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神戸にて・・・

久子は30そこそこだろうか?

だけど、こんな浮浪暮らしのせいだろう、肌につやもなく、

髪も無造作にたばねてるだけだから、

いっそう、ふけて見える。

「あんた・・・若いのに・・こんな暮らししなくても、いくらでも、職がありそうなのに・・」

人のことはいえないとふふんと鼻をならし、俺の傍ににじりよってきた。

「あんたさ・・あっちのほう・・どうしてるんだい?これかい?」

妙な手つきで、自慰行為をまねてみせると、

さっきより、いくらか、若くみえるのは、話がつやめいてきたせいかもしれない。

「寂しいだろ?あたしで、よけりゃ・・」

久子が欲求の強い女だということは、俺も良く知っていた。

浮浪者の何人かに身体をひらいて、「やらせてる」

浮浪暮らしをする男は日銭を稼ぐのもやっとなんだから、

久子のもうしでは、「おんの字」でしかない。

女をかうこともできない暮らしと心を寄せる人のない暮らしが

心の底に寂しさを寄生させる。

ひととき、久子の肌におぼれるのは、たまらなく、人恋しいときだろう。

「ねえ・・」

至福の時をわかちあおうと、久子が俺の手をひいて、自分の胸元に触れさせた。

浮浪暮らしのなか、一時の優越感にひたれる「ほどこし」

久子は自分の存在価値をそこにみいだしていたのかもしれない。


河本さんは俺が浮浪暮らしをし始めたときに

浮浪暮らしのノウハウを教えてくれた人だった。

こんな暮らしも、もう、13年に成ると河本さんは言った。

どんな事情で普通の生活をすててしまったのかしらないが、

おおかれ、すくなかれ、浮浪者には、なんらかの哀しい傷がある。

その傷がゆえに、浮浪暮らしを選ぶのだろうから、

その傷はよほど深いものだと想う。

俺も自分のアイデンテティが崩れ去ったショックからたちあがれずに、

こんなところにながれついてしまったわけだから、

河本さんの傷にふれてはいけないと想った。

ひいては、俺が自分の過去に触れて欲しくないから、

河本さんに対してそうおもったに過ぎないのかもしれない。


河本さんは胸のポケットにビニールレザーのカバーのついた手帳をいつも放り込んでいる。

その手帳のカバーの裏側にさしこんだ写真をときおり、じっと眺めていた。

-これね・・。娘・・。家をでたとき、娘はまだ中学生だったよ。

もう・・今頃は結婚したかな・・・子供・・できたかな-

どんな事情があったか判らないが、子供をすててしまった父親は

二度と、家庭に帰れなくなっていた。

俺は河本さんにかげる言葉を見つけられず、無言のまま河本さんを見つめていた。

-あんた・・帰れる家があるなら、取り返しがつかなくなる前に帰ることだよ-

もうどうにもならないと河本さんは言う。

俺はなんとかならないのだろうかと想った。

そのことを口に出させないために、河本さんは俺に言ったのだろう。

-死ぬまで・・このまま。いや、死んでもこのままさ-

生きて帰る家もなければ、死んでも墓に入れてもらうことも無い。

河本さんはその外観からも、ばりばりのエリートだったことをうかがわせる。

身だしなみもきちんとして、職につけば、再婚だってできそうな精悍な男前だった。

だけど、自分から家庭と家族を投げ捨ててしまった懺悔のためだろう、

河本さんは死ぬまで浮浪暮らしをつづけることで、家族へのせめてもの侘びにするようだった。

自分に架した鞭が河本さんをさいなんでいる。でも、それに耐えるしかないのだ。

そんな人生なんか、おくっちゃだめだよ。

今、頭をさげるくらい・・まだまだ、簡単なことだと思う。

それくらい辛く惨めなことが浮浪暮らしには待っているんだ。

河本さんの言葉のうしろの無言のメッセージが、やがて、目の前で開かれることに成る。

それまで、俺は河本さんのメッセージを考慮する気さえなかった。


「ちょっと、あんた・・」

コンビニに弁当を買いにいく途中だった。

こんな浮浪者に声をかける人間など居るわけがない。

居るとすれば、不審尋問を行う警察官くらいだろう。

その声は女のものだったから、女性警官ってことになるか、と、俺は自嘲めいて、

足を速めた。

俺にかけられた声じゃないと思いつつ、それでも、警官だったら厄介だ。

俺は、間違いなく家出人捜索リストにのってる。

厄介ごとをふりきるように、足を速めた俺を、今度ははっきりと、女が呼びかけた。

「待ちなよ。あんただよ・・」

その声は俺のすぐ横から聞こえ、いささか、下品な物の言い方で

警官ではないと俺は気がついた。

それでも、町の立ちんぼうにしたって、ナンパだとしても、より好んで、

浮浪者に声をかけはすまい。

キャッチセールスだって、一目で俺が金に縁がないってことはわかるだろう。

だから、どうかんがえても、「あんた」は俺のことじゃない。

だけど、もしも、俺に声をかけたとするなら、どういう奴が声をかけるのだろう?

なんのために?

ありえない想定に答えなどあるわけが無い・・筈だった。

ところが、俺はシャツごと、女に引っ張られた。

「あんただって、いってるだろ・・」

女は少し怒った口調で俺に文句をいうと、

「そこにすわって・・」と、命令口調で俺に指図してきた。

そこってのは、街路の端にしつらえた女の商売道具の前をいう。

女の指差す場所、椅子をみて、俺は女の正体がわかった。

女は易者だった。

あてにも成らない占いを金で売るなんてのは、俺にいわせれば、詐欺師と一緒だ。

「いらねえよ。それに、俺、金なんか、もってないよ。もっと、弾んでくれる客をさがせよ」

「金なんかいらないよ。あたしの方からみさせてほしいんだよ。だから、いらない」

占い師が?なんで、俺なんかを見たがるのか、そっちのほうが、納得できない。

「いいよ。俺・・」

断る俺に女がたたみかけた。

「あんたは、この街にいちゃいけないよ。早いうちにどこか別の所においき。

他の人は妙な死相がうかびあがってるんだけどね。

あんたは、迷子のような顔をしてるんだ。

本当に行く場所じゃないのに、ここにきてしまったってね、そんな顔をしてる」

「死相?みんな?それ、どういうことだよ?」

占い師のいうことが物騒すぎて、あてにならないという思いがどこかにふき飛んでいた。

「大きな事故とか、災難がこの街を襲う。伝染病とか、そんなものかもしれない。

みんなってのは、全員って意味じゃないんだよ。

なにか不吉なものを漂わせるってのは多くあることなんだけど、

普通、それらは、不吉なだけで、死相までうかべるなんてのはごくわずかだよ。

それが、妙に・・多い。

だから、あたしも、はやいうちにショバを変える気でいるんだけど・・。

それよりも、なんで、あんたがこの街にまよいこんでしまったのか、ちょっと、手、みせなよ」

手ぇ見てわかるのかよ?って、俺は思った。

いや、手ぇみなくちゃわからないのかよって思ったのが本当だ。

手ぇ見なくたって、こんな浮浪者、地元なんかにいられるわけないじゃないか。

流れるしかない人間がここに迷い込んできたってのも、おかしな言い草すぎる。

だけど、女が俺をよびとめたわけまではなしたので、もう、いいよはいえなくなっていた


俺が河本さんを見つけた。

いつもの空き缶拾いのルートをたどり

倒壊したビルの瓦礫のむこうに河本さんのぼろっちい自転車が転がっていた。

まだ余震のぶり返しで崩れ落ちてきそうな空を見上げ俺は神に祈った。

河本さんが無事であるように。

ほんの瞬間見た空は蒼く、朝焼けの色もすっかり消え果ていた。

自転車から2,3m離れた場所に黒い塊がうずくまっていた。河本さんに違いない。

河本さんはビルの瓦礫の直撃をうけ、自転車からずいぶん離れたところまで吹っ飛んでいた。

自転車と河本さんと瓦礫の間に集め始めていたアルミニウム缶が散乱し、

河本さんは身じろぎひとつしていなかった。

俺は立ちすくんだ。

あわてて駆け寄り河本さんの絶命を目の当たりにするのが怖かった。

だけど・・・。

俺はひるんだ足をしかりつけ、河本さんににじり寄った

うつぶせのまま、後頭部から赤い肉がはみ出して見える。

ひるんだ足は俺をまっすぐ立たせることを許さず、俺は四つん這いで河本さんに近寄っていった。

「河本さん・・・」

呼びかけて答えるならすくなくとも河本さんは死んでいない。

答えなくても俺は行きがかり上、ここまできたら、河本さんの生死を確かめるしかなかった。

「河本さん」

うつぶせの河本さんを俺はもう一度呼んでみた。

河本さんは生きていた。

いや、息を引き取る間際だったというのが本当だろう。

俺に呼ばれ河本さんは俺がいるだろう方向にわずかに顔をかたむけた。

「あ・・あ・・君か・・・」

河本さんには俺が俺であると認められる意識が残っていた。

「あ・・あのな・・すまないけど・・写真・・」

それが河本さんの最後の言葉だった。

俺は河本さんの名前を何度も呼んだ。

でも、もう、河本さんからは、なんの返事一つも帰ってこなかった。

仮死状態なのか?昏睡なのか?俺はどうすればよいのかわからなかった。

頭をうっているいる以上、動かさないほうが良い。ゆり動かしたりしちゃいけない。

誰かを呼ぶ?救急車?

ビルまで倒壊しむこうの空は赤く映えあがっている。火災までおきて・・

こんな状態で誰が浮浪者なんかに手をさしのべる?

「河本さん・・・?」

俺は河本さんの鼻先に耳を寄せてみた。

息はなかった。

俺はそれでも河本さんに言われたことを実行してみた。

河本さんの胸のポケットから手帳を引きずり出すと

河本さんに顔のまじかに写真をよせつけた。

「河本さん、ほら、見てくださいよ。娘さんに会いに行くんでしょ?

娘さん、もう結婚して赤ちゃんいるかもって、そういってたでしょう?

河本さん!!赤ちゃん、だっこしたいでしょ?おじいちゃんだよって、ねえ!!河本さん・・河本さん・・・」
俺は河本さんの顔の近くに写真を置くとその場を立ち去った。

他の仲間もどうなったか、それさえわからないまま西側の火事、静まりそうにもない。

あのあたりには・・・。誰が居たか、考えるのをやめた。

俺の頭の中では河本さんの言葉がぐるぐるリピートされていた。

「墓にもはいれない。死んだかどうかも解からない。誰にも見取られず、誰にも知られず、いつか消えてしまう」

浮浪者という生き方を選んだときから、その運命の最後も決定される。

河本さんの言うように、浮浪者は誰にも知られず消えてしまう。

だから、俺は河本さんの最後を見守ったりしてはいけない。

河本さんの最後を看取ったのは、あの写真だけ。

俺はほかの皆を探すのをやめた。

生き残ったものたち。縁があれば逢えるだろう。まざまざと、見取られるもののない死。

墓へ迎えてくれる家族のない死を直視するのはつらい。

望みどおり、セオリーどおり、覚悟どおり、選んだとおり、自分の死にかかわるのは自分だけ。

それでよいぢゃないか。

それが、浮浪者の覚悟だったんだから・・。

それを汚す真似はすまい。

俺は自分を正当化させると南に向かった。

飴のようにへしゃげた鉄塔をながめ、俺は自分のねぐらに戻ろうとした。

河にかけられた鉄橋の降下の下に俺のねぐらがある。

だが、河川敷にはたきだしの人が集まり、ねぐらを目指した俺の手にも

握り飯と味噌汁のカップがあたりまえのように渡されていた。

俺は不思議な感触に包まれていた。
どんなに頼んだって食い物一つ、金ひとつよこさず、捨てられたもの一つでも、拾い上げようものなら、犯罪者を暴くように怒鳴られ、疑われ、ののしられ、さげすまれた。

その浮浪者に・・・・。

他の罹災者同様、食事が手渡された。

頼みもしないのに、怒鳴られもせず、疑われもせず、哀れまれもせず、

俺の手に握り飯が渡されていた。

『河本さん?俺・・・いきているんですよね・・?』

河本さんは死んでしまったけど、

俺は生きてて・・・・。

河本さんはこんな待遇を知ることもなく

俺の手には握り飯がある。

『俺・・生きてて良かったのかもしれない。

俺・・生きていけるかもしれない』

もう一度人生を歩みなおせる。そんな気がして俺ののどは涙にむせた。

「大丈夫?」

覗き込んだおばさんが背中をとんとんとたたいてくれた。

「こんなんだものね。そりゃあ、ショックで喉に物もとおりゃしないだろうけどね。

でも、食べなきゃ。

食べて、生きて、また、街を人生をたてなおさなきゃ。ね。」

生き残ったものが出来ることがあるとすれば精一杯生活していく。

それだけかもしれない。

俺は喉に詰まった涙にむせ返りながら

うん、うんと何度もうなづいた。
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