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説明不足

さきのスレッドの中の

「しでかしたことは、自分に一番応える形でかえってくる」

と、いう言葉は

別段、目新しい言葉でなく

仏教的に言えば

因果応報・・って言葉に置き換えられる。

この因果応報は良いこともそれなりにかえってくることも

含まれるが

どちらかというと、悪いことが帰ってきたときに使われる。

この因果応報をうけないためには、

「因」をつくなければいいのだということになる。

が、

その「因」というのが、実際の行動ばかりでなく

「思い」の部分を含む。

最近はそれを負の連鎖などというふうに説明しているように思うが、

実はもっと、ダイレクトなものだと思う。

思い すなわち 因

と、いうことになる。

なにをややこしく、こんなことを言っているかというと、

ちょうど、今、書きかけの

ー銀狼ーがそうであるからだ。

雷神の思い

お前にこの思いはわかるまい。

これが、因になって

転生をはたした銀狼に

その思いをじっさいにあじあわさせる、ことになってしまう。

まあ、悪く例えれば銀狼は、怨念を被ってしまった。といえる。

そこで、陰陽師達は、

怨念を放った雷神をさがしあてて

「怨念」を昇華させることで

銀狼を呪縛から救おうとする。

 

その「怨念の昇華」という、考え方であるが

ここをうまく説明できていないと感じる。

 

いや、憂生自身がまだ、うまく考えつけていないというのが本当だろう。

雷神は自分が「怨念」をはなったということにさえ、気がついていない。

そして、陰陽師達に怨念を放った、その「思い」を知らされる。

お前にこの思いはわかるまい。

と、いう「思い」が、怨念に成り代わっているといわれて

雷神はやっと、きがつく。

 

それだけで、良い。のである。

それだけで、「怨念の昇華」ができる。

 

ここが、読んでいる人に一番、わかりにくいのではないだろうか?

 

実は、これは、憂生自身が体験?経験?実感?したことだから

理屈ではない。

 

詳しくは、彼の魂が・・ ・を読んでもらうとして

「怨念」を発した側が

「怨念」を発する「思い方」がまちがっていた。

と、会得すると、その「怨念」が変質するか

本人から、離れていく。

実際、怨念というものがどういう形をしているか判らないので

昇華でも変質でも離れる、でもないのかもしれないが、

本人が「怨念になった思い」にきがついていくと

怨念は呪縛力をなくしていく。

 

どうも、憂生自体がこういう不思議な経験をしているところがあって

理屈でなく、簡単に

それだけで、良い。のである。

それだけで、「怨念の昇華」ができる。

と、かいてしまったり、そこを常識としてしまい

あえて説明しないところがある。

 

そういう、説明不足をおぎなうためにいろいろと、

他のものもよんでくれというのでは、

銀狼もまた、作品としてなりたっていない。

と、いうことになる。

 

むむむ・・・

と、まあ、反省というところまでいかないな。

やっと、気がついたというところで・・・ある。

ひょっとして、

それだけで、良い。のである。

それだけで、「怨念の昇華」ができる。

・・・

気がつくだけでよいのである。

それだけで説明不足は、解消できる・・・

 

なんて、

そうは問屋はおりてこない・・・。

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