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ルーツ

ここのところ、よく目にするのが、
鹿島神宮である。
さして、きにとめていなかったのだが、
待てよ・・と。
実は憂生の親父が
旧名
茨城県鹿島郡鉾田町の人だったことを思い出したせいである。
いまや、昔の地名も変わってしまい、
シンプルに鉾田市とある。

まあ、それだけだったら、
深く?きにもせずいたのだろうけど
親父の父親という人が宮大工????だったのか
親父は
「わしは、神輿をくみたてられる」
と、いってたし
確か父親が(じいさんが)神輿などをつくっていたようにいっていた記憶がある。

と、いうことは・・・。
案外、鹿島神宮の神輿なんかもつくってたりしてwww
と、
鹿島神宮までの距離をしらべたところ
およそ30kmか?

う~~む
無理だな。
たぶん。

まあ、そういう職人がどれほどいたかによるけど
ああいうとこの
みこしを作った人とか?
一般に公開されているもんだろうか?

親父の父親とはいうものの、
昔のことだから、
世襲制だったろうし、
その父親もみこしをつくっていただろうとおもえるので、
可能性はあるかもしれない。

ただ、実際には親父とじいさんは血のつながりがなかったので
憂生にとっては
鹿島神宮は(のみこしは?)えんもゆかりもないということになる。
ただ、
親父がそのころに・・・
生まれたころに
産土神社となったのは
鹿島神社であった可能性は高い。

家紋はけんかたばみだったといっていたが、
これは、実父のものか養父のものか定かでない。

けんかたばみは源氏の流れを汲むという意味合いが強いらしく
藤原氏であるという言い方をさけるための
虚偽であるのかもしれない。

たぶん、親父の里に行くことはないと思うが
どこかに、
憂生の従兄弟がいるのはまちがいない。

親父の結婚がおそかったから
従兄弟は憂生より20歳くらい(もっと?)は上になるかもしれない。

親父の妹さんはどこかに嫁いでいて
弟さんは養子にはいったとか。

ばあさんは、後妻というかたちでなかったのか
そのまま(実父)の苗字で
(つまり、親父と2人の兄弟もそのままの苗字)
無縁さんになっていたとのこと。

実父は祖母と結婚して6年で他界していた。
祖母の父親も早いうちになくなったのか
実父のところへとついで行くときは兄の戸籍からという形になっていた。

しらべれば、
親父の実父がわも
親父の母がわも、しらべることができるのだろうけど
やめた。

これは、師のほうからも、手繰るな。と、いわれていた。
因縁がからみすぎているとのことで、
しらないほうが良いことが多すぎるのだろうと思う。

そんなわけで、
戸籍をとる必要があって
親父のところでだけわかる部分についてのみとしている。














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