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千木のこと・・2

千木のことをちょっとかきましたが
千木の様相をしらべていくなかで、
わりと千木をきにして、写していない写真が多く、
様相どころか千木自体あるのか、ないのかさえわからないことが多く、
あちこちの神社の写真をさがしあるいたのですが・・・・。

たとえば、敦賀の気比神宮
ここも祀り変えがあったかと思える菊の御紋を抱いた神社ですが
千木を戴いた様相でなく、
神社建築からも、年式や年代がわかってくるかもしれないと
しらべたりしたのですが、
よくわからなかったものです。

かと思えば、出雲地方を調べていくと
表記としては紀元前からの(建て替えはあったとおもいます)由緒で
原初的信仰のような神が天の千木をいだいてたりします。
たとえば水の神(女神がおおかったと)
人間の生活・命の糧である水や土 木という恩恵に感謝するという
原初的な信仰なぶん、確かに
紀元前からの信仰があったというのはもっとものことのようにおもえ
かつ、恩恵を与えた人物を神にしてしまうというのでなく、
自然を神にするところが、アマテラスとかスサノオ以前のような気がしてきます。

ところが、記憶があやふやですが
日御碕神社だったか・・・???
ここの創建も紀元前というふうで・・・
スサノオという人物が与えた恩恵以前に
スサノオ信仰があったとおもえるのです。

そこで、また、しらべていくと
息子とされる大国主命は幽界の主(王)とされていて
よもつひらさか(この世とあの世の境・あの世への入り口)は出雲にあるともいわれているのです。

世襲というのも妙ですが
遺伝的要素で親の能力?を受け継ぐことがおおいので、
逆に考えると、
スサノオがあの世の主・たとえば 今で言う閻魔大王のような存在であったとかんがえると
死という物事にたいしてなら、
原初的信仰としてスサノオが紀元前にまつられていても不思議はない。
とも、おもえたのです。

そんな迷いごとを思いつつ、
最初の千木に戻ったとき
実際のところ、なぜ、×印のような格好で千木が発生してきたか。
この×印はなにをかたどっているのか。
鰹木とともに、
いいだせば、木魚とかww
なぜ、あの形なのかと気になりだしたわけです。

そして、見つけた文献には
タイのアカ族(土人・原住民的・部族のような雰囲気です)の酋長の屋根に千木があるというのです。
そして、
もともとは
神聖な牛の頭を屋根に飾っていたとのこと。
権威の象徴であるようですが、ともに、邪気をはらうなどの
守護もあったようで、これが原型で、後に千木にかわった
と、いうことで、
ここは国の様相の千木だったのです。

さらにまだ、しらべていくことになったのですが、
ちょっと、又 今度。
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