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C・モルガンの「人間のしるし」

のなかで、フランスを侵略した、ドイツ兵のきょてんとして、

自宅を占領される話がある。

そのドイツ兵がピアノ をかなでるのである・・・。

フランス人はその芸術的な旋律に感動さえ覚えるのである。

そして、ピアノを奏でるあの人間が

人殺しをすることさえ信じられないとまで思うのである。

なんだろう・・・・。

憂生はいま、どこか、この話が

自分の中の何かと符号して仕方ないのである。

根本的にまちがってると思うことであるのに、

人の思い・・・に、

ピアノの旋律に・・・、

どこかでうなづいてしまう。

高校生の頃だったと思う。

「知らない事の危険性。

知ってる事の危険性」

こんなせりふをはいた。

たとえば、

きょくたんなたとえだけど、

バイクなどの暴走行為?

バイクを走らせる爽快さもしらないくせに、

あんなことと、闇雲に否定するのもどうだろう?

でも、逆にその爽快さをしって、

暴走?/あくまでもたとえでちょっと、うまくたとえられてないんだけど/

してしまう事も、又危険といえる。

人の思いも同じ。

知らずに批判するのは危険だと思う。

けれど、知る事により

批判できなくなる自分になることも

時に危険だとも思う。

そうだね。

君の言うとおり・・・。

人の思い/重い/でおしつぶされないように・・・。

憂生は上手にピアノをきかなきゃいけないんだろうな。

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