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懺悔っぽいなあ・・

妙な能力があって
こういう能力って、師のところでつかってもらえないんだろうかなあ?
と、いうことを
ふとおもったのですね。

すると、師はこっちの思いを見抜く?というかな・・・。
何も言わなくてもわかる人なのですが・・
その思いに対して、こう答えたのです。

「憂生がいたら、便利なんだけどねえ」
そういう何気ない一言の中にも「悟るべきこと」が入っているのが常なので
考えました。

便利・・・といったけど
役に立つとはいわなかったわけです。

ここで、便利と役に立つということの違いを考えて見ます。

もっと、言えば役に立つというのは、必要だということでもあると思います。

家の中にも便利なものと必要なものとがあふれかえっています。
たとえば、
電子レンジ・・・
これはあると便利です。
でも、なくてもいろんな形で代用できるので
(蒸すとか・・ホイルに包んで焼くとか・・・)
絶対的に必要かというと、そうではなく
あれば便利なものに分類されるでしょう。

便利なものと必要なもの
存在価値がちがうわけで
便利なものというのは、「物」だといっていいと思います。

だから、友人に対してでもあいつが居ると便利だよなあという言い方をしたとしたら
極端すぎるかと思いますが
道具扱い・・になっているわけです。

つまり、師は確かに憂生がいたら、便利だけど道具扱いにはしないよ。
と、いうことも含めたのかも知れません。

このときに坂本龍馬の話がでてきました。

彼は天の道具だった。と、いうのです。
天の役にたっても、最後はああいうむごい殺され方をした。
と、いう話だったのですが、
この意味合いもまだはっきりつかめていません。

天の役にたってさえも、人間として安泰にくらせるかというと
そこは、そうならないこともある。
と、いう意味合いも受け取れます。
つまり、裏返せば、役に立つことをすればよい風になるんだという
おかげ信仰など無駄だよ。
と、いうことなのか

役に立つように使ったのは天であって
龍馬自体は「便利な道具」でしかなかった。
と、いう風に考えると
どの部分で役にたったのか?
どの部分で「道具」にしかなれなかったのか?
なぜ、むごく暗殺されることになったか
(天の役にたつことをしていながら、必要なものになれなかったのは・・
もっと、肯定的にむしろ世のため・未来のためによくないから抹殺されたのだと考えたら
どの部分がよくなかったのか)
と、いうことを考えてみたわけです。

まず、日本の政権を天皇にかえしていくという
大政奉還(だったけ・・)の礎になったのは
龍馬だとおもうのです。
勝が無血開城などなど、推し進められたうしろには
龍馬の考えや暗躍?弥影響があったとおもわれるわけです。

単純ですが
「おんしらあ、仲良うすりゃあいいきに。簡単なことじゃきに」
と、いうような子供のような純朴な考え方。
この影響力はすごかったと思います。

その考えをもっていて
なぜ、「道具」にされてしまったか?
不思議なことです。

で、龍馬をしらべていきますと
彼の根本?目的は
貿易会社をつくろうみたいなものがあったようです。
そのためには国が乱れていては貿易もままならないので
「おまえら、仲良くすればいい」
と、かんがえたのではなかろうか?と。

仲良くさせるということは天にとっても望むところで
それを実現させることができるのは
龍馬だったのは間違いないと思うのです。

ところが、
龍馬は貿易をもくろんでいた。
この先、龍馬の目論見どおりにことがすすんだら
あるいは、日本が植民地的な属国になりさがりかねないとも考えられます。
それほど、龍馬の存在は大きなもので
国の命運を握っている人物であったと思うのです。
このまま、龍馬の目論見をかなえさすわけにはいかない。

また、もう一方で
龍馬自体が、貿易のためという考えがあったとしたら
仲良くさせる。平和にする。というのは
私利私欲からの考えです。
つまり、龍馬は貿易のために平和や国を
「道具」にしようとしていた。と、いう見方が成り立ちます。

道具でないもの(国や平和)を道具として扱えば、
自分も道具として扱われるという形で帰ってきます。

ここで自分を考えて見ます。

師が自分の能力をつかえばいいのになあという考えです。
底にあったのはなんでしょう?

師の役にたちたいではなかったと思います。
自分の能力をみとめられたい。というものに近かったと思います。
そして、その能力を師がつかうとしたら
憂生の末路も龍馬とにたようなものだったでしょう。

そして、また
人をして、道具にするということのおそろしさを師もよくわかっていたのでしょう。

後に
人をして、道具にあつかってしまった行動が元で
憂生自身は師と決別を迎えることになります。

そして、起こした行動が自分にかえってきて
「道具」以下に扱われるという「返し」がきました。

返ってくるとき、と、いうのは、恐ろしいものです。
一番、応える形でかえってくるから・・・。
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