画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」

沙織が手にしたストップウオッチを止めるとじっと時計を覗き込んだ。
通り過ぎた隆介の乗るフォミュラーのエキゾスノートの音が遠ざかると
続いて走り去る車の爆音が隆介の軌跡をけしさってゆく。
『いい・・タイム・・』
つぶやいた沙織が急に顔を伏せた。
「どうした?」
矢島が沙織を覗き込んだ。
「よくないのか?」
隆介のタイムがはかばかしくなかったのだと思ったのである。
「死…死んじゃう・・隆介が死んじゃう」
沙織が叫ぶように言うと、むこうのコーナーから黒煙と炎が上がるのが見えた。
「え?」
既成視が直前に現れる娘である。予感というか予知といってもよいかもしれない。
「う・・嘘だろ・・」
矢島はこぶしを握ると黒煙を上げるほうに向かって走り始めた。

隆介があの事故であっけなく逝ってしまい、
俺は
その後、
隆介の墓の前でじっと動かない沙織を
見つけた。
俺を見つけた沙織が
ひどく青ざめた顔で振り返り
「矢島さん」
と、俺を呼んで立ち上がったとたん、
沙織の身体が傾いた。
あわてて沙織のそばに駆け寄り
沙織を支えたとき
俺は沙織の瞳に浮かぶ悲しみが
隆介を失ったことばかりじゃないことに気がついた。

沙織は隆介の恋人だった。
俺は隆介を弟のように思っていたし、
チームのドライバーとしても
天才的のテクニックを持っていた男だったから、
その部分をふくめて
彼の資質を愛していたといっていい。
だから、
隆介が沙織に好意を持っているのも、
すぐに気がついたし
沙織が隆介の好意にこたえたのもわかっていた。

近いうちに結婚するだろうと
俺は二人を見ていたし、
事実、隆介も
今年はぜひとも上位入賞を果たしたい。
と、何度もインタビューに答えていた。

その後ろには沙織との結婚という
青写真が出来上がっていたのじゃないかと
俺は思っていた。

だが・・・。
あの事故で何もかもが消え去っていった。

俺は少なくとも、そう思っていた。

ところが・・・。
「沙織・・・?
お前、まさか・・・?」
俺の中にふと沸いた勘を
沙織は素直に認めた。
「3ヶ月・・・」

沙織は隆介の子を妊んでいた。

沙織の告白を聞いた俺が決めたことを
沙織が承諾するか、どうか?
迷いながら
俺は沙織に思い切って言ってみた。
「おまえ・・・。このままじゃあ、隆介の子供を
あきらめるしかないんだろ?」
沙織は俺に支えられながら
こくりとうなづいた。
俺の胸に沙織のうなづきがじかに伝わり
俺は小さな命をはぐくもうとする
沙織を今この姿勢以上に
確実に支えてやりたいと思った。
「おまえ・・・。うみたいんだろ?」
隆介という存在が
この世に残したたった一つの生きた証だ。
俺の胸に沙織の熱い息が漏れてくる。
「う・・・ん」
だけど・・・。
不安定要素をいっぱい、抱え
沙織は深く、暗く、迷っている。
「産めよ・・・」
俺は隆介の思いになっていたのかもしれない。
「でも・・・」
この先の生活・・・・。
沙織がうなづけないのもわかる。
「ばかやろ。俺が産めって、いってるのは、だてじゃねえや」
俺だって、沙織の生活も
子供の将来も何もかも、
ひっくるめてじゃなけりゃ、
「産め」なんて無責任にいえるわけが無い。
「矢島さん?それって・・・」
自分でプロポーズでもあるのかと
聞くのはさすがに、おこがましいと思ったのだろう、
沙織はそこで言葉をとぎれさせた。
「お前の生活もその子供の未来も
俺がみてやるよ」
だけど、沙織は俺の求愛に、
「矢島さん。一時の同情じゃあ、
あとがつらくなるんだよ」
と、こたえをかえした。
それは沙織が隆介の子供を自分ひとりでも
産みそだててゆくか、煩悶した内容そのものだろう。
隆介が憐れ。
子供がかわいそう。
その一時の同情で生活は崩れてゆく。
「あのな・・・」
俺だって、男だ。
おまけをいえば、
長年、独身を通してきたわけじゃない。
自慢じゃないが
女を見る目は十分にあるつもりだ。
「俺なあ、お前みたいな女はタイプだよ。
おまえとなら、この先もやってゆけると思う。
俺だって、同情で結婚なんかできねえよ。
わかる?」
ちょっと、ふざけた俺の言葉に沙織がすこし、噴出したのがわかる。
「ん・・・」
突然の申し出に沙織が考え込んでしまうのはわかる。
「なあ?そんなことより、
おまえこそ、俺なんかでいいか?
お前こそ、俺に同情してねえかよ?」
沙織は俺の胸の中に顔をうずめた。
それは沙織がこの先
俺を愛してゆけるか自分をはかるために
俺の胸に自分をあずけられるか、どうか、
確かめているように思えた。
しばらく、じっと俺の胸の中に留まっていた佐織が
「ん」
うなづいた。
そのとき、沙織はうなづく自分をデ・ジャブだよと
笑い、
こうなる運命だったのかもしれないと、
はっきり俺にうなづいてみせてくれた。
いつか見た夢/デ・ジャブ・・・・・4
沙織の腹がせり出してこないうちに
俺は沙織の籍をいれ、
形ばかりの結婚式を挙げた。
石川に住んでいる沙織の両親は
隆介のことをまだ、沙織からきかされていなかった。
だから、俺は沙織の腹の子のことを
逆手にとって
出来ちゃった結婚ということで、両親に有無を言わせぬ事ができた。
チームの仲間もまだ、沙織の妊娠には
気がついてなかった。
いずれ、取りざたされることがあったとしても、
どこの誰が、隆介の子供じゃないのかと俺たちに
いいにくることがあろう。
むしろ、事務所の貴子女史などに、言われたことのほうが俺には真実に近いと思う。
沙織との挙式に出席してくれるように
貴子女史につげに行ったときのことだ。
沙織と隆介の仲はそれなりに
気がつくものにはきがつかれていたことであり、
貴子女史もきがついていたものの1人だった。
俺の招待に貴子女史はずいぶん驚くだろうと
思ったが、案に相違していた。
「はあ~ん。やっぱりねえ~~」
「なんだよ?やっぱりって?」
「矢島さんの好みでしょ?
隆介とせりあう気持ちにはならなかったから、
あきらめていたというか、
沙織ちゃんの事を意識しないようにしていたか・・・」
「あ・・・ん?」
「どっちでもいいけどさ。それより、よく沙織ちゃんの気持ちをつかんだもんだねえ。
え?結構、男っぽいとこがあったんだ」
貴子女史の毒舌はもう慣れっこだが
「なんだよ?男っぽい?結構?」
「そりゃあ、そうでしょ?
失意のどん底にいる沙織ちゃんを振り向かせて、
いつのまにか結婚にまで、もちこんじゃ・・・。ああ~~!!」
話している途中で貴子女史は大声を上げた。
「今度はなんだよ?」
「はは~~ん。さては、出来ちゃった結婚だな?」
女史の言葉にうなづきながら俺の心臓が一瞬ずきりとした。
貴子女史が事実に気がついたのかと思ったからだが、
俺はそのまま貴子女史の推理は聞き続けた。
「なるほど。失意のどん底にいる沙織ちゃんにちかよって、
上手いこと慰めてあげちゃったんだな?
ああ。前言撤回!!あんた、ワルだ!!」
貴子女史がふざけて言ってるのはもちろんだ。
「道理であの子が明るくなってきてたんだね。
隆介には、気の毒だけど、沙織ちゃんも
死んだ人間に縛られてちゃいけないもの。それが一番いいよ」
見た目だけを言えばあっさり男を乗り換えた沙織と
とられても仕方が無いとも思っていただけに
俺は貴子女史の賛同がうれしかったし、
俺が沙織と一緒になることも不自然に映らないということにも安心した。

俺たちの挙式が滞りなくすむと、
俺と沙織は俺のマンションに帰った。
沙織が持ち込んだ荷物はわずかなものだった。
沙織が買い揃えたものの多くは
1人住まいに向くものばかりだったから、
その殆どを引越し業者の廃棄担当の者に委ねた。

俺たちが新婚旅行に行かなかったのは、
慌しい日取りで式を挙げたのが原因じゃない。
あの日、沙織に求婚することになったあの日の
沙織の体調が旅行に不安を覚えさせたのだ。
新婚旅行には行かないということが、
当然、皆の耳にはいり、
その原因が沙織の妊娠だということも推測されるだろうな。
沙織も今月いっぱいで仕事をやめる。
妊娠という不安定な状態で、
女に仕事をさせ続けるということは俺の主義にも反するし、
だいいち、女房を働かせなくてもいいだけの充分な収入が俺にはある。
何よりも不安定な状況の沙織に無茶はさせたくなかった。
もしも、なにかあったら・・・。
俺の子なら、次があるさといえるだろうけど、
腹の子は隆介の子供だ。
二度と授かることのない隆介の子供なのだ。
だから、新婚旅行なんかで、
沙織の体調を崩したくは無かったし
仕事をやめさせたのもそうだ。
「のんびり、やってゆけばいいさ」
まだ、片付け切れていない荷物を
解きかける沙織に声をかけ、
「子供がうまれたら、3人でどっかにいこうや」
と、新婚旅行の穴埋めを約束すると、
沙織がふいに涙ぐんだ。

沙織が俺との結婚を決意したのは、
まず、隆介の子供をうみたい。

これが一番の理由だったろう。

だが、生活を共にする相手を俺にえらんだのは、
沙織の事情を理解しているからという理由だけじゃないと思う。
沙織が隆介を思うように、俺も隆介を思っている。
この理由が沙織をうなづかせたと思う。
一つの目的に向かってチームが結束するように、
俺と沙織は結婚という制約書にサインをした。同じ思い。
隆介という男を愛し続けてゆく。
この思いを具体的に実行する男は俺しかいなかった。

平たく言えば、俺が沙織を好きだという事実だけじゃ、

沙織はうなづかなかったということになる。

涙ぐんだ沙織の肩をだき、俺は沙織に言い聞かせた。
「隆介が実現できなかった夢をかなえてやろう」
沙織とともに暮らし、子供がいて、ごく平凡な会話を楽しんでゆく。
隆介が描いた未来図をかなえてやろう。
それができるのは、俺と沙織にしか出来ないことだ。
俺は出来うる限り隆介に成り代わろうとつとめていた。
俺が隆介を肩代わりすることが、
俺に出来る隆介への友情であり、愛情であると思っていた。
が、俺はどうしても今の状態で、隆介の代役を務めることが出来ないことがあった。
夫婦生活。
結婚したカップルが当然のように交わしてゆく性生活を
俺は沙織に求めることが出来なかった。
その大きな理由にやはり、沙織の体調があげられる。

妊娠中の性交渉というものが、
胎児の環境をいちじるしくそこなうものなのか、
沙織の変調をもっと顕著にさせる手伝いをするだけになるのか、
それを実行して「もしも」のことがあったら、俺は隆介に顔向けできなくなる。

つまり、俺たちの関係はセックスレスの夫婦ということになった。

沙織は俺の気持ちを理解したのか、自分でも性交渉に不安をもったのか、
子供が無事に生まれるまでは俺たちの間で夫婦の事はないだろうと、
暗黙の了承が出来上がっていた。

子供が生まれて半年・・・
俺達の間にまだ性生活は存在しなかった。

一つにそれは、

沙織の産塾が納まるのをまっていたせいだった。

もうひとつは、ひっきりなしの

授乳。

沙織の乳がほそいのか、

男の子の授乳能力が高いのか、

昼夜を問わず、乳を与える沙織の疲労を思い

俺は沙織、母子にベッドをゆずったまま、

簡単なソファーベッドを寝室に持ち込み

そこで、睡眠をとっていた。

夫婦の床が別になっていたせいで

接触しにくい距離を感じてもいた。

そして、何よりも、

俺は生まれた子供の顔に

隆介をみいだしてしまって、

沙織に触れる事にとまどったまま・・・、

時間がおざなりに過ぎていた。

そんなある日。

沙織が夜半に俺のソファーベッドに

もぐりこんできた。

沙織との初めてのランデブーをむかえるはずの

俺だったのに

俺はベッドに置き去りにされた子供の事を先に尋ねていた。

「直己・・いいのか?」

沙織は小さな声でなにか、答えた。

「なに?きこえないよ?」

沙織が答えを確かめた時

沙織の声がはっきりと大きく聞こえた。

「いつまで・・・私を避ける気なの?」

「え?」

まさか、そんなつもりはない。

と、答えた俺の事実は

図星をつかれた者の

あわてた弁解に過ぎなくなった。

授乳が・・、体の調子は・・・、くたびれているだろう・・・、

どの言葉をとってみても、

俺が沙織をもとめようとしない事実を

さらけ出す。

「あなたは、直己のそばであたしをだけない・・・のは・・

わかっているの・・・」

沙織が出した言葉は俺の本心そのものだった。

「だけど・・・もう隆介は居ないのよ。

隆介の亡霊におびえて

あなたは、あたしにふれることもできない。

私にはそう・・・見える」

ちがうと俺はいえなかった。

だけど、

俺はおびえていたわけじゃない。

俺は隆介が死んだことを盾に

隆介の恋人を横取りした罪悪感に

せめられていたといって良い。

隆介が直己を通して俺にその罪を

伺いなおしてくる。

隆介の目の前で

沙織を抱く錯覚にとらわれると

俺は・・・

いつのまにか、沙織を避けていた。

「あなたは・・・勘違いをしている」

ぽつりとつぶやいた沙織が

俺のソファーから抜け出すと

「このままじゃ・・。

私はいつまでも隆介のものでしかない。

私達は夫婦に成ることも出来ず

あなたは、隆介の代わりの自分に嘆くだけ。

そして、きっと、あなたは

隆介への呵責だけで、私と暮らすんだわ・・・。

そんな馬鹿なことはないわ・・」

俺は沙織の言葉が痛かった。

痛みに堪えかね

いってはならない言葉を沙織に切り替えした

「お前だって・・。

隆介の子供を生むために俺と一緒になったんだろ?

それ以上を望むのは、俺を馬鹿にしているよ。

死んだ男じゃしてやれないことを

してほしくなったからって、

俺を代替にしようとするお前こそ、

隆介の亡霊にとりつかれている・・・」

俺の頬がぴしゃりと音を立て

涙を一杯ためた沙織が薄暗い電灯の中に

くっきりと見えた。

「あなた・・・それ・・本気でいってるの?」

俺は逃げ場を失うと

沙織の詰問に答えず

「明日は早いんだ」

と、ソファーベッドにもぐりこみ

沙織に背を向けた。

俺達のいさかいに目を覚ました直己が

乳をくれと小さな催促の泣き声を上げると

沙織はベッドによじ登っていった。

次の日・・・。

事務所から帰ってきた俺を待っていたのは

誰も居なくなった部屋におかれた手紙だけだった。

沙織が出て行ったことが事実の全てで、

これ以上の補足も説明もいりゃしない。

俺はテーブルの上の手紙に手を伸ばしかける自分を

何度も説得していた。

それを読んでどうする?

沙織は石川に帰ったんだ。

シングルマザーじゃ帰ることも出来なかった実家に

離婚なら、

帰れる沙織になっていると、沙織も気が着いたんだ。

さよならと書いてあるに違いない手紙には、

お世話になりましたと沙織が頭をさげているだろう。

俺との間になにひとつ、育まれることも無く

俺は沙織を汚すこともなく、

隆介の変わりに直己が防波堤になって、

結ばれることの無かった関係は

結局、沙織が隆介のものでしかない事をせんじつめさせて、

・・・だから、沙織は

俺との別離を決めたんだろう。

俺が沙織を抱いていたら

結果はかわっただろうか?

俺は・・・

結果をかえることは、出来ないと思う。

ただ、結果が出るのが長引くだけ。

沙織に触れもせず

沙織を隆介のものに返すことができたことだけは、

せめても、

隆介にかおむけできる物事に思え、

隆介を愛した男と女が

隆介が居たことを確かな真実にしていた。

「隆介・・おまえの命は・・確かに紡がれていったさ」

独り言を呟くと

俺は沙織の手紙に手を伸ばした。

確かにおまえのものさ・・・。

と、隆介に告げるために

俺の役目は終ったと俺に告げるために・・・。

だが、

広げた手紙の中には

たった、一言

「決めるのは・・・貴方

私は・・貴方の決定に従います」

そう、書かれていた。

最後まで優しい女は

最後まで俺の意志で物事が変わると、

言ってくれる。

「ありがとうな・・」

沙織は自分から別離をつげず、

俺にさよならをいわせてやろうって、

振られた男にしてやるまいと、

きをまわして・・

俺は・・・

もっと・・・。

もっと・・・。

そんな妙な心配りより

本当は・・・

お前が傍に居てくれるだけで・・・

それだけで良かったんだ。

だけど・・・。

曖昧に誤魔化してゆく生活は

もっと、隆介を・・・

裏切る事になるだろ?

沙織がでていっても、沙織と暮らす以前の元々の生活に戻っただけで

俺に大きな変化は無かった。

沙織への回答を出すことは簡単なことだったけど

俺から沙織との縁を切るのは

俺の本意じゃないから、

俺はもう、半月ちかくを、ノーコメントのままで過ごしていた。

いい加減、

ハッキリしなきゃいけないと考えながら

中学生の恋愛ごっこみたいに

自然消滅をまっていた。

でも、当然のことながら、

籍を入れた男と女が自然消滅するわけはない。

社会的手続きを踏むことで

俺の心にけりをつけ・・・。

沙織は・・・この先・・どうするんだろう?

ズット隆介を思い、直己を育ててゆく?

あるいは、

本当に・・・

愛せる男に・・・いつか、めぐりあう?

それは、

本当は俺であるべきだったのに

俺は隆介という重圧にまけちまった、情けない男に成り下がってしまった。

隆介を知らなければ、

沙織だけをみつめ、

その沙織に子供が居たと知っても

戸惑うことはないだろう。

俺は隆介の性格もなにもかも、愛していた。

隆介の価値を認めていた俺だからこそ

いつのまにか、

隆介と自分を比較していたとも思う。

沙織のせいじゃない。

俺は自分で掘った穴に

足をすくわれた。

いくら、沙織が俺を愛してると言ってくれても、

俺は自分の掘った穴の深さにおびえた弱虫でしかない。

沙織に慰められれば慰められるほど

励まされれば励まされるほど

宥められれば宥められるほど

隆介とは、違う不甲斐なく惨めで・・・。

沙織にふさわしい男に程遠い自分になりはて・・・。

まさしく

じれんまという蟻地獄。

俺は自分に負けた。

焦燥は沙織に本気になればなるほど

深まってゆき

言っては成らない言葉は俺の立脚基盤から

俺をくずしさってゆき、

俺はとてつもなく惨めだった。

だから・・・。

たとえ、沙織ともう一度、やり直せても

俺は

間違いなく

隆介と俺を並べ見比べ

惨めな思いをひきずるだけ・・・。

そして、沙織はいつか、そんな俺に愛想をつかす。

愛想をつかさなくとも、

沙織も俺を見て、暗澹とした気分を味わう。

そんな生活より

もっと・・・。

直己の為に

隆介への証の為に

心強く生きた方が沙織にとってはりがあろう?

コンナ男を支えさせるために

沙織と一緒になったんじゃないんだ。

俺は

不甲斐なく・・・。

なんで、今になって

こんなに自分が弱くなってしまったのか

自分でも・・・わからない。

俺達の異変に気がついていたのは、事務所の皆だったろうが、

誰ひとり、何も、聞こうとしなかった。

けれど、

貴子女史だけはその範疇に入る気になれなかったようで、

夕刻、事務所を引ける俺をよびとめた。

「ちょっと・・・つきあいなさいよ」

どこか、静かなところで飲みながら話そうと、

付け加えた貴子女史が

静かな所を指定して見せた。

「アンタの家でも、いいけど・・」

貴子女史に直ぐに返事を返せなかったのは

貴子女史が沙織が居ないことを判っていっているのか?

そうならば、

話しというのは、沙織に関することだとろうかという疑問に戸惑ったせいだ。

貴子女史流のかまかけにのって、

沙織が居ないことを露呈させれば

いっそう、俺の胸中に入り込むことを言わせる隙をつくるだけだろう。

だが、俺の躊躇が貴子女史の推量に確信をもたせてしまった。

「沙織ちゃん・・・でていったんでしょ?」

「え?なんで・・」

返す言葉を選ぶ閑も無かった俺はとにかく、なにか、言葉を返そうとして

じつにぼろい返事を返してしまったと思う。

「あの子の体調が悪い・・・としても・・・半月以上・・あの子が

アンタにお弁当をつくらないなんて、ありえない・・・し・・」

まだ、貴子女史の言葉は続きそうだったが

俺はソレをさえぎった。

「いや・・本当にチョウシが悪くて・・今、石川にかえしてるんだよ」

そうさ。そういう言い方もまんざら嘘じゃないさ。

「馬鹿・・いってんじゃないわよ。

あたしは、あのこの性格よくわかってるのよ。

少々のことじゃ、好きな人のそばから離れる子じゃないのよ。

病気?だったら、あのこ、近くの病院にはいってでも、

貴方と同じ・・街にいるわよ」

「え・・・」

沙織の性分?

好きな人の傍を離れない?

そういう性分?

俺に見えていない沙織の性分を言い募る貴子女史の言い分が

あたっているか、どうかより、

俺はその言葉自体に打ちのめされていた。

好きな人のそばから離れない沙織はじっさい、今

俺のそばに居ない。

黙り込むしかなくなった俺に貴子女史は

「だから・・・よほどのことがあって、

あのこは、貴方の傍を離れたとおもうんだけどね・・・

それは、あたしの老婆心でしかないことだろうから、

今まで、何も言わずに

ま、偉そうに言うけどさ、

見守っていたんだけどね・・・」

含みのある言葉をぶつけられて

俺もうな垂れているわけにも行かず

貴子女史に続きを促すしかなかった。

「なんだよ・・・何も言わずに見守っていた・・って・・さ」

「う~~~ん。

だから、ドッカでユックリ話してみたいといってるんだよ。

まあ、ようは、今のアンタたちのこういう状態って

ありえるかもしれないって、あたしは初めからおもってたってことなんだ」

「初めから・・・?」

「そう・・」

「俺達の・・結婚が初めから不安定要素を抱えていたって?」

俺が今になって気が着いたことを

端のほうが、よく見えていたって事に過ぎないんだろうけど、

貴子女史の口調が

何か、もっと重い示唆を含んでる様に思え

俺は・・・貴子女史の話を聞いてみる気になっていた。

それは、

あるいは、

俺の知らない沙織を知っている貴子女史ならば

今の俺達の方向を客観的に判断してくれるんじゃないかと思ったせいもある。

このままじゃいけないのは、

俺も重々、承知していたけど、

自分のぬかるみが深すぎて

ぬけだす気力をなくし、ぬかるみのなまぬるさに

妙な居心地のよさをみつけ・・・はじめ、

俺の性分こそ腐り始めていた。

俺はぬかるみから、ぬけだすきっかけを見出そうとしていたと思う。

この時、貴子女史が俺を変えてくれる言葉を投げかけてくれる気がして

俺は・・貴子女史の厚意にすがったといっていい。

ぬかるみから、抜け出た結果が

決定的な離婚だとしても

ソレを自分の意志で掴み取れる自分に成ることが

一番、今の俺には必要だと思ったし

ひょっとして・・・、

俺と沙織に何か打開策が出てくるかもしれないと

俺は・・・かすかな、期待を持ってしまったのも事実だった。

「判った・・・じゃ・・俺の家で・・・」

「了承したからには、ビールくらいあるんでしょね?」

おどけた貴子女史に俺は軽く、首を振った。

「じゃ、まず、買い物をしてからだ」

「俺ん家の近くにコンビニがあるよ・・」

そして・・・俺は、深夜まで

貴子女子にこってりしぼられることになった・・・

明かりのついた俺の部屋をぐるりと見渡すと

貴子女史は溜め息をついた。

リビングの真ん中のテーブルの上には

手直しをかけていたオイルシールが有る。

「アンタ・・・本当に仕事人だね・・・」

取り散らかした工具一式を片付け始めた俺を貴子女史は制した。

「いいよ。ダイニングテーブルに行こう。

ヘタにさわっちゃ、後が困るでしょ?」

帰ったら直ぐにさわれるように、してあるって事は

一目瞭然のことすぎた。

ダイニングテーブルの上には、朝のコーヒーーカップが一つ残ってた。

「これだもんね。

朝もまともに食べてないんだ。

沙織ちゃん、心配してるだろう・・な」

貴子女史の言葉にあっさりと俺の鱗がなで上がる。

「心配なんかしてないさ・・」

貴子女子が呆れた顔になり

「アンタのそういう部分・・・意固地だってわかってるの?」

ビールをひっぱりだしてくると、グイッグイッと500ml缶をあおりあげ

立て続けにもう一本を飲み干したあとのいいわけ。

「流石にあたしもしらふじゃいいにくいからね・・・」

この後に俺に告げることが、やけに重ったくるしいと、いう事になる。

貴子女史の飲みっぷりに刺激され、

負けずに俺もビールをのみほしたあとに、

今更と、笑いながらグラスを持ち出してきて

貴子女史と向かい合い、本格的に飲み始めた。

安物のポテトチップスを口に運んでいた貴子女史が

「そろそろ・・・話しなさいよ」

と、確か言いたいことがあったのは

貴子女史のほうだったのに

軽い酔いが俺を冗長にさせはじめ

俺は自分の胸につっかえてる事を口に出した。

「サッキさ・・・。

沙織が好きな男の傍からはなれないっていったろ?

俺は、最初、そうかな?っておもったんだけどな・・・。

今はそうだなって思うよ」

「はい?

アンタのいうこと、よく分かんないね。

判りやすく・・・具体例ではなしてくれないかなあ?」

そうだな。俺もそうしたい・・・。

「つまり・・・。

簡単に言うと・・・沙織のそういう性分は隆介との事を

見てきた上で思ったことだろ?

だから・・・。

俺に対してはそんな沙織じゃないけど・・・。

でも、よく考えたら、沙織の想いは隆介から一時も離れてないって事で・・・

そう考えたら、確かに・・・沙織は好きな男の傍を離れない・・・あたってるよ」

俺の精一杯の暴露を

きいちゃいられないと、貴子女史はマズ、鼻でふんと笑った。

「アンタ・・・、馬鹿じゃない?

そして、あたしは自分でも吃驚するくらい賢い人間だわ。

アンタ、あたしが心配してたとおり・・・」

貴子女史はグラスに半分になったビールを又も、一気に飲み干すと

「あのね・・・。

沙織ちゃんはアンタが言うとおり、隆介を本気で愛してたと思うよ。

でもね、あの子はそこらのへらへらした女の子じゃないのよ。

いい?

あたしもアンタなんか、ほめる言葉を言いたかないけどね

隆介を本気で愛していたあの沙織ちゃんが

呆れるくらいあっさりと、アンタにのりかえたのはね、

隆介が死んだおかげでもあるけど、

アンタにぞっこん本気になったから・・・。

沙織ちゃんみたいな真面目な女の子のハートを

簡単につかんでしまう・・・あんた、もっと自分に自信をもちなさいよ」

俺が足りないだけ?

俺にただ、自信がないだけ・・・?

貴子女史の見解と

俺の沙織への鬱屈はまるっきり、180度違う。

「だいたいね・・・

そもそも、一番最初から・・・

あんた、そうやって、逃げ腰だったじゃない?」

「なんだよ、そもそも、一番最初・・って・・・」

思い当たらないことばかり、

俺の前に並びあがる。

「そうよ・・・そもそも・・・最初・・・。

アンタ・・・・

隆介より先に沙織ちゃんのことを好きになっていたじゃない」

「え?」

「え?じゃないわよ。

そうやって、自分でも判らないくらい自分の気持ちを誤魔化して、

誤魔化した自分だって事さえはぐらかして、

演じた道化を本来の自分だと信じてる。

アンタ・・・もっと、強くなってかまわない男なのに

なんで、そんなに・・・・」

きのせいか、貴子女史のまなじりに涙が浮んで見える。

「あの?俺・・・・」

いったい、何をごまかしてるっていうんだ?

「もう、うざったい!!

いい?

もう一度言うよ・・・・。

アンタ。隆介よりもっと先に沙織ちゃんをすきになっていたの」

まさか・・・。

俺が・・・隆介より先に?

「いい?

言うよ」

貴子女史?

このうえ、まだ・・・なにかある?

そして・・・。繰り出された貴子女史の連発銃弾・・・。

「あのさ・・・。

沙織ちゃんが事務所に来て、アンタが一番最初に

あの子に仕事をおしえたよね。

その時にあんた・・・もう、あのこを好きになっていたんだよ。

でも、その頃って丁度、シャーシ部分の劣化問題がでて、

アンタ・・それどころじゃなかった。

そんなときに隆介が沙織ちゃんに目をつけたわけだよね。

アンタが隆介のことを大事に思っていたのは

事務所の皆も周知のことだけど、

ソレはね、沙織ちゃんも一緒だと思うんだよ。

アンタが忙しくなってる間に

隆介と沙織ちゃんが結ばれたとき、

アンタは隆介を選んだ沙織ちゃんだという事と

沙織ちゃんを選んだのがほかならぬ隆介だという事で

二重に喜んでみていれるくらい・・・。

確かにアンタは隆介を高く評価していた。

だけどね・・・、

それ、ちょっと、もう少し深い部分があるとおもうんだ。

そうだなあ。

例えば、好きな人から薦められたものとかさ・・・。

今までなんとも思わなかったのに好きになったり、気にいったりすることあるよね。

ソレって今までソレの価値に気が付かなかったんじゃなくて

急に気に入ったんじゃなくて

ようは、好きな人の代替といっていいか・・・。

ソレが好きなんじゃなくて、

その人が好きなだけ・・・なんだよ。

あたしは沙織ちゃんは・・・本当のところがそうだと思うんだよ。

つまりね・・・。

沙織ちゃんは

事務所に来て、

一生懸命仕事を教えてくれるアンタに尊敬に似た恋愛感情をもったんだと思う。

だけど・・・。

沙織ちゃんもその気持ちに気が付かないまま・・・。

好きな人がとても大切しているもの、

つまり、隆介をすきになったんだよね。

あんたが、隆介を大事に思うくらいだもの、

隆介はそりゃあ、男としてだって魅力があったと思うよ。

アンタが思ってたように

沙織ちゃんが隆介を好きになる・・・それは、当然だと思う。

でも、その裏側にあったのは

隆介の価値を高く買っていたアンタの存在なんだよ。

隆介が死んで

沙織ちゃんは隆介という華に惹かれていただけの自分に気が着いたんだと思う。

その華を咲かせてくれた土壌というか、

庭師の存在に気がついたから、佐織ちゃんはアンタと一緒になったんだよ。

そして・・・アンタは、

本当を言えば、もっと早いうちに、さっさと、隆介と競り合って

沙織ちゃんを勝ち取るべきだったんだ。

だのに・・・

ずるずる・・・自分に自信が無いのを

隆介が好きになった女だからとか

隆介を選んだから・・とか、って、いい訳して

沙織ちゃんに対しても、

自分に対しても、あまりに誠意がなさすぎたよ。

アンタ・・・隆介と同じ土俵に立って

沙織ちゃんを勝ち取ってゆく・・・のが怖かったんだろうね。

ほかならぬアンタが隆介を傷つけてゆく

そんなことしたくなかったんだろうね。

でもさ・・・。

ソレって

隆介を馬鹿にしてない?

結局さ・・・。

アンタ、本来結ばれるはずの人間を

わざわざ、自分から他の男にくれてやってさ・・・。

いわば、

自分で女房に他所の男と浮気して来いって催眠術かけてさ

挙句・・・その男の事に本気だったんだろうって、

そんな被害妄想いってるみたいなもんよ。

自分の女房を他の男の所にいかせるような真似をしたのは

アンタじゃないのかな?

そういう風に考え直してみない?」

貴子女史の釘はまさに

俺の心臓にうちこまれ、

銀の杭を打ち込まれた悪霊は

風に散る塵さながら、

あとかたもなく、

俺の中から、姿を消し去った。

「俺・・・」

俺は何を説明しようとしたんだろうか。

直己の出生の真実に触れる自分に惑い、

俺は黙りこくった。

直己は隆介の息子だけど・・・。

貴子女史のいうとおりだ。

俺は確かに

隆介の幸せを望んだ。

俺は隆介のしあわせのために

沙織を明け渡した。

俺は自分が望んだとおり・・・。

夢?

俺の?

隆介の?

いずれにしろ・・

夢を叶えたんだ。

もしも・・・。

隆介から沙織を奪い返していたら、

俺は・・・

ひょっとすると・・・。

沙織ととっくに別れていたのかもしれない。

隆介は心を残し・・・・やがて、事故を迎えることになる。

叶えられなかった夢は俺がつぶしたのだと、

俺は・・・

その痛みに耐えられなかったかもしれない。

隆介の夢をかなえてくれた沙織によって、

俺はもっと深く苦しむ自分を知らずにすんでいたのかもしれない。

俺と隆介の夢をかなえた沙織への・・・独占欲が

俺をねじまげ、

したたかに愛されている俺をさがしもとめて・・・

俺は盲目。

沙織の言葉がいまさら・・・蘇る。

「決めるのは・・貴方」

俺はいつも、決める側でしかなかったのに

それに気が付かず

自分の決めたとおりに

物事が動いていたにすぎないのに・・・。

「俺・・・」

貴子女史がにやりと笑って頷いた。

「アンタ・・・はアンタ。

アンタを選んだ沙織ちゃんを疑うって事は

アンタ自身をこけにすることだよ。

アンタは・・・いい男だよ。

沙織ちゃんの目はくるっちゃいないよ。

自分を認めてくれる人間の存在があってこそ

自分の存在価値がわかるんだよ。

自分で量る存在価値なんてさ・・・

微々たるもんだよ。

アンタ・・・

精一杯・・・沙織ちゃんの価値になればいいじゃん?」

「ん・・・」

不覚にも、涙がこぼれそうになった。

俺が・・・

隆介が

いつか見た夢は

沙織の満面の笑みだったかもしれない。

俺は今、やっと、それを、叶えられる最短距離にたった・・・

きっと、石川までむかえにいった俺に

沙織は

待っていたのよって、微笑むだろう。

それは、いつか見た夢・・・・

デ・ジャブの予感・・・・。

関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
7901位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2782位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。