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原因不明

指先が動かず、呂律がまわらず・・と、一般的にいわれる脳梗塞の症状がでて、
ありえんと思いつつ、おふくろに話すと
若い者でもなるそうだよ。
と、いわれる。
ネットをググると、なにか、非常に危ないということで、
病院にいくことにした。
MRI初体験とあいなったのだが、
検査結果は異状なし・・。

痕跡さえない・・・とのこと。
薬も当然でるわけもなく・・・
治療対象ではないので、と、MRI代金だけを払ってかえってきた。

唯一考えられるのは
血栓がはがれて、一時的に詰まった状態になったのが、
ながれていった。
とのこと、血管のスキャンもみせてもらったが、
途切れたり、詰まったりもいっさい無い。
きれいなもんです。

?????

しいていえば、また、妄想チックでいやなんだけどww
憑依されたとき・・・と、にていると感じる。
この時は、なんともいえぬだるさと感じていた。
たとえていえば、肺炎をやらかしたときのようなだるさ。
風邪ではないとわかっていたが、
まさか、肺炎やらかしたか?
貧血?
寝れば治るだろうとたいしてきにもせずパソコンにむかったら
神道家がきていて、
「いま、しんどいだろう。払ってやるから」
と、いって、払ってくれた。
その時に
「赤い大きな指輪をしたきれいな中年女性だ。おぼえあるか?」
と、たずねられた。
そして、
「楽になっただろう?」ともたずねられた。
まだ、その時は少々、すっきりしていなかったので
「よく、わからん」
と、答えたと思う。
「まあ、だいじょうぶだよ」
と、いうことで、1~2時間したら、すっきりしたように覚えてる。

後年、亡くなったある方ではないかとおもうようになった。

最初はそれで、原因を考えていた。
正直、憑依?するような人ではない。
憂生もそういう憑依される覚えがない。
ところが、知人からその人の気持ちをきくようなことがたびかさなった。
それで、かんがえたのが、
彼女自体ははらわれて、憂生からはなれたかもしれないが
いわゆる、成仏してないのではないか?
と、いうことだった。

思いを残しているのかもしれない。
そう思って、憂生なりに思うところを彼女に(空に?)むかってつたえた。

それで、なにか、すっきりしたようなきがしているのだが・・。

憑依と呼ばれる状態になったことを考えると
思うに、3~4回あるとおもうけど
「しんどい」とかんじたのは、この時がはじめてだった。

これは、霊自体の思いがたとえば、悲しみとか
負的な思いが強いことによって、
こちらへの波動?がわるくなり、
体に影響がでてきたと考えると

今回の原因不明の症状も
憑依だとするのなら
かなり、負の状態がきつい霊だったのかもしれない。

わすれていたけど、夏頃に納車した車のことでひと悶着あったのをおもいだした。

なにか、事故をおこしているような感じがあって
車のまわりをみていたら
きゅうにしんどくなって
「しにかけた」とか、つぶやきながら
自室にもどるのもようようのじょうたいで
ベッドにねころがると
ーあ、ユニコーンーという女の子の声が頭の中にひびいて
しばらくしたら、しんどいのがひいていった。
女の子はユニコーンがきたことをいうのか
ー怖いーとつぶやいていたけど・・・

で、ぐぐってみると、ユニコーンには魔?や毒を浄化する力があるそうで
それで、しんどいのが治ったということだろう。
前回のこともあるので
あえて、浄化?成仏?させようと決心していた。
この後、前の車の持ち主なのか?
ー最後に車にもう一度のりたいーと、つたえてきたので、
ドライブにいってきた。

その間、かるい憑依状態(ぼーとしたかんじ)がつづいていたが
霊なりに納得するところがあったのだろう。
最後にといっただけあって、その時のドライブでこちらもすっきりした。

こういう霊がつく?原因としてかんがえられるのは
憂生自体が事故をおこしていて
助手席に乗るときに、「怖い」と思うことがあった。
それが、いわゆるトラウマになっているときがついていなかった。

もともと、トラウマでとか
ストレスでとかいう、なにかのせいにしているように聞こえる言い回しがきらいで
そんなものは無い!!
と、いう人だったので、「怖い」と思うのがふつうのことでしかないとおもっていた。

けれど、この憑依を考えたとき
「怖かった」という思いくらいしか同調するところがなく
まさに、「しにかけた」という思いを体験していながら
怖さというのをかんじるまもなく事故になってしまい
どこかで、恐怖心をなだめることもなく
かんじていなかったのだからしかたがないがwww
スピードがあがると「怖い」とおもうのが
そこからきているとはおもいもしなかった。

そういうところが、霊と同調するところであり
憂生自体がこのトラウマをみとめ
トラウマを克服しなければ
霊も追体験して納得すまいとおもい
トラウマの克服法をかんがえていた。

まあ、その克服というのは実に単純で
怖いとかんじるのは、
車にのっているだけだったせいであるとわかった。
同乗者なのであたりまえかもしれないが、
ー自分の乗っている車がどういうふうにはしるかー
という運転者の目線でない。
ここにきがついて、運転目線で先をみていくと
怖さがなくなった。

別段、車のことでなくても
人生のなか、つらいことや悲しいことがあったとき
その「事」ばかりみていたら、いっそう悲しみからはなれられない。
前をむいて、先をみて歩く。ということをしていくしかないのとおなじで
霊にとっても、とらわれていたことばかりみていてはいけない。
と、納得したのかもしれない。

今回の事件が憑依だったかどうかはいざ知らず
憂生自体がとらわれていたこと。
それは、ひょっとして、このまま死ぬしかないのかということよりも
脳梗塞になっていくということは
ある種の記憶がなくなる(脳が壊死をおこすため)とも考えられる。
そのある種の(つらい記憶)をなくさせるためにおきるのかもしれないと考えた。

つまり、自分ではどうしても、その記憶にとらわれる。
自分ではどうにもならないなら、壊死をおこさせてやるしかないとなったのかもしれないww
と、とらえたとき
なにか、しょうもないもがきのために脳梗塞になるのかwww
と、なにか、ふっきれたというか・・・。

それなら、それでいいかもしれないと・・・www

結局、脳梗塞でなかったわけだけど

このあたりで、憑依というのなら、
それなりに、同調された自分の元をかんがえなおしていかなきゃならないとおもっている。

思い当るところはある。

その思い当たる相手?は3~4人いるというwww

そして、まったくのプライベートになるため
くわしくはかけないが
その近辺での周囲の発言を考えさせられている。

簡単にいうと、
情のない発言であったところがある。

おそらく、そのあたり
憂生の中でもとうべき問題があるという気がしている

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