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とりとめなく・・2

ウィキより
ダビデ王(紀元前1004年?‐紀元前965年?)の時代に統一イスラエル王国として12部族がひとつにされる。しかし、ソロモン王(紀元前965年?‐紀元前930年?)の死後、南北に分裂し、サマリヤを首都に10部族による北王国イスラエルと、エルサレムを首都にする2部族による南王国ユダに分かれた。北王国では首都サマリヤやその他の地に金の子牛の像をおいて祭祀の中心としていた[2]。北王国は紀元前722年にアッシリアにより滅ぼされ、10支族のうち指導者層は虜囚としてアッシリアに連行された[3]。この10支族の行方が文書に残されていないため、2部族によって「失われた10支族」と呼ばれた。これで北の住民である10支族は、次第に10支族としてのアイデンティティを失った等といわれてきた[4]。拉致をまぬがれ現地に留まった人々は、周辺の異民族や、アッシリアによって逆に旧北王国の地に移住させられた異民族と通婚し混血することもあった[5]。サマリアにはゲリジム山を中心に、後世に独自に発達したユダヤ教と一部を共有する古来の祭祀が残存し、サマリア人としてユダヤ人と異なる文化とアイデンティティーを保ち続け、現在に至っている。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/115.html
神武天皇の名前は、カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコトでありますが、現在の日本語からでは理解不可能で、何のコッチャとなりますが、これは古代ヘブライ語で考えると意味を成します。 

古代ヘブライ後で、 カム・ヤマトゥ・イヴリ・ベコ・シュメロン・マクト、すなわち、「 サマリヤの王、ヤハウェのヘブル民族の高尚な創設者 」という意味になります。 ちなみに、サマリヤは、古代ユダヤの北イスラエルの首都であります。

☆現在の天皇のルーツがヘブライからの渡来人にはじまるというのが、事実だとして、
非常に疑問におもっていたのは、
ウガヤフキアエズという存在と竹内文書・九鬼文書にみられる
ウガヤフキアエズ王朝が72代(73代)という記述との相違点だった。

勝手な類推でしかないが、
ウガヤフキアエズ王朝というものが、すでに日本にあり
ヘブライからの渡来人が何らかの方法で
この王朝をほろぼしたか、継承して
ずいぶんあとになって、
ウガヤフキアエズという人物にすりかえて史記をかいたのではないかということ。

このヘブライからの渡来人というのが、はたして、日本にやってきたのは
いつごろだったか?
と、疑問に思い
ウィキからしらべていくと紀元前1000年あたりに
いろいろと変化があり、日本にのがれてくるのに、
また何年かの年月と日本にたどり着くまでの経緯的年月をかんがえると
紀元前500年~紀元200年?あたりに日本にきたと類推できる。
そして、日本書記や古事記あたりとあわせてかんがえてみると
竹内文書によるウガヤフキアエズ王朝が72代という歴史が宙にういてしまう。

大胆に推察すれば
ウガヤフキアエズ王朝という元から日本にあった王朝を
搾取した大和朝廷が
後年になって、ウガヤフキアエズ王朝からの伝承をそのまま受け継ぎ
大和朝廷の史実として編纂したものという見方ができる。

このあたりのことは、
大本神喩でも、
日本の古代天皇はトルコなどにもにいって
国を治めていた。

と、ある。

この大雑把な古代天皇という「古代」がどこにあたるか。

単純に考えれば
世界最古といわれるメソポタミア文明(つまりトルコ?)でさえ
古代天皇がおさめていたというのであるのなら、
ノアの箱舟以前と考えられる。

ここからしても、
ウガヤフキアエズ王朝の可能性が高く
そのころの人間は(天皇?)
今のSPあるいは、大本神喩でいう
半霊半人であり、
あちこちに簡単に移動できたろうし
寿命も長かったと思われる。

簡単にいうと神のような存在が実在していたと考えられる。

この系列がシュメール人であるとかんがえられているようで
その伝でいくと、ヘブライ人も
古代天皇の何らかの血をひく存在であった可能性も考えられる。

そう考えると大和朝廷の一派がヘブライ人であったなら
ウガヤフキアエズが祖先という系譜にしたいと考えるのは当然のことだと思える。

が、
ここで疑問なのは、
失われたアーク(マナのつぼ・アロンの杖・十戒石)の伝承である。

これは、現在、伝承によると
弘法大師(空海)が剣山に隠した(封印)という。

と、なると、ナゼ、封印しなければならなかったかということが疑問になる。

一説では、元の持ち主であるものからアークを略奪した国には異変がおき
史実でも、略奪した国がイスラエルに返還しているというのがある。

と、なると、
空海がアークを封印したのも、何らかの異変がおきたため
アークを封印するしかなかったということになる。

そう考えると、疑問がでてくる。
封印なぞしなくても、元の持ち主にかえせばよかろう?
と。

すると、俗人はまた奇想天外な発想を続ける。

あるいは、アークはもともと、ウガヤフキアエズ王朝のもので
(あるいは、古代天皇がイスラエルの古代天皇ににたいして正当な後継者としてアークを送った)
それを略奪して日本にもってかえってきたか
あるいはウガヤフキアエズ王朝から分捕った。
と、なるとすでに滅ぼしてしまったウガヤフキアエズ王朝に返還することができず
封印するという方法しかなかった。

そうすることで、国の異変をおさえようと
空海は考えたのかもしれない。

だが、あるSP論では、天皇がイスラエルに三種の神器(アーク?)を返還するだろうというのがある。

イスラエルの乱れを考えると、むしろ、アークを略奪した側に起こる事象のように思える。

あるいは、それが、空海の目論見だったのだろうか?

あるSP論をしんじて考えると、基の持ち主はイスラエルということになる。
ところが、空海が結界の中にアークを封じこめたなら
その反作用というか、仮に略奪したのが日本側だとして
略奪した側が結界の中にアークを封じ込めた場合
一種バリアができて
本来、異変がおきるはずの日本側でなくもとの持ち主に反作用が起きる。

そこにきがついた天皇が三種の神器を返還する。

と、いう考察になるだろうか?

逆にヘブライ人が略奪したため、母国?であるイスラエルにて異変が起きている。
と、考えるのが妥当だろうか?

剣山には今でもイスラエルから大使とか、重鎮が参拝におとずれているという。

神社に国の継承者あるいはその代理が訪れるということはどういう意味であろうか?

本来の持ち主であるからこそ参拝にいくのであろうか?
逆に封印の反作用の鎮魂的意味合いからだろうか?

いずれにせよ、ウガヤフキアエズ王朝というものが
どういうものであったのかが、
解明されないと見えてこないところはある。

そして、あるSP論の
日本の天皇がイスラエルに三種の神器をもっていくという話の
根拠がどこにあるのか。

むろん、日本にとって天皇という存在が
どういう血族であろうと
天皇であるという事実はかわりなく、
一個の人間が国を思い、国の平和を願い、祈り、人々の暮らしが平穏であることを祈り奉り
天にとどかすことができる。
と、いう意味合いでの現人神であるのは事実であると思う。

ただ、この先々、SP論をしんじていけば
世界中の人々が現人神になるような次元上昇をもとめられているとするならば
天皇の生き様が「雛型」であるのは間違いがないと思う。


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