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いやしろち

少し、きになっていることがある。
それは友人宅のラップ音であったが、
正直、悪いものではない。
と、思う。
ただ、なにかに気がついてほしいというかんじにちかいかとおもえた。

が、憂生は自分もいろいろ、不思議なことがおきる人間であるが
いわゆる超常現象的なものがおきることには、
否定感がある。

根本的には
普通にわかる。
と、いうのが本来であり
極端な話であるが、首吊りじさつなどしようとしたときに
体がもちあげられて、
元居た家にまでテレポートしていたなどという奇跡的な話は無いというのではなく
あることだけど、
超常現象としておこるというところに疑念を抱くwww

笑い話のようだけど、木がぽっきりおれてしまうとか
神聖な?気持ちで死に臨んでるのに
どこからかカップルがあらわれ、ラジオなどかけたりして
そのラジオの話につい笑ってしまって
自分、笑えるんや。もうとことん笑えんようになってからでもええやんか。
と、思い直した。
とか?
実に自然におきるものであり、
なにかしらの力を誇示するのは、
助けるのが本当でなく
たとえば自分をその奇跡をおこしたものに信仰させる?のが目的のように思えて仕方がないのである。

疑り深いといわれたらそれまでだが・・・www

と、いうのにも、
何度かかいたように、憂生自体は
生きろというなにものかに、それが本当なら雨をふらせてみろといってしまい
実際、にわかに青天かきくもり雨がぼつんぼつんとふりはじめ・・ということがあり、
そのあたりで、いっそうそうおもったところがある。

ところが、これが憂生だけでなくwww
ある知人もこの現象がおきたというのである。
彼のばあいはそんなことしてたら、雨がふるよという子供にたいしての言葉だったと思う。
おなじく、青天。
突如雨がふりだしたということだったと思う。

正直、人はこういうのをみると、
すごい、神通力だとか思うのが常なのかもしれない。
憂生はどうも、こういうことがおきると、
自分の御霊を自由に差配したがるものが、
本人の意識を支配?信じさせて、人間の精神もろともあやつっていこうとしているかのようにかんじてしまう。

で、憂生としては、単純にそっちの存在をしんじるのでなく
自分の御霊がすごい?んだなとかんがえたように
彼の御霊もまた、なにかすごい?んだろうなあとかんがえてはいた。

だが、実際、なにかわからないが、
容易に人の言葉にのってくるような変なものがついているという気はしている。

そんなこともあって、
友人はラップ音におびえていた時期もあり
それに対して、それも、いわゆる恐怖で支配されてしまうわけであり
「普通」のこととして受け止めてはいけないし
畏れてもいけないという事を話し
ほぼ、気にしなくなっていたころに
またもラップ音がはじまったらしい。

「にぎやかなんよ」
と、わらっているぐらいだから
変な影響はうけていないとおもうが
やはり、そういう現象がおきるのは奇妙なことといっていい。

まあ、基本的には憂生のところにあらわれた座敷童子のはなしのように
何らかの、共振する内容があるというのも事実だろうし
仕事をしていたオーナーのように
「ああ?なんか誰もおらんのに物がおちたり、音がしていたな。
忙しいのに、そんなもんにかまってられん」
と、きにもとめないほど自分の仕事、やるべきことに集中しているのが
本当で
悪く言えば、暇な人間あるいは、集中力にかけている状態
あるいは、それはなんだとわからないことをさぐろうという人間は
そういうものにひっかかりやすいとおもう。

なんらかの隙が心?にある状態でもあるとおもうのだが、
ひとつ、おもうことがあった。

その近くの神社は昔城跡であったらしく
その城で天皇擁護側の一方の城主が自害しているという。
(南北朝のころ?)

このあたりのことがきになっていたのと
以前は水の精霊【水の女神?】の気配がした
いわゆるーいやしろちーだったのだけど
当の本人は急に引越ししたいということをいいだすようになっていた。

それから、まもなしに近くで殺人事件がおき・・・・。
白い亡霊のような存在がうごきまわるのを(徘徊?)友人は目撃している。

ラップ音は以前からあったものだけど
本人の心霊的なものもかさなっていたので
たぶん、いろいろはなすことで、
心のほうは平衡を取り戻したと思われ
だいぶしてから、
いわゆる怖くない状態でラップ音がなりだしていたので
まずは、心配はしていなかった。

そして、しばらくして、また、頻繁におきだしたということの話の中で
最近、蛇の死骸をよくみかけるという話がでてきた。

ちょっと、尋常じゃない数の死骸(いくとこいくとこで10箇所くらい?でみかけたという)

ここで、やっと憂生の自分の話を思い出した。

やはり、あるところにいくとき、動物の轢死体とか
いくたびにみかけるということが重なった時期だった。
そのあと、夢の中に
白い着物のげっそりとやせた老人があらわれ
「死にたがるものは毒をだす」
と、いう。
しばらくして、同居人が熱をだしてしまい
その面倒をみていたわけだけど
大熱でシーツもぐっしょりという状態で
洗濯をしながらという状態のところ
「野鼠か・・」
と、いう言葉がひびいてきた。
そこで、結界をはりなおし
(独自の方法で、車を運転して家の周りの道路を左に曲がる左にまがるという
方法で家にかえってくる)
ようは、自分が結界をしくという方法を自分できめるというもの。
あと、塩を盛る。
通常、玄関・台所・トイレで、玄関以外の水場においては中にまく。
とうぜん、場所を使えばながれていくものであるが
その塩をなぜか、物干し場にもまいておこうとして
まず左の物干しの土台あたり
次に右と、やったときに
あ・・・・
野鼠だ・・・
小さな死骸があった。

どうやら、これが、毒でもたべて
死にたがった。
その毒に同居人があてられたようだった。

夢を見たあと、師に夢の話をしたところ
「本当のことだよ」
「だから、だれそれさんのところにいくとき動物の死骸とかいっぱいあるだろ?
あそこは、古い土地だから・・・」
と、いう、その話をおもいだしていた。

この方も不思議な人で
「私が行っただけで、その場所いったいが浄化されるから」
と、いうことをいっていて
まもなしにたちよってくれた憂生のちかくの公園のトイレで自殺があった。
憂生には見えない世界だけど
きれいになってるから、どうしてもそういうところによってきてしまうんだろうとおもう。

ここからしても、
当初友人の近くでかんじた澄んだ気配と水の精霊の気配は
そこが「きれいな土地」だったことをあらわし
そして、そういうところに逆によってしまうものがいて
事件をおこし、亡くなった方はさまよっていたのかもしれない。

そのあたりをかんがえると、
あるいは、さまよっていながら死にたがっている
【成仏したがっている)のに、たとえば犯人に対する恨みとかが
重石になってしまうと同時に
その思いが「毒」になってしまい
たとえば、その毒にあてられた蛇がしぬと・・・

どこかでかいたように、蛇が負の感情をくらおうとする動物であるのなら
いっそう、負の思いをくらってくれたのかとも思える。

当時、ゲートが開いたという事をおもわされていて
いつとじるときくと
13日には閉じるという。
だから、盆前になにかがおりてきて
この世で清算していくのかなというかんじでいたので
盆をすぎても
ラップ音がするのも奇妙だとおもいつつ
きいてみると、
最後になにかラップ音がしたあとはもう静かになったそうで
本人は
「盆が終わったからかえったのかな?」
と、いうことらしい。

なにか、わからないけれど、
毒をだしきってしまったのかもしれない。

あるいは、事件によって
神社の封印もはがれたのかもしれない。

もともとの神社はスサノオだったらしい形跡で
祀り変えがおこなわれ、鬼退治の桃太郎【きびつひこ?)をまつっていたようで
そのこともはなしたことがあるので
このあたりでも、
スサノオ封印の印綬がときはなれたというか
清浄の地にもどりつつあるのだろうかとも思いたくはある。

そう考えれば、蛇が身代わりのごとくしんだのも
スサノオの采配かとも思える。













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