画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心理の中の「おかげ信仰」

偶像崇拝というか、おかげ信仰というのか、

本尊をたてまつって、うにゃうにゃ拝んでいる人が居る。

で、こんなことを書くと、

「私の本尊を馬鹿にした」「うにゃうにゃとは、なにごとか」

と、本気でクレームをつけてくる奴が居る。

まあ、正直に言おう。

こっちは、人様の本尊を馬鹿になどしてない。

貴方が本尊を馬鹿にしているのだ。

と。

極論を書く。

「貴方」がすばらしい人間であれば、

貴方が信仰しているものにたいして、

「それもすばらしいものであるに違いない」と思う。

馬鹿にされた。

まあ、そのいいかたでもいいか。

馬鹿にするのは、「貴方」がいまいち、

すばらしくなく、むしろ、くだらない方にちかいから、馬鹿にされる。

このあたりを判っていたら、

まだまだ自分がすばらしくないから、馬鹿にされてしまうんだ。

ひいては、自分のせいで、本尊を馬鹿にさせてしまうんだ。

つまり、自分こそが本尊を馬鹿にしている。

と、こういう回りくどい考え方をすると、

見えてくると思うけど

そこを自分に問い直しせず、

クレームをつけてくる。

それこそ、まじ、偶像崇拝のきわみ。

その姿勢もすでに「馬鹿にされる原因」であろう?

これは、別に偶像崇拝みたいなことばかりじゃない。

自分の意見が通じない。

こういう場合だってある。

相談ごとにのる。

相談にのってあげたのに、。

こんな言葉の中にもある。

自分を問い直さない場合。

なんだって、偶像崇拝だ。

自分の意見は通じるはずだ。

という偶像。

相談に乗るのは相手の為にしてあげたこと。

なんて、優しい自分。

と、いう偶像。

いろんな偶像を持ちやすいもんだと思う。

この偶像があるから、

通じるはずだ。

相談にのったんだから、ありがたく思え。

と、いう見返り的おかげ信仰になってしまう。

いつだったかも、

「いわせてもらうけど」

「きかせてもらうけど」

という

すでに、「貰った」感覚位置でものをいい、話を聞けば

すでにもらっているのだから、

妙なおかげ信仰、見返りは求めない。

知らないうちにこのおかげ信仰ってものをもっていて、

それが宗教だけだなんて思ってちゃいけない。

人間の心理のなかにだって、

「おかげ信仰」はあるのだ。

なんて事を思ったので、まず書きとめておく。

あとは、また、おいおい、憂生がもつ、

「おかげ信仰」心理をはたきだしていく。

そのためにも、自分へのメモとして(訓示?)日記に揚げておく。

関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
5682位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2039位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。