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恐れ

どこか、頓珍漢なのは、
自分の意識がはいってくるせいだとおもうのだけど・・・。

どういうわけか、
自宅にいながら、各部屋の様相が違う。
現在、パソコンの前にいるわけだけど、
ここは、わりに物を考えることが多い。

一時、何もやる気がおきなくて、
死んだようなwww呆然とした日々をおくっていたのだけど、
なにが、きっかけだったのか、
いくつか、あるとおもうのだけど
やっと、めざめたというか。

めざめたのは、いいけど、
脳が退化しているかのように
文章もまともにかけないし
(もともと、かけていたわけでもないがwww)
なにか、浦島太郎のような気分といっていいか、
SPの次元上昇?が、かなり浸透してきていて
前回の憂生のSP時代が、馬車かなにかの速度なら
今は音速かなにかのようで。
古い観念から、ぬけだせない状態と
因縁の浄化、根を洗うということができていない状態で
それが、逆に理解の蓋になっていたところもあったと思う。

そんな中、やはり次元が上昇した人の言葉というか
光というか。
そういうものが、確実に照り返しをあたえてくれて
こう、自分の中にあったものが、さらされてくる。

実際、自分でもかいたけど
「読むだけで、理がはまってくる」と、いうところが
ここかというか。
うわっかわでは、いろいろ、おかしいとか変だとかおもっていても
文章の中の一言が
光の矢のようにささってきて
なにか、また、不思議な体験を通して
腑に落ちてきたように思える。

自分で書いた言葉。
「批判はわるいことではない。あくまでも、それを自分に照り返せば」
と、いうのがあるのだけど、
この照り返しを受けてきたようにも思う。

批判する、元の思いはなんであるかというところを
突き詰めていったところがあると思う。

まあ、たとえば、肉食はいけないなどと
かいてあるのを(大本神喩とか)
いけないからやめる、などというのは
そういう考えに依存しているだけではないかとおもえ
よっしゃ、肉浄化してやるとwww
ありがとうという思いをこめて
喜んでたべようとやってみたところ
まじに、焼いてるところから気持ちがわるくなってしまい
そこにまけるな。
おびえるな。
と、あほのように念じ続け、
純粋に感謝の気持ちで
命をさしだしてくれたものを
怨?がこもっているから、くわんとか?
よほど、おかしいと。
感謝がたりないんじゃないか。
そのほうが、命を粗末にしてるんじゃないか。
と・・・やっていって

ふと・・・・。

ここで、やっと、自分にきがついたというか。

肉に照らされたというのもおかしいかもしれないけど
感謝が足りないのは自分だ。
命を粗末にしていたのは自分だ。

と、きがついたと。

人それぞれ、いろんな理由はあるだろうけど
そういう「怖れ」の元をもっていて
恐れから、食べないとか、しないとかいうのを
もっともらしい理由をつけて自分にしんじこませてるんじゃないか?と。

結局、
肉を相手に格闘してみて
恐れを持っている自分をほりおこしてみると
実は恐ろしいのは自分だったのだとわかったところがある。

相変わらず、迷いがあるのはある。

確かに、食べれなくなるというのもある。
それは、本人がきれいだからなんだろうけど

確かに、肉に感謝して浄化させてwww
切り刻まれて辛かったね。
と、声をかけて、
その挙句の果ての姿を忌み嫌うのは
もっと、なさけないよね。
ごめんね。
その命、ありがたく頂戴します。

・・・・・
と、ずっとやっていくなどということは、
むつかしいことだろう。

でも、逆に体のためにも
肉を食べるのも大事といわれると
肉にとってもくわれた甲斐があったろう(変な言い方だけど)

それよりも、変な加工品のほうが、実は怖いとおもえるときがある。
もうけるために、添加物をいれたり、つなぎをたっぷりいれたり・・・。

日本人は、ミナがミナがじゃないだろうけど
そういうふうに、殺してしまう場合、
業者が供養をおこなったり、命の重みを大切に考えている。

話ずれてしまった・・・。

その後、ちょっと不思議な体験なんだけど
肉をたべて・・・・
もろ、きもちわるくなってしまうという事件がおきた。

エンパス能力でお袋と同化していたせいか?
肉をたべたら、とたんにおかしくなってしまった。

この肉をたべないというのをそのままうけついでいたら
憂生はおそらく、
先のような格闘をすることはなく、
自分の中の
感謝が足りない。【自分への)
命を粗末にしていた【自分の)
ことにきがつけずにおわっただろう。

そこを遺伝させなかったおふくろがえらいというかwww
そのくせ、がんとして、わがままをとおして肉は一切たべないし

まだまだ、きがついてない自分の「恐れ」の元を考えていかなければならないと思ってもいる。

とは、いうものの
牛馬道というのがあって、
労働?で人間の役にたとうとしているものを食うと
やはり、よくないというのはきいている。

豚とか鶏あたりは、食用にもなる家畜として
飼われていることもあってか
牛ほどひどくきもちわるくはならない。

とにかくは、
おいしくつくろう。
せっかくのもの、活かそうという心がけが大事なんだなと思った次第である。
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