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十柱の神

15のころだったろうか。
十人?くらいの霊?なんだろ、わからないんだけど
このあたりと会話をしていた。

う~~ん。

まあ、そうなんだろうな。

すると、その中の一人が
別の一人のことをすきになってwww
好意をもっているんだけどといいだす。

なぜか、すなおに
「だったら、結婚すればいいやん」
(と、まあ、純真な子供でした。はい)
と、いうと
「そうかな、いいかな?いいよね」
と・・・。

なにか、わからないけど、
霊たちはほぼ生きてる人間のように
生活?感情をもっていて
思いだけで、つながっているようなかんじをうけた。

こちらの状態で
いろんなものがはいってきていたのだろうし
子供の感覚?にみあった部分で同調していたのかもしれない。

それが、
御霊のことをしらされて、
背中の守護霊?先祖も天に戻っていけたあと
ある日
こういうことをいわれた。

「もう、憂生には十柱の神はいらないだろう」
と。

いまだに、この十柱の神というのがわかっていないのだけど
その昔、10人いるといってた霊?なにものかが
それなのだろうかとおもってしまう。

それにしても、
いつのまにやら
なにかにまもられているのか
おかげ信仰してしまっているのか
よくわからないけれど
一般的に「神」といえば
そりゃあすごいとおもってしまいがちだけど
それがいらないだろう。
と、いうことも、実に妙だとおもった。

妙というのはおかしいということでなく
機微があるというか

たぶん、
鬼に金棒じゃないけど
金棒(御霊)がいるんだから
もう、他のものはいらないね。
と、いう意味合いではないかと思っている。

しかし、憂生に限らず、こういうことを言われた人はほかにいるようで
しらぬだけで、
十人の神?がまもっているものなのだろう。

あるいは、
横の筋と縦の筋という意味合いで
夫婦。
つまり憂生にとっての十は両親であろう。

その
両親の庇護でなく
自分の足でたっていきなさいといういみあいだったのだろうかとも。

考えれば、
いくらでも、考えようはあろうけど

いずれにせよ、
「もう、自分の責任で、やっていけよ」
と、いうことだったのだろうと思う。

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