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咲いた華

あいかわらず、現象がみせる世界・・・
エンパスがみせる世界というのに、左右されています。

先日、あるブログにいって、
聞かされたことは非常にしっくり、落ちてきました。
相手に対して思うことは、結局自分の姿だということです。

その方をみていて思うことは
この方自身、
「無」の境地
あるいは、澄んだ水のような境地であるということです。

そういう方に対面すると、
奇妙な言い方ですが、
反発するものがない。
仮に何か思っても、それが、自分への問いかけに変わるのです。

先日から
又、ある方のところにいくと、
サイキックだと思わされるのです。
今日、別の方のところに行くと
(生身(リアル)の人間ですが)
ポルターガイストだと思うのです。

両方ともよくにていて、
片一方は自分自身の能力になっているといってよいでしょうし
方一方は心霊の能力といってよいでしょう。

ポルターガイストは統制できない、たとえば、氷山の下の意識や思いが
現象になってでてきてしまうもので、
サイキックは基本、統制されたものにでてくるものです。

単純に思うのは
憂生は歌をよく歌います。
その本当の意味合いは別にあるかもしれませんが
「こころをなごませる」といういみあいです。
エンパスにありがちなのは
とにかく、いろんな思いをうけてしまい、
それによって、自分の思いが増幅させられたり、
憂生の場合はそれこそ、いろんな思いがわいてきてしまい、
どれが、自分の思いなのかわからなくなる。のです。

そういう邪心にもぶりついてくるものがいるのも事実で
基本、自分の心がすんでいれば、
そんなものはついてこないわけです。

このため、自分の心をなごませる。

まがまがしいものも、和む。
と、いうことで、
知らずのうちに、歌をうたってしまうのです。

どうも、憂生はまだ、
リーデイングしているのか、
エンパスになっているのか、
わかっていないところがあるようです。

たとえば、ある女性と対面していたとき
身体にむくみがあるとかで
足のつぼを押していたのです。
すると、
「協議離婚か?」
と、誰か?の声がささやくわけです。
あったばかりの人にそんなことを聞くのは失礼なので
黙っていると、
本人が自分のことをしゃべりはじめたのです。

結局、協議離婚のようでした。
(話の内容がかなりショッキングだったので、そっちをおぼえていない)

なにか、どういう仕組みになっているのか、わからないけれど
そういうふうに、読むのでなく、
本人の口からみちびきださせてしまうというリードもあるようで

そのあたりが、あって、
鏡の部分がどこかわからない。

と、いう迷い道にたっていたところがあります。

結局、こういう能力があるばかりに
自分の意識

たとえば、根をあらえといわれても、
なにかわからない。

どの思いがよくない思いだったのかとか、
因縁の種になっている部分がみえてこない。

これをやると、どうしても、陰気になって
悪い部分ばかりみてしまって、
因縁の種になっている部分をとりのぞくだけでいいのに
その咲いた花をみれば、狂うのはあたりまえ。

(昔に、自分に沸かされていた言葉です)
問題は御霊の世界ですから、
あ、ここに因縁の種があったんだとわかれば、
種ごと取り除けるのです。

人間のうわっかわでは、
咲いてしまったものしかわかりませんし、
それをかりとるのは、
自分の仕事でしょう。

ここで、まちがってもらってほしくないのは
この華とて、美しいということです。
自分のよくない思いがさかせた華であっても、
華につみはない。
だから、大事につんであげなきゃならないのです。

たとえば、そういうのが、
キリストのいう
右のほほをたたかれたら、ひだりのほほを
と、いうことになるわけです。

右のほほはいわば、咲いた華です。
その華をつみとるのが、左のほほをたたくということです。

そして、なぜ、たたかれたんだろう。
と、考えることです。
ここで、鏡をもってくればわかります。
自分が誰かのほほをたたいていたのです。

それで、自分の左のほほをたたくことで、
帳消しになる。
ここまでが、人間のうわっかわで

では、どんな思いがあってたたいたんだろう。
にくい。とか?
そこで、自分の御霊にわびるわけです。
現象にして、おしえてくれたのは御霊なのです。
間違いをただしなさいとおしえてくれたのは
御霊であり
御霊に悪い思いがくっついているわけです。
親、あるいは、子に
そんなおもいをくっつけてしまったら
謝るでしょう。

意識とは
自分が何をしているか、
自分が誰かわかる精神です。

意識がないといったら
気絶してるか、
認識していないという意味合いです。

何を意識していくかといったら、
「思い」であり、
これは、御霊の世界ですから
時間観念がありません。

こんなんだから、おかあちゃんきらい
と、おもったことがあったら、
それは、自分の思い通りにならなかったことへのうらみつらみでしょう。
そこをおわびする。

そして、嫌った姿にならずにすんだのは、
そんな姿をみせてくれたおかげであり、
そこにきがつかせてくれた御霊のおかげなわけで
そこに礼をいう。

なんというか、
こういう「根についてる思い」がわからない状態が続いている。

今日も御霊と問答?みたいなのがあって、
それにこたえていくと
最後に
「おまえはおそろしい」
と、いわれてしまったwww

また、馬鹿なものだから、
おそろしいというのが、どういうことか、考える。
単純に
おそろしいといっても、
悪い意味ばかりじゃないだろう。

形容詞でいえば、
おそろしく速いとか
人間離れしてうる能力に恐怖心すら覚える
と、いうこともありえよう。

単純におそろしい思いをもっているのかもしれない。

それが、なにであるかは、いずれわかってくる。
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