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さるブログから、勝手に拝借した村上春樹の話の抜粋です。

しかし熟考したのちに、ここに来ることを私はあらためて決意いたしました。そのひとつの理由は、あまりに多くの人が「行くのはよした方がいい」と忠告してくれたからです。小説家の多くがそうであるように、私は一種の「へそ曲がり」であるのかもしれません。「そこに行くな」「それをやるな」と言われると、とくにそのように警告されると、行ってみたり、やってみたくなるのが小説家というもののネイチャーなのです。なぜなら。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです
 ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。これは小説を書くときに、常に頭の中にに留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁に刻み込まれています

今はほとんど、小説・・までいかないのですが・・・
物語を書いていません。

けれど、村上春樹のいうところの
小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです

このあたりに自分とにたようなものを感じるのです。
憂生自体、何年も前に、自分の中から、この先の人生?を言われたことがあります。
その言葉は
「むごくて、言えん」と、いうショッキングなものでした。
それでも、さらに問うとひとつのドラマの中の1シーンを垣間見せてくれました。

実際、その通りになったのです。

それが、なぜおきたのか?
どこに原因があるのか?

それをずっと考えています。
実際に起こったことは確かにむごいことでしたが
その「むごくていえないこと」を、さけたいという思いは無かったと思います。
そして、それが、露呈してきたとき、
「知らずにおわるより、良い」と、思っていました。

この事件により、かなりのショックをうけ
つい、先ごろまで泥の中に居たと思います。
そして、その間もずっと、かんがえつづけていたわけですが
傷?がいえたというころでも、
もう、自分をなげすてていました。

くさりきったところで、膿の袋がやぶれたのでしょうね。
そこらへんから、
再び、納得できないことには、うなづかない。
と、いう一辺倒な自分がひょこひょこと顔を出してきました。

先にも書いた意識をのっとらる存在というものについても、
白蛇抄では、具体的に邪宗の双神という存在を出してきます。
この場合は
意識でなく、魂自体からエネルギーを吸い取るという存在なのですが、
その双神、元ひとつのものが、ふたつにわかれてしまった原因を追究していくのが、
陰陽師です。
そして、双神にしゃくていをすいとられ、腐蝕していく魂の持ち主を救うとともに
双神の思いをもすくわなくてはならないと陰陽師が活躍していきます。

かなり、構想を複雑にした物語であるため
基本的には第1話から、よまないとわかりにくい物語なのですが、

いろいろなテーマが入ってきています。
多くは
「二つに分かれたものが、1になっていく」と、いうところです。

たぶん、憂生の求めていたテーマがここにあると思うわけです。

そして、書きかけの17話については、
なにかしら、憂生の現実?未来?にだぶるところがあって、
かきすすめていないのが、ひとつです。



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