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われにかえる

予知というほどではないのだけど
それかな?と思うものがある。
世界的規模になってくると
はっきりとわからず
「たいへんなことがおきる」
と、思わされる。

そんなことは、いまや、日常茶飯事なので、
予知とはいいがたいのだけどwwww

ひとつだけ、不気味な夢をみた。

頭上みあげると
飛行機が高度をおとしながら
おちてゆく。

その夢の直後、
9・11テロがおきた。

正直いって、それが予知夢だったとして
わかったから、なんだという。
それをとめられるわけでなし、
カードゲームの神経衰弱にさもにたりで、
じつは、
いくつも、良くないことがおきるはず?のことが
うまく?札が一致せず、未遂におわってるだけだろう。

と、かんがえると
未遂におわらせることができないもの

が、つたわってくるということになる。

なぜ、未遂におわらすことができないのか?

いくつかの個人的予知について

師から、みょうなことをいわれた。

ふつう、魂は6時間前のことがわかる。
だが、おまえは
7時間前のことがわかる。

いまだに、この意味がわからないのだけど・・・。

普通よりもう1時間さきのことがわかる
と、いうことはどういうことになるのだろう。

いつか、
その予知?内容について
はげしく、否定した。

あの人間に限って、そんなことはありえない。

と・・・。

ん?

待てよ・・・。

そして、当の本人はぴんしゃこしていた。
それを確認したのが、
うろおぼえだけど
7時間後くらいあとだった。

つまり、予知したのは、
事故った。ということのほうでなく
あの人間に限ってそんなことはない。ということのほうか・・・。

きけば、その時刻に事故寸前までいっていて
横からハンドルを握って本線に戻り
トラックと衝突せずにすんだという。

確かに時間的なことをいえば
予知ではなく
そのままの時間であったから
いえば、知らせ?であったろう。

ああ。
結局、ここでも、「人の思いがとびこんできた」ということだろう。
たぶん、一瞬、事故った(事故る)とおもったのだろう。

そして、否定して
7時間後に無事の姿を確認するという予知をおこなったということなのだろう。

ああ・・
そういうことか・・・・。

妙に、わかるところを予知とかんがえていたところがある。

そうでなく、
しらされたことがほんとうだったとか、(うそだったとか?)
わかることがあって、はじめて、事実になるわけだから
事実と認識するのが、ある意味7時間先で
そのことを7時間先に予知するという意味なんだろう。

それがどうしたといわれそうな内容だけど・・。

ひとつ、認識違いをしていたなとわかった。

もっと、いってしまえば
「いや、あの人間が事故をおこすはずがない」
と、いうのが
御霊からの「思い」だということになる。

たぶん、たとえばそんな風に
自分の思いの中に「御霊」が溶け込んでいるんだと思う。

そんなふうに、自分のおもいとしてわいてくるのが本当で
きこえたり、かんじたり?ささやかれたりするものではないんだと思う。

師がある日、みんなに
「いいたいことをいえ」みたいな(ここどわすれ)をいうので
みんなで
おもうことを発表?していた。
みんながいいおわると
師は
「言うことと、御霊の思いが一致してるか、みていた」
と・・・。

つまるところ、
言いたいことを言えは御霊に声をかけたということだろう。

御霊は師に自分の思いを話そうとして
本人に思いをわかさせる。

すると、それをキャッチできた人間は
御霊の思いを口にすることができるということだろう。

その一致を見てる。と。

御霊の思いだということをわかることなどできない憂生であるが
ときおり、御霊がつぶやくときがあるようで
師に何か言われたとき、
ま逆の思いが浮かんだ。

それいいね。と師がいってるのに
そりゃ、たいへんなことだ。良くないなあという思いがわく。
ぽつんとつぶやかれたようで
「そりゃあ、たいへんだ。よくない」とおもうのですがと返すと
ああ、それは、御霊の思いだ。
と、いわれたことがあり・・・www

結局、いろいろ、考えると
師の言葉も本当だし
御霊の言葉も本当だ
と、わかったのだけど
実際の場面でどれが、自分に御霊の思いなのか
わからないものだとおもう。

それは、自然と自分に同化し、
自分の思いそのものとみわけがつかない。

と、なると
良い思いをもたないかぎり
「御霊の思い」は「自分の思い」にのってこない。

そして、
御霊は常に良い思いをおくろうとしているのはまちがいない。

それをうけとめて
自分の思いを同じように
う~~ん
逆にいうと
自分の思いを御霊どうりにすることができれないいわけだけど

どこかで?
自分の我とか
欲とか、感情とかにながされていると
御霊どうりの思いになれなくなる。

欲とかよくない感情とかをてばなすのは
むつかしいことではない。
それが、欲であり、良くない感情だとわかることのほうがむつかしい。

それらをてばなさせるために
あるいは、同じような人間をみせてきたり
欲からおきてきたことがどういうことになるか
を、わが身をもって知らされることがある。

それが、わからないから
むつかしい。

なんで、こんな人がうろうろするんだろう。
なんで、こんな目にあうんだろう。
と、そうじゃない自分をおいかけてしまうから。

そこを、そうじゃない自分になればいいんだけど
そうじゃない自分をおいかけるだけ。

まるで、違う世界にいて
御霊通りになるはずは無いんだと思う。

憂生のくせに
「自分、だめだろうな」というのがある。
そこに逃げ込んでおけば
できなくても、やっぱり自分だめだからなって
努力せずにすんでしまうというか。

結果、ついてきたものは
「自分、だめだったな」という結果と
それに対する上手な宥め。

たとえば、こういう感情ひとつ、クリアできなきゃ
良い結果にはならないという当たり前のことがわからずに居た。

うぬぼれでなく
自分 良いんだ。
みたいに、自分を信じる気持ちをもつことが一番さきだったのかもしれない。
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