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思うままに・・11

レイキについて。



まあ、これも、パワーをもらうとか、

こういうのと同じだとおもうわけです。



一種覚醒とにた作用がおきることを懸念します。



純粋なエネルギーでありながら、

パワーを得るほうの業や因縁がきれいになっていないと、

その業や因縁をきれいにしていこうという

浄化作用がおきます。



すると、どうなるか。



「沸かされる」ということがおきます。



以前にもお話しましたが、

しゃぶしゃぶをしたあとの湯です。



肉の芥や、野菜のあくとか、いろんなものが、

まぜこまれています。



色もなんだか、濁っています。



小さな肉片や野菜屑、油などをとりさっても、

色がきれいになりません。



とけこんでいるわけです。



人間でいうと、血の中にとけこむようですね。



ここにエネルギーをくわえます。



もう一度お湯をふっとうさせていくわけです。



すると、芥が泡のようになって、うかんできます。



これが浄化になるわけですが、



問題は湯が血であるならば、泡のような芥はどういうことかということです。




芥の種類にも寄ると思いますが、

たとえば、「人を憎む」思いをもっていたとします。



血の中からそれを沸き立たせとりさろうとするのが、浄化です。




つまり、取り去る時に同じ思い、同じ現象を「具象化」してみせてくるということです。



憎む=(酷いたとえですが)誰かを殺してやろう。



と、極端なたとえですが、こういう事象がおきかねないわけで、



この部分はレイキをうけて、「良くなろう」と思っている人には

それなりの制御心があるのだろうから、大丈夫だとは思いますが

人間、どんな因縁や業が在るか、あるいは、憑き物?が在るか、判らないわけです。



それが具象化してくる危険性があるということ。



つまり、ある程度、このあたりの事が判った人じゃないと

対処できないという危険性が在るわけです。




憂生自体も以前かいたように、覚醒、吹上が始まった時に

その吹き上げをとめられたのが、

本人の修養がたりてないというのが、原因だと思っています。



もしも、そのまま、ふきあげ、「人を憎む」ものも一緒にふきあげ(浄化というか、吹き上げの威力で一緒にはがしてしまう)られたら、その勢いというのは、人心を逸すといいますか、もはや、狂人のごとくになりかねないわけです。



ただ、憂生の場合は自分でも、その吹き上げ感覚がわかっていましたから、

心のなかで、「待ってくれ。まだ、早い。まだ、だめだ」と念じてはいました。



たとえばですが、こういう人間がレイキを受けた場合、

どうなっていくか。

そのあたりを、どうするか。

こういうことをおわかりになっているのだろうか?



と、いうことです。



この対処方法や、こういう事態にならないといえるものなのか?



と、いうことです。



もっとも、根本的には、

安易にエネルギーパワーをほしがるというのは、まちがってるといいますか、

こういう思いがありますが・・・。



エネルギーというものも、結局は自分の思いからの発生ですから、

なにかにたよるのでなく、思い方を省みて、良いものにしていけば、

かってにわいてくるものなのではないかとおもっています。




人間、分というのがありますから。

すぎたるはおよばざるがごとしで、

エネルギーに見合う分の自分がなかったら怖い〈映画・akiraのようなものかな?)

し、いわば、憂生のように、天気を変えるまねをして、おもったように、

天・を動かす真似をしちゃいけない。

と、もおもうわけです。



与えられるまま、分通りを精一杯。



自分の器がよくなれば、エネルギーなど勝手にわいてくる。ということを

あとにして先に、エネルギーをもらって、自分をよくしたい。は、やっぱり、どこか、考え方がおかしいと思ってしまいます。



見えない世界の構造が憂生に、わかっているわけじゃありませんが、

一番大事なのは

「すじめ」なわけで。



古事記の世界、国産みの場面で女が先に声をかけるということが、筋目をくるわせるということで、蛭子がうまれますが、

これが、ひとつには、見えない世界の構造です。



筋目が狂った状態のものの結果はよくならない。



ところが、そういうどうでもいい(失礼)な個人の欲にいちいち、結果でみせてこないといいますか、すでに筋目がくるってることが明白でありながら、そこにきがつかない。

どうでもいいといいますか、

本当に魂の次元が高い人がまかりまちがって、そんなことをやったら、きっちり、結果をみせられ、改めるようにしくまれます。



国を産むという次元の高いことをしてるから、あらためよと蛭子でみせられるわけです。



どういうわけか、今のスピリチュアラーはこういう簡単な構造を自覚してなくて、

見た目がよくなったら、思いや思いの種類・次元がどうであるかを問わないというか。

お客様本意のサービスをしているだけみたいな人が多く、

残念なことです。



多分、憂生が商売でこんなことをやっていたら、

客と喧嘩しておわりでしょうな/笑



あんたのその思い方がぼろいんだよ!!

って、わかってもらうためにあえて、いって、

根本を是正しようとして、しっちゃかめっちゃか。



だやな!!

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