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蛙によせて・・・

蛙という作品をあげてみました。
これを書いたのは10代半ばのころで、
そのころ読んでいた大江健三郎の世界観にかなり影響されていたころだったと思います。
後年、その構想を元に書き直したのが現在のものです。

この作品は文芸社の書評でも、
テーマがなんであるかわからないと
理解されにくい作品である。
と、いうような言い方をされた作品でした。

実際、読者さまの反応はさまざまで
少年をエゴのかたまりという人もいれば
逆に、このうえもなくやさしいと受け止める人もいました。

多く男性のほうが、優しいという受け止め方が多く
女性のほうが エゴだという捕らえ方が多かったように覚えています。

作者本人は実は、少年のほうでなく
ほとんど何も語らない、少年のいいなりのようにさえみえる少女が
誰よりも、少年を支えているという思いでみていました。

金持ちの紳士に金をもたされても
少年はその金を受け取ろうとしません。

僕は乞食じゃないんだ。
僕らは乞食じゃないんだ。

悲しいほど、非力でしかない自分を彼はみとめていこうとします。
本来ならば、こんなラッキーなことはないのかもしれません。
でも、それは、本当の自分でない。
本当の自分は悪魔のような仕打ちをあえて自分たちにかせるみじめな生き物でしかない。

けれど、いつか、自分の手で本当の生き様をつなぎとめる。

そのためにも、このみじめさをうけとめていこうとする。

その少年の気持ちを一番理解しているのが少女だったのです。

一見、陰残にみえる物語の中の苦悩。
それが浮き彫りにしているのは、
必要以上に真摯で甘えをゆるそうとしない生き様であり
その生き様を共有していく少女がいてこそ
彼もまた、その生き様を追うことが出来たわけです。

が、この物語の過酷さ
あるいは、エゴにしかみえない
いや、もっと、残虐な生き様を選ぼうとする彼をささえていく彼女がすべてだったわけです。

そのすくいようのない陰残さは書き終えた自分をうちのめした覚えがあります。
たった、16,17歳の人間がかいてみて、つきつけられた現実の重み。

このままでは、いけない。

なんとか、彼と彼女を・・・なんとかしなければいけない。

そこで書いたのが蛙続編ですが
たんなる都合よく好転したというものでなく
彼が通した生き様が掬い取られる何かが無いといけない。

その続編を読んでくれた人がいってくれた言葉が的を得ていると思いました。
「(彼が)変わらないでいてくれてよかった」

やけをおこすでもなく
逃げ出すだけでもなく
彼女をなくした痛みをうけとめていく。

この物語の中でどれほど彼女が彼の「愛」そのものであったか。

この物語は蛙でどっぷりと陰残さに胸うたれ
蛙続編で、蛙でいった彼の言葉
「ぬぐいさってゆく」が、じつは、彼女によって
おおいかくされていたものをとりさる、キズキの物語であったとわかる物語となっていますので
できうれば
蛙の陰残さにめげてしまわず、蛙続編をよんでいただけたらと思っています。

どちらかというと、
時代物のほうがすきなのですが
この作品は純文学調の表現を使って書いてみたものです。
何箇所か散文詩のような表現が入ってくるのも
この作品の世界を構築する「もの」になっているとおもっています





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