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思案中・・に寄せて


愚痴です。  【思案中に・・】

先のページでは、まあ、冗談めかしてかきましたが、
あるふるい友人?が不倫をやっていて、
そのあたりのことは、
憂生は、
反対意見なわけです。

ずばりと意見しても効き目がなく
憂生自体がそういう考え方が嫌いだということを
日記でかけば、
「そういう目でみていたか」
と、いう被害者になってしまう。

どうにもならないわけで、
ほっておくしかないというか、
なるようになるしかないわけですが、
お互いの伴侶の存在を考えると
正直、聞かされたくない話であり、
どう思いきろうかという話なら、まだしもなわけですが・・。
認めてくれ。判ってくれという気持ちだったらしく、
まさか、このちゃらんぽらんの性格のせいでしょう、
憂生が反対意見とはおもわなかったのでしょうな。

まあ、物語では、
不倫を清算するという考え方を
ひとつ、提示してみたくもあり、
メッセージではないのですが、
自分の伴侶のことをかんがえなおしてほしいという思いかな・・。

こういうのを、
ちょっと、かいてみようかと・・。

まあ、ブログのほうが、彼女が読む可能性があり、
その裏話はさすがにブログにはかけないし・・。

ここに挙げない物語の話ばっかりして
もうしわけないのですが、
吐き出し口です。

つまらん愚痴を読ませてしまったと思います。
すみません。

吐き出し口・・・・(思案中に・・)

え~~。
ブログのほうで、本編を書いて、ここで、「ぶつぶつ」をかいてるわけですが、ちょっと、どう進めていくかにまよって、
一休みです。

占い師の一言がさししめした、言葉は、
ふたつあるわけで、
ひとつは、
「その思いに振られてしまってはいけない」
ということで、
この言葉をはねのけてしまう主人公が、
こじつけで、馬鹿にしてる。

と、いう言い方で占いを中断してしまうとこに
すでに、
「その思いに振られてしまう」彼女になることが、明白なのですが、

もうひとつ。

「よくてもわるくても、おどろいちゃいけない。時期がきたんだ」
という言葉を「彼女」にどう解釈させたか。
あるいは、彼女がどう「解釈」したか・・。

この部分に迷っている。

と、いいつつ、主人公の気持ちをおしはかる中で
あいつの思いはこんな風だったかな?
と、思う気持ちがあります。

「言ってはならないことをいわずにおけなかった、みじめさ」
と、いうものを推し量りながら、
物語のままに進めていますが、
この物語も
最終的にはハッピーエンドにしていきたいとは思っています。

なんらかの窪みや凹みに気がついていくということを
ハッピーエンドとよんで良いかどうかわかりませんが、
自分のくぼんだ状況に気がついていくということは、
かなり辛いことではあるものの、
だからこそ、幸せな生き方に気がつけるということもあり、
惨めになることができるのは、
大事なことだともいえます。

問題はどう観をかえるかということでしかないのですが、
主人公の価値観をひっくりかえす「考え方」は、占い師によって、
きっかけをあたえられ、
「彼女」によって、見せ付けられる。
という物事にしていこうと思っているのですが、
人の価値観を是正するほどの「彼女の思い方」を今、検討しなおしているわけですが、
すべてが頭の中に入っているため、
「もやもや」状態で検討物件として、つかみ所が無い。
朧を掴むために文字に移しかえる書き方をしている憂生ですから、
もやもやを頭の中でふりまわしていても
気分的に綿菓子の機械の中の綿飴は橋(だっけ?)にも棒にもかからん。

掴んだと思ったらじゅわととけていくような・・。
な、もんで、やっぱし書くしかないのだと思いなおし、
「ぶつぶつぶつ・・」の効果があったかと・・。

豪語、轟々、そりゃ、行け、GO!GO! 【思案中に・・】

思案中を書き途中ですが、(注*書き終えています)女性目線での「男への思い」を書きながら、

実際、ここから、何を抽出していこうとしているのかと

自分を考えています。



このところ、

科白の羅列という、書き方が酷くなって、

シナリオか?(古くなりましたが、欧米か?的イントネーション)と思うような・・・/笑



いろいろ、本人思うところがあるのですが・・・。



この先で、はっきりしてくるのが、

「いわなくても良いことを言う」私と

「実はいいたいことをこらえている」彼女との対比です。



そして、奇妙なことに

言いたいことを堪えてる、その「言いたい事」こそが、真実であり、

それを「私」に告げる「惨さ」に口を閉ざさざるを得ない。



言い換えれば

「口にだせることは、まだまだ、事実でしかない」

浅い段階なのかもしれません。



この部分を「彼」を使って、えがきだそうと思っているのですが

無茶に構成をねらずに書くもので、

だんだん、つじつまが合わなくなってくる部分がでてきて/爆笑



そのつじつまあわせと違和感をかんじさせないストーリー展開をつくろうと、

無い頭をひねってみています。



などと豪語して、なんじゃ?それ?

に、なってしまうことが・・・70%の確立で発生するという「嘘つき物書き」でもあることを承知願いたくおもいます。

思案中に・・・

思案中の中の考え方に
「護るものを護るとき、時に片側を残酷なほど傷つける覚悟をもたねばならない」
と、いう憂生の考え方があると思う。

ただし、残酷なほど、傷つけられた側は憂生である。

そこまでして、もう一方を護りたいと思うその思いを良しとした。
中途半端にあっちにふらふら、こっちにふらふらと
かわいそう、辛いという感情にまけることしかできない相手に
どっちつかずで、生きているのを、赦せるほど憂生は人間ができていない。

むしろ、こっちを傷つけてでも、もう一方を護りたいと思ってくれたことに感謝した。

こういう憂生の通り越しがあるので、
物語中の彼が、
本当に守るべき物事に気がついたとき、
あるいは、残酷に主人公と決別する姿は
得たものをきちんと掴みなおした姿として捉えている節がある。

こういう憂生のちょっと、変わった取り方を
物語の中で、当たり前としてだしてしまうので、
いろいろと、誤解?をあたえるだろうし、
こういう取り方をあてはめられない物事にも遭遇している。

両方を護ろうとして、「自分が堕ちる」という側面から、
どういう風に、すくいだしていこうか、と、考え、まだ、
ここから、ぬけきっていない。

事件でいえば、加害者も被害者も救い出す考え方だといって良い。

あたらしい生き方を掴むに、切り替える、環境ごとかえてしまうという
ことが、必要な時、
その変化はすさまじいエネルギーを産む。

それが、たとえば、地震だったりと、考えたとき

その残酷さに打ちひしがれている場合ではない。

あたらしい生き方を掴むチャンスであると、自分をたてなおしていくのに、
なにも、簡単に立ち直ってきたわけではない。

倒壊した建物を、亀裂をみるたび、もがいた。

もがきながら、やっと、
一番最初の言葉を言える自分ができてきた。

酒におぼれ、気休めの恋に酔った。

そして、やっと、そういえる自分になった。

と、いう裏側がある。

思案中・・・・に

だいぶ先のページでも「言わなくても良いことをいう」について、ぶつぶつ、いっていたと思いますが・・・・。

言わなくても良いことを言ってる、ことを、告げるという真実?を相手に告げるということほど、難しいことはないと思うわけです。

「言わなくても良いこと」をいうくらいですから、
その事を口にだすことが、どういう事になるか、わかっていない。

物語の中で
彼女を傷つけるために、「言わなくても良いこと」をいう主人公がいます。

このあたりをいう主人公は、はっきりいって、「夜叉」のような人間なわけですが、彼女はその真実を主人公につげることができません。
あまりにも真実だから。友人が「夜叉」になってしまったことを本人に気がついてもらう惨さ。反面、友人を「夜叉」にしてしまったのは、自分なのだと思うと、なおさら、言えない。

そんな主人公に「真実」をつきつけられる相手は「彼」しかいないわけです。

「自分がしでかしたことは自分に必ずかえってくる」という見方もあります。
そして、「真実」にきがつかないままの主人公でいいのだろうか?

そこで、「彼」を登場させたわけです。

圭子に流せといった「夜叉」の姿は
俺の子なら流せよという、「鬼の仕打ち」で帰ってきます。
彼との交渉をつきつけて圭子をみじめにさせてしまう姿も「夜叉」
これも、女房を嬲りものにする男などいないとつげることで、
主人公は嬲者にされていたことを圭子に晒してしまう哀れをやっていたわけで、圭子はその「真実」を友人に告げる惨さに口を閉ざす。

どういうことをしていたか、自分の姿をかえされなければきがつかない。

彼を「気がついていった人」というポイントにおいて、
自分の身勝手さがいかほどのものか、判ったから、
「気がつかない不幸な愛人」を「傷つけて」でも「いかにつまらないことをしているか」きがついてもらうためにも、「鬼のような仕打ち」をするしかなかった。
彼にはもう「圭子」という価値がいるけれど、愛人は、まだ価値にさえふりむかない。
それは、彼がいるせいでなく、「真実(夜叉)に気がつかない」せいであるのなら、この6年間の彼女の人生を狂わせた侘びは、「真実をつきつけて、目をさましてもらう」しかなかったわけであり、それをいえるのは「彼」しかいなかった。
圭子が本当に人を思う姿が「彼」にまでつたわり、彼を人の本性にたちもどらせることができたのも
「自分がしでかしたこと(良い悪いにかかわらず)が帰ってきた姿」であるのなら、
愛人(主人公)の結末も「自分がしでかしたこと(良い悪いにかかわらず)が帰ってきた姿」であり、
それぞれの結果をまねきいれたという点では同じだと思う。

思案中というタイトルは、最初からぽんとおいた。

でたぞ。またしても、野生の勘か?
に、しちゃ、なんじゃ、このタイトル・・。
非常に違和感をもちながら、最後まで、そのままで書いたわけだけど、

この物語をかきおえて、それでよかったと思えた。


この物語のラストは非常に歯切れが悪い。

主人公はそれで、大事なことにきがついていくのだろうか?

最後まで、みっともなく、もがき、
自信満々でやってきたことがくずれさり・・・。

ホテルに置き去りにされる。

自力で帰るしかないという(シャドウ)と

思案中というタイトル。

この先彼女は
「自力で帰る」⇒「自力で変える」
「この先の生き方をどう変えていくか」⇒「思案中」


つまり、気がついて、自分をかえていく方向にむく。

と、いうことを前提に敷いてるタイトルなのだ・・。

こういう意味では、ハッピーエンドの物語だと思うのだが、

あかんか?

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