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物書きとカメラ


訪問履歴から、逆訪問するとそこはカメラマンさんのブログだった。

キャッチアイ手法の写真が一番最初に目にはいった。

一度は撮影してみたいと思うキャッチアイ手法なので、特に気になってしまった。

一番最初にキャッチアイの写真を見たのはカメラ雑誌ASAHIだったかな?

黒から赤にうつる色合いの背景に黒いショールを顔にまいて

ショールの隙間から右目がみえていた。髪の色も目の色も黒。

赤と黒と肌色のコントラストの中、瞳に吸い寄せられるような錯覚。

毎度ASAHIには衝撃をおぼえさせられたものだが、

この写真のアングルも色のコントラスト、光、明暗のよさ。

画像というものもは、瞳に焼きつく物だと思う。

そこそこにカメラをやっていたのに、

最近はいまひとつ、風景写真をみていても『巧い』とか

あまり思わなくなった。

何故だろうかと考えてみたけど、ごくあたりまえの思いしか出てこなかった。

「自分がスポットするのが楽しい」

もっぱら風景写真ばかり撮る人だったから。

その風景への愛情というのかな。

感情移入というのかな?

風景をとるのでなく、自分の受けた感情を写している。

「あ、この風景いいな」を映しこむ作業だったんだな。

だから、できあがった写真より、

「その時の臨場感」がすでに作品だったんだ。

だから、風景写真を外側から見ても「巧い」と思えなくなってきたんだろうな。

この臨場感というか、感情移入みたいなものが、カメラという技法だけでは

掬い取れなくなってきた頃から、物をかきはじめてきた気がする。

もちろん当時は細分化されず、カメラも物書き(毛のはえぬ/笑)も

両方一緒くたにやってきていた。

そうこうするうちに、カメラの性能という部分で

そこそこにカバーしてしまうオート機能などがよくなってきて、

素人とプロの境目がないといってよいかな。

素人の風景写真でもこういうアングルで捉えていくか!!という

テーマ性のある写真をみかけることもあれば、

プロはプロだからと採点がからいせいか?

その目線か?そのアングルか?とこちらが共振できないものがある。

このあたりからだろうか?

独自性とか?腕一つ的技術力があまり反映されないのがカメラだと思ってしまった。

それからだな。

もちろん、キャパの写真や

ユージン・スミスの写真のように上の科白のなかにくくれないものがあるのもわかっている。

裏返せば、カメラという手法でうつしだせる「テーマ」「目線」がない自分にきがついた。

同時にカメラも、文筆活動もやめた。

もっと、「目線」「眼差し」「思い」「テーマ」・・・・。

こんなものをカメラの中に写しこめるほど、人生をわたっていない。

文章もそうだった。

ひとことのうしろに「裏打ち」がない。

深さも浅さも知らない机上論と空想のなかでの構想基盤。

豆腐のような土地に家をたてるにさも似たり。

長い間、カメラからも物書きからも離れていた。

ささいなきっかけで、再び物を書くようになり

ニコンを手放し、デジタルカメラに変えた。

物書きもせいぜいこの程度。

カメラもこの前もどこかに書いたっけ。

風景写真をとろうとして、ファインダービュー(画面型)のデジタルカメラなのに

一生懸命、ファインダーを覗こうとしていた。

なにかしらの枠のなかにとりこむしぐさは身体にしみついているんだと苦笑したものだが、

いまは、

カメラはスナップショットのみで、

もっぱら、文という枠のなかに「感情」をとりこむ物書きに勤しんでいる。

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