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又も、うじゃうじゃ話

前世がわかるなどという人がいらっしゃって
きいてみると
以前はイギリス人だったとかww
なんだか、不思議に思うのです。

前世・・つまり輪廻転生がないとかいうのでなく
なんとなく、ぼんやりかんがえてたことは
魂は変わらないんだろうなということです。

前世の記憶とか?
これは、どこにあるんだろうって
かんがえると
よく、魂の記憶などという言い方をされているのをみかけるのですが・・・。

これも、不思議なきがするのです。
うまくいえてないなあと思いつつ・・・。

魂はかわらない。
前世はある。
と、なるともうひとつ、記憶媒体があって
変わっている肉体?の中に継承されているものがDNAです。

人のムショウに好きとか、
どこかにいきたいならどこがいいとか?
こういうのも、前世からの継承であるところがあって
たとえば、憂生は子供のころ、動物が好きで
行くなら、アフリカにいきたいとおもっていました。

母系染色体はいまのところ、起源がアフリカであるといわれていますが
それか?
かなり古いDNAじゃないか?
前世どころでなく、起源といっていいほど古いwww

長じて、サファリパークなど擬似アフリカがでてきてから
もういきたいとおもわなくなりましたがwww

しかし、これまた、不思議なのが、
前世占いをやってみたときですね。

大まかにふたつでてくるのですが
ひとつは、聖職者だった・・というものです。
これは、以前にかいたように
インノンケンティウス3世だったかをぐぐったときに
ウィキのページを開く前から
滂沱の涙があふれてくるという奇妙な体験をしたことがあるので
おそらく、この時代インノンケンティウス3世(ローマ法王?)の下で
はたらいていたのでしょう。たぶん。

そんなのがあって、
その占いはあたってるときめつけているのですがwww
もうひとつは
賢い奴隷だったとか?
仲間が理不尽にこきつかわれているのをみて
なんとかできないかといろいろ動いたそうで・・・。

これは、最近はなくなりましたが、
友人のことになるといてもたってもいられないという
心配性なところがあって
ここかな?・・かな?
仲間の奴隷を心配していた記憶が継承されてるのか?
などとおもっていたのですが、
今、かいてみて、
アフリカにいきたいというのも、
あるいは、奴隷だったころの記憶かもしれない。
(厳密にはアフリカに帰りたいだね)

どの前世が濃く影響をおよぼしてくるのかわからないけれど
あるとき、師から
魂のことをしっていくと(と、いう言い方になるとおもう)
前世がはまってくる。

と、いうことをいわれたことがあるのです。

すでに?アフリカにいきたいとかおもったのは
「はまった」ではないということでしょう。

よく、スピ系?のひとが
前世の心残りをはらすみたいな?
前世をしっていくことで今生への影響がわかってきて
よくないことならば
前世の遺恨をはらすことで、今生をよくしていくとか
そのためにも前世を知っておくのがよい。というかんがえのようにみえるのですが
これも「はまる」そのものではなく
悪い風にはまってるなら、前世の影響を自覚することで
混同する混在する状態になっていたものを
あれは、前世の思いとしることで、
自分の思いじゃないとわかり、影響からぬけだせるのだとおもうので、
「はまる」の反対  ちょっと違うかもしれないけど
「抜け出す」「一線を引く?」というかんじに見えます。

と、なると、
「前世がはまる」とは、どういうことなんだろう?
いや、実際、上記で「はまる」とかいてるわけだけど
前提がちがうというか。

「魂のことをしっていくと」
が、ある。
知らなくてもはまって?いたのと
知ってはまってくるのは 違うときこえる。

前世がはまってきたらしいと思えることは
ちょっと前にかいた、
宿根のことで、
生まれる以前、もとからもっていた能力などであるから、
前世もその又前の前世ももっているもの
つまり、魂が?持ってる能力
いや、
魂の能力ということだろうと思う。

魂のことを別に「根」ともいうし
ここらへんがまた
スサノオになってくるけど
「根の堅州国へいきたい」とかの言葉でわかるように
「根」は魂のことであり、魂のいるところが「根の国」と解釈できる。

宿根であるから、
魂に宿っている「もの/なにか」ということになる。
(前回、宿根神とかいたけど、宿根だけだった、このことをヒントに白蛇抄で宿根神という存在を作ったので混同していた)

前世がはまるというのは、
前世そのものがはまるということでなく
魂がもともと持っている能力がはまってくるということになるのだろうか?

こうなってくると、今度は宿(る)という言葉がきになってくる。

たとえば、子供を妊娠する。
「命が宿った」といういいかたをする。
恐縮な言い方だが、宿っただけでは、まだ無事生まれてくるかわからない。
宿というのも、旅などをしていて、仮に住まうところをさす。
おなかの中に命が宿るというのも、
本当の生命?になるための、おなかの中は仮の住まいというところで、
宿るという言い方をするのだろう。

と、なると・・・。
宿命などというのも、同じか・・。
命が宿っただけで、人生で実際に動き出すことになるだろうという
スタート地点・動機?目標?ということになるのか・・。
ふむ?

宿るでなく
はまる・・とこまで、こなきゃいけないってことになるのだろう・・・。

宿ったものが発動していく

と、こういうことか?

(だいぶ、わからなくなってきている)

結局、なにが、宿ったかわからない。
宿命で言えば
どういう「命」なのかわからない。

あるいは、それを人生でわたってみて
振り返って、宿命だったなってわかるという類のものかもしれない。

でも、なにか、宿命と書くと
悲惨というか、マイナスイメージというか
がんじがらめになってそこを通るしかないというような
変えられないというイメージがある。

細木数子女史のいうところの
宿命大殺界、真っ只中の憂生であり、
これ・・・
10年続きで、おまけに2回連続・・つまり20年
あと、10年あったと思う。
これがすんだころにひょっとして
自分の宿命がみえてくるのかもしれない・・・。
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