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うだうだ話をば・・

もともとは明治維新のころが好きで
なにかしら、物にしたいなと・・
あ、物語としてです。

おまけを言えば、
どちらかというと、時代物のほうが、性にあっていたので、
おためごかしで、土方と沖田の物語をかいてみたわけですが、
壮絶といってよい、志士の生き様など
とてもじゃないけど、書けない。
書けるほどの分析力というのかな?
それが、なくて、
まあ、断念してwww
エピソード的なものならとかいたわけです。

時代物がすきなのは
やはり、登場人物が精神的に大人びている。
と、いうのと
純粋というか、
山本周五郎じゃないけど、性善説的な設定が通じる。というのがあったせいだと思います。

落語から題材をとった懐の銭でも、
いまだとありえないような人情味のある人間ばかりが登場してきます。

16万文字という(ながけりゃいいってもんじゃないけどwww)長編になってしまった
お登勢も
「人を思いやる強さ」というのを軸にして描いています。

これを現代にしてしまうと、
セクハラだ、モラハラだと、訴訟を起こす物語になってしまうでしょう。

実際、明日に架かる橋も出版をすすめてもらえたのですが、
一部審査員の方の、受け止め方に愕然としてしまったことがあります。

どちらかというと、
スピリチュアル的な発想かもしれませんが
「相手を受け止める。包み込む・抱く」という考え方が
ぴんとこない。
なにかしら、報復するのが当たり前みたいな
「赦す」という感覚がわからない世代?がふえているんだなあと思ったわけです。
出版を勧めてくださった方は
「衝撃的だった。頭をが~んとなぐられたような。
世間の人がどういう反応・評価をくだすか僕はみてみたい」
と、までおっしゃってくださったのですが・・・
ま、自己宣伝だけでおわらすことにしました。

現代物からお笑い?から恋愛物から、二次創作・・陰陽師物・SF?にオカルト?
ジャンル広げにアダルトにも挑戦して
結局、長短あわせて、113編ほど。
文字総数・う~~ん
数えたことがないんだけど白蛇抄だけで120万文字は、いってたとおもうから
総数で400万文字・・ちかいのでは。

推理だけはかけなくて
あえて、推理にいれるなら「白砂に落つ」というのが、
無理やり、はいるかなあというくらいで、
これも、題名からもわかるとおり、時代物ですね。

で、維新のころのことはとてもかけないと断念して、
ま、きっかけがあったのだけど
話がずれるのでここはおいといて
ひょんなことから、
古代史・・にのめりこみまして、
千木の解釈、刺す竹の・・の解釈とか、いろいろ、やって
当然、卑弥呼とか、スサノオとか、ニギハヤヒ・ぬながわひめなどなど
このあたりについてもいろいろかんがえているうちに
(詳細は歴史をかじってみる・・で)
ふと、おもったのが、
聖徳太子だったのです。

和をもって尊し
と、いうのは、仏教からのように思われているのですが
日本の神話をみるかぎり、
たとえば、国譲りにしても、基本として表にだしているのは
「話し合い」です。

このあたりや、スサノオについても「和」の精神があるのではないかと思われ
日本は文字で意識を認識するという国でなく
生活の中に溶け込んだ意識として、感覚として持っている。
と、おもわれるところで、
明文化した、文字に思想というか意識を改めて認識させられたというところを
良しとしたところで、
仏教の考え(文字)から、和をもって尊しがはいってきたかのようにいわれているとおもうのです。

このあたりは
意識として当たり前になってることは逆に明文化されない物だと思うのです。
近いところでは
東北地震のときに
外人は「日本人は暴動も起こさず、礼儀正しい」と、すっとぼけたことをいっていたのですが、
日本人にすれば「当たり前の意識」なわけです。
当たり前でなくなると、順番を待ちましょうとか、妙な立て札がでてくるわけです。

そんな風に当たり前だから、明文化されなかったということが考えられるわけです。

そして、聖徳太子はなぜ、「和をもって尊し」の言葉にひきつけられたのだろうか?
と、考えたわけです。

すると、太子はかなり、悲惨な幼少期・青年期だったという話がとびこんできたのです。

なにか、得心するものがありました。

自分を殺してまで、「和」をおもんじたことがあった。
だからこそ、その言葉に心酔したのではないか?
「和」こそおもんじなければならないと
私心を静めていくことが大事だと、その言葉を指標に、したのではないかと思えたわけです。

で、あるのならば、と想定して
太子の「私心」はどうであったかを掘り下げて
葛藤と人間味あふれる生き様をえがいてみようと・・。

しかし、
それには、かなりの資料をよみあさらねばならず
それがないのに
「私心」を想定できないと、書きかけのままです。

ある研究家の方によると
万葉集などで
刺す竹のという枕言葉がある句は
どうやら聖徳太子のことを詠んでいるというのですね。

ここは、ちょっと、長くなるので省きますが
その刺す竹の・・という枕詞の意味が不明だというわけです。
そこで、憂生は
原文のほうを調べにいって
ひとつのことに気がついたわけです。

日本語の妙なところは
漢字の意味で対象を表現することがあるということです。
たとえば、
大熊猫で、ジャイアントパンダという具合で
昔ならば
もっと、一文字一文字に意味をこめていたと思うわけです。

たとえば
スサノオ
この方は時に閻魔大王と同一視されるときもあるようで・・
ここを考えたときに
須佐能緒とあてはめますと
人の魂を清める(審判する?)総括者と読み取れます。

これと同じように
刺す竹も文字で意味をこめていると考えたのです。

すると、
佐須太毛能
と、万葉集には書かれています。

そしてこの刺す竹は大宮人にかかる枕言葉です。

佐須太毛能  大宮人ということになります。
そこで佐須太毛能を一文字ずつよみといていくと
人々の精神を清められるほどの太い素質のある大宮人
もっと砕けると
人々の手本になるようなすばらしい大宮人ということになります。

ところが万葉集の刺す竹の大宮人を扱った歌は

人々の手本になるようなすばらしい大宮人の正反対なのです。

と、なると、刺す竹に
大熊猫をジャイアントパンダとよぶような、本当の意味合いが隠されていると考えたわけです。
いくつかの歌をならべてみますと
はっきりいって、クレームのようなことばかりです。

刺す竹の大宮人は今も人の噂(ねたみとかあざけりとか)をしているのだろう。
と、まあ、その人というのが、歌すべてではないと思いますが聖徳太子をあらわすのだろうというのが
研究家の話ですがそこもおいといて・・・。

おかしな枕言葉だなあと思っていたのですが
ふと、竹に刺すものはなんだろうということをかんがえたのです。
たぶん、竹の節目に割れをいれて・・
と、考えれば
自然と時代劇などで農民がお上の行列などに飛び出して
訴状を差し伸べるシーンがうかび
その差し伸べるときに直接でなく木かなにかに訴状をはさんで
お上にさしだすというのがおもいだされたのです。

と、なると、それは竹が一番、適役でしょう。

そこで、いっぺんになぞが解けたわけです。
刺す竹の意味は
【ご意見申し上げたい】(訴状申したい)ということです。

そう考えると
人々の手本になるようなすばらしい大宮人(で、あるべき)なのに人をあざけっているのだろうなあ
刺す竹の大宮人だよ。・・意見申し上げたい大宮人だよ。

と、隠れたところで裏の意味があるとかんがえられるわけです。

ところが、そう考えると釈然としないところがあります。
刺す竹のの意味は当時の人にはわかることでしょう。
なのに、こんな歌を編纂してしまうって?

と、はいうものの
万葉集は糠田の大君ような歌もありますね。
どうかんがえても、まあ立場かわってしまえば
いわゆる不倫?みたいなものでしょう。
むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる
だったかな
体制的にはまずかろうとおもうものでも
のせてますから
今の感覚とちがうところがあるのでしょうね。
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