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自己実現

潜在意識は、現実と仮想の真偽をよりわけられない。


アセンションブームをいうか、

日月神示などをよむと、

なにか、非常におかしな状態になる。


かなりインパクトのある映画をみたあと、

あるいは、夢をみたあとなど、


映画館の外にでたり、

目が覚めると


あれ?ここ、どこ?

と、いう確認をするときがあったり、

映画などは、その見た映画の感覚や意識がのこっていて、

感動が続いているというか、

残っているというか、


これらも、

潜在意識は、現実と仮想の真偽をよりわけられない。


つまり、


潜在意識は、仮想のことも、現実として認識する。

憂生のいうところの

疑似体験をするということである。


アセンションや日月神示で、語られていることは

簡単に言えば

ーこのままの魂ではいけないーと、いうことになろう。


日月神示においては、

ーこのままだったら、どうなるかということを重要視して、書いているー


このままだったらどうなるかということを読むことで

潜在意識が、疑似体験する。


ここが、重要なのだとおもう。


アセンションは怖くない。と、いう言い方をするが、

アセンションは、確かに怖くなくなる。


いつだったか、書いた

御霊が開いたら、恐れもせず、

平常心で、ほな、わて、死にまっさあと

枝雀師匠が、死んでいくようなのとにている。


アセンションとは、光の分子がDNAにまで届くということである。


古代から続く、あるいは、まだ、人間が人間でなかったころから

続くDNAといってもよい、御霊が

アセンションによる、次元上昇により、

御霊が勝手に上昇してしまう。


これは、御霊がたとえば、「神」のようなものになっていくことだろう。


ところが、実際の人間は御霊が、神のようになったとしても、

御霊をとりまく、潜在意識や、感情や考えが、「神」がすむような

環境になっていない。


このため、アセンション記事にしても、日月神示にしても

その環境をととのえろといいだしている。


じっさいに、御霊が開く時期がアセンション以降の

ある時点のことで、これまでに、

潜在意識のなかにのこっている業や汚れが

わきだしてくる。


これは、

何度かかいた、御霊のまわりを包む魂(気)の掃除となる。


いきなり、御霊が開いたら、業や感情や因縁などにより、

人間の行動が分かれていくと聞いている。


あばれるもの。気が狂うもの。死にたがるもの。などというふうに

魂の状態がそのまま、反映される。


この魂を掃除する時期が今の状態で、

自分が地球につながっているから

地球の状態がまた、自分のあらわれであるといえる。


実際、悪いことがおきているのも、

自分のあらわれであれば

悪事があばかれて、平和になっていくのも

自分のあらわれである。


自分がよくなれば、地球をすくうことができるというのも

あたりまえのことになってくる。



その逆もいえる。



目の前におきる、わるいことは、

掃除していく過程ででてくるごみのようなもので、

これをにくんでみてもしかたがない。


ああ、これだけきれいになったのだと

自分をよろこんでいく。


これが、

シルバーパーチのいう

苦労に感謝しなさいという意味合いだとおもう。


とにかく、よくないとり方があらたな

汚れをつくってしまい、

またも大掃除の必要がでてくるわけだけど、

今は、掃除するようにさせられるよりさきに、

よくないとり方をしないようにというふうに変わってきているとおもう。


逆にいえば、

御霊がひらく時期がちかずいてきている。


自分をたとえば、「神」のような人間にしていければ

べつだん、UFOに救出される必要はない。


また、シルバーパーチとおもわれるものが

「人類はすくわれてはならない」

と、いうのも、自分で「神」のような思いになっていけばよいところを

UFOなどに救われることをあてこんでしまったら

いわゆるばくちのようなものでwww


6億円あたらんかなあというばくちのはてが、

おおかたは、すか、なわけだろう。


それよりも、確実に

良い思いをもてるようになればいいわけで、

良い思いがもてるようになるためには、

御霊からのま清水があがってくる過程で

自分でよごしてしまったものをほうりださなければならない。


これが、目の前でつらいこととして、

実現させられることがある。


思いの清算をさせられていく過程で、

また、潜在意識での疑似体験もおきてくる。


これは、以前にかいた、

飛行機事故にあう因縁をもっていた人が

墜落事故をよんで、疑似体験をしたので

因縁をとおったことになっていくという認識でいる。


さすがに死なせてはいけない人だったので、そうなったのだろう。


こういうふうに、

御霊が疑似体験させるようにまわしていく。


ことが死までいかないときは、

現実で体験させられる。

「本当に通る」ということがありえる。


辛いところを通るから、

自分がたすかっていく。


喜ぶしかないだろう。


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