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シュメールと、原爆

単純にシュメール人がさきか、

日本先住民が先かということを、考えている。


いろいろ、歴史をしらべていくと、

シュメール人の文化が日本古来の文化にはいりこんでいるようである。


また、大本王任三郎の神示によれば、

国常立尊は、トルコに新政を敷いたという筆先をだしている。


トルコといえば、この前、鉄器の製鉄?後所がBC18世紀のものだったとかで、

世界最古の製鉄がおこなわれていたという遺跡がみつかっている。


政治というか、民族の広がりという闘争の歴史は

より強い武器をもったところに勝利をもたらす。


と、なると、その強い武器をもったところが、

存続していくかというと、多くの文明が滅亡・衰退していく。


シュメール人が、どこまでの鉄器文化をもったかわからないが、

やまたのおろちやきゅうびきつねにやられて、

日本ににげこんできたととれる筆先がある。


やまたのおろちと、きゅうびきつねがなにをいみするのか?

単純に他国や他民族の象徴とはいえないとおもう。


そして、シュメール人が日本ににげこんだとして、

そこに日本の先住民がいなかったわけではなかろう。


この先住民とどういう折り合いをつけたということになるか。


仮にシュメール人が古事記にあらわされる高天原族であったとしたとき、

すさのおは、日本では、やまたのおろちを退治している。


この意味合いから考えると、

やまたのおろちというのは、河であり、

スサノオの平定というのは、治水という意味合いももつ。


つまり、シュメールにおいての、

やまたのおろちというのは、

河や自然現象、天災ともとれる。


ここを治水できなかったということになる。


そして、日本にきて、先住民との融合があったとかんがえられる。

日本人のDNAのなかに、

天変地異をのりこえてきてことをいみする、

きざまれたESP遺伝子があるわけだけど

これは、シュメール人の移住以前のものになるとおもう。


日本の先住民であったとおもわれるうがやふきあえず王朝をほろぼした(吸収した)

高天原族とうけとめられる。


そして、ものの、本によると、

日本の古代天皇が、各地におもむいたというかんがえがある。


国常立尊は、トルコに新政を敷いたという筆先をだしている。


新政とは、つまるところ、鉄器文化ということになるまいか?


この鉄器の扱いをまちがってしまったため、

シュメール人は日本ににげこまざるをえなかった。



歴史は何らかの形でくりかえす。


そのスパンはどのくらいのものかはわからないが、


鉄器という文化のつぎにおきたものは、なんだったろう。


単純に電気という文化がおきたとかんがえる。


この電気をうみだしていく方法のなかで、

やまたのおろちを統制しきれず、

きゅうびきつねを統制しきれず

と、いうことをかんがえたとき、


原子力発電が最たるところで、

ヤマタノオロチ(自然現象)につぶされたといっていい。


この原子力のおそろしさを、

身をもって、みせつけたのが、

日本であろう。


そして、雛形理論によれば、(日本地図)上のトルコは広島になるまいか?


人心の欲に寄生し、その心をあやつる、きゅうびきつね。

と、とらえれば、

原爆がおとされた心の縮図の原点がトルコにあり、

日本という雛形理論でかんがえれば、

広島というトルコに因果応報的に原爆がおよされる。


そうなると、長崎はどうなるか・・。


雛形地図でいえば、アフリカになる。


アフリカというと、金。

コンピューターに不可欠な金属である。


また、母性遺伝子を考えたとき、

アフリカからの移住もかんがえられる。


ここで、もういちど、やまたのおろちをかんがえる。


これは、また、女性をあらわしていないかとおもう。

水という意味合いも神事的には、女性をあらわし

大本においては、火水の争いとして、

出口ナオと王任三郎があらそう。


つまるところ、王任三郎は自分を変性女子だという。


ここから、水=女性とむすびつけ


やまたのおろちを女性としてとらえたとき、

これがあばれているということになる。


女性という本文が、あばれてしまっては、

治水がありえず、

スサノオという男が、おさえていった。


この結果、男が政権(聖剣)をになってこそ、

国がたちゆく。

と、いうことになり、

きゅうびきつねというのも、

玉藻の前などと称され、政治をおびやかす

いわゆる傾国の美女という位置がある。


形として男女ということでなく、

心として、かんがえているのだけど、

ここをかんがえたとき、

アフリカからという母性遺伝子も

長崎の原爆にかかわっていると、かんがえたくなる。


また、長崎というキリスト教徒の多い町ということも、

日本女性の本質部分をゆがめたきがしないでもない。


日本の女性は、

この結果、男が政権(聖剣)をになってこそ、

国がたちゆく。

と、いう裏側。

女性の大きな能力で、男をささえてこそ、

国・家庭がなりたつとかんがえたとき

ささえる相手を?キリストとかんがえてしまうのは、

あるいは、まちがいであるかもしれない。


月は、父にたとえられるものであるが、

月自体は、自分では光らない。

日をてりかえして、光るわけであるから、

ここをかんがえても、

日(日本の女性)が、夫や国の父をてらさず、

キリストに照準をあわせていくということは非常に危険であるとおもう。


この結果として、キリスト国?が、聖剣(原子力)を使用したとすると、

アフリカにおける母性遺伝子の中に

アニミズムがあるのは当然ながら、

なんでも、ありがたがってしまう血もうけついで、

筋目を狂わせてしまったと考えられる。


象徴的なのは映画のニカウさんのストーリーではないだろうか?


セスナからなげおとされたコーラのビンを神様だとおもって

あがめたてまつる。


筋目でいえば、ものをそこらになげおとすほうがおかしいときがつくべきであろう。

それを奇異であるから、ありがたいとおもってしまう。


そのDNAに対しての、警鐘であったかもしれないともおもう。


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