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前世というものの

DNAの記憶から、前世をひっぱりだせるという話は


いまや、常識になってしまっているのだけど、


どうも、憂生自身はこのあたりが、ふにおちない。


どういうふうに、ふにおちないかというと、


それを知ったから、どうなるんだろうか?


と、いう思いがあるせいだとおもう。


たとえば、スマップの稲垣さんだったか?


高所恐怖症みたいなのがあるらしい。


それが、どうやら、リーデイングで、前世で戦争で、飛行機にのっていて、

小さな子供とか、そういう人たちを撃ってしまった。

と、いうのがあって、高いところに上ること=前世の後悔にシンクロしてしまい

現世では、高所恐怖症という感情になる。


と、いうことだったわけだけど・・。


このことを、しって、稲垣君は、高所恐怖症がなおったのだろうか?


前世の後悔がわきあがってこなくなったのだろうか?



実際、憂生も前世との関連としか思えないのだけど、

いまや、名前もわすれてしまったローマ教皇700~800年くらいの教皇か?

を、ぐぐったとき、ウィキを開く前から、その名前にカーソルをおいたときから、

滂沱の涙がおちてきてどうしようもなかった。


なんらか、前世で関係があったのだろうとしか、おもえないのだけど・・。


これといって、思い当たることも無く、今になっては、名前さえわすれてしまったという。


もともと、憂生は

師から

「前世がはまる」ということをいわれていたせいもある。



そのだんでいくと、たとえば、前世の後悔があったとしたときも、

当然、現世でその「思い」を昇華させられる事態が起きてくるものだとおもっている。


そして、なによりも、いやだったのは、

霊能力者という前世があるんじゃないかということと、

それが、はまってくるのがいやだった。


まあ、そういうふうにおもうところの理由はいくつかあって、

毛嫌いしていたところがあった。


まあ、いろいろ、あって、

けっきょく、霊能力にたよってしまう自分になってしまう

実際の生活面で、自分の能力としては、零能力であるときがついてしまったというか。


いろいろと、不思議なことがありすぎて、

(なんどか、かいたことではあるけど)

この不思議な能力が発動してしまう裏側に

自分の因縁が、綺麗になってないせいでしかなかった。と、いうのが

みえてきたせいもある。


前世がはまるとひとくちにいっても、

どの前世がはまってくるか、わかったことじゃないし


それらは、場合によっては、

たとえば、人殺しでもしてしまった前世がいたとして、

その原因が感情にふられてしまうというものだとすれば、

当然、おなじように、現世の憂生にも、

感情にふられるというパターンをだしていって、

その思いを超えていくことで前世のしみ?も綺麗になっていくということになろう。


当然、前世というのが、魂ぶぶんであれば、

血の中にとけこむ、先祖の因縁(感情)もあろう。


憂生自体は、自分の中に「御霊」がいるんだとしらされたときに

守護にはいっていた5代前の先祖も天にかえり、

十柱の神ももういらないね。といわれたことがある。



これは、いまだにわからないことだけど、

古事記からしらべていくと、

十柱の神というのは、御霊を成長させていく働きがある。


御霊というものを知ったときから

その存在は「自分とのもの」にかわる。


御霊というものを管理?していくのが、

これからは自分になっていくということになる。


こういう意味で、十柱の神はもういらない。と、いわれたのかともおもう。


じっさい、いま、いろいろなことごとから、

前世とか、自分に問うとか、守護霊にコンタクトするとか、やっている人がいたりするけれど


憂生自体は、

自分の御霊と、コンタクトしていこうとしている。


じっさい、そういう「御霊からのうかび」なのか、

いわゆる憑き物なのか、守護なのか、さっぱりわからない状態で、

頭の中で会話をかわしていたところがある。


師は、

「それが、本当なら目にものをみせてくる」と、いうことで、

いくつもの不思議なささやきが、

そのまま、本当になったことがあった。


だが、それが、「御霊」からだったらとは一言もいってないので、

不思議なことがおきるたび、

それをしらせたものが、なにだったのだろうときにしていたし

思い切り、深く念じると

答えをだしてくるものがいることもあり、

ーたとえば、今、これをよんでくれた人がたとえば、私の誕生日をあててみせろといってきたとして

それを思い切り念じると答えをだしてくるーと、いうことがあった。(ぜんぜん、違うことなので、たとえばの場合では本気になれないけどww)

こういうことにきがついたとき、自分から、深く念じないように気をつけるようにした。

それは、

あくまでも自分のためなので、そういう思いにこたえてくるものはろくでもないものだとおもうから


その反面、ふっと、はいってくる思いというのが、次々と本当になってくるので、

自分が困ったときには

自分の思いかたがどうであったかということよりも、

なにかになぜこうなったかという「人のせい」意識で答えを求めていたと思う。


これが、いわゆる、最初にかいたふにおちないというところだとおもう。


高所恐怖症になった稲垣君でいえば、

高所恐怖症を前世のせい(いいかたがおかしいが)にしているだけじゃないか。


と、いう感じ方といっていいか。


本人じゃないのでわからないけど、

スピリチュアル的にいえば

高いところというのは、向上ということだろう。

その向上しようという思いよりも、

向上するためには、あれもしなければこれもしなければ

それって、不安だよな。怖いよな。と、いう後ずさりした思い方がある。

だから、現象としても、前世のせいという

あとずさりして、責任は前世にあるという


まあ、たとえばだけど、

そういうふうに、前世の影響がでてくる自分がいる。


前世でなく、自分がその前世をちかよせてしまっているわけだとおもう。


そこのところを、前世のせいにするのでなく

「自分」だということにしていかないと

今、いきてる自分は前世の自分ということになってくる。


何人も前世がいて、

それこそ、石だったり、木だったりという

人類が発生してないころからの前世まであるというそうなので、

前世の数などものすごいし

ここに先祖をいれていったら、

前世の先祖の影響もあるわけで、

1億2億なんて数になってくるんじゃなかろうか?もっとか?


その中から、自分に同調してくるものなどかんがえてみたって、おいつくわけがない。


今の自分が過去世も先祖の思いも掬えるから、

昔の記憶をチャラにしてうまれてこれるんだとおもう。


そうやって、現世の自分に同調してくるものを

自分として、のりこえていく。


よいことがあったときは、

今の自分がこうだから、前世がよってきて加勢?してくれてるというか、

あふぃにてい・・だったかな、親和、共有みたいなね。


まずは、自分。


そういうふうに、とらえていってこその前世なんだとおもう。



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