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通り越す

さるお方のブログの中の言葉
ー追体験ー
因縁・カルマの納所という考えににている。

憂生の白蛇抄の中で、
政勝は陰陽師に言われた言葉を考える。
ー因縁、通り越すー
と、いう言葉である。

これが、わからない。
そこで、櫻井に尋ねる。
すると、
櫻井は
「貴殿の家は代々、男子ひとりしかうまれない。
そこで、男子ひとりしかうまれなければ、
因縁通り。
もうひとり、男子が生まれれば
因縁通り越した。ということではなかろうか」

よく、わからないと政勝はかんがえることをやめるが
城主、主繕にまつわる因縁を陰陽師が通りこさせてしまう。

この話はまた、続く話で
戻る話でwww
因縁通り越すということを解き明かしていく。

すでに蟷螂でも、この因縁通り越すを
蟷螂自体がおこなっているとかんがえていいとおもう。
だが、ある意味、そこで、蟷螂の因縁は納所するが、
蟷螂には、先の命・・人生・・虫生はない。

では、因縁通り越すということを
もっと、考えたときに
邪宗の双神で取り上げることになる。

むごい因縁を通り越す。
その因縁通りに生きる。

が、命ながらえたものは
通り越すためにひとつやらなければならないことがある。

「喜ぶ」ということである。

物語の中
主人公はわが子を殺さなければならなくなる。
それも、わが子がわが子を殺す。
と、いう因縁でこれも、いろいろ複雑に入り組んでいる。

その主人公に八代神は
「よろこぶことだ」という。

悲惨な状況をして、喜べというわけで、
それが、因縁通りを
因縁通り越したにできるという。

このくだりを考えると
確かに、カルマ・因縁は時に思いを切り替えるだけではどうにもならない
考え方を替えるだけではどうにもならない
因縁通りをとおって、抜けていくしかないときがある。

そして、因縁通りになったとき
「なぜ、こんな目にあうんだ」とうらんだり、かなしんだりしたら
因縁はとおりこせず、次の世代にもたらされる。

ところが、アセンション以後、
大本によれば
人間はもう生まれ変わらない。
と、いう。
つまり、今生がだめでも、来世でどうにかなるとか
祖先が肩代わりしてくれるということはない。

自分が通り越さねば
自分の御霊ごと消滅?するかもしれない(よくわからない)

そのためには、あえて、因縁通りをとおらされる。
通らすというべきか。
その苦しみは先のたとえでいえば、
わが子が死ぬ。
それもわが子によって。
そして、その因縁をつくったのがほかならぬ自分であるとなると・・・。

どれほど、もがくだろう。

よろこべるとはとうてい思えないところを
どうよろこんでいくか。

因縁通りというのは、
先に書いた、いわばー追体験ーである。

この追体験ににたものが、疑似体験というものがある。

今の世だから、もう追体験とかさせて
うっかりしなせてはいけないと指図する方がいらっしゃるのか
擬似体験で追体験をさせることがあるようである。

どういうわけか、
二人の知人は飛行機事故のむごい描写があるものを貸し借りして読んでいた。

当然?こっちにもすすめてくるのであるが
「いや、けっこう」と、読む気になれないでいた。

ちらほら、きくところによると
(勝手にしゃべってくるwww)
かなり、陰残な描写があり、気の弱いものならショックでたおれそうなものであるのに
彼らは熱心によんでいた。

そんなある日、飛行機事故があって、死亡者名簿がTVにでていた。
え?
と、思った。
彼らのひとりと同姓同名だった。
彼のところには親戚から確認の電話がはいってきたという。

もうひとりは、憂生が空港近くまで送ることになっていた。
むしょうに、こいつ、飛行機事故で死ぬとおもわされていた。
縁起でもないことは口にすまい。と
飛行場へいくバスのところまでいくと
目的地が大雪のため、フライト中止になったという。
ほっとして、
ここではじめて、実はおまえ飛行機事故で死ぬんじゃないかと思っていた。
とめるべきなのか、どうすればいいかとおもっていたら、
欠航だって・・・
そういうと、もうひとりは、
「実はおなじことを思っていた。死ぬだろうって。・・・」
なんというか、天の采配というか・・・。

そんなことがあって、
ふと、思い出したのが二人があの事故の本をよんでいたこと。
それは、こっちが絶対読む気にならなかったもの。

あの本の惨状をよむことで、
彼らは飛行機事故で死亡する疑似体験(追体験?)をしたのではないかと。

そんなことを思ったとき、
こういう文書にであった。
「御霊(魂)には時間や次元の別がない」
つまり、思いの次元でも事実であり
実際の体験でも事実であり
疑似体験でも事実になるということになる。

彼らは普通なら読まないものをよまさせられて
疑似体験をすることで、死んだことになり、
実際の世界では死なずにすんだとしか言いようが無い。

御霊が納得する因縁通り?カルマの清算がおきれば
それは、実際にとおらなくてもすむということもありえる。

奇妙なはなしであるが、
その事故が二人の人間を救ったともいえる。


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