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擬似



彼女は聡明なひとだった。

才媛というのに近いだろうか、

チャット(足跡)の中に短歌が混ざりこんでいた。

一見で、目をひく。

言葉選びもうまく、独特な世界観をつくっていた。

およばずながらと、

こちらも、短歌で返礼した。

すると、返歌がくる。

それに返す。

また返歌が来る。

そういう繰り返しが何度かあったのがきっかけで

話をするようになったように記憶している。

こういう些細なきっかけで

個人的な話をきくようになることが多くあり、

自分でも不思議に感じていた。

おまけに、必ずしも、解決とはいかないのだけど

それなりに、揉め事を解決していた。

この謎がとけたのが、

六星占星術からだった。

憂生は天王星人になる。

この星人の特徴がおおかた、当てはまる。

まず、自分のことを隠し立てしない。

そのため、逆に相手の懐に簡単に飛び込んでしまえる。

次に乱世の覇者といわれるほど、

乱世・・つまり揉め事のあるところに現れ解決してしまう。

それも、また、「できない」と、思わないというか。

例えて、言えば龍馬のように

おんしら、仲ようできように、な~~んもむつかしいことなんかあらせんきに

かんたんなことじゃき、やってみりゃあ、できろう?

と、本当に敵対しているものを仲良くさせてしまうのも

単純にいえば、「できることだろう?」という思いがあるからだと思う。

これも、15くらいのときに

友人が憑依されてるらしいときいて

な~~んにもしらないのに

できる・・と、いうより

なんとかしてあげなきゃいけないと

払いを(勝手なやり方で・・)してしまうという。

それくらいどうにかしてあげなきゃいけないという思いが強いせいか

ぎゃくに、揉め事・トラブルのほうからよってきているという感じだった。

そして、それがただしいとかまちがってるというのでなく

とにかく、憂生は必死になる。

足らん頭でどうにかしてあげられないかと考える。

考えたら、さきのように自分ができるとかできないとかかんがえずに

「できる」と思い込んでしまう。

結果、本当の解決にはむすびつかなくても

たとえば、ぜんぜん、しらない人間がこんなに真剣に一生懸命かんがえてくれてるんだから

本人、もっとがんばらなきゃとでもおもわせてしまうのだろう。

そういう天王星人の性格がかなり表にでていた時期でもあったとおもう。




実際、なにがきっかけで、そういう話になったのかわからないが、

彼女は自分の苦しい胸のうちを吐露してくれた。

恋人とうまくいってない。

本人たちは真剣だったのだろうけど

恋人の年齢が若すぎたせいで、

実生活にふみこめるだけの資質にかけていたのだろうと思う。

まわりの反対もあったのだろう

自信をもてる根拠をなくして

逃げ腰になってしまう恋人に

彼女も不安で仕方がなかったと思う。

なんどか、そんな、話をきいた。

 

それから、どれだけたったか、覚えていない。

ある日の夕方・・・いや、夜だろうか・・

ひどく胸騒ぎをおぼえた。

そして、彼女が入水自殺すると思わされる。

どこに居る人かしらない。

あったこともない。

見たこともない。

ネットで話をしていた。

それが、入水自殺?

 

それも、今から・・という感じがする。

 

一瞬、狐・狸に化かされてるのかと考えた。

だが、本当だったらどうする?

嘘だったら、化かされちまったよと笑い話ですまされるが・・・。

どうにも、解決できないとおもうと

憂生は彼女の思いを変えるしかないと考え

ただ、ただ、念をおくりつづけた。

「生きろ。死ぬな。生きろ」

その思いに念をこめて彼女に送り続けることしかできなかった。

座禅をくんで、思いはひとつ。

「生きろ」

それだけをおくりつづけた。

 

そして、どれだけたったか、わからない。

30分だったのか、1時間だったのか、10分ほどだったのか。

突然、もう大丈夫・・とおもわされた。

なんというか、ほっとしたように軽くなったというか・・。

霧が晴れたような明るいイメージがながれこんできた。

それで、憂生はパソコンの前にいって

彼女を待っていた。

ところが、なかなか、現れない。

帰っているはずだと思うのも妙なもので

憂生に連絡をしてくるはずとおもうのも妙なものだが

憂生の現実離れがそこにあった。

 

入水して沼(のイメージがあった)からあがってきて

すぐパソコンの前に座るか?

まず、風呂にはいるだろう。

そこにきがついたのが、彼女がパソコンの前にすわり

チャットをかきはじめてからだった。

ー憂生、居る?-

ーおお。待ってた。もっと、はやくかえってきてたんちゃうん?-

ーうん。シャワーあびてたー

ああ、そうだった。当たり前だよな。どぼどぼだもんなと、ここでやっと気がつく

ーちょっと、頭冷やそうと思ってさ・・近くのため池につかっていた・・ー

頭ひやそうと思ったというより、死のうかと考えていたと思えた。

ーどれくらい、つかってたかな。頭冷えてきたし、寒くなって・・-

ーこんなことしてたって、どうにもならないなって思えてー

ーうんー

彼女が死のうとしてなくたって、10月くらいだったと思う。

池の水も冷たくなってくるし

足元・・水底だってどんな状態かわからない。

うっかり、もっと奥にすすんだら、死のほうが彼女をとらまえていたかもしれない。

ーとにかく、元気出せ。いきてりゃいいこともあるってー

あとは、なにをいったか覚えていない。






人にもよるとおもうけど・・。

憂生の知人は

時にむごたらしい死体の写真を見に行くといっていた。

その目をそむけたくなるような

ひどいときには吐き気までおきてくる写真をみて

こうなっちゃいけない。

死というのは、本来、残酷なものなのだ。

と、頭にきざみつけさせていた。

それは、裏をかえせば、

たとえばきれいそうに見える自殺などなら

手をのばしたくなる知人がいたか

死にたがる?思いががあったからかもしれない。

そして、写真をみて、

「死の残酷さ」を疑似体験することで、

死のうとしちゃいけない。と

生きようとする自分に立ち返っていたのだろう。

 

ちょうど、彼女もそうだったのかもしれない。

死んでみようと疑似体験することで

生きようという根源の思いをつかみとろうとしたのではないのだろうか?

 

時に、人はそんなふうにして

頭にのぼりつめた死への憧れを

ふりはらうこともある。

 

いずれにせよ。

生きてりゃこそ。

生きていなきゃ、

生きていて良かったとおもえる時はめぐってこない。

死んだ人間が死んでよかったと思うかどうかはしらない。

だけど、

生きてりゃこそ

生きてりゃこそ

いつか、抜ける日が来る。

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