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原因

先日 ある男性と話をしていた。
その中で、ものすごく、示唆だと感じた一言があった。

話していた内容は憂生の過去の不思議な体験のことで、
彼には、そういうことをいっさい、話していなかった。

すると、彼は
「それ、おかしいよ」
と、いいだすわけです。

そして、ナゼ、先のことがわかったり、とか、できるの?
魂がきているのが、本当だという(彼女の魂が・・・参照)ふうになるわけ?

と、問われたわけです。

この時点で憂生は彼のいう意味がまったく理解できなかったのです。

そして、
「憂生はそうやって、自分の不思議なことをブログにだしてみせびらかしていたんだね?
それは、怖いことだよ」
と、いうわけです。

ここもわからないので、ナゼ、怖いことなのかたずねてみたのです。

彼が言うことを半分も理解できていないとおもうのですが・・・。

思い出すままに彼の言葉をかいてみます。

「それって、なにか、昔にそうだとわかるものがあったの?」
つまり、なにか、根拠があったのか?
原因になるものがあったのか?
と、いうわけです。

つまり、今のSPでもはっきりいいだしているように、
事象というのは、「思いの結果」ということです。

そういう事象(声がきこえ、それが本当になる)のは、
ありえることではあるけど
なぜ、そういう事象がおきてくるか、あたること、本当のことになるのは
すでに、何らかの「思い」があったということであろう。

ところが、その元の「思い」がないのに
事象がおきるということは、おそろしいことだというわけです。

通常はいろんな段階を踏んで、
相手の人をみて、
「あれ?この人、こんな思い方や考え方していたら、良くないことになるぞ」
と、わかるのが、順序なわけです。

ところが、そこがわからず、どうなるかだけわかる。

それは、おかしなことなのです。

「それって、ぶっとんでるんだよ」
と、彼が言います。

たとえて、いえば、ぶっとんでるというのは
もう、男で生きるの嫌になったから
性転換して今度は女性で生きよう。
と、いうようなものです。

ぶっとんでいないのは、
男で生きるのが、嫌になってしまう元の感情をなおしていくことです。
たとえば、男は責任いっぱいで、しんどいというのなら、しんどいと感じる思いかたをみなおして
責任をおえる生き方をするということです。
すると、男であろうと女であろうとどちらでもよく
逆に男としていきていくという誇りをもてるようになっていくわけです。

ぶっとんでいるということは、こういう意味合いだとおもうのです。

「そして、そんなぶっ飛んでる人間がブログに物をかくのはよくない」

と、いうのです。

それは、なぜ?

と、たずねたら
「他の人たちの均衡をくずす。価値をわからなくさせてしまう」
だから、怖いことだ。
と、いうわけです。

先のたとえでいえば、
男として生きるのが嫌になったから
性転換する。
と、いうのは、この場合は、逃げなわけです。
根本的なものを解決せず、楽なほうをえらぶ。
だけなら、いいのですが、
たとえば、それが、神様からつたえられたとか?
予知だったとか
と、いって 「逃げていること」を人の目までごまかして
性転換するのはすごいことだとか
そういう生き方をえらぶのは、先駆者だとか
周りを洗脳し
自分を祭り上げて
「逃げ」を意識の外においやってしまうわけです。

ここにおきたことは、
つまるところ、偶像崇拝なわけです。
本当の姿は「嫌なことからにげ、自分をごまかし、理論で正当化する」という像なわけです。

彼の言いたいことはこういうことじゃないかな?とおもったわけです。

沼にはいって入水自殺未遂?の人の念をひろって、
生きろと念をおくったことにせよ
実はもっと、早い段階で彼女の考え方のおかしな部分にきがつかなかったから
思いを切り替える手伝いができず、彼女は自分をおいつめたわけです。
むろん、それはあくまでも彼女の問題でしかないのですが
その「おかしな思い方」にきがつけない憂生だから
やはり、おかしな彼女をみせられたわけです。

根拠?がわからない状態で物をかくと
多くの人が惑わされるということです。

そこが、少しわかり始めたとき
「なぜ、こういうことになったか」という
ひとつの原因にいきあたることがでてきました。

15、16の多感な時期
いろんな神仏に神頼みをしたわけです。

人事をつくして天命を待つでなく
人事などしらんが、神さまたすけてください。
と、やっていたことをおもいだしたわけです。

この「思い」
神様まかせで幸せになろうなどとしたら、
神様がちゃんと幸せにしてくれました。
「自分で自分を幸せにするように努力しないなら
おなじような思いの人間をみせて
他人任せ・人任せで幸せになろうとする
(もっと、言えば欲をなんとかしようとする)
人間を回りにつくりだすんだ」
そして、そういうふうになって
もがき、くるしみ
そして、やっと、これは、自分の思いが元になっておきた出来事だときがつきはじめたわけです。

なにか、そこまで、考えてみて
やっと彼のいう言葉が半分くらい理解できたかなとおもうのです。

なにか、本当に大事なことは
失敗をしたその原因の思いにきがつくことだなと・・・。

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