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物書きの愚痴だ!!


そうそう、思い出した。

と、いうのも、訪問者様を逆訪問したからだ。

出版しよう?的誘い文句にみえる新着日記タイトルがみえたので、

そのまま、退去してきた。

憂生自体は審査?にとおって、かつ特別推奨作品に推したいとの話がまいこんできたことがあるから、

出そうと思えば出版はできるだろう(ま~~こっちが資金をだすのなら、通常誰でも出版できるとも思うが・・・)

いろんな変転をやってきて思うのが

出版にこだわらないってことになってきたわけで

むこうの日記などにはそのあたりのことも書いている。

で、そのことを、日記にかいていたわけだけど、

ま~~これに対して、「出版へのあせりがあるのか」

「時にそういう作家に救いは必要だが私は救いをさしのべる気はない」

など、はじめからの読み取りまちがいのうえに、

ご自分の推察論をかぶせ、

最後のせりふが、笑止きわめつけ。

なんだったかな?

「自分の現身を原稿用紙に真剣に写している真剣勝負の作家には叶わない(字ちがうし・・)」

で、まあ、おかげで、憂生のほうは、現身が作品の中に映りこむという

自分の考え方を掘り下げなおすという作業が出来て、このお言葉をけして、無駄にはしていないのだけど、

根本が違って解釈しての論理追及にたいして、

根本の違いを説明するたびに、

誤解がまさに五階建て、六階建てとかさなっていくので、

自分のところですきなように書いてくれ。

と、突き放した。

そして、まさにこっちに対しての(誤解)の読み取りの中に

その人自身の現身がはいってるということ。

これをこっちにぶつけて、

自分の凹み?かなにかをなだめてるようにみえるが、

はっきり、いって、

それは、自分で昇華することじゃないか?

憂生自体、物を書くってことはそういう姿勢のつもりだから、

人の事がおかしくみえるほど、

ぶつけることもあるが、裏側で

自分の凹み?がどういうことか、ってのを見直す。

こういう事をやってるから、なおさら、

ぼろは人のところにおしつけ、

自分がぼろであるところを見直さない(という風に見える)人間を相手してる事にくたびれたといっていい。

一生懸命、こっちのあらをさがすのはいいが、

それを見る視覚がくるっている。

そういう、人にぶつけるだけで、自分への問い直しがない人間に

これ以上ほかのものも、読んでもらいたくないと思ったのが

本音だ。

たいして、まともなことを書いてない人間だが

やはり、そこには、自分の「魂」が入ってる。

その魂をとらまえては、自分に問い直すべきことを

ぶつけられるのを、こっちも黙ってみちゃいられない。

思いをこめて書いてる。

時に自分をみつめなおすために書いてる。

考え方を整理していくために書いてる。

書きたくて書いてる。

さまざまではあるが、それなりに自分の書いたことは愛しい。

それらが、何らかの役にたつのなら、ぼろにいわれてもかまわないが

どうも、違うと判断をつけきるまで、7~8回のやりとりはした。

その結果、出入り禁止にした。

読者をえらんでもいいんじゃないかと最近はかんがえるようになってきたが、

むろん、「立派な読者様」がほしいということではない。

読んでくださるのはありがたい。

だが、ここでも何度かかいたが、マナー知らずの訪問はお断りだし(エロログで検索して訪問してくるなど)

一種、自分を問い直すことが出来ず、人に鬱憤?をぶつけて、

自分の鬱積をみないふりする弱い人間もお断り。

自分の想像力を働かせて、自分で対処しとけ/笑

厳しいことをいうが、人のものを読むというときに

やはり、最低限の礼儀・姿勢は必要だと思う。

そのあたりのことをわかってる人とわかってない人がごっちゃまぜになってるのが、ネットであり、

憂生はそのネットを活動の拠点にする以上、ある意味、自分を護るというか

高く売りたいと(売買じゃないよ。自分の価値というのかな/これを口にだすから、えらそうだって、思われてへこましてやろうとする人間もでてきて、結果的にむこうにぼろをさらけだせることになってしまうのだとも思う)

と、思うわけだ。

もちろん、結果的にぼろをださせてしまうのも、元の思いが悪いせいだと思う。

「へこましてやろう」「きにくわん」などという思いから始まった物の結果は、その因果をみせてしまうだけで、

ようは、そういう「ぼろい思い方でよまれる」ということをはねつけてしまうということも

自分を大事にすることじゃないかいな?

と、おもったというのかな・・・・・。

だったら、えらそうにいうな?

あはは・・・。

それもそうだけど・・・。

それで、判断して読む読まないをきめるつ~こともできるっしょ?

えらそうだととれるものしか、書いてない。と判断されるのも、それでよし。

必要な人が読む。

それも、見えないところでの「読み手」のふりわけ作用になってるかもしれない。

読んでくれとやみくもにおもわなくなったというのかなあ。

そうなりゃ、なおさら、出版する気にはならないってことでもあろう?

そこらへんからして、読み取れない人がいたって話し。

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