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蛙-続編ー

Ryoukoがでていった。

僕はRyoukoがいつも座っていた空間を
ながめていた。

Ryoukoはもうここに、居なかった。

Ryoukoはもう、ここには戻ってこない。

Ryoukoは
「僕のRyouko」である事を止めた。

僕はRyoukoのすわっていたあたりの
畳に頬をおしつけてみた。

Ryoukoの悲しい、せめぎがそこに染み付いている気がした。

堕胎の後。
僕の手を拒むRyoukoがいた。
命を費えたRyoukoは僕を拒む事で、
何かを取り戻そうとしていたに、違いない。
僕は何も与えられない自分を見つめる。

Ryoukoは女であることより、
ありきたりの幸せをつかめない事に打ちひしがれていた。
僕はなすすべもなく
Ryoukoを待った。

Ryoukoがそのかいなを僕に伸ばしてくる事を。

どうにもならない寂しさがRyoukoをくるみ、
僕を求めるRyoukoが
Ryoukoを占領する。

そのときだけがRyoukoをうめてやれるのだと、
僕は信じていた。

だけど、Ryoukoは出て行った。

あの日が最後だった。

Ryoukoは僕の予想の通り、その腕を伸ばしてきた。
絡み付けてくる腕を僕はたぐりよせ、
Ryoukoの身体と心をむさぼった。
「あのね・・ここ」
Ryoukoの潤いが、僕をこんなに欲していると教えてくれた。
傷を受けた場所がもう一度、息をふきかえしてゆく。
僕の頭の中にあの男が浮かぶ。
その傷跡。
僕の胸の中の水たまりに赤子が泳ぐ。
その傷跡。
その傷を癒して行くために僕はRyoukoを開いて行く。
意地悪く、小さな突起を執拗になぶりつづけ、
Ryoukoの餓えをRyoukoに教える。
Ryoukoを慰めうるものが、なんであるか。
Ryoukoを貫いて行くものをあたえるまで、
僕はRyoukoを狂わせる。
こらえきれない声がただ、快感をうったえるだけになり、
Ryoukoは僕の一部になる事を望む。

そして、僕はまた、「僕ら」に戻ったと思い込んでいた。

朝の空気は冷たい。
僕はたちあがると、仕事に行く事を促し始める。
Ryoukoがいなくなって、
僕は僕のためだけに仕事に行く。
Ryoukoがいなくなっても
まだ、生きている僕のために
僕は仕事に行く。
いっそ。
このまま、飢え死にしてしまえばいいんだ。
僕はRyoukoの痛みにひきずられながら、
玄関をでる。
板戸一枚の粗末な玄関。
「それでも、この中は私たちの場所」
Ryoukoは夢への扉をあけて、
僕を招き入れた。
僕はいつも、Ryoukoに夢中だったし、
Ryoukoもそうだった。
僕への忠誠のためRyoukoは僕に自分を与えつくしてくれた。
僕はRyoukoのくれる甘美をむさぼり、
僕のもので、Ryoukoをつないだ。
Ryoukoの心は僕に溶け込む。
「せつないよ」
永遠にはひとつに解け合えない接合は
やがて、僕の頂点に終焉を迎える。
「はなさないでよ」
それでも、Ryoukoは僕の腕の中に居たがった。

こんなにもRyoukoが融合したがった僕をいきながらえさせるため、
僕は悲しみにふたをして、外に出た。

冷たい空気が僕のように、僕の肌を刺す。
もう、夏が終わっていた。
Ryouko。
もう、お前の夏もおわってしまったのだろうか・・・。
僕はその答えをさがすことをやめ、
工場にむかって、あるきはじめた。

夕刻までの蒸し暑さは戻り夏。
日の暮れがきしんだ扉から、影を忍ばせてくる。
かえる時間になって、僕は工場長に呼ばれた。
『受注が増えてきたんだ。明日から毎日来てくれ。本雇いということだよ』
僕の顔は引きつっていたにちがいない。
「どうしたね?うれしくないのか?りょうこちゃん・・・」
工場長のあとのことばが、どうつづいたか、僕は覚えていない。
Ryouko・・・。
その言葉に僕の中がうつろになった。
差しさわりのない言葉をかえして、僕は工場をあとにした。
あるいてゆく歩幅がひどく、にごりだし、
僕の頭の中の混沌が僕を支配する。
「いまさら・・・・」
そう、いまさら。
―いまさら、どうなるというんだー
おぼつかない足は勝手気ままな道をたどる。
僕は歩き出した道をなぞる。
たった一つの共通項。
僕はあの日のRyoukoを追っていた。
駅前に立ち、あの男に抱かれるために・・。
あの男に、抱かせるために・・・。
命の塊を踏みつぶすために。
僕はぎりぎりの苦しさにたった。
Ryoukoの痛みが僕をしめつけ
僕は逃げ場所もなく、Ryoukoを待った。
できるなら、脳髄を砕き、僕はあの蛙のように、
こなごなになりたかった。
Ryoukoをつぶし、
僕をつぶし、
二人の肉は見事に混じりあい、僕らはひとつの塊になる。
僕は
―あの時、一体、何をたたきつぶしたんだろうー
つぶらな蛙の瞳は鮮やかなぬめりの黒曜石。
輝く生を鼓吹するつややかな若緑。
幸せに生きたいだろう・・・Ryoukoを
その手に抱きたかろう・・・赤子を
僕は平気で握りつぶし、
いともたやすく、僕の手の中で転がせるはず。
あの・・蛙のように・・・。
僕は平気で僕をも踏みにじれる。
―だけど・・・・いまさら・・・―
僕の中で反目してくる思い。
頭をもたげる本心。
僕はRyoukoを取り戻したい。
―だけど・・・いまさら・・・―
いっそ、本雇いなぞに、ならなかったら、
僕はRyoukoをあきらめる事に執心できた。
かすかな、希望に僕の底が再びRyoukoを求めだしている。
Ryoukoは・・・もう・・・いない。
僕の狂おしさはたぎる。
僕の下半身は
Ryoukoのそこでしか、満たされない。
渇望が僕を突き動かして行くとき、
僕はRyoukoの足跡をなぞらえて行く。

Ryoukoにいくあてなど、ありはしない。
Ryoukoを「僕のRyouko」で、なくさせた「あの男」のところいがい。
Ryoukoは肌を許した男に、許さざるを得なかった男にすがるしかない。
Ryoukoはそんな女だ。
女の、その場所で
男に飼われる。
極上の甘美を捕食し、
極上の肉に酔わせる。
Ryoukoは・・・・・娼婦だ。
娼婦は稼ぎのいい場所に自分を移し変えた。
僕はRyoukoに捨てられた客になっただけ。
だけど、
僕のこの場所がRyoukoをほしがる。
これは、薄汚い慾?
僕の身体はRyoukoを覚え、
Ryoukoを恋しいと讒訴する。
僕は先を歩む身体に僕の希求をおしえこまれ、
僕はRyouko。
Ryoukoは僕。
僕らは僕らでしかないと、僕の身体が明かす。

その日。僕は駅で、あの男が降りてこないか。じっと待った。
そう。僕は、あの男のあとをつけて、
Ryoukoを取り戻そうとしている自分を知らされた。
男は最終便にも、乗っていなかった。
工場をでて、うろついている間に到着した汽車に乗っていたに違いない。
僕はRyoukoをいだく男の幻影に苦しみながら、
Ryoukoへの思いを抱く。

Ryoukoを取り戻したい。
Ryoukoは僕のものだ。
なによりも、それを知っているのは
あのRyoukoのあの部分。
今頃、
今頃、
あの男に抱かれながら、
僕を思っている。
僕がほしいと、
僕じゃなきゃ、駄目だとRyoukoのその部分がRyoukoにささやいてる。
僕とおなじように・・・
Ryoukoも「僕ら」を思い知らされている。

僕は夕刻の駅にたたずむ。
男が駅舎をくぐりぬけると、後をつける。
どこか、姑息で
いやおうもない、未練。
僕はどうする?
Ryoukoの別れを刻み付けるだけになるかもしれない。
それでも、僕は男のあとを追い、
男の家を突き止めた。
たぶん、Ryoukoはここに居る?
ううん?
居ない?
男は・・・・・。
金持ちだ。
Ryoukoに快適な住まいを与え
Ryoukoに会いに行く。
妾宅。
愛人。
Ryoukoはそういう立場だろう。
Ryoukoは薄汚い欲を一身にうけとめる代償に、
不安な未来を捨て去る。
悲しい現実にとらわれず、
男の濁りを受止め、柔らかな生命をいだくこともできる。
Ryoukoが僕をすてさってまで、
掴み取った安息が
いかに小汚くとも、
Ryoukoが柔らかな命をつんだ不幸など、
比べ物にならない。
安息がもたらす、充足はRyoukoの芯に届き、
男を迎え入れるRyoukoは、幸い色の粘りで男をくるむ。
Ryoukoのあえぎは
きっと、至福そのものだろう。

僕は・・・・・。
炎天下に追い詰められた蜥蜴のしっぽ。
逃げ惑う事しかできなかった蜥蜴のしっぽ。
地面をのた打ち回るだけの蜥蜴のしっぽ。
Ryoukoをつかみ取れない僕は
Ryoukoへの思いにのた打ち回ってみせる。
僕が出来る事はそれだけ。
僕は
Ryoukoを取り戻す事など出来ない。
Ryoukoが捨てた僕は
Ryoukoを包み込む事さえ出来ない木寓の棒。
僕こそがRyoukoにつながれていた、蜥蜴のしっぽ。
Ryoukoは僕に告げる事をおそれ、姿を消した。
だけど、いわれなくても、
きかされなくても、
僕は・・・・。
やがて、ひからびる、切り落とされた蜥蜴のしっぽ。

僕はそれから何度も男のあとをつけた。
男は決まりきった時間に駅におりたち、
いつもの歩幅で家に向かい、玄関にたった。
男よりいくつか若そうな婦人が
男を迎え入れ、男のかばんをうけとっていた。
アレが家内なるものなのか?
あるいは、家政婦というものか?
金持ちの家に妻なるものがいなくても、
代わりのものをおく事も可能であるなら・・。
あるいはRyoukoもここに居るのかもしれない。
男はまっすぐ家に帰ると夜中に外に出ることもなかった。
僕はRyoukoがやはりこの家の中に居るきがして、
Ryoukoの匂いと気配と声を嗅ぎ取る事に専念していた。
深夜・・・。
Ryoukoの声が洩れるかもしれない。
一番聞きたくない声こそが
Ryoukoのここでの存在理由。
そして、
紛れも無くRyoukoの存在確認が僕に伝えられる。
僕は身をちじこませ、耳をふさぐ。
聞きたくはない。
聞きはしない。
僕の耳がRyoukoを認識しなかった幸にこうべをたれるしかない。
僕は朝もやのなか
男の家の前から立ち去る。
こんな惨めな朝を
もう・・・・。
何度くりかえした事だろう。
決着。
僕の手はそれを受止める覚悟に
伸び始めている。
僕は終焉という結末にあゆむためにRyoukoを取り戻そうとあがくしかない。
もう・・・・。夏は終わり始めている
終わらない夏にひたすら手を伸ばす憧憬。
無駄。
むだとしりつつ、僕はRyoukoを追う。
それだけが僕がRyoukoに渡せる最後の真実だとおもうから・・・・。

硝子をきる。
ダイアモンドの硝子切りで幾度も同じ場所をたどる。
こうしておけば、
何かのきっかけで、硝子は二つに切断される。
丁度僕の今の作業はこれだろう。
Ryoukoはもう、僕のものじゃない。
Ryoukoはもう僕のものじゃない。
何度も何度も僕は別離という線を刻み付ける。
あとは、ほんの些細な衝撃で
見事に心を分断される。
僕はきっかけと言う衝撃を待ちながら、Ryoukoを追っていた。

男の家の障子の中がうすぐらく感じる光の中にたたずむと、
僕はRyoukoの存在を確認しようとする。
ここにRyoukoが居る。
居るはずだから・・・。
きっかけが足音を立てずに忍び寄ってくる。
僕の硝子きりはもっとも深い溝を刻み付ける。
そう・・・。
わずかに開いた障子の隙間から
そっと、Ryoukoが外をうかがっていた。
Ryoukoの顔はさみしそうにもみえたけど、
わずかながら、艶とはりがのってる。
満たされた思いと
満ち足りた食事。
不安のない生活は女の顔になまめかしい艶をうかべさせ、
心を預けられない性の玩具だと、
寂しさが女を飾る。
だけど、それも、あの男のもので平らにならされてゆく。
男のもので、ネジを巻かれた女は
淫猥にささやき、
男をおぼれさす事に執心しながら、
結局女のその場所で自分を飼いならすんだ。
惨め。哀れ。
だけど・・・。
Ryoukoは僕よりも男をえらんだ。
其れでさえRyoukoをつなげない僕こそもっと無残。

僕の手は道端の石をつかむとRyoukoの居る窓辺に其れをめがけていた。
ガチャン
と、音がするとRyoukoの顔が驚きの表情をみせ、
窓の外に居る僕を見つけた。
悲しい顔の真ん中の二つの穴がうるんでいく。
僕は・・・・・。
Ryoukoの涙にもう、硝子きりの作業がいらなくなった事を知った。
もう、どうにもしてあげれない。
Ryoukoの涙が僕にくれたものは諦めと謝罪と・・・軽蔑。
僕は
胸にRyoukoのなき顔をだくと、僕はRyoukoに背をむけ、
走り出した。
そして・・・・。
あの・・・。
あの、いつかの庭石のある空き地に。
僕の心はざわめきたつ。
僕は走る事でRyoukoへの慟哭を動悸にかえ、
庭石にたどりつくと、
オア向けにはりつけのようにねころがってみた。
あとから、あとから、
僕のふたつのまなこからまなじりへ、悲しい水がうかびあがってゆく。
庭石を涙の塩できよめ、
僕も・・・・。
僕も・・・・・・。
浄化されてゆくだろうか?
昇華されてゆくだろうか?
だけど・・・・・・。

僕はRyoukoが恋しい・・・・。

どのくらいの時間僕はそこにいたんだろう。
あおむけの目の上には雲を運ぶ空がある。
僕は雲の流れをじっとみつめつづけていた。
空の中に落ちそうになる錯覚は
僕を幻影にいざなう。
Ryoukoがそこにいて・・・。
ぼくは、手を伸ばす。
つかもうとすると、ぼくはまっさかさまに落ちて行く。
あきらめるしかない事実が僕をいたぶり、僕は、涙の海を泳ぐ。
Ryouko・・・。
Ryoukoへの追慕をぬって、誰かがこの庭石に近づいてきていた。
不意に人の気配を感じた僕は腕で顔をおおいかくした。
なき顔なぞ見られたくは無かった。
だけど・・・。
草いきれをかきわけて、近寄ってきた気配は僕を目指していた。
僕を見下ろす影を感じながら僕はそいつがどこかに立ち去るを待つために顔を覆い続けていた。
『話が出来るかな』
抑揚のない中年男性の声。
僕は其れがRyoukoの「男」のものだと直ぐにわかった。
胸の中にこみ上げてくるものは悲しい怒りと、苦しいせめぎ。
僕はのろのろと、身体を起こすと、
男が座れる場所をあけた。
「うん・・・」
男は僕の横にすわる。
長い沈黙が続き、僕のほうが堰を切った。
「Ryouko・・・は、元気にしていますか・・・」
男の横顔は良心の呵責のせいか、どこか萎縮して見えた。
「そのことなんだけどね・・・」
男はRyoukoの存在をあっさり肯定する。
僕はその言葉だけでも、
不覚なものがこぼれそうになる。
「なんですか?」
言いにくそうに口ごもる男へ、なぜもこう気を使わなければ成らないのか。
其れは何もかも、Ryoukoが二人の男の位置を入れ替えたせいだ。
僕は卑屈に未練な男。
男はなにもかも、てにいれた。
Ryoukoの居場所が天秤の支点をずらし、
Ryoukoへの愛撫はこの男だけの特権。
僕はうらやましげに其れを眺めるオス犬で・・。
「いいにくいことなのだがね。
このままではりょうこ君の気持がね・・・」
「はなしてください・・・」
僕はRyoukoの名前を持ち出されたばかりに
男の何らかの申し出をうけるしかない。
ていのいい、男の言い分でしかないだろう。
男は「私が」と言えば僕が聞き入れない事を知っている。
僕はいまだにRyoukoのしもべでしかなく、
男は大上段にたって、Ryoukoを振りかざせる自分を見せ付ける。
いかに、Ryoukoが男のものであるか、僕はいまさらに打ちのめされる。
「実は・・・」
男がおもむろに口を開いた事は、実に簡単な事だった。

男が唐突にきりだした。
「君に父親らしい事をしてほしいんだ」
ああ。
僕は男の言葉の奥底の意味をかみ締めていた。
確かに僕は僕たちの子供をやみに葬った。
だけど、其れは男の金でしたことだ。
代償にRyoukoは男に身体を与えた。
だから、Ryoukoが稼いだ金だった。
Ryoukoが僕のものであるときまで、
Ryoukoの稼いだ金で僕は始末をつけたにすぎなかった。
だけど、Ryoukoは男のものになった。
このときから、男の金でRyoukoは僕の子供を始末した事になる。
「そうですね。それじゃあ、まるで、貴方が父親のようで・・・
Ryoukoは貴方に負い目をかんじているんでしょうね」
男は戸惑った顔をしたけれど、
「そういうところだね」
と、うなづいた。

Ryoukoのために、
僕たちの唯一の結晶であったものを
本当に葬り去るために僕は父親であった責任を果たす。
そうでなきゃ、Ryoukoは僕を吹っ切れず、
僕の愛を信じることなく
僕に身体だけもてあそばれた痛みを引き摺る。
悲しい行為に泣くのでなく、
優しい真実を胸にだいて、
それでもこの男を択んだRyoukoになりたいのだろう。
其れがせめて、Ryoukoが僕に出来る誠意なら、
僕は過去をあがなうしかない。
「わかりました。わずかづつですが、お金をかえしにいきます」
僕はそのときこそが本当のRyoukoとの決別だとわかった。
なにもかも、しはらいおえて、
僕は死んだ子に始めて父親だと言える。
父親だと言える僕になったとき
Ryoukoとつながっていられた、たった一つの共通項をなくす。
呵責。
Ryoukoは僕をそこから解き放とうとしてる。
Ryoukoの願う僕の解放のために僕は死んだ子供に父親の責任を果たす。
///Ryouko・・それで・・いいんだろ?・・・///
僕はRyoukoの悲しい瞳のわけを思い知らされた気がした。
そして、
僕は庭石を飛び降りると、
男に頭を下げた。
「Ryoukoを・・・よろしく、お願いします」
それだけいうのが、精一杯だった。
男がすまなさそうに頭を下げるのを僕は目の端でとらえた。
その瞬間、僕は男の前から走り出した。
僕の目には
男に抱かれるRyoukoが見えた。
男はRyoukoを我が物だといっている。
僕は・・・
男に染み付いたRyoukoをかぎとる。
男の手がRyoukoのまあるい乳房をまさぐり、
感極まったRyoukoの切ないあえぎがきこえてくる。
それは、僕がRyoukoをしっているせいにすぎないのだろうけど、
それと同じように
Ryoukoがあえぐ。
その幻影を見つめ続ける事なぞ、僕は出来なかった。

それからの僕はただただ、工場と一人ぼっちの部屋への往復だけをくりかえし、
月末の給金を受け取る日だけが、唯一の遠出になった。
夕方の闇の中で、生活に必要な金だけを抜き取ると、
中身を確かめもせず、
男の家に向かう。
出来るだけユックリ歩いてゆけば、男が先に帰宅している。
僕の計算は歩みの速度を調整し、
Ryoukoとの別れをつんでゆく。
もう、何度Ryoukoを感じ取れる事が出来るかわからない。
男からRyoukoを嗅ぎ取るだけの惨めな逢瀬でも、
Ryoukoはそこに居る。
秋の月夜の中を歩き、
冷え込んだ空気が月を冴えさせて、
やがて、僕の胸から吐き出される息が白く見える。
僕は今、Ryoukoの男のもとに金を運ぶためだけに日々をいきぬいてきていた。
そして、
師走。

僕のいやな予感は的中する。
年の瀬に
工場長は気前のいい大盤振る舞い。
僕は渡された、寸志と言う名の賞与の袋を見つめ続けた。
この金をわたせば・・・・。
こわばった手先がいつものように給金の中から生活に必要な金を抜き取る。
正月を迎える・・・。
だけど僕は首をふった。
ぼくの手もそれ以上の金をぬきとろうとしなかった。
新しい年を迎えたとて、
僕の生活に何も変わりはない。
そして、寸志の袋。
これも別段必要なものじゃない。
だけど、これも渡せば・・・。
きっと、それで、Ryoukoと僕の別離と言う名の積み木は完成し、
積み上げた積み木がもう幼い子供の玩具でしかなくなったことを受止める事になる。
その時期をもう少し先延ばしにしたところで・・・。
工場をひけると、僕の足はやっぱり男のもとにあるきだしてゆく。
―これでいいんだー
ひかれた軌道からは逃れられない。
わずかばかりの抵抗で運命に逆らってみたって、終着点が変わるわけじゃない。
もう・・・。僕は・・・・ふんぎるしかない。
じたばたとあがいてみせたところで、もう、決着はついている。
それならば、もう、無駄な足掻きをせず・・・。
一刀両断。
むしろ、さばさばと・・・。
そうさ。
そして、新年を向かえ、
Ryoukoを去年という刻の中にうめてしまおう・・・・。
だから、
―これでいいんだー
僕は僕の心の奥底を促して行く足の歩みにしたがって行く。
そうさ。
Ryouko。
僕らの夏はやっと・・・・今日終わる。

松の内だというのに、角にたてる松もない。
火の気一つない部屋に布団はしっきぱなし。
除夜の鐘を数えながら、唯一の冷気の遮断物の中で暖をとった。
Ryoukoがここに居た頃、二人で布団の中に包まれたことを思い出す。
一夜が明ければ、
僕もこの部屋も何も変わらないのに
新しい年になっている。
なのに、僕は正月三が日の休みを布団の中で過す事になるだろう。
元旦の朝とて、年が変わったらしいこともせず、
布団の中にうずくまっているだけの僕の中で変わったことといえば、
「Ryouko」
のことだけだろう。
僕はRyoukoを思い出す。
それは、とうとうと解けまくった末に途切れた糸を巻き戻して行く作業に思える。
僕はユックリその糸を巻きなおして行けばいい。
千切れた糸はもう、糸車をまわしほどけてゆきはしない。
僕だけの思い出の中をRyoukoをたぐりよせながら、
絡まぬように、もう一度僕の糸車に巻き込んでゆく。
Ryoukoは居ないけれど部屋の中、そこかしこにRyoukoがしみついている。
僕はユックリ糸車を巻きなおしてゆく。
いつか、糸の端が見えてくるのを
少しでもおそくさせたくて、
僕の愛しさをこめたくて、
僕はユックリと、糸を巻いてゆく。
「Ryoukoは・・・」
僕はつぶやく。
「Ryoukoは・・・」
去年の正月は二人で布団の中だったよね。
「Ryouko・・・」
僕のひとみはつぶやきがあふれさす涙の海におぼれそうになっているよ。
「Ryouko・・・・」

時に眠りが悲しみを癒してくれる。
僕の神経は
眠りに飛翔し・・・僕は夢を見た。
ありえたかもしれない夢が僕をつつみ、僕は夢の中でRyoukoにあう。
夢は優しく僕を包み、僕は・・・その夢を反芻する。

****
Ryoukoが僕の枕元にたっていた。
Ryoukoはかがみこむと僕に
「もどってきていいよね」
そういったんだ。
僕は黙って布団を捲り上げてRyoukoをうながした。
Ryoukoは
小さな荷物を僕の傍らに置くと布団の中にもぐりこんできた。
僕は小さな荷物の存在をいぶかしげにながめたっけ。
「あのね・・私達の赤ちゃん・・・」
僕が荷物と思ったものはまだ、生まれたてに見える赤ん坊だったんだ。
「ながしてしまったんじゃなかったんだね・・・」
僕の問いにRyoukoは
「そうよ」
と、うなづいた。
「そうなんだ・・・」
僕は間抜けた返事を返しながらRyoukoのことばをきいていた。
「おじさまがね・・・」
ああ・・夢の中のRyouko。
君にもやっぱりあの男がついてまわるんだ。
「お金なんか、いつでも返せるよ。君の中の命は一度なくしたら取り返す事は出来ないよ。って、おっしゃってくださったの・・・」
僕はまどろむ頭の中でRyoukoの決断をりかいした。
「それで、Ryoukoはでていったんだ?この子をうむために・・・?」
「そうよ。おじ様がそうなさいって」
そうなんだ?
僕はそうとも知らずRyoukoを悲しい娼婦にまつりあげてしまってたんだ。
「この子を亡くしたら、貴方が一生くるしむ。私はそう思ったの・・だから・・・」
Ryoukoの声が泣き声になった。
「貴方と離れ離れになって・・・どんなにつらかったか・・・・」
Ryouko・・・。
もういいんだ。
Ryoukoがいれば、僕はそれで充分なんだ・・。
泣き出したRyoukoをだきしめ・・・・・
・・・・・。
・・・・・・。


これは?
これは本当に夢?
やけに生々しいRyoukoの肌の感触。
おくびをあげた小さな命の塊。
え?

僕はあわてて布団から置きだした。
「Ryouko?」
そこに居たのは、紛れも無く僕のRyoukoだった。
Ryoukoは小さな命の息吹をだきあげると、
「もどってきていいよね?」
と、僕におそるおそる、たずねた。
黙っている僕がRyoukoには怒っているように見えたんだろう。
「ね?いいよね?」
Ryoukoはもう一度、僕に尋ねた。
Ryoukoを見つめていた僕の瞳から滂沱のつぶがおちる。
Ryoukoの瞳からも同じものがあふれていた。
「合いたかった」
Ryoukoが僕の元に返ってくる。
ううん。
初めからいままでも、Ryoukoはずっと僕のものだった。
僕がRyoukoを見失っていたんだ。
なのに、Ryoukoは何も言わず僕についてきた。
「あのね・・」
Ryoukoの顔が少し泣き笑いになった。
「なに?」
Ryoukoはおかしそうにこらえた笑いを含みなおした。
「あのね・・・。まだ、この子には、なまえがついてないの・・・」
「うん・・」
「お父さんにつけてもらわなきゃって・・・」
「うん・・・」
お父さんはもちろん僕だ。
「よかったねえ・・お父さんが名前つけてくれるって・・」
抱きしめた小さな命を覗き込むとRyoukoは又かすかに笑った。
「お父さんが母さんを許してくれなかったら・・・貴方一生、名無しのごんべさんだったんだよお・・
よかったねえ」
Ryoukoが赤子に語って見せたRyoukoの不安。
ふがいない父親でしかなかった僕を責めもせず、
僕にあいされなく成る事だけにおびえる
僕だけのRyoukoがかわらず、そこにいた。
そして、Ryoukoはしたたかに僕を愛し、
僕を望む。
Ryouko・・・・。

「ここが夢の扉・・・」
お前が広げた夢の扉は今、僕の生活になった。
Ryouko。お前こそが、僕のすべてになった。
愛するものたちのために
・・歩む日々を取り戻させたRyoukoに。
僕は今こそ告げなければいけないと思った。
「愛しているよ」
と。

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