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悪童丸のことから・・

自分で書いて、自分で感心するのも、妙とも当然ともいえるがwww

我ながら、こんなところに、いっぱい「ネタ」を仕込んでいるのだとおもう。

その「ネタ」が芽吹いてくるのが

これまた、ずいぶん先の話であったり、同じ・・本編であったりする。

「ネタ」をしこむのに、できうるかぎり、さりげなく

場合によっては、ぜんぜん気がつかれず・・・ということがおおくある。

この「ネタ」もあえて、埋めるものと

あとから、ほじくりだして、咲かせるものがある。

いわば、古代の蓮の種のようなもので、

本人もおぼろげにしか咲く「ネタ」になるとわかっていないことがある。

たとえばであるが、

まあ、ちょっと、しつこいほど、

政勝とかのとの睦言をかいている。

この中でしこまれているのが

睦言のときには、「政勝さま」(ちがったかな?だんなさま?)と、返す。

と、いうさりげない一言である。

これが、第6話 邪宗の双神のある場面で重要なポイントとして扱われることになる。

まあ、こんなふうに、あちこちに「ネタ」をおいておくことで

さきの、物語の意味合いがわかってくる?というところがおうおうにしてある。

ついでに・・・・。

澄明の名前も〔とうみょうとうみょうとうみょうとうみょうと・・・みょうと)・・みょうと(夫婦)をふくめて

みょうとの思い(因縁?)がきれいに澄む・・・

明という字もすでに日と月で夫婦を暗示していて、

夫婦が澄む・・・という意味合いもかねている。

また、音からも、とうみょう  灯明 燈明であり

夫婦の心を灯す。澄ます。でもある。

これを書いたのは、もう10年くらい前だったとおもうが、

読み返して思ったことがある。

どの場面だったか、忘れたが

「鬼だからとて、その存在を憎むのは人の驕りである」

と、いう言葉がある。

昨今のスピリチュアルでも、

「悪いことも、悪人も・・天(創造神?)がつくったものである」

と、いう観念をだしてきている。

それを良い悪いととっているのも、あるいは、人間(憂生)の驕りであるかもしれない。

などと、思っていたらwww

すでに、自分で書いていたのだと・・・。

なにか、スピリチュアルなどで、発見しているつもりでいたわけだけど

もしかしたら、

いろんなこと、忘れているのかもしれない。

と、そんな思いで、自分の書いたものをよみなおしながら、揚げている昨今なのであ~~~る。

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