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わけがわからぬかもしれぬが、前ふりである。


憂生はちょと、不思議。

思いをひろう。

こんな自分をここに披瀝し始めて、
いくらか、浸透してきたように思う。

これは憂生の場合。
あくまでも、
感のようなもので、
実態は見えない。

おまけを言えば、誰の思いをひろったか、定かではない。
後で事がおきて、
この人の思いを拾ったんだなとわかることが
往々である。

まあ、たとえば、マーケットにいって、何気なくイチゴをみていると、
「君はイチゴがすきなんだねえ」
と、思いが入る。

すると、
昼を過ぎてから、
近所のおっちゃんが、
イチゴをつんできたから、食え。
と、持ってきてくれる。

こんなことが度重なると、
やはり、
憂生は自分でも、
誰かの思いを拾ってたんだと思わざるを得ないのである。

具体的な事件のいくつかは、
過去の日記にもあげている。

かといって、見透かしてるわけではない。
この人、今、こう思ってる、なんてのはさっぱりわからない。

あと、もうひとつは
憂生ではないもの?に、
ささやかれるという感じもある。

これは男性っぽいかんじがする。
自分の思いと溶け込んで、自分が思っているような感じのときもあるので、
「思ってる」
と、言う感覚に近いときもある。

たとえば、従兄弟の死の3ヶ月前も、そうだった。
駅まで見送りに来た従兄弟を見ながら、
ふと、
「みおさめだな」
と、おもっているのであるが、
何も、気にしてなかった。

そう思ったことさえ、気がついてないといってもよい。
いや、きがついていた。
その言葉が妙で、遠く離れている土地のいとこだったので
単純に合う機会がもうないといういみだろうと考えたのを覚えている。

3ヶ月たって従兄弟が死んだ。
朝にゆめもみたのであるが・・・。
そうなって、はじめて、
「みおさめ」
と、いう言葉の事実にきがついたのである。

こんな調子なので、
予知にもならぬのだが、たとえば、
こんな風に相手からのおもい、あるいは
誰か?/なんでしょ?/の、思いが入り込むのである。

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