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スタートダッシュ

少し考えてみたいことがあって書いてみます。

あるときまで、憂生は自分におきた不思議なことを
いっさい、かかないようにしていたのです。

それをかきはじめたきっかけが、なにだったのか
おぼえていないのですが、
へんなやつ、おかしな人間と思われたくないという
からをうちやぶってしまおうとおもったのもひとつですが
なにか、語ろうとしたときに
その不思議なことをぬきにした状態では
かたれないという不便さもあったせいだと思います。

その不思議なことの繰り返しで
みえてきたことは、
「それらは、自分の中のあるいは、自分の外の(気がついていないこと)を象徴的にみせているのではないか?」ということでした。

ところが、友人に同じような体質の人がいて
やはり、「思い」がはいってきたり
なにものかの響きがきこえる(心の声のような感じで響く)
と、よくにているのですが
憂生はとにかく、それらにうなづくなということをよくいっていたのです。

ところが、憂生の場合 90%近く その声がつげてきたことや自分の思ったことが
本当のこととして、証明されるということがおきてきたため
現象がみせてくることのほうにとらわれてしまったわけです。

つまり、その声のいうことを信じる・・・うなづく、・・・そして、依存してしまうという
悪循環をおこしていたわけです。

そして、最近になって
やっと、そこにきがついてきたとき
別段、なにものかの声に依存しているというわけでなく
変な言い方ですが、自分の心?にも依存していたわけです。

たとえば、この仕事面倒だなあ。明日にしよう。という心にながされるというより
まさしく依存状態だったわけです。
SP的にかんがえれば
「うん?自分って面倒だって思う人なんだ」
と、自覚して
「その心もっていていいのか?」
と、自問して
「面倒って思う癖があるから、その思いにひきずられないようにしよう」
と、心を自分の自由につかえなくなっていたわけです。

面倒だから面倒のままにしておこうという
心のままにしていた状態は
まさに(心に)依存していたわけです。

そこにきがついていく小さなきっかけは、
3度ほど人の死を予知したことがあり
どうにもならないことをわかってどうなるの?
と、いう思いからかもしれません。

それをしったからとて、
じゃあ、その死を回避できるようになっただろうか?
結果的に予知していたとわかる始末では
どうにもならないわけです。

この「思い」が次にみせてきたものが、
いろいろと不思議な現象で
その最中はやはり、不思議だということしかおもわなかったのですが
あるとき、それら、すべてが自分に警告を発している。
相手にむけてやったこと思ったこと、見せてきた物事
すべて、自分の姿だったときがついたわけです。

もっと、自分の心、自分の状態をしらなければいけない。
と、きがつきだしたあと、
又も不思議なことはおこりました。

そのあたりは今年5月あたりからの日記などでかいている物があります。

そして、自分の次元の低い状態をさらしていたのだときがつけるようになってきて
少し、みえてきたところがあるのですが

なにか、書こうとおもうと、
ー書くなーという制止がはいってきます。
今の憂生の次元では
わからない人間が自分の心の色?で物をかいてしまうせいで
かえって、間違った情報どころか
不安や混迷をおこさせてしまうということがネックになっているようにおもいました。

たとえば、数年前に
狐ざるの姿がうかんできて、これは、宇宙人に支配されていて良くない。
と、おもったわけです。
このあたりから、宇宙人の一部にエーテル体のものがいて、
人間の意識をのっとるというおもいがわいてきて
箱舟をしあげたわけです。

ところが、今回狐ざるをみると
どうも、レムリアという名前の元だとわかるわけです。
本当のところはわからないことですが、
憂生の真相意識はレムリア人のことをつたえようとしていたのかもしれません。

ですが、憂生の思いは又、別のことをおもったわけです。

レムリア人というのは滅びた民族でしかない。
と、いうことです。

これは先のことににていますが
誰かの死を予知しても救えなかった。
ましてや、滅びた民族のことがわかっても
どうにもならないという思いがわいたのです。

滅びなかった民族が滅びずにすんでいるそのことに着目しなければならないのではないのだろうか?

つまり、滅びなかった民族
それは、日本人だろう。
日本人があるいは縄文人が氷河期をのりこえてきたDNAをゆうしている。
そして、日本人が太古からつづく血統である証が天皇であるわけです。
これを今になって、天皇のルーツはどこやら星人だとかいっているのを読むことがあるのですが
それさえも、宇宙人の洗脳操作におもえます。

問題は日本人がなぜほろびなかったか
と、いうことです。
憂生が思うに、簡単にいえば大和魂があったからです。
その大和魂というのはなにかといえば
その文字のとおり、大きな和だったわけです。
氷河期にどうやって仲間ともどもいきのびれるか
弱っているものがいたらどうにかしてたすけてやりたい。
寒さで弱っているのなら、身体をあたためてやろう。
どうすれば、寒くないようにしてやれるだろう?
隙間のない換気のある建物をつくり
少しでも快適にして身体をやすめさせてやろう。
と、協力し、知恵をだしあい工夫して助け合ってきた。

そこには、誰かに依存するのでなく
お互いがお互いの力をだしあっていたわり
苦労をのりこえてきたわけで
お互いがお互いにとって神のような存在だったわけだとおもうのです。
尊く思うという意味合いで・・・。

つまり、自分自身が尊いからこそ、人のことを尊くおもうわけですし
人のことを尊く思うことこそが、尊さなわけです。

こういう「日本人」の心にある「大和」(尊さ)を
自分こそがひきだしていけばいいわけです。

先のたとえでいえば
「この仕事面倒だなあ」でなく
自分を買ってくれて仕事をまかしてもらえ、あまつさえ、それで生活のためのお金ももらえる。
なんと尊いことだろう。
と、かんがえなくなってしまったわけです。
そして、そんな風に仕事を回してくれる人に感謝もせず
仕事が出来る自分に感謝もせず
くそ文句の心にふりまわされてしまうわけです。

それは、いわば、宇宙人がすごいとか
レムリア人がすごいとか
自分の他のことをありがたがっているのと
憂生が自分の心に依存していきていくのと
ひとつもかわらないとおもえてしかたがなかったわけです。

また、別の友人は
塾をてつだっているのですが、
この塾の生徒の中に
おしえてもおしえてもなかなか出来ない子がいるという話をしていたのです。

その子に対して
「がんばろう」と声をかけ
思いでもおなじようにおもって、
99日それをやってごらんなさいということをいったわけです。
すると、
毎日あうわけでもないし、無理。
と、いうわけです。
あえなくても、その子のことを思って、目の前にいるつもりで、
声をだして、思いを送ることはできるでしょう?といっても
今までだってしてきたとか、
頭は「そんなことはできない」「今までやってきても、変わらなかったから無理」
と、否定をくりかえすわけです。
そこをときふせて
笑う女のなかでもかいたことだけど
日本人のベビーシッターがアメリカの障害を持つ男の子の
保育をひきうけたとき
たったひとつ、自分でおしっこができるようにと
半年間、トイレの前にたたせて、水を吸ったスポイトをもってきて
トイレにスポイトの水をぽたぽたとおとすのをみせるということをつづけていたら
半年後に男の子はトイレにおしっこをしはじめたという。そんな話ですが
日本人はそういうふうに、なにか、信じられないことをひらめき
それを信じてやることで、変えていく民族なのだとおもうわけです。
物みたいに人間をあつかい、世話をするだけのアメリカ人のシッターとはちがい
可能性を信じ、
人として対峙し、
あきらめない。
心をかけていく。育てていく。
そういうものじゃないか?と。
しんじられないかもしれないけど
ただただ、がんばろうと声をかけ
できるんだよとしんじさせてあげられる。
けして、誰も貴方をどうでもいいなんておもってない。
私が貴方をしんじたように貴方は貴方をしんじてほしい。
それが、ただ、「がんばろう」と声をかけ、思いをかける。
やな、言い方だけど
男の子をトイレまでつれっていって、程の労力ひとつもなしに
尊いエネルギーをおくれる。
兎に角やってみてくれ。
と、すると、三日もしないうちに、その生徒の顔があかるくなって
先生を信頼するという顔つきをみせていた(先生の姿を見るとうれしそうにわらった・・とか)

ようは、そういう心をもっていくことがだいじなんじゃないかなって。
良い思いをおくる。
そこに焦点をあてていく。
神様がわるいとかいいとか、宇宙人がおしえてくれるとか
覚醒するのがすごいとか、不思議なことがわかるのがすごいとか
そんなことじゃなくて
今自分良い思い持ってるかな
悪い思いなら、どうやってかえていこうかな?
こんな自分でもうしわけなかったな。
気がつけてよかったな。
そんなふうに、自分のことをわかるのは自分しかいないわけで
すばらしい神様のおしえとか
いろんなことわかっても
自分の心のくせまでわからないことざらにあるなって。
そこを自分をつねっていかなきゃ
とてもじゃないけど、
滅びない日本人の足元にもたどり着けないんだと。

やっと、不思議なことなどでなく
神さまでなく
自分の心をさにわしていかなきゃいけないんだと
きがついた有様で
今頃きがついても、遅いなっておもうんだけど
遅いからこそ、がんばらなきゃならないんだなとかんがえなおして
やっていこうとおもっているわけです。
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