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白い朝に・・に寄せて

見せられる元は我にあるという・・・

白い朝に・・の中で女医が基に傷がある。という言い方をしたまま、その傷をはっきりと話そうとしなかった。

場面は以後、その傷を解明していく設定のつもりである。

ところが、憂生はこの先をかくのにためらっている。

ためらったまま、ある精神病の患者のブログを尋ねる。

そこでみかけたものは、相変わらず、治癒していないと思われる状態。

そのブログ管理者は自分が精神病であることを自覚していないと思われる。

ブログの中に架空の自分を構築しているという点では先に書いた境界異常の女性に似たものがある。だが、境界異常の女性が男性のふりをして、そこで、「男性」として、もてはやされる。この状態は危険だと思ったと書いた。これと同じ状態がそのブログ管理者にも起きていてブログに居る限り、ますます、架空の自分の居住性を高めてしまう。

こんなことも心配だったので、過去、自分の知人には事実を打ち明けた。

下手なリップサービスやもてはやし?は良くない。

どうしても、その架空の人間像の記事を賞賛したいなら、事実をわかっているうえで行ってもらいたい。知らぬうちに病状悪化?に加担していることになるのだから・・・。

そして、何人かがそのブログ管理者のもとから去った(表面上はリンクとかそのままにしているとは思う)逆にあえて、その状況をわきまえて、近寄って行った人間も居た。

わかったうえでの行動だから、それはそれでよいとも思える。

そして、最近、どういうんだろうか、カリスマっぽい人間や指導力?個性?こういうものがある人間にどうしてもよりついていく、たとえがうまくないが、たとえばドラえもんの中のジャイアンにくっついていく「スネオ」のような人間が居るのだと思った。

その人間をたぐっていくと、どういうわけか、精神疾病を患っている人間のところに寄り付いている。

その相手が自分が精神疾病を抱えていると自覚しブログでも告げている場合はまあ、良かろう。

ところが、告げてない人間のところにも現れ「スネオ」をやっている。(と、見える)

憂生は複雑な心境でそのコメントとIDを見ていた。

裏事情を告げるべきか、考えた。

考えながら別のことを思った。

その人間が精神疾病の人間によりついてしまう構造を。

憂生自身、幾人もの精神疾病を(程度はいろいろある)抱える人間と次々に遭遇して行った。

普通だったはずがどこかでおかしくなったり、気がつかずに居たら事実を知らされたり

結局、これらは自分のリアルにおいて、一人(もっとか・・)の人間の異常に対処する基礎を作ってくれることになった。なんとか、そういういくつもの遭遇のおかげで、一人の人間の異常に対処できたのだが・・・。

「スネオ」君は、こういう裏事情を内在しているだろうか?

「スネオ」君の言動を見ている限り、「スネオ」君自身も軽い錯乱?をもっているように見える。

類は友を呼ぶではないが、気がつかぬうちに呼び込まれているというか、近づいてしまうというか、そんな風に見えて、ブログ管理者の裏事情を説明する以前に「スネオ」君のほうにこそ、裏事情、それも本人が自覚していない・・・裏事情を持っているように見えてしまった。

たんに「スネオ」的性格がカリスマチックな人間に従属する?ような、一般現象なのか、判断はつかない。

だが、裏を返せばこういう自覚のなさそうな人間にちかづいてしまう、憂生にこそ「裏事情」があるとも考えられる。

またも、リアルにおいて、自覚のない人間に対処しなければいけない事態がちかづいているということか?

なんとなく・・・思い当たることがある。

こけた・・

ここじゃないんだけどね・・・。

おまけを言えば、2階のパソコン、そういう風になるってわかってたんだよな。

「白い朝に・・・」

続き、かいて・・。

いつもは、念のため、コピーするのに、せずに投稿・・。


きえちまった・・・・。


気持ちなえる・・・。


手詰まり打破できて、スゲ~~~納得できる説明できて・・

迷いの心理、丁寧に書いて・・・・。


ものすげ~~~~~、集中力で引き出してくるのに・・・。


おまけをいえば、それ、一発で書き下ろそうとするからこそ、出てくる集中力。


書き直しは、前の記憶をたぐるんだよな。

こう、書いたよな。

って・・・。


だから、ちょっと、微妙に偽者になってしまって・・・。


迫力ある文章って、よくいわれるけど、これは、そういう一発書きによる、集中力の賜物。

(で、ちょいちょい、誤字、文法と表現おかしい)

だから・・・・。

しばし・・・ぼ~ぜん。


で、ここで、愚痴る・・・・。


ぴょえ~~~~~~(大泣き)

中途半端?途中半端?

同じく、憂生を占うからの抜粋記事を追記にいれておいてから・・・。書き始めてる。

この話もどこか、白い朝に・・を思い起こさせる。

宿命を逆に使命にかえるか・・・。

宿命につぶされるか・・・。

宿命なるもののもたらすものの
マイナス材料の後ろにある、人を支えるという部分の話を聞いて、確かに憂生も、人を見捨てるような生き様こそ
最悪なものだと思う。

瞳子の事件をして、運命だったというのはどうかと思うが、

義治が瞳子とであったことこそ、運命だと思う。

多分、義治はこの先瞳子をすくいだしていくだろう/多分

出会いという運命は義治の行動、姿勢により、むしろ、出会うべくして出会った宿命にすら感じ

義治自体は瞳子を支えることに、使命なんてもんじゃないな。

自分の生き方そのものにしてしまってる。

運命だとか使命だとか、宿命だとか・・・こんなもので、自分を宥めてるうちは

どうにか、そこから逃げたがってるだけ・・みたいに聞こえる。

義治はそこのところをがっちりうけとめてまう。

泣き言やしり込みなどという悲壮感が一切無い。

なんちゅ~か。

女医が「あなたは強い人ですね」と、いったのは、こういう部分もあるなって、

思わされた。

(自分で書いたものですが・・・女医はこう思うだろうなという女医の感情にたってしまってるので、じゃあ、どういう風に強いか?って、理屈や説明になってくると、さっぱりで、かんがえなきゃならないわけで・・・)

あ、また、話しぞれる~~~。

物書きやってる人が、このあたりの手法どうしてるか、わからないけど、

憂生は基本的にはこの人物どうおもうかな、どう考えるかなってのをベースにしく。

だから、たぶん、これから出てくるとおもうけど/確定ではない。

教授がどういう風に思っているかというのは、憂生の中にはあるんだよね。

それがあるから、この時にはこういう行動をしたとしか書かないし、書いてる状態は「私」目線なわけだから、教授の思い、こうですよは、私目線のものからしかかけない。

教授のほうから、「こうだ」というものが出てくる設定になるか、どうかは分からないけど、

それでも、憂生なりに教授の思いはこうかな?ってそのベースは持ってる。

*話しぞらしちゃったので、ここで、おわる。いかにも、中途半端だべ?*

まあ、なんでこうも、憂生のポリシーが足元からくずれさっていくのかと、思いもするのであるが、今日、友人とばったり出会って話し込んだ。
友人はさる有名な宗教に属している人であるが、某宗教のように、否定的な見解は出さない。
もっぱら、こっちの言い分を聞くという人也で、何かあるたびに黙って話を聞いて、ぽつりと自分の意見を述べる。
話ついでに六星占いのことなども話した。
まあ、この間から書いてる「宿命」なるものについて、話したとき、友人は久しぶりに宗教からの話を口にのせた。

「宿命を悟って、それを使命にするんだ」と、いう。

なんでそうなのだ?
なんでこうなるのだ?

と、いう矛盾や焦燥感ばかり目について、あるいは、それが、自分の宿命なのであるとは、どうしても、容認できずにいた。

友人は簡単に説明をしてくれた。
宗派に集まる婦人のひとりであるが、
亭主が大酒のみで・・酒が入らなければ良い人なのだが、ひとたび酒が入ると人格がかわり・・・。

その婦人にとって、そういう亭主の女房になることが、宿命なのだという。
その宿命を使命にする。
そんな亭主だと、たとえ離婚して他の人と一緒になってもだめだろう。
その人の横暴など・・・。
支えているのは、婦人であり、婦人に見放されたら、その亭主の人生はどん底になるだろう。
と、こういう見解から、そういうだめ亭主をささえて、人生まっとうさせるのが、婦人の使命ということになってくる。

と、まあ、うまくいえないのだが、憂生には、非常にすとんと落ちたのである。

宿命を逆に使命にかえるか・・・。

宿命につぶされるか・・・。

宿命なるもののもたらすものの
マイナス材料の後ろにある、人を支えるという部分の話を聞いて、確かに憂生も、人を見捨てるような生き様こそ
最悪なものだと思う。

宗教自体は好きじゃないが、宗教の考え方には、先祖伝来のいき方の知恵が詰まっていると思う。

よく、憂生自身口にした、かんがえる。
観を変える。であるが、
見方を変えれば思い方が切り替わる。
もともと、思いの世界が現実になっていくという考え方をしている人間だから、
価値観をかえれば、難や苦しみは自分の価値を高める物事に変わってくる。

ここまでやられたら、へこたれるか?

憂生自身、ねをあげるのは、嫌いである。(よく、愚痴は言うが)
ここまでの人間でしかないと、自分をあきらめるのも嫌いである。

どうすれば、観変えれるか。

暗中模索しているうちに、手詰まりになる。

こんなとき、どんな方向でも、宗教でも、占いでも友人への相談でも良い。

なにかしら、見出したいと思う。

だから、宗教は嫌いであるが、先人の知恵を拝借するという観点にも立てる。

その人の分に応じて・・・。
乗り越えられない試練を神(天?宗教の唯物神)は、与えない。ともいう。
そう聞けば、ますます、乗り越えられるはずのものに、負けるわけには行かないとも思う。

こだわりも価値観も憂生のもので、この底はゆずりはしないが、それを他人に期待してもはじまりはしない。

何度も、本物になるのは自分でしかないと思う。

「わかってるじゃないか」
友人の言葉がよみがえる。

わかっていながら、ゴールは見えながら
いわば、答えの出ている数式のとき方が解からない。

心身ともに、ゴールにはいるのは、まだまだ、先になりそうだが、
なんらか、ひとつ、切り替わってきたような気がする。

「赦す」

白い朝に・・・の中で、非常に短く?表現したものを、考え直していた。

「赦せ」

と、いうことかな。

この話はむしろ、不思議な話に収めるべき話かもしれないんだけど。

憂生のリアルにおいて、不思議な事件は数多く、ある程度、不思議な話に書き出した。

でも、ひとつ・・・。

あえて、書かなかったことがある。いや、書けなかった。とも、いえる。

それは・・・どうしょうかな・・・。

そのままを書くわけにもいかない。

この際だから、白い朝に・・を利用してみようか。

*瞳子を襲った人間が複数であるとわかり、私は、いっそう、憎悪をわかせた。

いけないと自分をいましめているのに、私の感情は、誰かわからない犯人を呪いはじめる。

古い信仰にわら人形に相手の髪の毛などをいれて、あみこんで、のろいをかけるというものがあるが、私はそんな術などつかわなくても、人間の憎悪の感情はじっさいに形になって動くものだと思っていた。

だから、女の髪は憎悪もつなぐというように、別段、わら人形など使わなくても呪う感情が深ければ、感情ひとつで呪いなんてものはかかってしまうものだと思っていた。

だからこそ、形でなく思いをもってしまうこと自体が危険なことだと承知していた。

そんな私だったから、呪い殺してやる、死んでしまえ、と、いつのまにか、思っている自分にきがつき、いけない、そんなことをおもっちゃいけないと自分を元にもどすことにつとめ、

呪っちゃいけない。と、憎んじゃいけないと、自分にいいきかせて、そんな感情をふりきった。

ところが・・・。

ある日、教授が車にはねられてしまった。

私ははっとした。

そうだった。教授も犯人であるといえるんだ。

私は自分が思いのなかで犯人をのろってしまったことが、事故の原因に思え、いっそう、犯人をのろったら、教授までのろいころしかねないと、自分の感情のおそろしさを肝にめいじ、それ以後、いっさいそういう思いをもたないようにした。

ところが・・・。

瞳子をつれてクリニックにむかう途中だった。

私たちの目の前で人が車にはねられ、空中に舞い上がった。

その時だった。

「私、あのひと知ってる」と、瞳子がつぶやいた。

一瞬の事故に私はその人が男であることくらいしかわからなかったというのに、

瞳子は顔を見、知ってると言い出す。

私はもう一度、瞳子に尋ねた。

「近くの人?しりあい?」

だったら、家族に連絡してあげなきゃ、と、思った。

ところが、瞳子は「え?なんのこと」と、自分のいったことを覚えていなかった。

あ、人格が入れ替わったんだ。と、私は気がついた。

この時、私はもしやと思った。

知っているとつぶやいた瞳子はレイプされたときにうずめた人格の記憶をひきだしたか、

そのときの人格が浮上してきたもので、

つまり、知っているというのは、事故にあった男が「犯人」のひとりであることをいうのではないか?

と、そして、もし、そうなら、この事故は私が呪ったせいなのかもしれない。とも思った。

そして、三日後、また同じような事故が瞳子を乗せた私の車の前で起きた。

その時の瞳子はおそろしいものをみたとばかりに顔をふせていたが、

通り過ぎると、

「私に見せにきてるみたい」とつぶやいた。

それから、自宅に帰るとき、事件のあった神社のちかくまで来たとき、

やはり、また、事故を目撃することになった。

飛び出してきた自転車に気がつかず車が自転車ごと撥ね飛ばした。

そして、どの事故の犠牲者もにたような年頃の人間だった。

私は目の前の事故に、今度ばかりはさすがに車をとめ、介護に当たり救急車を要請した。

幸い、命に別状が無く、一瞬脳震盪を起こしたようだが意識が戻ってきていた。が、頭を打ったのだろう、血が流れていたので、動かないようにいうと、私は男から携帯電話を受け取り家族だと教えられた番号を私の携帯からうって連絡を入れた。

ところが・・・。

家族だといって、駆けつけた人は私の息子が事故で怪我をしたときいたのですが、

どこにいるのですか?とたずねる。

え?目の前でたおれているじゃないですか・・というと、

「この人私の息子じゃないですよ」と言い出してきた。

どうやら、家族だと教えられた番号が間違っていたようだった。

その後連絡をとりなおし、家族に連絡がつき、救急車も到着し、警察からの聴取をおえると、

私は車のなかに戻った。

その時だった。

「私、あのおじさんしってるわ」

事故にあった人間でなく、まちがって駆けつさせてしまった人間を知ってるという。

別人格が浮上してきている。

私は別人格がもぐりこまないように、問い返さず、黙って瞳子の次の言葉を待ってみた。

「あの人、私にいたずらしてきたの。こわかったわ。胸を触って、スカートの中にてをいれて・・

私、どうすればいいかと思ってたら人が来て・・」

瞳子が神社の参詣の途中のことだったのだろうか?

瞳子の言うことが本当なら、間違って呼び出された人間はレイプ犯人ではないが、痴漢行為を働いたということになる。

そして、さらに後日。近所の噂話(と、いうことにしておく)が私の耳に届いた。

「まあ・・・仲がよいっていうのかねえ。いつも、3人で一緒にいたんだよ。

その中の一人が事故にあっちゃったら、他の二人も事故にあっちゃてるんだよ。

そんなことまで、仲よく一緒に痛い目に会わなくていいのにねえ」

私はもう、その言葉を聴かなくても、おおかたの察しはついていた。

瞳子を嬲った人間すべてに、呪いがかかってしまっていたのだと。

痴漢程度ぐらいだった人間は肝をひやさせるくらいで、おわったようだが、

その3人は・・おそらく、間違いなく犯人だろう。

私はもう、それでよいとおもった。

自分が掛けてしまった呪いであっても、やはり、ちゃんと、天は見てる。

たとえ私がしらなくても、ちゃんと天が懲らしめるんだ。と、いうことをみせてくれた気がしたから。

人が人を裁かなくても、遅かれ早かれ、天が裁く。

だいたい、私ごときが、呪ったところで呪いがかなうはずが無いとも思うし、

わたしとしては、呪う気持ちをとめてつぶしてきている。

私がのろったせいなら、私も、人を呪った穴におちるだろう。

もしも、私が事故をおこしたら、そういうことだ。

レイプという犯行がそれくらいのばち?制裁ですむことなのか、どうかは私には解からないが

もしも、瞳子が死ぬようなことになっていたら、3にんとも命は無かったんじゃないだろうかと思えた。

この後彼らがどのように心をいれかえるか、それも、また、天が見ている。

彼らがしでかしたことは彼らのことでしかない。

私は天がちゃんとみているんだとわかってから、

ことりと憎しみが落ちた。

馬鹿なことをすれば、自分に帰ってくるとも知らず、犯行をおかした人間は

裁かれた罰をくらった後も

執行猶予の付いた状態だ。

これにこりず、馬鹿なことを繰り返せば・・どうなるか。

自分で自分の首をしめていることにきがつかないことほど哀れなことは無い。

私はそんなことよりも、自分が天に加勢されるような生き様をしなくちゃいけないと思った。

至誠通天。

がんばれば、治らないといわれた瞳子だって、天は掬い取ってくれる。

私はこんな経験を経た。思い、天に通ず。そのためにも、赦せる人間にならなくてはいけないと思った。

*******

まあ、ちょっと、脚色じみて、テーマがぼやけてしまった感はあるんだけど。

こんな風な考え方も「赦す」のなかにあったんだけど。ここまで書くと本編からぶれていきそうなので、簡単に「赦す」にしたんですよ。

振り返ってみる。

実際の場面。


ネット依存症になったある人間の存在が有る。


彼が依存症に陥った本当の原因は知らない。


だが、ネット世界にひとつの人格を構築させ、

彼はその世界に住んでいた。


いっさい、自分の現実を破棄し、

ネットの中で、ひとつのダンディズムを構築していた。


その彼と憂生の違いを述べた日記も有る。


簡単に言えば、彼は頼もしいやくざだ。

言い方が悪かったらごめん。


たとえばエロメールを送りつけられた人間が居るとする。


彼はその相談にのり、事件を解決する。


そのやり方は、エロメールを送りつけた人間を叩く。

こういう、やり方だ。(この日記もどこかに有る)


憂生は常々、思いを治さねば、見せてくる事象は変わらん。という。


だから、そこに響く忠告を与える一方で、

エロメールを送りつけられた人間のほうを重点的に叩く。


そういうものを、送られてくる隙。

それに自分で対処できない弱さ。


このあたりを矯正しなければ、

エロメールを送りつけられる原因が解決しない。


依存症の彼のヒーロー気取りの頼もしさとは

根本的に質が違う。



だから、彼も憂生を嫌っていただろう。

気になる存在でありながらね。


その「嫌い」も自分にないものへの「嫉妬」でしかない。

憂生は、てきとうに人気のあった人間だったから。


その彼が一つの事件を契機に近寄ってきた。

心を閉ざしていた女性の心が憂生のブロー・ザ・ウィンドをきっかけに

開いていった。

「生きてるって事は他の誰かを喜ばせること。

それが、出来ないで、死んだ人間のことを思って

悲しんでいるのはあんたも、死んでるのと同じ」

「あんたが生きてるって、それだけをみんな喜んでるんだよ」

そんなブローの中の科白が彼女の心を開いていった。

「思われてる」

ほんの些細な優しさにさえ、彼女は自分のありがたさをしり、

ぽろぽろ、涙を流してメールよこした。

「思ってくれて、ありがとう」

彼女は日記にそんな言葉をよく、書くようになった。

その彼女が倒れ、ご主人から

ブログの友人だけが、心の支えだったから、

メールとか、コメントをもらえませんか。

と、依頼が来た。

憂生は彼女の知人に、メールをだして

その由を知らせた。

中の一人が、大々的にブログ、トップに上げて

彼女のブログに多くのコメントが集まるようになった。


そして、彼女が意識を取り戻したと

ご主人からの知らせが入った。


当然、メールだけじゃ、間に合わないほどの人数に膨れ上がってたし

憂生も実数がわからない。


いきおい、こっちも仕方が無いと友人のまねをして、

トップにニュースを流した。


それを依存症の彼が読んだ。

おそらく、友人がトップにあげて、呼びかけていたから

その人が発起人?だと思っていたのだろう。


だが、一番のニュースが憂生から発せられて

彼は憂生が影で動いていた張本人?だと解かった。


それから、彼の態度が急変した。


そして、いろいろ、話す様になった。


そんなある日、彼が入院すると言う。


その頃の憂生は彼が依存症だということを

ひとつも知らなかった。


入院するというので、ブログに彼へのメッセージがあるなら

取り次ぐと、書いておいた。


そこに、別の友人がどうせなら、トップに出した方が良いよ。


憂生は、前のこともあったし、それはそうだなと思い、

トップに出した。


二日もしないうちにクレームが来た。


彼の友人の精神科医者と名乗る人間から。


トップを外してくれ。

ますます、ネット世界の自分に居心地良くなってしまう。

彼は数年前に発症し、ネットの中に別人格を構築している。


驚いた。

彼の理論など読んでいると、かなり、哲学とか・・

勉強している。

たんに憂生の知識レベルが低いから、そう見えただけかもしれないが、

その人間が・・・簡単に言えば、気が狂ってる。


一方で、恋人を亡くした人間が、自傷癖をもっていて、

その人間は自分でも、「俺は気違いだから」そういう言い方をしていた。


その人間の名誉のためにいっておくが、

断じて、気が狂ったりしてる人間じゃない。

恐ろしいほど繊細で聡明で優しい。


だから、自分がおかしいことを意識してる人間しか、知らなかった憂生は

自分を意識できずに、ごまかして、別人格をつくりあげてる人間が

ネットにいるとは、思っても見なかった。


そして、憂生の彼への忠告により、

彼は退院(精神病棟から)してきてからもおかしかった。

霊を信じるか?

とか、妙なことをみんなに尋ねたり・・。

精彩を欠いた状態のまま・・ブログの更新がとまった。


そして、ある人間からニュースが入った。

首を吊った。

さいわい、家族の発見が早くて、一命取りとめ

彼は

「死ぬのが怖い。俺は気が狂っていたんだ」

と、さめざめ泣いたと・・。

これで、彼は自覚をもち、本当に支えられる人間・家族の愛情で

回復にむかう。と、思った。


それでも、やはり、憂生が気になったのは、彼の友人の精神科の一言だった。


「本当に心配だから、私は彼の近くにいくし、会いに行く。貴方は動こうとしない」


その言葉がひっかかっていたんだろう。


自傷癖のある友人に相談をした。

前にも、一度、相談して、この人間は凄いと思ったことが有る。

それもあった。

「本当に助けられるのは、彼を愛する家族だ。

狂い暴れても、家族が身をはって、抱きしめたら

変わってくる。俺も友人にではあるが、そうやって、何度も抱きしめられて

今も、生きている。生きていられてる」

確かに友人も憂生は知ってる。

血だらけになる彼をとめ、支えてきてる。


結論だけを言うと、彼を支える人間はやはり家族だ。

吊った紐を外し、彼を蘇生させることができる家族以外ない。


「だけど、俺が本当に抱きしめられたい人間は

もう、この世にはいない」

自傷の原因がそこにあるのか、どうか知らない。

依存症の男の発症の原因が何か知らない。

だけど、

少なくとも、依存症の男には、男を抱きしめる家族が居る。


本当に愛するものじゃなきゃ、助けられない、そんな心の闇。


憂生は、別の友人ともそのあたりのことを話した。

「いつか、そのこと、貴方の文章にしなさい」

そう。言われた。


その後もいろいろなことが続いた。


そして、やっと、いろんな物事をひっくるめ

「本当に愛するものだけが、助けられる」

ひとつの物語を書き始めた。


それも、面白い物で、ずいぶん、以前にその構想を持っていた。

まるで、色んな事件を予知するかのように。


だが、書けなかった。


そして、今、書き始めて、書けるようになった自分を振り返る。


それは、あるいは、とても、悲しいことだ。と。

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