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柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児

プロト

「遅かったのね」

先に床についていた私を起こしにきた夫の用事をしながらたずねてみる。

「ああ、部長、おいおい、なきだしてさあ」

「ああ・・・・。無理ないかもね。40年勤めてきたんだものね」

誕生日で定年退職になった部長の送別会を部長宅に招かれてのことだった。

「部長のとこにはよくご馳走になりにいったけどさ。

もう、これで最後だなあって、みんなもらい泣きさ」

「うん・・・で?」

「ああ、帰りに奥さんがな」

剥き終えた柿にフォークをそえて夫の前においたから

「で?」が、この柿はどうしたのとたずねられたと夫にはわかった。

軽い酔いに柿の甘さがちょうどいいのか夫の食べっぷりにあわてて次の柿をむきはじめた。

小さなため息をついて、夫は柿をまっていた。

「もう、あんな人はいないなあ」

公私にわたって部下を慮る。人情家というのだろう。

「俺なんか誰もついてこないぜ」

「もう、今の時代はそうなのよ。仕事をこなして出世して、稼いだ金で家庭を守るのが、精一杯」

「なんか、あじけないよなあ・・」

「でも、そうじゃない人にであってるだけ、・・・・・逆につらいかな?」

「部長みたいな人になれない自分って意味で?」

「ううん。今度、下を見るとき・・・」

「ああ・・・」

殺伐とした人間関係しかしらない若者。冷めた世代といわれる若者に期待をもつ寂しさといっていいだろう。

「せめても、仕事で人の感情を上手に掬い取っていくということがどういうことかみせていくしかないんだろうなあ」

「うん・・・」

うなづいて、剥いた柿を夫の前の皿に置くと私もひとつつまんでみた。

そして、柿の甘さが夫の言葉を反芻させ、

私の脳裏に私の感情を上手に掬い取ってくれたがんちゃんが浮かんでいた。

ちょうど、柿をたべたせいかもしれないと

あのときのがんちゃんのことを思い返していた。

1

がんちゃんはとても、いじわるだ。

私とは、家が近いから学校へのいきかえりでも、

しょっちゅう、いじわるをしてくる。

私の三つ編みをひっぱるのは挨拶がわりだし

教室にはいれば、私の机の上に芋虫とか蛇とかおいてくれる。

新しい定規もがんちゃんが最初に定規でなくちゃんばらごっこでつかってくれた。

もちろん、そんないじわるも私だけでなく同じ教室の女の子全員被害にあってる。

ほかの男子はというと

がんちゃんをあおって、意地悪をたきつけてるようにもみえる。

なんだかんだいって、

女の子にちょっかいをだせるがんちゃんがうらやましいのが本音かもしれない。

がんちゃんは毎日誰かにいじわるをしているけど

さっちゃんだけには、ひどいことはしない。

と、いうのも、さっちゃんの手に芋虫をおいて

大声でなかれてしまってから、こりたようだ。

こりたのは、さっちゃんには芋虫はだめだということだけで、

やっぱり、毎日、なにかしら行動を起こしている。

いじわるする相手がいなければ、

学校の帰り道に小石を田んぼになげいれてたこともあった。

田んぼのおじさんに学校までどなりこまれて

これはさすがにこりたようだ。

こりたというより、みんなの前で先生に怒られて

格好わるかったから、やめた。ということだとおもう。

がんちゃんが先に帰った夏近くは道の真ん中の長い草がむすばれてることがある。

足をとらせてころばせてやろうといういたずらなんだけど

暑いなか、あっちにもこっちにも結ばれた草があるのをみると

がんちゃんのいじわるに笑えて来る。

大汗かいてあっちでしゃがみ、こっちでしゃがみ

草を結ぶがんちゃんの姿がうかんできて

なにか、とにかく一生懸命なんだとおもえて、憎めない。

憎まれないから、ほかの男子生徒もやっぱりがんちゃんに一目置いてるみたいに見える。

だけど、がんちゃんは勉強はさっぱりだ。

草を結ぶ熱心さで勉強にがんばればいいのにと思う。

でも、がんちゃんは歴史のテスト(?)だけは、とっても点数がいい。

一夜漬けで教科書を読んだだけっていって、

「うそだ。見栄張ってる」って、みんなの槍玉になってたけど

たぶん、うそじゃないと思う。

だって、がんちゃんが毎日、必死で勉強してたら、逆にそれを自慢すると思う。

たぶん、記憶力がいいのと、本当はきちんと勉強したらできる子なんだとおもう。

がんちゃんの精進はいじわるだけにむけられているけど、

がんちゃんなりの接触のしかたなんだろう。

親切なふりしていても、下心まるみえのすけべな敏君なんかよりよっぽどさっぱりしてる。

こんな片田舎にまでは空襲はやってこなかったけど

都市部は壊滅的な被害をうけ

やがて、戦争は終結した。

家は百姓だったから、無茶に食うに困った覚えもなく

戦争が終わった。

日本が負けた。

赤紙がきた出征兵士の家には

やっぱり、兵士は帰ってこなかった。

ほんの少しだけ変化した村の人員は

戦争が始まったころの変化のまま

変わったことはなかった。

どこかでは、無事帰還した兵士もいたんだろうけど、

大人たちの話にはのぼらなかった。

きっと、帰ってこない家族をもつ人たちを

おもいはかって、とくに親しくない限り、帰還兵のうわさを封じたのだと思う。

そんなふうに、

子供だった私は、敗戦も戦争もどこか遠くにあったように受け止めていたと思う。

だけど・・・。

敗北という戦いの傷跡を無残にみせつけてくる出来事が重なっていった。

村の東側に大きな水路があって、水路にそって、大きな道がある。

その道でジープにのった進駐軍を毎日のようにみかけることになった。

遠い国の出来事のように思っていた敗戦を

いやおうなくつきつけてきたのは

ジープに乗った進駐軍でなく

都市部からながれてきた浮浪児たちだった。

彼らはジープを追いかけ

「ギブ ミー チョコレート」

「ギブ ミー チューイングガム」

と、進駐軍にねだり続けていた。

ジープはわざとゆっくり走る。

そして、進駐軍の兵士は時折、チューイングガムとかを浮浪児に投げ与える。

ジープの後ろでガム1枚のとりあいがはじまり

まだ、ねだる声がジープの後ろをおいかけていく。

まるで、えさに群がる豚のようだと見下すかのように

お前たちは、負けたんだとみせつけるように

ジープをゆっくり走らせて

チューイングガムをほうりすてる。

私は・・・。

見たくないと思った。

敵にこびて、ものをねだるなんて、あまりにも惨めだと思う。

だけど、

そんな浮浪児たちをせめられないことも重々承知してた。

だって、私だって、あの子達をたすけてあげることができないのだから・・・。

私はその場をたちさろうとして

がんちゃんにきがついた。

大きな桜の木に肩をくっつけて

がんちゃんはジープと浮浪児たちの狂態をみていた。

そのことがあって以来、

大きな道でジープをみかけると

私はがんちゃんの姿をさがしていた。

必ずといっていいほど、がんちゃんは桜の木の下にいた。

いったい、がんちゃんはどうおもってるのだろう?

遠くにみとがめたがんちゃんの姿からその表情はよみとれず

かといって、

やっぱり、がんちゃんのいじわるはいつもとかわらぬ日課としてつづいていた。

ふとかすめた疑問には

勝手な憶測で答えというふたをしたがるものだ。

きっと、がんちゃんもチョコレートとかガムとかたべてみたいんだ。

だけど、浮浪児にまざってしまうのはかっこ悪いって

うらやましくみてるんだ。

浮浪児たちの食べ物への希求をとがめられないのと同じように

がんちゃんが「たべてみたい」とおもうのまではとがめようがない。

私はどうだろう?

相手が進駐軍でなく

親戚か誰かがお土産でガムやチョコレートをもってきたら

やっぱり、食べたいと思うだろう。

だけど、私には小さな誇りというか

こだわりがあった。

日本の国が戦いにまけたとて、私は自分に負けまい。

こび、へつらって、ほしがる。

これだけは許せない。

私は自分を鼓舞するために

がんちゃんに大して「こびへつらってほしがる人」という決めつけをしていたのかもしれない。

私の心にがんちゃんへの憎しみのような

侮蔑ににたおもいがわくと、同時に

本当にがんちゃんは「こびへつらってほしがる人」なのか

はっきりさせたいと思い始めていた。

ジープをみかけたら、がんちゃんを探す。

そんなことが10回以上あったろうか。

あるときから、ジープがとおりすぎるのに、がんちゃんを探しても、

どこにもがんちゃんの姿をみつけることができなかった。

それどころか、学校からの帰り道、いつもなら追い抜きざまに私の三つ編みをおもいきりひっぱりさげるのに

わきめもふらず、そう、その言葉そのもので

私の横を走りぬけていく。

途中まで一緒に帰ろうと並んで歩いてたさっちゃんがポツリとつぶやいた。

「おかしいよね。へんだよ」

「うん。きがついてた?」

「うん、がんちゃんらしくないもん」

手をださなければ、口だけでもでてくるのががんちゃんだった。

「ば~~か」「さっさとあるけよ。のろま」「みっちゃんみちみち、んこたれた。おまえらも、んこたれた」と、あざけりの言葉をかけておいぬいていきそうなものだった。

それが、まったくのすどおり。

昨日から、帰り道はこんな調子にかわっていった。

「あんなにおおいそぎでどこにいくんだろね?」

「う~~~~~ん」

かすかに迷いながら、進駐軍をみていたがんちゃんをみかけなくなったことを、

さっちゃんに話してみた。

「そのことと関係があるのかな?」

さっちゃんにたずねられて、私は話し迷ったわけにきがついた。

「私にもわからないんだけど・・・。がんちゃんはガムとかチョコレートとかほしいんじゃないかなあ」

がんちゃん像を失墜させる言葉をはいてしまううえに、かんぐりにすぎない言葉を無責任に吐き出す自分ではないといいのがれるために、あくまでも~ないのかなあと口を濁す自分にいささかのやましさがあったせいだった。

さっちゃんの顔が「え?」とかわる。かわると同時にさっちゃんの口からは否定の言葉が出てきていた。

「それはないと思うよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、がんちゃん・・・・」

今度はさっちゃんがいい惑った。

がんちゃんは玉音放送のあの日。

大きな涙をこぼしていたんだ。声ひとつたてず、微動だにせず。

起立したままだった。

横にならんでいたさっちゃんだけががんちゃんの涙にきがついたという。

「だから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わない」

「え?」

さっちゃんの言い方はぜんぜんおかしかったけど、いいたいことは良くわかった。

そんな大粒の涙をこぼしたがんちゃんだから

私がかんじたように「まけたくない」って思うに決まっている。

進駐軍に負けるような態度なんかとるわけがない。

ーだから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わないー

「そうだね。だったら・・・」

いったいがんちゃんはどうしちゃったんだろう。

「紘ちゃんはどうおもったの?あ、その進駐軍とか浮浪児の子たちをみてさ」

さっちゃんの質問はなんだか、心を見抜かれているみたいだった。

がんちゃんだって、紘ちゃんと同じおもいなんじゃない?と

さっちゃんは私の答えを待っていた。

でも、それは、逆に、最初に

がんちゃんがほしいと思ったということからして

私がほしいとおもったということになるんだ。

「私・・・」

「うん」

「私は・・・」

言葉がとぎれて涙がぽろぽろ、おちてきていた。

さっちゃんは黙って私がしゃべりだすのをまっていた。

「私は・・ほしいんだと思う。

ほしいけど、浮浪児の子みたいにもらう理由がないのに

もらったら惨めで、みっともないから、もらおうとしないでおこうみたいな・・・」

「うん」

さっちゃんがにっこり笑って見せた。

「だよお。だから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わない。

そういうことじゃない?」

「あ?」

さっちゃんはずいぶん頭がいいんだ。

私はほしいとおもうことさえ、罪悪感にかんじていたんだ。

さっちゃんはきゅっと上をむくと

「だけどね。本当にこわいことはそこじゃないかなあ?

素直な自分の気持ちまで

悪いことだと思って心をねじまげてしまう」

「うん」

「ほしいでいいんじゃない?ほしいけど。絶対、ほしいなんて思わない。

そのふたつとも、本当の心だって、決めていければいいんじゃない?」

ああ。そうだ。そうなんだってわかったら

急に心がかるくなった。

そして、さばさばした気持ちで言えた。

「そうよね。なんでアメ公なんかにもらわなきゃいけないのよ。

おとなになって、自分でお金ためて自分で買えばいいのよね」

さっちゃんはくすくすとわらっていたけど

ひとつのくすみが取れた私の胸に、もっと大きななしみがあることがわかった。

それは、さっきのアメ公にでている。

浮浪児をさげすむ進駐軍への憎しみ。

日本を馬鹿にしてかろんじる進駐軍への怒り。

負けたんだから、仕方がない。

敗戦国はそんな風にあつかわれても仕方がないんだ。

そうなだめるしかない、憤りがからから、からまわりしている。

悔しいという思い。

悲しい。惨めだ。それが本当の思いなんだ。

「がんちゃんがほしいと思ったとしても、もらいにいったとしても

それはそれでいいようなきがしてきた」

「うん」と、さっちゃんはうなづく。

「がんちゃんはちゃんと悲しいとか惨めだとかいう思いをわかってるんだもの。

それをわかっていて、もらいにいくなら

逆にアメ公のことなんか、ちょいと手のひらにのせてるってことかもしれない」

うまくいえない私の言葉なのにさっちゃんはいえてない心まで読み取っていく。

「ガムをばらまいて、いい気分になってるくらいの程度の低い人間には

程度の低い態度しかみせてあげられないってことよ」

やっぱり、さっちゃんはかしこい。

ほしいとおもってしまった心に卑屈になっていた自分がどこかにふっとんで、

がんちゃんがどう思っていたって、どうしたっていいやと

ずいぶんすっきりさせてもらえたと思った。

さっちゃんと帰るのは、いつものことだけど

今朝、さっちゃんにつげられた事実を確かめにいきたいと

授業がおわるのを、まだか、まだかと、待っていた。


朝、開口一番。

さっちゃんが告げてきたことはがんちゃんの行き先だった。


「あのね、黒岩さんってしってるよね?」

知ってる。村のはずれの一軒家だけど、きっと知らない人は誰もいない。

黒岩さんは村一番のエリートで大学も卒業していた。

この黒岩さんが専行していたのが、英語だった。

そのせいなのだろう、軍部から特別な任務を与えられていたようで、

しょっちゅう、日本、軍部のとても偉そうな上官が黒岩さんの家の前に車を乗り付けてきていた。


「がんちゃん、黒岩さんに英語を教えてもらっているみたいなんだ」


「英語????」


「うちのしんせきのおばさんが黒岩さんとこのむこうにすんでるのよ。

昨日の夕方にそこにおつかいをたのまれて

黒岩さんの家の前をとおったんだよね」


知らないでいいことをこっそり覗き見するときのような

ためらいと好奇心がいっしょくたになって

催促の言葉にかわる。


「なんで、英語をおしえてもらってるってわかったの?

本当にがんちゃんだったの?なんで、がんちゃんだってわかったの?」


さっちゃんは矢継ぎ早の質問を頭のなかで整理するのか、じっとだまったままだった。

さっちゃんはどうこたえようかかんがえあぐねているようにもみえた。


黒岩さんのところに入っていったがんちゃんをみたのだろうか?

黒岩さんのとこにいく目的は、黒岩さんが黒岩さんだから、英語をおそわるしかないとさっちゃんが考えたのだろうか?

わずかの沈黙なのに、私の思考はくるくるまわっていた。


「あの・・」


おずおずとさっちゃんがしゃべりはじめたのは

がんちゃんのことを説明するよりも

私のがんちゃんへの思いをどう感じたかしゃべるのに迷っていたからだった。


「がんちゃんの声が黒岩さんの家の中からきこえてきたの。

その声が英語で、がんちゃんが英語をしゃべると、「これでいいんか?」って

がんちゃんが黒岩さんに確かめてたの。

だけど、紘ちゃん、なんで、がんちゃんのこと、そんなにきにするの?」


二つの疑問が私の中に、急に、いっぺんにそびえたっていた。


がんちゃんはなんで、英語をおそわるんだろう?


なんで、私はがんちゃんのことをきにするんだろう?

がんちゃんが英語をおそわっていても、がんちゃんの勝手だし

私がきにする必要はひとつもないはずなのに・・・。


黙り込んでしまった私にさっちゃんは

教室に入ろうと促すと

夕方、黒岩さんのところにいってみようってつけたした。


授業がはじまっても、さっちゃんの質問がずっと、私をひっつかんでいた。


がんちゃんが英語をおそわっているとするなら、

きっと、ガムをくれとか、チョコレートをくれとか

浮浪児たちより確実にもらえる英語の言い方を教わっているのだろうと思えてくる。


そこだ。

私はがんちゃんがどうしようとかまわないといってはみたけど

がんちゃんは「ほしがったりしない」って、思いたいのだ。


だのに、がんちゃんの行動はそうじゃないように思える。

どうにかして、確実に、ガムをもらおうと、いたずらに向けるときのあの熱心さと同等以上に必死になっているようにみえる。


それが、10回以上、桜の木の下で進駐軍の狂態をみつめつづけた本当の理由?


私がそのときに感じた惨めさや悔しさは、

がんちゃんもおなじだったと思っていた。

ううん、思いたかった。

それが、見事にうらぎられていく。


自分が感じたわびしさや悲しさが誰にも共感されないような

感覚の共有者や仲間がいなくてたった一人孤立して

わびしさや悲しみをうけとめていくしかない孤独感。


共有感をわかちあえる、わかってくれる人だったはずのがんちゃんじゃなかったのか。

偶像がくずれていくのをとどめたかったにすぎないのかな。


これ以上、がんちゃんにがっかりしたくないという思いとうらはらに

はっきり、その実像をつきつめて、がんちゃんはただのあくたれぼうずで

繊細な感情なんかこれっぽっちもないんだとみきわめてしまうべきだともおもう。


『そうだ、そうしよう』


一時期、同じ空間と空気を二人が体験したからとて

同じ感覚と同じ感情を持っているなんて思い込むのは

過剰な期待にすぎない。


がんちゃんという人間を自分の中からほうり捨ててしまう決別の時期なのかもしれない。


と、どこかの少女文学の浪漫になぞらって、私は放課後、がんちゃんのあとをつけていこうと決めていた。

放課後になると、がんちゃんは掃除もそこそこに

教室を飛び出していった。


私たちはがんちゃんがかたづけていかなかった雑巾をあらい、

雑巾バケツも洗い、用具置きにいれなおして、塵箱のごみを焼却炉にすてにいってから

がんちゃんのあとをおった。


黒岩さんの家は大きな道を渡ったむこうにある。

いつもなら、大きな道に沿った土手の小道をあるいて帰る。

大きな道を横切るなんてことはない。


ましてや、進駐軍のジープが通るようになってから

土手からおりて大きな道にちかづくなんておおそろしいことでしかなかった。


進駐軍のジープがきはしないかとさっちゃんとのびあがって

道のむこうを確かめてからでも、おそるおそる足をふみだしていった。


「紘ちゃん、こわくなかった?」


さっちゃんは昨日の夕方のお使いのことをおもいだすらしい。


「夕方に通ることはないってきいてたけど、むこうから進駐軍がきたらどうしようって・・・」


学校から帰る時間あたりによく通る。

私ががんちゃんと進駐軍を目撃してから、けっこう続けざまに目撃していた。

なにをしにいってたかはわからないけど、やつらはこの先に駐屯基地があって

そこから、都市部にでかけていってはかえってきてたようだ。


大きな道を無事にわたりきってしまうと

小道がまっすぐ続いている。


黒岩さんの家はむこうの山ぎわに近い。

秋の陽が柔らかな西日をかざしてくれているけど

朝は逆に山の陰になってしまって陽がなかなかあたらない。

東の作物は霜にやられてしまってうまく育たないとおばあさんがいっていたのをおもいだす。


でも、今、見る限り、たわわに実った柿が秋の陽をつややかにてりかえしていて

とてものどかで芳醇な土地にみえていた。


てくてくと歩いていくと黒岩さんの家がみえてきた。

板塀の門がまえのよこに柊が植えてあった。

節分会(せつぶんえ)のときのためにどこのの家でも植えているありふれた樹木だった。

屋敷を覗き込むと母屋につづけて、洋風の書斎かアトリエがつくられていた。


黒岩さんの仕事部屋なのだろうか?


「ところで、黒岩さんって何している人なの?」


「かあちゃんがいってたのは、翻訳とか?なにか文章をかいてる・・・う~~ん小説家なのかなあ?」


ずっと、家にいるってことなんだろう。

じゃなきゃ、がんちゃんも英語をおそわりにいくことはできない。


書斎の窓からみとがめられないように、私たちはしゃがんで、窓の下にちかづいていった。


「あ?」


がんちゃんの声がきこえた。


「うん」


がんちゃんの声だとさっちゃんが合図地を打つ。


がんちゃんは、さっちゃんのいうとおり、、

英語らしい言葉をはなしていた。


ーサンクス・・ギビング・・え~と フォア ユー

アイ ハブ ジャパニーズ フルーツ

えっと・・チェンジ マイ フルーツ

ユア チョコレート・・・ベリー デリシャス フルーツ

ーカキー・・・・

ベリー デリシャス フルーツといってから

ちょっとまをあけるんやなあ?

イッツ?ア?ベリー・・・-


はっきり、意味はわからなかったけど、

がんちゃんの考えがみえた。


がんちゃんは柿とチョコレートを交換しようとしてるんだ。


窓の下のへっついに背中をくっつけてしゃがんでいたせいじゃない。

私の足はがんちゃんへの怒りでがくがくとふるえていた。


さっちゃんにもう、帰ろうといいながら

私の足はちっとも自由にならず、はいつくばって

黒岩家の門の外へでていった。


一刻もはやく、この場をたちされるように

足をのばしひざをまげてと、屈伸をくりかえし

やっと、私の足が自由になると

帰り道は憤怒の思いが口をついてきていた。


「なに、あれ、どういうことよ。

物乞いしなきゃいいってこと?

柿と交換するんだから

物乞いじゃないって?

ほしいあげく、考えた、いいわけ?

よっぽど、ねだってくれたほうがいいわよ。

小手先細工。

ずるがしこい。

みっともないったらありゃしない・・・」


怒りながら、歩いていたのに

涙がぼたぼたおちてきていた。


「なさけない・・・

あんなのがんちゃんじゃないよ。

うそだよう・・・。

あんながんちゃんうそだよ・・」


さっちゃんはずっとだまっていた。

さっちゃんが大嫌いな芋虫におおなきしたあと

がんちゃんは2度とさっちゃんに芋虫をおしつけなかった。

あくたれないたずらやいじわるばかりするけど

がんちゃんなりのけじめはもっていた。


いやがられたら、もう、おなじわるさはしない。


がんちゃんはああみえて、

いじわるしながら、いやがってるかいやがってないか

ちゃんとわかってたんだ。


私もそうだった。


毎日髪の毛をひっぱられても

がんちゃんのことにくめなかったし、

なにも、わるさしないと逆に心配になったりしたし・・。


人の気持ちをなんとなく毛取っているがんちゃんだって

こっちもなんとなくわかっていたから・・・


涙がのどにつまってくる。


だから、進駐軍の狂態をみたときの私の気持ちもわかってくれるとおもったんだ。


だのに、


物ほしいばかりで

なりふりかまわずどころか

えせないいわけにくるめて

ずるがしこい、見栄っ張りなだけじゃないか・・・・。


いつのまにか、さっちゃんとの別れ道にさしかかっていた。

怒りにまみれていつのまにか大きな道を渡りきっていたのにもきがついていなかった。

あとからあとから、おちてくる涙を袖でぬぐいとる私をみつめるさっちゃんの顔色が

心配一色になっていた。

それをみて、やっとわれに返った。


ーこんなに心配してくれるさっちゃんがいるのにー


がんちゃんが私の気持ちをわかっていないなんて、なげかなくていい。

こんなにすばらしい友達がいるんだもの。

誰よりも私のことをわかってくれて、誰よりも親身になってくれる。


さっちゃんの優しさが

私の憤りをほぐしてくれていた。


はからずも

がんちゃんへの失望が

さっちゃんの存在の大きさをおしえてくれたといえる。

次の日の朝、がんちゃんは柿を新聞紙にくるんで

肩掛けのかばんにつっこんでいるようにみえた。


鞄の胴がいくつかのいびつな丸みをなぞらえて異様にふくらんでいた。


最近は学校の帰り道に進駐軍と遭遇することがなくなっていた。

がんちゃんは進駐軍に会えるまで毎日柿を鞄につめてくるのだろうか?

日にちがたったら、熟して、鞄の中でつぶれてしまって

教科書も筆箱も柿の汁でべたべたになってしまうだろう。


考えなしともいえるけど

思い立ったら即実行はがんちゃんらしいともいえる。

その行動の目的がつまらないのも、考えようによっては

わるさをするがんちゃんとなんのかわりもない。


途中から一緒にあるきだしたさっちゃんに

「がんちゃん、柿、もってきてた」

そうつげた。

「やっぱり、やるんだねえ。まあ、じゃなきゃ、黒岩さんのとこに行った意味ないもんね」

「うん」

さっちゃんのいうとおり。

そこまで努力・・努力というのとは違うと思うけど、努力しておいて

黒岩さんに面倒かけて、やっぱやめたじゃ、みているこっちがもっと腹がたつ。


毒をくらわば皿までじゃないけど

私はがんちゃんの行動を最後まで見届けるつもりになっていた。


放課後になると、がんちゃんは学校から一目散にかけだしていった。

もちろん、大きい道で進駐軍が通るのを待つためだ。

すれちがいになってはいけないと大急ぎで走っていく。


「あれくらい、熱心に勉強したら高等学校にだっていけそうなのにねえ」

さっちゃんは含み笑いでがんちゃんを見送り、

「私もみにいこう」

と、宣言した。

「あれ?さっちゃん、進駐軍のこと・・」

こわいんじゃないの?と続けようとした言葉にさっちゃんの意志がかぶさった。

「うん。だけど、まあ、のりかかった船というか」

「ああ」

納得したのはさっちゃんの言い分だけじゃなくて

こういう場合、毒をくらわばというのでなく、乗りかかった船というんだなと思ったからだ。


二人でがんちゃんを探して大きな道の横の土手の小道をめざした。

陽がかげるまで、がんちゃんは大きい道の端で進駐軍をまっていたし

私たちはおしゃべりをよそおって、土手の小道の脇の桜の木の下に座り込んで

がんちゃんをみはっていたけど、

その日、進駐軍はあらわれなかった。


そんなことが三日、続いたあと、がんちゃんはゆっくり走ってくるジープのエンジンの音とジープをおいかけてくる浮浪児の嬌声にきがついた。


とたんにがんちゃんは道の真ん中にとびだして

両手を頭の上まで上げて、おおきくふって

これまた、大きな声で叫びはじめた。


「ストップ!ストップ!」


「ジャスト・モーメント」


「ヘイ!!ストップ」


「プリーズ・ストップ」


「ストップ!!」


ジープだってがんちゃんを轢いてしまうわけにもいかないし

おまけに、英語しゃべってるから、意味がつうじたんだろう。

ジープは手を広げたがんちゃんの前で止まった。

終わり

ジープがとめると、がんちゃんは荷台の横にまわりこんでいった。

私たちも土手からジープの近くの道のきわまで、はしりおりていった。


おいついてきた浮浪児たちは、ジープをとめてしまったがんちゃんに目をみはりながら

じっと、たちすくんで、なおも、がんちゃんの一挙手一投足をみつめていた。


「え~~と、エクスキューズ・ミー」


自分たちと同じ子供が英語をしゃべる。


がんちゃんを見守る浮浪児たちは、こいつは、なにをするつもりなんだと思いつつも

畏敬の念を禁じえないというところなんだと思う。


「プリーズ、ギブ、ミー。チョコレート。

アイ ハブ ジャパニーズ フルーツ。

ベーリー・・・・えっと・・」


緊張しているんだろう、がんちゃんの覚えたての英語がとぎれる。


「え・・と・・デリシャス・フルーツ。

チェンジ イズ あ?えっと・・

ユア・チョコレート・・う・・

ジス・イズ・ア・サンクスギビング

ルック・・」


英語をまともにしゃべれているのかさえ、私たちにははっきりわからないけど

がんちゃんは、なれない英語をしゃべるよりはやいとおもったのか

それとも、はじめからそうする段取りだったのか

鞄を広げると、中から柿をひとつ、とりだして、柿にかじりついてみせた。


「べリー・デリシャス。フルーティ アンド スィート

イッツ チェンジ ユア チョコレート」


荷台に座ってがんちゃんをみていた進駐軍はニコニコしていた。

そして

「OK OK」と言葉すくなにうなづくと

荷台の隅においてあったごつい麻袋からうすっぺらい、銀色のアルミ箔が薄茶色の紙にまかれた

まぎれもないチョコレートの包みを10枚もあったろうか、

がんちゃんにてわたそうとしていた。


「サンキュー」

がんちゃんはお礼をいいながら、すぐさま 鞄の中から

新聞紙につつんだ数個の柿を新聞紙ごと進駐軍に手渡した。


日本の少年が物乞いをするでもなく、石をなげるでもなく

にらみつけるでもなく、おびえもせず、感謝の品物をもって

チョコレートをくれと片言の英語でしゃべってきたのがよほどきにいったのだろう。


「ライク ア サンタクロース。サンキュー ベリー マッチ」

少年にわかるだろうと思う短い言葉で少年をたたえると

柿をうけとり、チョコレートをがんちゃんに手渡した。


手渡したとたん、運転手はジープを走らせ始めた。

思わぬ出来事に時間をつぶされ、

急いで帰ることにしたようだった。


ジープが立ち去ると、がんちゃんは

浮浪児たちを振り返った。

「おまえらにやるから、けんかせんのやぞ。ちゃんと、わけてやれよ」


浮浪児の中の一番年長と思われる男の子にもらったチョコレートを渡すと

がんちゃんはジープが走り去った遠いむこうをみていた。


「だいじょうぶそうやなあ」


しばらく、じっとたちつくしたままだったがんちゃんの手にさっきの男の子が

チョコレートをわたそうとしていた。

「俺はいらんのや」

おしかえそうとした手をとめて

道の端の私たちをふりかえった。

「おまえら、いるか?」


さっちゃんも私も大慌てで首を横にふった。

ーそんなもん。いらんー

そういってしまったら、浮浪児たちがいやな思いをするとおもった。

そんなもん、なんていっちゃいけないとおもって、

ただ、ただ、横に首をふるだけだった。


「ん。じゃあ。おまえらで、ちゃんとわけてたべろや」

がんちゃんはもう一度男の子に命令して、

柿を取り出すときに、地べたにおいた鞄をひょいと肩にかつぐと

歩き始めた。


がんちゃんの用事が終わったということになる。

私たちはあわてて、がんちゃんを追いかけた。


「がんちゃん。がんちゃんは、チョコレートをあの子達にあげようとして、

こんなことしたんだ?」


私の胸の中のわだかまりや失望がきれいにうせはてていた。

ところが、がんちゃんは私の問いに首をふった。


「ちがうよ」


「え?」

「どういうこと?」

さっちゃんも私とおなじようにがんちゃんの行動にちょっと感動していたんだ。


「あのさ、おまえ・・」


「私?」


「おまえ、進駐軍とあいつらとじっとみてたろ?」


がんちゃんはやっぱりきがついていたんだ。


「おまえ、それから、元気なくってさ」


そうだったろうか?そんなつもりなかったんだけど・・・。

やっぱり、気落ちしてたのかもしれない。


「で、まあ、なんだよ」


がんちゃんが照れた。

たぶん、お前に元気だしてほしくてさ。

と、いいたかったんだろうけど、口をつぐんだ。


口をつぐんで、どう言おうか、迷っていたみたいだった。


やっと、出てきた言葉が


「あのさ、あの柿、如右ヱ門の柿だよ」

だった。


如右ヱ門の柿というのは、ここらの子供なら誰でも知ってる。

丸くて大きくてつややかでおいしそうな柿だけど

食べたら、しぶくてたまらない。

丸いのが甘い柿、とがってるのが渋い柿。

子供はみんなそう教わってきたけど

如右ヱ門の柿は、丸いのにしぶ柿だった。


だれか、知らずに如右ヱ門の柿を食べた人からつたわってきた、

ここらあたりのものだけがしっている常識だった。


「え?がんちゃんもたべてたんじゃ・・」

デリ・・デリとかいってたべてたのをみてる。

「あれは、おれんちの柿。まちがわんように、爪でしるしつけておいたんや」

「あああ?じゃあああ」

さっちゃんも私もなんだか、すっかり、気分がはれた。


「アメ公は今頃しぶ柿たべてるってこと?」

「そういうこと」


がんちゃんはちょっと首を横にふった。

それはきっとだましうちにした後味のわるさをふっきるためだったにちがいないとおもう。


「あいつらを馬鹿にして、わざとゆっくりジープをはしらせて

チョコとかちぎり折ってなげすてるんだ。

土のついたチョコでも一生懸命ひろってたべるのをながめて

あいつらをさげすんで、わらってやがるんだ」


がんちゃんは・・・

本当はもっと私より、つらかったんだ。


そして、

アメ公に一泡ふかせて

私の溜飲もさげてやりたいとおもったんだ。


がんちゃんはでも、やっぱり、いじわるだ。

ひとりで計画たてて実行して

なにもいわず、私たちを心配させて、誤解させて、おこらせて・・・・・・。


本当にいじわるだよ・・・・・


「がんちゃんには、してやられるわ」


「なんだよ、それ?」


「ありがとうってことよ」


「え?」


なんだかわけがわからないって顔のがんちゃんをしりめに

さっちゃんと顔をみあわせた。


「ねっ?」

私の質問も一言だったけど。

さっちゃんも一言でうなずいた。

「ねっ」


狐につままれた顔のがんちゃんだったけど

私たちに笑顔がもどっているとみたとたん


「おまえらみたいな、のろまと一緒にあるいてたら陽がくれらあ」

いいしなにさっちゃんと私のお下げを思い切りひっぱるとその場を走り出した。


「あばよ」

走り際に残した捨て台詞は何かの映画の主人公の真似に違いない。


二人で肩をすくめてくすりと笑い、走り去ったがんちゃんを見ていた。


がんちゃんが、いつものがんちゃんに戻った秋のある日の出来事だった。


                         -おわりー

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