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とりとめなく

従軍慰安婦になってしまった方が

「やはり、日本をうらんでしまいます」

って、そういう風におっしゃるんだけど・・。

それは、軽々しく言える言葉じゃないけど

「しかたがない」というか・・・。

ただ、この心についていえば、

空に架かる橋にも、こめられたものであるのだけど・・。

いつか、憂生が、この物語のアトラス語録の中ですこし、ふれたけど・・。

「見た目の悲惨さに踊らない」

と、いうのは、見た当人の自分に対しての言葉なんだとおもう。

従軍慰安婦にさせられてかわいそうだったという不幸・悲惨さに

(心を)おどらされてしまう。

あまりにも対極すぎた物言いだけど、

彼女がもし従軍慰安婦になっていなかったら、

もしかして、はやいうちになくなっていたかもしれない。

従軍慰安婦になるという過酷な運命が、

生きる道につながっていたのかもしれない。

ただ、生きているということのありがたさにきがつけないから

生きのびていかれた方法をうらむけど、

それでも、生きてきた必死に生きてきた自分を誇りにおもってほしいと思う。

いつかもかいたけど

「悲惨にみえる今の状況だって、実はそれでも助けられているんだ。

助けられていなかったらどうなっていたかは、なってみなきゃわからない。

人間の頭でかんがえつくことなんか、たかがしれている」

うらみをもっちゃいけないといういみではない。

ただ、うらみをもっていきていたら、

やっぱり、心は苦しい。

だけど、そのうらみを、よい風にむける原動力にしていけたとき、

うらみあってこそともいえる。

自分をいじめず、人をうらまず

悪いものをにくまず、よわいものをさげすまず

なかなかしにくい心のうちに

それでも、かれでも、なんでも

あなたがいきていてこれてよかった。

ご苦労なさったのですね。

身の不運を嘆くのは、自分。

せめて、自分でいたわってやれぬものかとおもう。

運がないというのを不運だというのなら、

幸運をつくるのも自分でしかない。

それも、思い方いかんにかかっているのだろう。

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