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☆ いつもながら、週刊誌をちらりとよむ。

今日は車のクーラーガスの補充の為に出来た待ち時間だ。読みはじめからストレート にひきつけられ内容が頭にはいってくる。

誰だろう?いつもながらこの疑問が後になる。

見出しを捲ればそこに『第6回ホラー サスペンス大賞受賞作「ぼっけえ・きょうてえ」の岩下某の新連載』と、かかれてあった。

いつも。いつも。こういう文章に出会うと憂生は考え込む。

憂生が読みやすい。

惹かれる。

と、思う文章は別段、特別な物でなく、こんな文章は万人が同じに感じられるらしく手繰ってみればさもありなんと思われる何らかの賞を手にしている。

が、一方で凝った表現が時に、難解で、内容に惹かれる以前に、読み手を門前に引き返さす作品がある。

内容に入り込む前に表現を理解する事がまどろこしく、作品の前で憂生は迷い児になってしまう。

この自分の理解力の薄さに一時は落ち込んだりしたものだが、

ここ何度か、『読める・惹かれる文章』に遭遇する事が重なると

やはり作品を例えて家だと言った事が思い出される。

人の原案・構想を文章に起したとき、用意された基礎の上に家を作るのは困難だった。

どんなに上手く建築 できなくても彼の尺で量った材料で彼が自分で作る事が肝心だと思われた。

憂生が後を継げば尺の違う材料が混ざりこみ基礎から自分の物に換えなければ無くなり、

結局彼の家でなく、憂生の家が出来上がる。

どんなに稚拙であろうが、どんなに卓越しておろうが、結局自分の尺ではかり建設された物が家という形に成る。

この結果。

人の住めるように出来上がった家に、実際人が住むか住まないかと云うと話が違う。

完成されておりながら、居住空間に相応しくない家もある。無論、好みもある.

和風建築。

洋風建築。

家として、外見は家の様相をしており、見た目も素晴らしい。

ちょいと、展示会に誘われて中に入って、住む立場で家を見詰めた時。

住める家でない事に気が付く。

家自体が居心地の悪さを露呈させてしまう。

こんな感じで、どうして居心地が悪いかを具体的に言い表せないのだが、

文章にも居心地の良い文章とそうでない物があるのは事実だと思う。

何をもってして居心地が良いというかも千差万別であろう。

カントリー調の内装が落ち着かないと言う人もあれば、それこそが良いと云う人もいる。

だが、なんにせよ。

ほぞのはかりぐあい。

文章を組み立ててゆくときに、一連の文章に安心できるか、できないか。

上手い。読める。

惹かれる。

と、思わされた作品は、一文節から安定している。

この安定感が、すなわち居心地のよさをうむのだろうか?

柱一本がしっかりしている。

床がゆがんでない。

各所の構築に当り前の事が当り前に出来ていると信じさせてくれるに足る安心感が居住空間を敷き詰める。

たった一文節の安定から始まる。そして、続くどの文節も安定感をうらうちしている。

が、はて? 

安定した文章とは?

逆説的に安定していない部分を改ざんすることはできるけど、けど、それって平易な文章になりやすい?

個性的でありながら、不必要に個性を主張せず、安定した文章。

うーん。これを考える時、憂生が気をつけているつもりでよく使う指示語。

それ、そう、その、などの言葉は曖昧でよくないと思う。

Mさんの文章を読んでいるとほとんど、この曖昧な表現は使われていない。

他にも憂生が良くやるの?F ??ように、~みたいにと対象をおぼろげに表現してしまう。

こんなところもMさんのものは対象の写実が確定的でイメージをしっかり把握させることができている。

羨ましい写実眼とそれを文に出来る筆力の持ち主だと思ってみている。

あーーーー。

見ているだけでなく、ちっとでも見習って、~ような、とか、即↑にもやってる「それ」なんてのをもっと使わないように(あ、また、やってる)努力しなければ・・・。

指示語や曖昧喩の文章は確かに安定感がない。

判ってるつもりなんだけど、たった六行の文章に太字で朱をいれてみれば、ぼっけえ・ぎょうさん!!!

文章の安定が、ありながらまだ、居心地が悪い。住める空間でない。

つまり、文章に入り込めない。

このあたりはどうも、主人公が息をしてないせいらしい

息をしているというのは、文節の中に心理がすりこまれていることをいう。

人が生活する空間には、匂いがある。温度がある。気配がある。

文章に、匂いや温度を刷り込むことは難しい。

気配はかぎろわすことができる。

これが心理描写だろうか。

主人公の周りの環境を静物的に描写しているだけつもりでも、この中に主人公の心理を重ねて織り込むことができる。

すると、文節の中に主人公がみえる。

大胆に見せる事もあればほのめかすだけの時もある。

だが、確かに息をしている存在を感じ取れる。

だから、もっと、肉迫した感情や、心理を織り込まなければと思う。

絵空事のような空想に見える心理は蝋人形の呟きの如く現実味がない。

現実味のない心理はやはり物語をとおざけさす。

すんごく現実味のない話かいてるから、やっぱ、心理もどっか、遠くなるよな。

って、これはやっぱし、いいわけ?

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