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FC2小説の中で・・

彼の感想?ノートに憂生の作品が掲げられていた。

まあ、こういう事でど~こ~思わないし

もっと、言ってしまえば

珠玉の銘として、自分の励のために

憂生の日記などをブログに保存しておく。

と、いう事例はすでにいくつかあったから、

ま、彼の中でなにかの役にたってるならよかろう。

と、気にもとめていなかったのだが・・。

短編だけをとりあげられるのも、ちょいと、気分がわるい。

ソノ頃1万文字前後の短編なんて、憂生の作品のなかでは、

数少ないほうだったから。

短編が主のように思われるのもいやだった。

そして、しばらくして、憂生は彼に嫌気がさしてしまう一言にであってしまった。

「ここには、レベルの高いものしか、あげないんでね」

この一言だ。

早速、憂生は作品への感想をとりさげてもらうように頼んだ。

もちろん、憂生の作品が取り上げられるレベルじゃないのに

恐縮だとか、恥になるじゃないかなんてことじゃない。

彼の一言に幻滅したからだ。

むしろ、そんな考え方の彼の場所に憂生の作品への感想を

おかれることのほうが、恥だとさえかんじた。

憂生の考え方はねっから違う。

この違いのもっとも、おおきいところは、

「ここには、レベルの高いものしか、あげないんでね」

という考えでなく、

その言葉を平気で掲載するという感覚の違い・嫌悪だと思う。

みんな、一生懸命書いてる。

まだ、途上で、巧く無い人も居る。

彼の言い方でいえば、レベルが低い人だろう。

だが、レベルの高い作品というものの定義が明確にされていない以上

いっぽうで、低いものをこけにした言い方にもきこえる。

レベルが低いということをいってしまえば、

憂生も昔、そんな人の作品を添削指導したことがある。

前述の泣きながらくらいついてきた人ではない。

だが、正直どうにもならない。

勢い、例えばで、こっちの書き方で彼の文章を書いてみせる。

二つ思った。

どんなにへたであっても、自分の材料で構築しないと家が曲がる。

もうひとつ。

自分のレベルを自覚すると、人によっては、書く気をなくす。

彼がいいだしたのは、

「憂生さんの書いたのがいいです。憂生さんがかいてください。

僕は無理です」だった。

無論、本人の姿勢もある。

だが、憂生は失敗だと思った。

過去、河原さんに14、5歳の人間が

「書けよ。書けよ」と巧い下手じゃない、書いていくことこそだということを

刻み付けられた。

問題は書いていこうとするその姿勢。

ここを問うべきじゃないかという思いができあがった。

だから、その姿勢にこそ、レベルの違いがあるかもしれない。

あとは、書きなれや表現技術を支える感覚や経験などからえた眼差し。

この違いがでてくるだろう。

書きなれた人間や持って生まれた感覚、経験からのまなざしを

レベルが低いの高いの詮議するまねができるほど、

憂生はかきなれてないし、もって生まれた感覚も光るものでないし、

人生経験からのまなざしも浅い。

何をして、

「レベルが高いもの」と彼が定義したかしらない。

そのうえで、またも、彼の感想欄で尋ねた。

かえってきたのは、

「俺のポリシー」だとか「判る奴にはわかる」という

まったく理解できない返事だった。

人様のものを勝手に取り上げる以上

「わかる奴にはわかる」は通じない。

ましてや、彼は小説家を目指し自分の糧のためにも人様の物に感想をかいている。

と、どこかでいっていた。

小説家が「わかる奴にはわかる」という態度を口にだすのは、憂生にはありえない。

自分の表現がまずいから、わかってもらえない状況がでてきている。

こここそが、彼のめざす作家修行のポイントになってるのじゃないか?

と、憂生は思った。

で、そこもずばりときりこんだ。

結果的におきたことは、

「憂生のにせものがでた」という彼の逃げだった。

逃げだとわかるのは、本当に憂生の偽者だと思うのなら

憂生のところに確かめにくるだろう。

FC2の管理体制にも問題点があるわけだから、

FC2小説を考えるというところでFC2小説の問題点を考えてる憂生のところに

感想欄にIDリンクが無い事が(今はあるのかな?)ひきおこす問題として

提示してくるなり、FC2小説当局に問題提起するだろう。

まあ、そのあたりのこともさらりとながして、書いたと思うが、

真相はずばりときりこまれて、立場がなくなった彼の猿芝居ってとこだろう。

まあ、そんな風に、

FC2小説の感想という部分ではいろんな考え方で書いている人がいるわけで、

これを正しいとか悪いとか、裁く権利などないのは当然なことで、

憂生も以後、彼の相手はしてない。

むこうもしてないだろうが/笑

結果的に彼の感想の悪さというのが、自分にかえってきている部分がある。

「感想書きます屋」さんがでてきて、自分はでる幕なくなったかな。

と、いう科白がちらりとみえた。

語るに落ちたというのは、このことだろう。

自分の作家修行のためにかいているのなら、

「自分の出る幕」なぞはじめからない。

自分が自分のためだけに作品をどう捉えられる自分かを記録しておく。

こういう風なものだろう。

結局、彼の思いのなかに「良さそうな作品」への感想をかいて「自分が出る幕」を作る。

と、言うものがある。

で、なければ、「レベルの高い作品しかとりあげないのでね。」で、なく

一つの作品から「得るものをいただきなおす」という思いが言葉になってくるはずであろう。

残念ながら「わかるやつにはわかる」という言葉をかりれば、

憂生は彼の姿勢の悪さがわかった。

と、いうことになる。

だから、憂生はもうすこし、言葉を選びなさいという事を提言したが、

「これが俺の言い方なんでね」って言葉がかえってきていた。

これさえ、作家修行として考えれば

どういう表現するとよいかという大きな命題であり、

彼が作家としてもうひとまわり大きくなる「視野の拡大」につながっていくわけで、

成長していこうとする上昇志向を前面にだしているわりには、

一歩つっこんだら、打たれ弱い。

だいたいにして、才能があるのなら、こんなところで、ぐずぐずしていないで、

あちこちに投稿してみるなりして、自分の作品をなんとかしようとしてるだろう。

その公募などにとおらず、作家デビューできずに

作品をねむらせるのがおしくて、作品を挙げるというのならまだしも

そして、そうであるのなら、なおさら

「書けよ・書けよ」と言葉をかけていくのは自分にたいしてであれば

まかりまちがっても、

「レベルの高い作品しかとりあげないんでね」はでてこないし、

裏返せば

それが出版社からの彼への厳しい採点だろう。

「うちの社ではレベルの高い作品しかとりあげません」

さては、自分に突きつけるべき問題をして、

他者にふりあてて、

彼はFC2小説出版社、審査担当係に昇格したか?

と、まあ。

ここまで、書けば読んだ人は、多分、彼への中傷だとおもうだろうなあ。

憂生は厳しいことをいうけど、

もう一歩上のレベルをめざしてほしいだけなんだけどね。

結局、性格などなどが、文章にでてしまうから・・。

そして、性格などなどが、作品のレベルにかなり影響をだしていくから。

みろ。

憂生なんか、結局鳴かず飛ばずじゃんか。

出版の話をことわってから、おまけにいただいた書評を解説がわりにつかいまわすから

出版社も書評を書かせるために悪用したとおもってるんだろうし、

金にならんと鴨にもなれず、物書きどころか単なる物書き依存の物の怪の如くであるよ。

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