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空に架かる橋・・・のことから・・

何度か、文芸社さんからは、お誘いをいただいて
ことごとく、断り続けるしかないビンボーな憂生だったせいで、
ある日、ぷっつりと、連絡が来なくなったのはいいが
いっさい公募公開のお知らせも入ってこなくなった。
 
それは、たぶん、電話でやりとりしていたときのあの言葉が原因だろうと想う。
ー出版する気がないのに、書評ほしさに何度も応募されると困るんですよねー
まあ、憂生にはいくらでも、反論がある。
出したかった白蛇抄を保留にしておいて
なにか、他に書いてらっしゃいますか?と、いったから、3編ほど
保留の判断材料かと想って送っただけで
それを勝手に審査してしまったんじゃないかwwwと。
 
とは、いうものの、
その書評については、あまりにも上手に書いているので
解説変わりにつかわせてもらっている。
 
おそらく、いわゆる?おそらく?プロの書評を解説かわりに使う態度に腹を立てたのだと思う。
姑息に利用しやがってと想われたことだと思う。
 
とは、いうものの、
壬生浪ふたり・・の全国出版のお誘いプラス白蛇抄の保留で、
もういいやというか
いろいろ、考えさせられることも多く
結局、それ以後は応募することはなかったのだが・・・。
 
ところがどっこい!!
 
今度は文芸社さん。
ー感想?書評をおつけします。気軽に応募してくださいー
と、
おまけに、昔のようにプリントアウトしてなんてことはもういわない。
白蛇抄 14編をプリントアウトするのに
何枚つかったことやらwww
それが、メールで応募できるというので
はっきし、いいます。
 
どういう評価を受けるだろうか?
と、いうのが、気になって、
空に架かる橋、メール投稿を行いました。
 
結果・・・www
送られてきた感想?審査評?に愕然としました。
 
と、いうのが、
空に架かる橋を書いたころのコメントを下に掲げますが
その中の一文。
 
コレが、「空に・・・」の下地に有ると思う。
たぶん、この話を外国人が読んだら、
「なぜ、彼女は報復しないのですか?」
と、おもうだろう。
「なぜ、敵を、同胞をころした敵に温情をかけられるのですか?」
判らない。
と、言うかもしれない。

たぶん、
この物語は憂生が日本人だったから、
説明なしにかいてゆける感情が
暗黙に了承され、受け入れられているからだと思っている。
 
 
の言い方でいえば「外国人からの感想」だった。
まさに、外国人に似たり寄ったり。
 
この受け止め方にかなりのショックをうけた。
 
日本という思いがつうじないのかと・・・。
こういうと、大げさだが・・・・。
 
さらにいえば、
憂生の読者さまは
憂生の作品を(すべてがそうではないが・・)
かなり「真摯」に捉えていてくださっていた。
 
たとえば、
 
でも、その昔、小枝のような娘がいたのかもしれないと思うと、この場面ではなんともいえない哀れな気持ちになった 健常者が失恋 をしても紅のことなど忘れてしまうこともある それに加えて目が見えない 母恋しい時期に母をも失って。。。小枝を見て自分の幸せを強く感じた
投稿者:mahirururu
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物語を読むときに本当に必要な心というのは、こういうことだと思います。
作中の人物に同情するのは、簡単なことだけど、/ま、ただし、コレは表現方法にもよるかもしれませんが、憂生の拙い文章からここまで、思ってくださることは、むしろ、驚異です!!/
その気持ちから一歩はなれて自分を振り返って、自分のありがたさに感謝する。
物語というものは本来、こうあるべきものだと痛切に思います。
こういう取り方をされていただけると物語が読む人の中で血肉になってゆくと思うのです。
そして、これは、本当に作品と自分を向かい合わせてくれた結論ということですから、
その真髄に触れることが出来たあなたの読解力と自分の生き様に向かい合う真摯さにただ、敬服の一念です。

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目が見えて耳が聞こえて言葉が話せて歩くことも走ることも考えることもできる
父はもぅいないけど数年前まで元気でいてくれて母は、5年の介護 を経た父が他界したら鬱傾向になってしまったけど最近は化粧品 なんかに興味を示して前向きになってきてるんだ 子も旦那も元気だしなんでもない普通がとても幸せと更に強く想う
投稿者:mahirururu
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何も無い。一見、平凡でありきたりなこと。
こんなことが一番幸せなんだということ。
よく、思います。
文章を書く立場として、たとえば自分に奇異な?タグイまれな不幸があれば、極端な話ベストセラーになれるようなものをかけるかもしれません。でも、憂生もごく平凡でどこまで、人の痛みがわかるか実に怪しい人間です。
でも、人の痛みがわからない自分というものをひっくり返してみたとき、それだけ幸せなんだと思います。
人の痛みがわかるほどの不幸を?味あわずにすんでいる自分を感謝する。
わからない自分であることが実はありがたいのだと思う憂生であります。
御幣があるかな?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
あくまでも、1例 としてですが、
自分ごと(自分の内面)と比べて、時に自分の凹みや弱さにきがつき、かえていこうとする。
そういう「気づき」として、読んでくださった人がたくさんいたのです。
こういう読者さまに恵まれているということを指摘してくださる読者さまもいました。
 
だから、なおさら、
日本人なら、
暗黙に了承され、受け入れられている考えや感性・感情が通じないという結果に
驚いてしまったわけです。
 
それから、5年以上たって、
日本も東北地震とか・・・。
いろいろあって、日本・日本人ということを考え直させられる現実がありました。
今のスピリチュアルブームもあり、
日本の「思い方」のすばらしさももういちど、みなおさられるようになってきました。
 
そして、空に架かる橋の出版を勧めてくれた出版社の方の言葉を思います。
 
「僕には衝撃的でした。
これが出版されたら、世間がどううけとめるか、
僕はそれをみてみたい」
 
彼なりになにか、感じたことがあったのだと思いますが
同じ出版社の人の感覚の違いを思います。
 
本当に必要なことは、「自分を振り返る=価値づける=気がつく」ということであるとするのなら
憂生としては、
ここで、ひとりの読者(理解者)を得たということだけで、満足したのです。
 
 
*********
 
 
最近に(2005年?ころwww)なって、マッカーサーと天皇だっけ?なんらかの本がだされて、
その中でマッカーサーは日本を占領国にせよ(天皇も処刑せよとか・・)と本国から指令をうけていた。
と、いう話があったと思う。
だが、実際問題、現場仕事は現場のものじゃないとわからないというのと同じで、天皇を処刑に課した日には、どういうことになるか、一番わかっていたのが、マッカーサーであったと思う。かといって、そのまま、天皇を日本の国主にしてしまったら、天皇の元、日本はひとつにまとまってしまう。
これはいかぬと、妙な位置にすえたわけだけど、一方で、国民の忠義心を分散させる方法を投入していく。
 
日本の鎖国政策、および、キリシタン排除の考え方を思ってもわかるが、いわば、二君をまみえず、と、いうのが、ある。
天皇が現人神として国民の感情の中にあることを一番、けむたく思ったことであろう。
この打開策のひとつが、キリスト教の宣教であったともいわれている。
 
天皇が一番尊いのでなく、キリストが一番だという考えに洗脳させるということであろうか。
 
今の宗教戦争をみているとわかるが、
アメリカの考え方をいえば、
「俺たちの神様を信仰せよ」ということイコール傘下に下れという意味合いで、国民感情を占領していく第一歩であるはずだった。
 
これが、イスラム教徒とか?
だったら、相手の国の宗教を信仰することは、敗北と同義語だろう。
 
ところが、日本という国は八百万の神という自然信仰がある。
キリスト教で占領するはずだった部分は八百万の神の一人(外つくにの神?)的鷹揚さで受け入れられてしまう。
 
天皇という存在の発祥は、歴史的知見でいえば、「巫」である。
 
日本という国がもつ独特の意識が、また、歴史を決定している。
 
天皇という存在がまた、日本を占領国にさせずにすんでいるという見方も成り立つ。



コメントから*******


一回で開けるから便利です。

連載ふうだと次どうなるのかと楽しみですね。入り組んでいる時は過去にさかのぼって見られるからいいです。
日記とブログ交互に見ています。

先日小学校の学芸会で「もう一つに戦争」朗読劇をやっていました。子供達が疎開し、疎開先でのことを扱ったものでした。それを見ていたおばあさん達は、そだそだ・・・そいなごとあったなど目をぬぐいながら見ていました。孫の演ずることは体験したことだったので思いがよくわかったのでしょう。かたや若い母親たちは未経験でも子供達の演ずる劇をしっかりみて戦いだけの戦争ではない別の面の戦争のたいへんさを見ていたことでしょう。
ざわついていた体育館は、シーンとしました・・・

同様のことが読者にも当てはまると思います。ある程度経験ありでわかる人と未経験な人の感想は違うかもしれません。が、それなりに受け取るものがあるはず・・・・読んでいる時はそんなこと考えてはいないけど・・・読後感はあるよね。
生き残っている「あたし」がどうなっていくのか楽しみです。

近くに飛来している白鳥です。ホッと一息いれてね(^-^)         kumina


先日、NHKで、地雷撤去のためのレーダー製作に携わっている男達の話を放送してました。
「空に・・」では、撤退を余儀なくされた兵士が地雷をしくという設定でしたが、そのときはそれしかないと思ってしたことでも、
少し平和になれば
無関係な人間がまきこまれてゆくことになるのですよね。

どうしようもない。
日本に原爆が落とされたのも、
別の考えで見れば、それで、日本の民族がいきのこれた、戦争終結に結びついたという事でしょう。
「空に・・・」を、書きながら、
ある、話を思い出していました。
日本兵は死を恐れない。
人間魚雷ごと敵に突っ込んで行く特攻兵。
白い軍服を着た日本兵の幽霊が出る。
とか、
死しても、なお、まだ、国を守ろうとする心。
大和魂。
日本の花は桜。
武士道をたとえる見事な散り際を
めでて、己の生き様に悔いは残さじ。
こんな、を相手に本土決戦を挑んだら、日本人は最後の一人まで、たたかいつづけ、日本人は滅んでしまっていただろう。
自国の兵士をこれ以上無駄に死なせたくない。
最後まで闘うことで起きてくる色んなリスク、弊害。
コレを防ぐためにも原爆投下が
必要だったという、見方も成り立つ。

だけど、それよりも驚く事は日本人の潔さだろう。
負けは負け。
成った事は受止めて行くしかない。
その受止め方が見事だ。

某国は過去の戦争などによる、
日本人の行動をいつまでも、恨んでいる。
と、しか、思えないニュースを聞く。

ならば、日本人はどうだ?
原爆を落とされた。
多くの人々が殺され、
今もその後遺症に苦しむ人も居る。

だけど、うらんでいるだろうか?
自分達の生き様。
敵をそこまで、追い詰めるほどの生き様。
その誇りがある。

戦争には負けたかもしれない。
だけど、日本の民族はけして、あなどれないとその魂に刻み付けた。
だからこそ、こんな小さな国でありながら占領国として、統治されなかった。
多くの戦争犯罪者が処刑されてゆくというのに、
天皇がいきていられたのもそう。
国を思う、民を思った天皇がいた。
「私のことはどうなってもいい。
国民をたすけてほしい」
多くの独裁者がそうであったように
最後には自分の命乞いをするものだと思っていた天皇の口から出た言葉。
マッカーサーは
このとき初めて、
「とんでもない国と闘かっていたんだ」と、きがついたことだろう。

話がずれちまったけど、
原爆を落とされたことを
のさりとうけとめ、
「それでよかった」
と、してしまう日本人の感性?

コレが、「空に・・・」の下地に有ると思う。
たぶん、この話を外国人が読んだら、
「なぜ、彼女は報復しないのですか?」
と、おもうだろう。
「なぜ、敵を、同胞をころした敵に温情をかけられるのですか?」
判らない。
と、言うかもしれない。

たぶん、
この物語は憂生が日本人だったから、
説明なしにかいてゆける感情が
暗黙に了承され、受け入れられているからだと思っている。     憂生
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