそう思うから、どうのこうの、叩くつもりは無い。
ただ、嫌な言い方だけど、せっかく、いじめたんだから、いじめた自分のおろかさにきがついてほしいと思う。
じゃ、なきゃ、Mもうかばれまい?
てかああ。
そんなさもしいMじゃないけどね。

Mを痛めつけた人間がはたして、どうなったかは知らない。
だけど、彼女が苦しい中・・心開いて
人の思いを信じていこうとした中、
心無いやっかみで、彼女が再び塞ぎこんでしまわなかったことだけが憂生はありがたかった。

そんなんでな、
憂生はばかな足跡つける人間をどうのこうの思わない。

ただ、ひとつ・・。
こきたないやりかたで、エロサイトにひっぱりこむような、まねをする人間とか・・・。
こういうのは、カフェをそこらのFC2ブログかなんかとまちがえてんじゃないのか?
ってね。

ちゃんと、アダルト許可しているとこにでも、行って引っ張りこめ!!
ってのがあってね。

姑息なまねはすかん。

女の姑息は正直、下にみてるんだろうな(ごめんにゃ)許容範囲なんだが、男の姑息・・潔くないのは、どうも、憂生のうろこ・・を逆撫でにしてくれる。

あ?

話がまたぞれた・・・。

ぺこさんのコメント・・2 

何度も書いては止めるの繰り返しで、戸惑って おります。

ブログをお借りして、お気に入りに入れて、私が 読ませて頂いております。

今のところ***には読み聞かせてはおりません。 申し訳ございません。

***は、あなたが新しく執筆作業に入られたこと 大層喜んでおりまして、楽しみにしております。

『蛙』の続編は早々に読み上げて、嬉しそうに、 『ハッピーエンドで良かったわ。』と申しておりました。

『空にかける橋』につきましては、***には何も 言っておりません。

今の***に対して、読んであげて良いものか、 どうか・・・

「死」と直面して毎日必死で闘っている***に、 立場が違うとはいえ、

やはり「死」に直面すると言う 文章がどのような影響を与えるか?

等等・・・・・ 思案ばかりでございまして、申し訳ありません。

私の独断で決めて良いものかどうか・・・ すみません。

なんと申し上げればいいのか・・・ わけのわからないことばかり書いてしまいました。

あなた様のご意見を聞かせていただければ、 ありがたいのですが・・・いけませんでしょうか?

寒くなってまいりましたので、お体には充分お気を 付けられますようお祈りしております。  

続きを読む "ぺこさんのコメント・・2 " »

ペコさんのコメント

ようやく仕事が終わり・・寄せて戴きました。
涙・・・涙・・・です。
今、彼女に読んでやることは出来ませぬが・・
私のほうが嵌っております。
この先を楽しみに致しております。(P)
投稿者:amedaki (2005 7/22 0:22)
--------------------------------------------------------------------------------

ありがとう。
お芳と男の会話がくどくなっているのではないかと、きになってました。反面、ちょっと、都合の良い設定になっている?
きれい事に書きすぎているのではないか?
やってきた男がこんなにかんたんに
お登勢の真価を見抜き、信じる?
こういう設定をさっくり、うけとめてもらえるか、どうかも、不安材料でした。
だから・・・。ありがとうございます。
投稿者:hakujya (2005 7/22 16:41)
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実は自分でよみなおしていても、ほろりとくるのが、この場面です。
何度も同じ事を違う場面で巻き返し、繰り返し
書いているのが、
「辛い目にあっているのに、人を信じ、
相手の気持ちを先に考える」
こういうひたむきさ。
自分に勝ち得てゆく強さ。
です。
投稿者:hakujya (2005 7/22 16:46)
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どの作品においても
「生きる」
この言葉がかぎになり、下地になっているとおもうのですが、理周とも、レフィスとも、小枝とも違う女性像がうまれつつあるようです。
投稿者:hakujya (2005 7/22 16:49)

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