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うがやふきあえず

どこから、でてきたことか、おもいだせなくなっているのですが、
歴史をかじってみるのなかで、だったかな
日本にピラミッドがあったというあたりから、
それが、すたれたのは、
ひとつに、太陽暦でなく、
太陰暦にうつったせいではないか?
と、かんがえたわけです。

太陰暦にかわるということは、
まず、日本の気候に4季がはっきりしていたこと。
潮の満ち引きがあったことがえいきょうしているとおもえたのです。

と、なると
たんじゅんにおもいつくことは
農耕文化が発達していたということだとおもえるわけです。

そして、縄文時代は狩猟文化だという
奇妙な矛盾をきかされたことによります。

縄というのは、植物から作るものです。
厳密にいえば、わらからつくるものをさしているとおもえます。

藁が生活の中にねづいたからこそ
縄ができたとおもうわけです。

稲は米という食料をつくり
藁は生活の中でいろんなものに利用されていったことをおもうと
とても、神聖なものだったとおもうわけです。

だからこそ、
土器の文様に縄目をいれた。

つまり、縄文時代は
すでに稲作や畑にちかいものがあり
農耕文化だったのではないか?とおもったときに

実は、
稲作文化は世界に伝承されたのではないか?

つまり、稲作は日本が最初。

と、いう、実に単純な発想をもったわけです。

最近になって 縄文人さんのHPのなか

http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1307-09.html

ひとくちコメント ―― 「稲作文化は日本から世界に広がったものだ」ということが竹内文書に記されており、それを裏付ける事実として、縄文中期にはすでに稲作が行なわれていたことが科学的に証明され始めたということです。

と、かかれており、非常に納得しています。

竹内文書あたりでは、
ウガヤフキアエズ王朝が72代(73代?)という話もあり
古事記あたりにでてくるウガヤフキアエズが、じつは、ウガヤフキアエズ王朝を継承(略奪?)されたことを
あらわしているのではないかとおもえてしかたがなかったのです。

その中において、
気比神宮という場所が実は
ウガヤフキアエズ王朝と関連があるのではないかという思いがしてならなかったのです
宇気比(うけい=誓約)の本拠地としての気比があり
ニギハヤヒという、すでに高天原族より先に降臨していた存在というのも、
実は、ウガヤフキアエズ王朝のことではなかったのか?
と。
そんなことをかんがえていたところ、
ウガヤフキアエズは、敦賀でうまれているとかいう伝をきいたことがあります。

そして、九州にいって
そこをおさめた?
と、いう話があるわけです。

ところが、
敦賀から20kmくらい離れた気山という場所に
ウガヤフキアエズの時代、海幸彦と山幸彦の争いを髣髴させる神事があり
この神事が
「王の舞」というのです。
そして、当然のことながら、
祀られているのは「ウガヤフキアエズ」なのです。

一書によると、後年、漁師の網に仏像?神像がかかって
ーウガヤフキアエズであるーとのことで、気山にまつったというのですが・・・。

それでは、
なぜ、「王の舞」がつたわっているのか、不思議なことです。
そして、近くに日向(ひるが)という土地もあり
九州の日向とおなじ文字で発音もよくにています。

そして、この神社のなまえが
宇が西の波にのってやってきたということで
宇西波神社ーうわせじんじゃー
となづけられたそうなのです。

これは、勝手な想像ですが
気比神宮で誓約をおこない、正当な天孫族であるということで
九州のほうにいた高天原族を統治しようと九州の日向にむかい
結局、逆にほろぼされた。
(と、いうか、高天原族を統治したものの海幸彦・山幸彦の争いで象徴される内部抗争により)
にげのびる場所はもともとの日向(ひるが)しかなく
海流をつたって、日向(ひるが)にながれついた。

と、考えないと
「王の舞」がつたわってくる経緯がない。

注目したいのは、
王であるということ。
王朝だったのなら王であろうし
高天原族になってくると
ミコトになってくる。
あるいは、神
天皇という形になってきている。

うがやふきあえずという名前も
宇の冶を布くことができなかった
といういみあいにもとれ
鵜が鳥の弟であり
鳥といえば、紅白歌合戦でもわかるように
鳥をつとめるという、最後の実力者であるわけで
その弟であるというのだから
うがやふきあえず、という
奇妙な呪(陰陽師的意味合い)がかかっているとおもわれる。

このうがやふきあえずがいるあたり?をひっぱったという国引き伝説が
また、奇妙で
わざわざ、北陸あたりを山陰にひっぱったという裏側もきにかかり
奇妙な神社 美穂神社のほうに興味がうつってしまったのだけど

このあたりで、さらなる疑問

スサノオとアマテラスが兄弟であったというのが、
出雲風土記では、でてこなかったとおもう。
と、いうか、別人っぽいスサノオwww

なにかしら、ウガヤフキアエズ同様、都合よく話をくっつけているようにみえてしかたがないのである。
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