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別のことで自己確認するという弱さ

できない自分を素直に認める。



と、いうことができず、



あれやこれや、



自分はすごいんだぞ、みたいな



考え方だけのすごさみたいなのを、



追求していたとおもいます。



ちょっと、まえに、島崎藤村の



椰子の実という歌の詩を掲げたのですね。



これを、大笑いなのですが、



地球外の生命体のことを言ってるのだと思うわけです。


名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる(宇宙生命体がいろいろと、すき放題にのびてくる)
枝はなお 影をやなせる(が、すき放題のびたことにより、業をつくり、カルマを生じさせる)

われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)(本来の宇宙生命体であれば、業をつくることもなかったのに、

人間になってしまったことで、元の星(地球)にもどれるかどうかわからない)

海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙(こんな自分じゃなかったんだと人間にきがついてもらえないかと、

励ましていくが、結局、宇宙生命体にとっては、自分ではないものの涙)

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん(人間らしい心になってくれれば、宇宙生命体は、ふるさとにもどれる)


まあ、ざっと、あらましで、妙な解釈をしてしまい、

島崎藤村というのも、胸の中に宇宙生命体がいたのかもしれない。


などとおもっていたわけでwww


まあ、こういうのが、憂生のいう考えのすごさ。


実際はどうかといえば、


たったひとつの椰子の実をみて、

遠い島からながれながれて

おまえもくろうしたんだねえ。


と、いう

椰子のみとともに、

藤村自体の悲しみをなでてやっているんだろうし。


藤村にすれば、自分を倒置させているとはおもわず

椰子の実に思いをはせている。


相手を思いやるやさしさにみちあふれている。


そういうことでしかないのに、

妙な解釈をする。


問題は相手を思いやる。


これができないから、

妙な解釈をできる考えかたができる自分がすごいとおもうわけでwww


そのままにうけとめられたら、

そのままの歌詞としてはいってくる。


寓意や示唆ばかりもとめて

結局、教えを盗むだけで、

集めた教えをためこんで、

飾っているだけ。


こんな自分でしかなかったかと

やっと、きがつきだしている。


まあ、自分のかいてきた中に

答えがあるなあという思いもなきにしもあらずなのだが


エネルギーたっぷりのときは

人をおもいやる余裕があるから

借り物の考えでも

そこに自分の思いやり?がプラスして

なんとか、通じていくんだけど

エネルギーがなくなると

考えだけでうごいてしまって、

結局、机上論みたいな状態になってしまう。

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